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放浪準備編
27.色々思うところがあるよ
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実験に成功して合成ゴム製造、ひいてはタイヤの製造のめどが立った俺たちは、村長さんのご厚意に甘える形でどんどんゴムの製造を進めていった。加硫に必要な硫黄もゴムの強化に必要なシリカにカーボンブラックも拍子抜けするほどに簡単に手に入った。
後はビード用のワイヤーと、カーカス用のコードだけど……あれ?
「そう言えば完全に普通のタイヤを作るつもりでいたけど、空気入れられるのか?」
「今更ですか!?」
はい、ごめんなさい。っていうか考えてみればソリッドタイヤにしてもいいのか……いやでもそれだと重くなるし乗り心地も悪いしうーん……何とかコンプレッサーの代用になるようなものを作れればいいんだけど……
「そう言えばトーゴさん、魔導工学ギルドで元素結晶とかいうのが売られてましたよね」
「元素結晶? ああ、あの地水火風のそれぞれを溜めておける結晶ね……って、何でエリナさんがそれ知ってるの」
「トーゴさんが依頼をこなしに行っている間に、私も少しギルドに行ってたんですよ。ギルドの看板には小さいながらジェルマ語の表記もあったので、勉強がてら」
「……本当に熱心で助かるよ」
しかしエリナさん、何で元素結晶の話を……あ。
「そうか、風の結晶の作用方向に指向性を持たせたものを大量に集めて、送風口を細くしてやれば……!」
「コンプレッサーって要は装置内部に送風して圧縮した空気を送り込めばいいので」
「はー……やっぱりエリナさん頭いいわ」
正直、逆の立場だったらエリナさん以上に俺がコンプレックスを抱いてそうな気さえする……それにしてもエリナさん、本当に色々なこと覚えてるよな。魔法やスキルをあまり使ってないから、そっち方面での成長はまだだけど……
「この分だと、近い将来エリナさんひとりで生きていけるようになるんじゃない?」
「え……」
あ、あれ。何かまずいこと言ったかな。いきなり元気なくしちゃったけど……
「……トーゴさんは、私がひとりで生きていけた方がいいと思いますか?」
「はえ? えーと……」
「いえ、本当はその方がいいって私も分かってるんですけど……そうなると現状何となくトーゴさんに迷惑をかけちゃってるのかなって不安になっちゃいまして」
「え? あ、ああ……」
なるほど、そう受け取っちゃったか。そんなの完全にエリナさんの杞憂なんだけど、確かに言葉足らずもいいところだった。
「いや、確かにひとりで生きていけるに越したことはないと思うけど、正直さよならする気は全然ないから! むしろ俺がひとりで生きていく自信がないというか……」
「それこそ全然ないじゃないですか! トーゴさん、何でも出来ちゃいそうだし」
いやそれこそ買いかぶりだと思うけどな。現に魔動車作りだってエリナさんからの意見がなければきっと堂々巡りになると思うし……これだけの女の子、頼まれたって手放したくない。
もっとも本人がどう思ってるかは知らないけど、少なくとも積極的に俺から離れたいと思ってるわけじゃないのは確かだな――そんな風に思いつつ再びエリナさんの方に向き直ると、彼女はまた何か難しい顔をしている。
また何か問題でもあるのかな……?
