生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

収容所 5

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 明日から授業に参加する事になっている六の少女なので、今日からは診療所では無く寮の部屋に割り当てられている。六の少女の部屋はメルディスと同じ部屋で、狭い部屋だが五人部屋である。

 校舎の方の教室はほとんど使われていないのだが、寮には全ての亜人が入れられるので、ほとんど全ての部屋に亜人は詰め込まれている。

 これには寮の部屋数だけではなく、立地の問題もある。

 この収容所のある地域は世界地図の北西端にあり、冬の期間が長い。冬になると外で生活する亜人達は、凍死の危険にさらされる事になる。

 それ程気温の下がる地域であるにもかかわらず、収容所での防寒具は毛布くらいしか与えられていない。そのため狭い所に多人数が集まって暖を取ると言う方法は、効率が良いと言える。

 六の少女と相部屋になったのは、メルディスの他には三人。それぞれが番号で管理されている。四、十一、十二の三人で、連番の十一、十二は同時に捕らえられたため連番になったらしい。

「初めまして。私、四番。貴女が六番?」

 四の少女が六の少女に尋ねてくる。

 四の少女はメルディスと同じ種の亜人らしく、大きく先の尖った耳が特徴の少女である。さすがにメルディスと比べるのは可哀想だが、それでも四の少女も十分な美少女と言える。

 メルディスとの違いは、四の少女の目には六の少女に対して強い好奇心が浮かんでいる事である。十一、十二の二人は耳と尻尾で獣人である事は分かる。寒いのか怯えているのか、二人は身を寄り添って震えている。

「私、怖がられてる?」

 六の少女は二人の獣人の少女を見ながら、メルディスと四の少女に尋ねる。

「そうね。貴女は恐れられても仕方がないわよ」

 メルディスが苦笑いしながら言う。

 六の少女は評判だけですでに恐れられているのだが、金色の瞳を向けられると、怯えてしまうのも無理無い事である。四の少女の様にむき出しの好奇心を向けてくる事の方が、珍しいと言えるのだ。

「夕飯は食べた? 私達はまだだから、一緒にどう?」

「そうしましょうか」

 四の少女の申し出に、メルディスが乗ってくるので、六、十一、十二の三人も一緒に食堂へ行く事にした。



 亜人収容所の食堂にはまともな調理場は無く、ろくな保温もされていない壁側一面のクリアケースの中に、それぞれの番号が振られた皿が数百枚並べられている。

 自由に皿を取り出せる状態ではあるが、それぞれの皿の上には得体の知れない干物の様な何かが乗っている。

「これが貴女のよ」

 メルディスが六番の皿を取り出す。

「このままでも食べられない事は無いけど、温めた方がまだ食べられるわよ」

 横から口を出してきたのは四の少女だった。

 食べるのにすら困り、基本的に常に飢えている亜人達なので、ここまで無造作に置かれている食料は他の者に取られるリスクがあるはずだが、それでもきっちり残っているには、理由があるという訳だ。

「温める?」

 六の少女は皿を受け取って、四の少女に尋ねる。

「え? 魔力を込めるだけで温められるでしょ?」

「四番さん、六番さんはまだ授業を受けていませんので、魔術を使えないのでは無いですか?」

 獣人二人の内、片方が四の少女に言う。

 おそらくコチラが十一だろう。似通った体型の獣人の少女達だが、先に話しかけて来た方が少し大きく、常にかばっている様な立ち方からイメージとして先の数字の十一、庇われている方が十二と六の少女はイメージした。

「あ、そっか。でも、保温出来ないと外は寒いでしょ? 大丈夫だった?」

 四の少女は本当に好奇心旺盛らしく、六の少女に尋ねてくる。

「その気になれば何とかなるわよ」

 六の少女は謎の干物の様な食べ物の匂いを嗅ぎながら言う。

 匂いは無い。見た感じは厚みのある干物だが、切り出しているのだとすればかなり大きめの魚だろう。もっとも魚かどうかも分からないのだが。

 六の少女は冷たい状態ではあるが、とりあえず口に入れてみる。

 冷たく固く、塩辛い何かで、例えるなら塩で味付けした樹皮といった感じである。

「何コレ?」

 六の少女は謎の干物を噛みながら、周りに尋ねる。

「飢えを凌ぐだけでなく、一日の栄養を補う食べ物よ」

 四の少女がにこやかに言う。

 メルディスが言うには、診療所で食べていたお粥の様な食べ物は、この謎の干物を砕いてお湯に浸し、消化しやすくしたモノらしい。

 ここであえて固形にしてあるのは、空腹を満たす為にワザと長時間噛み続ける様になっている、と言う事だった。

 この干物一固まりが一日分の食料であり、基本的には砕いたり切ったりして数回に分けて食べる事になる。

「温めると美味しくなるの?」

「美味しくはならないわね。食べやすくなるくらい」

 四の少女はそう言うと、自分の皿に残っていた干物を手に取る。十一と十二の少女も同じように手に取ると、干物の色が赤みを帯びてくる。

「じゃ、私のもお願いしていい?」

 六の少女が食べかけていた干物を四の少女に渡す。

「ええ、はい、どうぞ」

 四の少女はすぐに温めた干物を返して来たので、六の少女は改めて口に入れてみる。

 冷たくなくなったと言うだけで、硬さは相変わらずで味も相変わらず塩辛いだけの樹皮を噛んでいるのと変わらない。それでもこの地域で冷たくない食べ物というだけで、確かに食べやすくはなった。

 四、十一、十二の三人は一日の最後の食事なので干物も小さかったので食べ終えたが、六の少女は食べながら移動になった。

 食堂にあるのはこの干物の皿の他、水を入れたポットとグラスが山程あるが、調理用具だけでなく火を起こすモノも無い。

 収容所側は徹底して亜人の暴動に対策を練っている。そのため凶器になりそうな刃物は果物ナイフであっても、手の届かない所においている。

 食堂の隣りには浴場がある。かなり大きな浴場で、二十人ほど入ってもまだ余裕があるくらいの広さであるが、部屋によって使用日が決まっている。

 例外として担当官の立会いの元であれば使用できると言う。

 どうにも歪んだ何かを感じさせる使用条件ではあるが、路上生活が基本生活だった六の少女は他の亜人達と比べると生活水準が著しく低かったため、さほど不便には感じない。

 今も噛み続けている謎の干物も、空腹を満たせるというだけで十分満足出来る。

 寮の施設はその程度であり、あとは居住区と倉庫に当てられている。

 毛布程度とはいえ、防寒具と粗末ながら衣類も用意されているが、収容されている亜人だけで五百人に上り、それぞれに最低限の物資を用意となるとそれもそこそこの量になると言う事である。

 部屋に戻っている途中、メルディスが所員の男に呼ばれて何処かへ行ってしまったので四、六、十一、十二の四人で部屋に戻った。

 十一と十二の獣人姉妹はずっと六の少女を警戒しているらしく、床の準備にしても右から六、四、メルディス、十一、十二の順に並ぶ事にした。

 六の少女は意味も無く嫌われるのは街での生活では日常的だったので、そこに嫌悪感は無い。

 むしろメルディスや四の少女の様に、自分を気にかける存在の方が珍しく、どう接していいのかが分からない状態だった。
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