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エスタリス・ジェルマ疾走編

120.エスタリスを脱出するよ

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「ええ、空港なら確かに郊外にございますが。国内の移動に限りますが、速度も速く地形も関係ないので飛行機はわが国では一般的な交通手段ですよ。どちらにいらっしゃる予定ですか?」
「ええと、この後ジェルマに行く予定なので……」
「でしたらアンスブリがよろしいですね。こちらで空席を確認して予約をお取りしましょうか?」
「あ、ああ……でしたらお願いしたいのですが……」
「かしこまりました、少々お待ちください」

 ホテルのフロントに空港について聞いてみると、意外なほど簡単に対応してくれた。つまりそれだけ空路の対応に慣れているということで、それ自体とんでもないことなんだけど……まあ、自分たちでも使えるというんであれば問題はない。何だかんだで便利だしね飛行機。

「本日でしたら午後5時に出発のアンスブリ行きの便に空席がございますが……ところでミズモト=サンタラ様はこちらまで魔動車でお越しと記憶しておりますが」
「ああ……」

 ……言われてみればそうだった。さっきからエリナさんがひと言も発さずに俺のことをじっと見てるから何かと思ったが、そういうことだったか。
 ここに停めておくのもお金がかかるだろうし、そもそもここに戻ってくるかもわからない。かと言ってあの車を放棄することは考えられないしうーん……
 そんな風に考えていると、フロントの人が言う。

「ただいまの時間が午後1時40分なので、出発までは今からでも3時間以上あります。さらにそこからアンスブリに到着するまでとなりますと、さらに1時間以上かかりますので、いずれにしても今からですとジェルマとの国境に着くの自体、5時間程度かかることになります。
 それでしたらここから幹線道路を西に行ってジェルマのムニスに魔動車で直接行った方がよろしいかと思います。道が空いていれば時間も3時間強で到着しますし。アンスブリの方が国境自体は近いですが、そこまで国境越えで便利というわけでもありませんので」
「そんなに近いんですか?」
「近くはございませんが、魔動車の制限速度いっぱいで走った場合ですので……ただしここまで魔動車でいらっしゃったのでしたら、そちらの方が確実で早いと思われます」

 ……ここでこういう発言をするあたり、本当に飛行機の存在に慣れてるんだなこの人。この人というかこの国全体か……とはいえそれを踏まえて冷静にアドバイスしてくれるのは素直に嬉しい。

「そういうことでしたら……魔動車でそのムニスというところに行くことにします。街なんですよね?」
「さようでございます。ムニスはジェルマの中でも大都市でございますので、到着なさればすぐお分かりになるかと」
「ありがとうございます。では少々早いですがチェックアウトの手続きを……」
「かしこまりました。レイトチェックアウト適用になりますがよろしいですか?」
「お願いします。部屋の有料サービスは使用していませんので……」

 そんな感じでチェックアウトの手続きを進める。ふとエリナさんの方を見ると、あからさまに安堵の表情を浮かべていたのでちょっとおかしくなった。……とはいえ、俺もここで魔動車を手放すことは考えられなかったので気持ちはよくわかる。
 ああそうだ、一応そのムニスって場所についても聞いてみるか。

「……はい、チェックアウト完了です。またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございます。あとすいません、ムニスという場所について少々お伺いしたいんですが」
「ムニスについてでございますか。私も正確なことを存じ上げているわけではございませんが……一般的な情報でございましたら」
「お願いします、ジェルマについてはお恥ずかしながら不勉強でして」
「では……ムニスはジェルマ第2の都市でございまして、南の首都と称される街でございます。人口は約150万人、面積はヴィアンよりもやや狭い程度でございます。
 ムニスの主な産業は魔導工学になりまして、ヴィアンから基礎材料を輸入し工業製品を輸出するというのが基本になります。もっともジェルマから輸入される工業製品の大半は簡単な家庭用のそれなのですが」
「なるほど……」

