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8話:英雄の娘
しおりを挟むえっ、何?
なんで、ミールはローレンスが魔族だと知っているんだ。
いや、待て、バレるとか何だとか言っているが…。
ローレンスも当たり前のように話している。
俺だけ、よく分からん状況なんだが!
「な、なぜ、ミールちゃんがそれを…?」
俺は恐る恐るミールに聞いた。
ああ、やばい、もしかして黙ってやるから金を払えとか言われるのかな。
「ゼン、ローレンス様の魔力を測定したのは誰だと思っているの?」
「ミールちゃん…?」
「そうよ。魔力測定の時点で、ローレンス様の魔力量が測定値をカンストしていたの。S級どころじゃなかったのよ。この国に住むエルフや人間、キメラたちには到底あり得ない数値。それを改ざんしたのはワタシ。そうでないなら、ローレンス様もゼンも今頃、処刑されているわ。」
処刑…、恐ろしい言葉が俺の脳に入ってくる。
でもなぜ、ミールがわざわざそんなことを、俺たちを助けるようなことをしてくれたのだろう。俺の疑問を汲み取ったのか、ミールはふっと珍しく笑った。いや、彼女はいつも笑っているけど、今日はいつもとは違う微笑みだった。そう、少しだけ、彼女の心が見えるような笑み。
「ルジャンドルは、私の父よ。」
首を傾け、尖った耳を指さしたミールは懐かしそうに言った。
「オレたちは、エルフと同じで長寿不老だ。」
「そ、うなのか。」
思えば、ミールはずっとここで働いている。俺がギルドに通い始めた、小さい頃から全く変わらない。それは、彼女がエルフだからだと思っていた。そうか、ミールは魔族なのか…。そして英雄ルジャンドルも魔族だった。ミールの態度が変わった理由がやっと明解になった。
「ルジャンドルか…、懐かしいな。」
ローレンスがそう言って、ほんの少し…、ほんの少しだけ頬を緩めた。
えっ、まって、ローレンスっていくつなの?
「ふふっ、父はいつもローレンス様のことを話していましたよ。貴方が生きていて、こんなに強くなったと知ったら、きっと喜んだでしょうね…。」
しんみりとした空気が流れる。俺は、ローレンスの過去を知らない。知るつもりもない。いつの間にか、ミールはローレンスに対して敬語に変わっていた。その仕草や言葉使いには品があって、まるで別人のよう。ミールは、いつも胸を強調した服ばかり着て、赤い口紅と派手な化粧の男好きな、いかにも頭の悪そうな女だった。でも、そうじゃない。それは、彼女の仮面だったようだ。それこそが今日まで彼女が生き延びてきた理由。そして彼女は、俺たちを助けてくれた。今も、危険から遠ざけようとしてくれている。
「ミールちゃん…、ありがとう。」
そんな彼女に俺も笑った顔の仮面を外し、ミールの手を取った。
俺は女が嫌いだ。だから、自分から女に触るのは今日がはじめて。
嫌悪感は無かった。
彼女の瞳をはじめて見た気がする。
その瞳は、ローレンスと似た紫色の瞳をしていた。
「これは…、父のためよ。私の個人的な理由と勝手。」
ふんっと、そっぽを向いたミールの橙色に近い金色の髪から覗く耳が赤い。俺の恋愛対象が女だったら、きっとイチコロだろう。けれど、俺の手を握り返したミールは今度はまっすぐと強い視線を向けてきた。
「感謝するのは私の方。ローレンス様を見つけ出してくれてありがとう。」
それから、さらに強く手を握って言った。
「お願いよ、ローレンスを守ってちょうだい。」
ローレンスには聞こえないよう、俺の耳元で小さく言った。そのときに、魔法が展開されたような気がするのは気の所為だろうか。ミールから何か強いものを感じて、俺はしっかりと頷いた。「ああ、任せてよ」というとミールは安堵したように笑った。俺ははじめて女に対して、綺麗だと思った。
それから、これ以上ダンジョンを深く潜らないようローレンスはキツ~く言われていた。やはり、魔族はダンジョンに潜って魔力を得たほうが良いらしく、ローレンスも定期的に潜りたいそうだ。鑑定時には、必ずミールのところに持ってくることや魔物を取りすぎないよう、何度も何度も念を押され、後半の方になるとローレンスの目はムニョムニョしていた。
今日の報酬は、数百ピラールではなかった。赤い石が1つ680万ピラールで、緑色の方に限っては1000万ピラールだった。合計3920万ピラール。ローレンスを買った時の金額が余裕で返ってきた。8:2と言ったが、俺は計算が苦手なので、ローレンスから3000万を奪い取った。ローレンスのお小遣いは920万。まぁ、それだけあれば遊び放題だろう。ただ、ミールにバレると面倒なことになりそうなのでその辺は上手く隠しておく。ローレンスはこれからもダンジョンに潜るようだし、貯金額がすごいことになりそうだ。
さぁ、帰ろうと思ったら、ローレンスが思い出したように顔を上げた。そして、ぐっと袋をよこしてくる。なんだろう?と首を傾げる。
「15階層辺りににいた兎の魔物だ。皮は剥いである。」
おつかい、ちゃんと忘れずこなしてきたんだぁ~!