「……ねえ、トーゴさん。ひとつ、そもそもなこと言っていいですか?」
「うん、何?」
「トーゴさんは、ここに定住するつもりは全然ないんですか?」
「え?」
「だってそうでしょう? 特別転生でこの世界に来てまだ1か月ほども経ってないのに、この街を去って別の場所に行く準備をしてるなんてせわしすぎます。定住とまでは行かなくても、もうちょっと腰を落ち着けてもいいんじゃないですか?」
「腰を落ち着ける、か……」
「私はトーゴさんと一緒に行きますから。放浪するにしても定住するにしてもそれは変わりませんから、せめてそのことだけ聞かせてください」
……本当にそもそもだ。確かに俺がこの街に入って、世界がどういう感じなのかというのをおぼろげながら把握して以来、ずっとこの街から去ることを前提に今まで行動してきたのは事実だからな。
逆に言うとここに定住する理由が思い浮かばなかった、と同時に、放浪する理由も殊更に思い浮かばなかったということでもあるんだけど……でもそう言っても、エリナさんは絶対納得してくれないだろう。俺だって納得出来ない。
それに何となく、放浪する理由は見えてきてはいるんだ。
「俺もはっきり分かってはいないんだけど、多分、動機は杉山村に行ったことだと思う」
「杉山村に? ……そう言えば、トーゴさんがはっきりとこの街を出ると言ったのはペトラ杉の依頼をこなした後でしたね」
「うん……多分俺は、こう言っちゃなんだけど、あの村の人たちみたいな安住を受け入れられないんだと思う。あの人たちに事情を聞く前だったら、それはわからなかったけど」
言ってしまえば杉山村の人たちは、本当の意味で村社会を作っての安住だ。転生先であるこの世界で言葉が通じなくて、言葉が通じる人たちだけで社会を作って、完全に世界とのつながりを絶ったうえで成り立っている、逃避先の安住だ。
でも、それでは意味がない。もっとはっきり言ってしまえば、面白くない。
「幸いこの世界はそれほど時間をかけなくても見て回れる程度の広さだし、腰を落ち着けるのはある程度世界をこの目で見て回ってからでも遅くはないかなと思ったんだ。……それに前世では旅行する暇も金もなかったから、それが未練と言えば未練だったし」
今は時間も作ろうと思えば作れるし、金も各地ギルドで依頼を受けながら稼げばいい。既にこの街に滞在しているの時点で所持金が小金貨や穴あき金貨メインになっていることだし、よほど贅沢をしなければまあ困ることはないだろう。
それこそゆっくりと色々なところを見て回れば、俺としてはそれでいいんだ。
「というわけで、それが今のところここに定住するつもりがない理由だけど……」
これで納得してくれればいいんだけど……と、エリナさんの顔をチラ見すると、ちょっと想像もつかないほど穏やかな笑顔で俺を見ていた。何かそれはそれで怖いなあ、なんて思ったけど。
「ありがとうございます、トーゴさん。そういう、納得出来る答えが欲しかったんです。……その気持ち、まるごと私と同じですから」
どうやら、予想以上に理解してくれたみたいだった。
――私の今更過ぎる疑問に対するトーゴさんの答えは、想像以上に私のそれと同じだった。もしかしたら普通の感性をしていれば誰でもそう思うのかもしれないけど、少なくとも私にとってはこの世界に来てから一番嬉しい出来事だった。
と同時に、私の心に芽生えたのは焦りの気持ち。
「トーゴさん、これからもっとよろしくお願いしますね」
「ああ、エリナさん。気が済むまで、ずっと一緒にいよう。……俺は寂しがり屋だから、一緒にいないと泣いちゃうかもしれないけど」
「もう、そんなおどけた口調で言われたら言葉が軽くなりますよ?」
「本心なんだけど……善処します」
全くだ。ただでさえ今のやり取りの中にも、私の心にぐさりと刺さる文言があったというのに。
……気が済むまで、ずっと一緒にいよう、か。
確かに私はトーゴさんとずっと一緒にいたい。その為だったら言葉だって覚えるし、いざというときに私だけで稼げるようにだってなる。こんな私に、気を遣ってくれたかもしれないとはいえ一目惚れだと言ってくれたこの人に、不幸になんかなってほしくない。
そして私だって、優しくて助けてくれて成長を促してくれるこの元日本人男性に惹かれている、と言っていい。
でも――その惹かれる心は、本当にフラットなのだろうか。吊り橋効果によって、一時的な気の迷いの結果なのではないだろうか――最近、ふとした瞬間にそんなことを思うようになってしまった。
そんな風に少しでも思ってしまうと、気が済むまでという言葉は相当堪える。まるで私の迷いを見透かしているかのような錯覚にすら陥る。トーゴさんは全然そんなこと考えてすらいないと思うけど。
そう考えると、ふたりで車に乗って放浪するっていうのはある意味同居だ。同棲だ。だとするなら、このままここで定住しないというのは私にとってもベストなように思える。放浪することで分かることもあるし、自分だけで生活出来るようになれば否応にもフラットになるだろう。その時に私、エリナ=サンタラはトーゴ=ミズモトをどう思うのか――
ごめんなさい、トーゴさん。私は、貴方と放浪する理由にネガティブなものを見出してしまうほど弱い女なんです。
---
こんな中でも動いているのはキャラクターという人間なわけで、こういうふうに思うところを尋ね合うこともあるよね、っていう話です。
次回更新は11/26の予定です!