 ということは、所謂基幹産業的なものはエスタリス国内で需要と供給を完全に満たしているということか……いやいや、それよりも現地の滞在に関する話が欲しいんだよ俺は。

「ムニスの交通とか、何か特筆すべきものはありますか?」
「そうですね、大体のものはこの周辺と同じかと思いますが……強いて挙げれば軌道魔動車というものがございますね」
「軌道魔動車?」
「ええ、一般的な魔動車と違い車輪が決められたレールに沿って走る交通機関でございます。魔導線に直接接触して魔力を供給している関係上、魔力切れを起こさないというメリットがあるようで」
「へえ……トラムやトロリーバスとは違うんですか?」
「似てはいますが、軌道魔動車の方がもっと堅牢な感じでございます。専用のレーンがございますし、地下に線路を敷設してもいるようでございます」

 ……前世でいう地下鉄か新都市交通にイメージは近いのかな? いずれにしても街中を移動するのに不自由はしなさそうで良かったけど……ホテルやらレストランやら、そういうのは現地に行ってから確認すればいいかな。

「教えていただきありがとうございます、現地に行って色々見てみるのが楽しみです」
「いえ、こちらこそお役に立てたようで何よりでございます。それでは良い旅を」



 ホテルの駐車場に預けておいた魔動車に乗りこみ、俺たちは西へ向かう魔動車専用道路を目指す。この街って広くて便利なんだけど、こういうので標識が若干不親切なのが玉に瑕なんだよな……
 と、助手席の窓から街をぼうっと眺めていたエリナさんがふとこちらを向いて言う。

「……飛行機、乗ってみたかった?」
「え? ああ……」

 何だ、そのことか。まあ前世以来の乗り物だし、何より言葉の響きも相まって、乗ってみたくないと言えばウソにはなるけど――

「流石にこの車を放棄してまで乗りたいとは思わないかな。かかる時間ももしかしたらこれで言った方が早いとなれば、尚更のことだよ。俺もこの車には少なからず思い入れがあるしね」

 何しろ結婚する前から、ずっとこの車で生活してきたんだからな……どこかに定住するにしても、この車だけは移動手段として末永く――重大な故障でどうにもならなくなるまで乗り続けるつもりだ。
 そう言うと、エリナさんは少し悪戯っぽい微笑みを浮かべながら答える。

「うん、私もそのつもり。ずっと慣れ親しんだこの魔動車を手放すなんて、それこそあり得ないと思ってるわ……
 でもトーゴさん、それがなければ飛行機、乗ってみたいんじゃない?」
「そりゃそうだよ、前世以来だよ飛行機なんて」

 最初にこの国に空港があると知った時は、確かにこの国の科学技術云々に関して危機感も抱いたけど、それと同時に俺は――何というかこう、柄にもなくわくわくしてしょうがなかったんだ。
 言うとエリナさんにからかわれそうだったから言わなかったけど、今の感じからすると普通にそのこと見抜かれてそうだな……
 と、エリナさんは微笑から悪戯の色を消して言う。

「……トーゴさんの気持ち、私も痛いほどわかるわよ。私だってこの世界で飛行機なんてものにお目にかかれるかもなんて思ってすらいなかったし。
 だからしばらくして、魔動車で放浪しなくてもよくなった時に、改めて飛行機に乗りにこの国を訪れましょう? だからそれまでは我慢」
「……分かってるよ。遊びは少しだけお預けだね」

 正直飛行機だけじゃなくて他にもいろいろと試したいことや遊びたいことはある。このエスタリスという国には、それだけのものがある。
 けど、だからこそ、周辺諸国には平和でいてもらわないといけない。俺たちはそれに、ほんの少しだけ協力するだけだ。だけだけど、それが確実にこの地域の平和と安定をもたらすんだ。きっと。

 だから、エスタリスの皆さん。それが叶うまで、しばしのお別れです。



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というわけで早いですがエスタリスを脱出します。次回からはジェルマ。ここも何だかんだでふたりにとっては鬼門な気もするけど果たして……
あと飛行機にときめくのはしょうがないと思うんだ。

次回更新は09/01の予定です!
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