「ははっ、ローレンス! お前は本当に可愛いなぁ~!ありがとうっ」
俺は、わさわさとローレンスの頭を撫でる。
なんて健気なんだ!
今日は、兎の肉のトマトソース煮で決まりだ。
「腹減っただろ、この肉で美味いもの作るから楽しみにしてろよ!」
俺が上機嫌で、ギルドを出ようとしたそのとき。
嫌な視線を感じた。そして、顔も見たくないやつが視界に入り込んだ。
俺は、気が付かないふりをしてローレンスに適当に話しかけ続ける。
だが……。
「わっ……」
何かに躓いて、足元がもつれる。
このままでは転んでしまうと思いながらも、体勢を立て直せない。
また、足を引っ掛けられたのだ。
咄嗟に腕を付こうと手を伸ばし、痛みが来るのを待った。
だが、痛みは一向にやってこない。
「危ないよぉ、ゼ~ンくん。」
俺の身体にがっしりとした腕が回っている。受け止めたのは、ツェルダだった。俺を転ばせて、俺を助けるとかどういう神経しているんだコイツ。わざとらしい喋り方にも苛立ちを覚える。ダメだ、こんなやつにキレても損をするだけ。
「ああ、ありがとう、ツェルダくん。」
いつもの貼り付けた笑顔で答える。
「わぉ、昨日の美人さんだぁ。こんばんは」
ローレンスを見つけたツェルダがローレンスの手を取り、チュッと口づけた。それと同時に俺の額には青筋が浮かぶ。笑顔を崩すな、俺…。この馬鹿に乗せられるな。
「…私たち、夕飯の準備をしなくちゃいけないから、もう帰るところなんだ……。君もこんな時間まで、ご苦労だね。家に帰って休んだ方がいいんじゃないか?」
「へぇ、でくの棒くんと美人さんは一緒に暮らしてるんだ。あっ、当たり? 男二人で何やってんのぉ?」
「……帰るよ、ローレンス。じゃあね、ツェルダくん」
ああ、コイツの話なんて聞いてられない。今日は少しギルドにいるのが長引いてしまったから仕方がない。さっさと帰ろう。ローレンスの腕を引いて、ギルドの扉に手を掛ける。
「美人さん、コイツと付き合ってるわけ?」
俺に話しかけるのをやめて、今度はローレンスにそう言った。
「俺、君みたいな美人なら男でもイケるなぁ。大丈夫? このでくの棒に襲われたりしてない? ああ、もしかして知らなかったりするのかな。コイツ男が好きなんだよ。」
わざわざ大声で、ツェルダが言う。
このくらいは別に良い、もう慣れている。
何のきっかけだったか、コイツに男が好きだとバレたのは、随分と前のこと。
ローレンスは、どんな顔をしているのだろう。
別に隠しているわけじゃないから、もう知っていたかな。
「帰るぞ。」
「……っ」
ドアノブを握りしめたまま、立ち止まる俺にローレンスが言う。俺の代わりに扉を押して、ギルドから出た。最近、日が落ちるのが早い。暗くなると外は肌寒くて、冬の訪れを感じた。
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