後はビード用のワイヤーと、カーカス用のコードだけど……あれ?
「そう言えば完全に普通のタイヤを作るつもりでいたけど、空気入れられるのか?」
「今更ですか!?」
はい、ごめんなさい。っていうか考えてみればソリッドタイヤにしてもいいのか……いやでもそれだと重くなるし乗り心地も悪いしうーん……何とかコンプレッサーの代用になるようなものを作れればいいんだけど……
「そう言えばトーゴさん、魔導工学ギルドで元素結晶とかいうのが売られてましたよね」
「元素結晶? ああ、あの地水火風のそれぞれを溜めておける結晶ね……って、何でエリナさんがそれ知ってるの」
「トーゴさんが依頼をこなしに行っている間に、私も少しギルドに行ってたんですよ。ギルドの看板には小さいながらジェルマ語の表記もあったので、勉強がてら」
「……本当に熱心で助かるよ」
しかしエリナさん、何で元素結晶の話を……あ。
「そうか、風の結晶の作用方向に指向性を持たせたものを大量に集めて、送風口を細くしてやれば……!」
「コンプレッサーって要は装置内部に送風して圧縮した空気を送り込めばいいので」
「はー……やっぱりエリナさん頭いいわ」
正直、逆の立場だったらエリナさん以上に俺がコンプレックスを抱いてそうな気さえする……それにしてもエリナさん、本当に色々なこと覚えてるよな。魔法やスキルをあまり使ってないから、そっち方面での成長はまだだけど……
「この分だと、近い将来エリナさんひとりで生きていけるようになるんじゃない?」
「え……」
あ、あれ。何かまずいこと言ったかな。いきなり元気なくしちゃったけど……
「……トーゴさんは、私がひとりで生きていけた方がいいと思いますか?」
「はえ? えーと……」
「いえ、本当はその方がいいって私も分かってるんですけど……そうなると現状何となくトーゴさんに迷惑をかけちゃってるのかなって不安になっちゃいまして」
「え? あ、ああ……」
なるほど、そう受け取っちゃったか。そんなの完全にエリナさんの杞憂なんだけど、確かに言葉足らずもいいところだった。
「いや、確かにひとりで生きていけるに越したことはないと思うけど、正直さよならする気は全然ないから! むしろ俺がひとりで生きていく自信がないというか……」
「それこそ全然ないじゃないですか! トーゴさん、何でも出来ちゃいそうだし」
いやそれこそ買いかぶりだと思うけどな。現に魔動車作りだってエリナさんからの意見がなければきっと堂々巡りになると思うし……これだけの女の子、頼まれたって手放したくない。
もっとも本人がどう思ってるかは知らないけど、少なくとも積極的に俺から離れたいと思ってるわけじゃないのは確かだな――そんな風に思いつつ再びエリナさんの方に向き直ると、彼女はまた何か難しい顔をしている。
また何か問題でもあるのかな……?
「……ねえ、トーゴさん。ひとつ、そもそもなこと言っていいですか?」
「うん、何?」
「トーゴさんは、ここに定住するつもりは全然ないんですか?」
「え?」
「だってそうでしょう? 特別転生でこの世界に来てまだ1か月ほども経ってないのに、この街を去って別の場所に行く準備をしてるなんてせわしすぎます。定住とまでは行かなくても、もうちょっと腰を落ち着けてもいいんじゃないですか?」
「腰を落ち着ける、か……」
「私はトーゴさんと一緒に行きますから。放浪するにしても定住するにしてもそれは変わりませんから、せめてそのことだけ聞かせてください」
……本当にそもそもだ。確かに俺がこの街に入って、世界がどういう感じなのかというのをおぼろげながら把握して以来、ずっとこの街から去ることを前提に今まで行動してきたのは事実だからな。
逆に言うとここに定住する理由が思い浮かばなかった、と同時に、放浪する理由も殊更に思い浮かばなかったということでもあるんだけど……でもそう言っても、エリナさんは絶対納得してくれないだろう。俺だって納得出来ない。
それに何となく、放浪する理由は見えてきてはいるんだ。
「俺もはっきり分かってはいないんだけど、多分、動機は杉山村に行ったことだと思う」
「杉山村に? ……そう言えば、トーゴさんがはっきりとこの街を出ると言ったのはペトラ杉の依頼をこなした後でしたね」
「うん……多分俺は、こう言っちゃなんだけど、あの村の人たちみたいな安住を受け入れられないんだと思う。あの人たちに事情を聞く前だったら、それはわからなかったけど」
言ってしまえば杉山村の人たちは、本当の意味で村社会を作っての安住だ。転生先であるこの世界で言葉が通じなくて、言葉が通じる人たちだけで社会を作って、完全に世界とのつながりを絶ったうえで成り立っている、逃避先の安住だ。
でも、それでは意味がない。もっとはっきり言ってしまえば、面白くない。
「幸いこの世界はそれほど時間をかけなくても見て回れる程度の広さだし、腰を落ち着けるのはある程度世界をこの目で見て回ってからでも遅くはないかなと思ったんだ。……それに前世では旅行する暇も金もなかったから、それが未練と言えば未練だったし」
今は時間も作ろうと思えば作れるし、金も各地ギルドで依頼を受けながら稼げばいい。既にこの街に滞在しているの時点で所持金が小金貨や穴あき金貨メインになっていることだし、よほど贅沢をしなければまあ困ることはないだろう。
それこそゆっくりと色々なところを見て回れば、俺としてはそれでいいんだ。
「というわけで、それが今のところここに定住するつもりがない理由だけど……」
これで納得してくれればいいんだけど……と、エリナさんの顔をチラ見すると、ちょっと想像もつかないほど穏やかな笑顔で俺を見ていた。何かそれはそれで怖いなあ、なんて思ったけど。
「ありがとうございます、トーゴさん。そういう、納得出来る答えが欲しかったんです。……その気持ち、まるごと私と同じですから」
どうやら、予想以上に理解してくれたみたいだった。
――私の今更過ぎる疑問に対するトーゴさんの答えは、想像以上に私のそれと同じだった。もしかしたら普通の感性をしていれば誰でもそう思うのかもしれないけど、少なくとも私にとってはこの世界に来てから一番嬉しい出来事だった。
と同時に、私の心に芽生えたのは焦りの気持ち。
「トーゴさん、これからもっとよろしくお願いしますね」
「ああ、エリナさん。気が済むまで、ずっと一緒にいよう。……俺は寂しがり屋だから、一緒にいないと泣いちゃうかもしれないけど」
「もう、そんなおどけた口調で言われたら言葉が軽くなりますよ?」
「本心なんだけど……善処します」
全くだ。ただでさえ今のやり取りの中にも、私の心にぐさりと刺さる文言があったというのに。
……気が済むまで、ずっと一緒にいよう、か。
確かに私はトーゴさんとずっと一緒にいたい。その為だったら言葉だって覚えるし、いざというときに私だけで稼げるようにだってなる。こんな私に、気を遣ってくれたかもしれないとはいえ一目惚れだと言ってくれたこの人に、不幸になんかなってほしくない。
そして私だって、優しくて助けてくれて成長を促してくれるこの元日本人男性に惹かれている、と言っていい。
でも――その惹かれる心は、本当にフラットなのだろうか。吊り橋効果によって、一時的な気の迷いの結果なのではないだろうか――最近、ふとした瞬間にそんなことを思うようになってしまった。
そんな風に少しでも思ってしまうと、気が済むまでという言葉は相当堪える。まるで私の迷いを見透かしているかのような錯覚にすら陥る。トーゴさんは全然そんなこと考えてすらいないと思うけど。
そう考えると、ふたりで車に乗って放浪するっていうのはある意味同居だ。同棲だ。だとするなら、このままここで定住しないというのは私にとってもベストなように思える。放浪することで分かることもあるし、自分だけで生活出来るようになれば否応にもフラットになるだろう。その時に私、エリナ=サンタラはトーゴ=ミズモトをどう思うのか――
ごめんなさい、トーゴさん。私は、貴方と放浪する理由にネガティブなものを見出してしまうほど弱い女なんです。
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