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デターミン・上原優一は自分の道を行く
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地面を軽快に走るガドローの上で優一はネイビーカラーのパーカーについているフードを被っていた。
けっこう暑いな。
こうしてフードをきちんと被ったのは初めてかもしれない。
優一にとってはフードは首周りや後ろ姿に加えるアクセントでしかなくて、別に雨風を防ぐとか顔を見られないようにするといった活用をしたことはなかった。
雨が降ったら傘をさせばいい。そもそもフードの布一枚でどうにかなるほど日本の雨は甘くない。
顔なんて隠してたら不審者扱いをされてしまう。後暗いことがないなら堂々としてればいい。
だが今、優一はこうして顔を隠していた。
脱走なんて俺は明らかにまずいことをやっているんだろうな。
後暗さの自覚があった。
しばらく走ると森の中に入った。天を突くような巨大な樹木が広がり、生い茂る葉が空の海に流れる紫のオーロラの光を弱めていた。
森全体がぼうっと光っているようだった。
整備のされていない獣道でも陸の竜はしなやかな後ろ脚で問題なく走る。並び立つ木々の間も糸を通すようにスルスルと抜けてしまう。ガドローは自分が走るのに最適な道を分かっているようだった。
優一には竜がなんとなく生き生きしているように見えた。
「そっか。お前は人を乗せる為に生まれた時から調教されてたけど、本来はこういう自然で生活するんだよな」
ガドローが唸りをあげて地面をつよく蹴った。倒れている太い樹木を軽々と飛び越えてみせる。
「ははっ! いいね!」
風を感じたくて気づけば優一はフードを脱いでいた。森の中ならどうせ人目はないだろう。
ガドローの心地いい走りは優一の心にある暗いものを隠してくれた。
そうだ。今は自分の行きたい所に行くんだ。考えるのはその後でもいい。
優一とガドローは森の奥へと駆けていった。
☆
風が吹いて、さらさらと葉擦れの音が鳴り、歩けば草を踏みしめた音がする。どこからか鈴を転がしたような虫の音とフクロウのような独特の鳴き声が混ざり合って聞こえてくる。
森が眠ることはない。あるとすれば死んだ時だけだ。
優一は紫の髪の少女シオンに転写された光景の場所に来ていた。
目の前には湖が広がり、周りを木が囲んでいて真珠のように無数の白い蝶が発光しながら飛んでいた。ガドローは湖に口をつけて水を飲んでいる。
本当にあったのか。
転写によりこの場所があるのは知識として理解していたが、この目で見るまでは半信半疑だった。
ひらりひらりと白い蝶に視線をやる。
「ペルラ蝶」
優一は転写された知識を言葉にした。
小さい。真珠色の蝶は優一の世界でいうモンシロチョウに見える。ペルラ蝶がひらひらと花びらのように舞うたびに筆で描いたように白い光の軌跡が出来上がる。数え切れない程の細かい光の瞬きが集まって光を作っていた。
あれは鱗粉が光っているのか。
優一は子供の頃トンボを捕まえた時のように人差し指を立てて蝶の止まり木を作った。
ほんの少しのくすぐったさ。ピンと伸ばした指先に蝶が一匹止まる。
白い光。クオバディスの鎧もこんな色をしていたな。人の目を惹きつける白。
優一はしばらくペルラ蝶の淡い光を見つめていると蝶が指から飛んでいった。
蝶を追うように振り返ると紫の髪をした少女が視界にとびこんできた。ペルラ蝶の放つ白い光をうけた顔は銀色の仮面のように輝いている。少女の白いドレスも同様に光を浴びていた。
闇の中で少女の全身がくっきりと浮かび上がり、優一はその姿に息をのんだ。少女は花。薄い紫の髪を持つ顔は花で純白のドレスは茎だった。
白い蝶が花に惹かれるようにして少女の指に止まった。少女は蝶を愛おしそうに微笑むと腕をあげて蝶を空に飛ばした。
「ペルラ蝶はその美しさから幸福の象徴とされますが」
少女は飛んでいく蝶の光を見ながら優一に語りかけた。
「同時に死や災いなどの不幸を暗示する逆象徴もあるんです」
だって人の骨は白いでしょう、と少女は続けた。
「この出会いはどっちなのさ。シオン・シエルへキアさん」
「それはこれからの私たち次第ですね。ボル・シーアから来た人」
「優一だよ。上原優一。優しさを一番にって願いが込められてる」
「まぁ、素敵なお名前ですね」
シオンは手を口元にあてて小さく笑う。
自分の名前を素敵だと、そういう風に言ってくれたのは優一にとって親以外では二人目だった。
一人目は奈瑞菜だった。
『優しさが一番に、ってとっても素敵じゃない。だから優一くんは気が利くのね。私なんてナズナよ。別名ペンペン草。あの道端とかどこにでも生えてる、あれ。雑草かっつーの!』
優一の中で奈瑞菜とシオンの姿が重なった。
「優一。私の言葉を信じて、ここへ来てくれてありがとうございます」
「俺はもっと知らなくちゃいけないんだ」
「帝国のことはどこまで知っていますか?」
「侵略戦争していてミスティさんが来てからは一気に進んでいるとか」
「大筋はその通りですね」
「で、シオンはミスティさんの発展させたメガガイスト技術を反乱軍に持ち込んだんだろう?」
王女の身でありながら、と付け加えた。
ペルラ蝶の光で白く反射するシオンの顔に少しだけ陰が差したのを優一は見た。
「ミスティ・パープルは私の師でした」
シオンが14歳の時、ボル・シーアから来たミスティはシオンに多くのことを教えた。ミスティの口を通して伝えられる地球の文化や考えはおとぎ話のような夢の世界の出来事だった。
師であったミスティはシエルヘキアのメガガイストに非常に興味をもった。シオンにとっての地球の科学がそうであったように、ボルという地球には存在しないエネルギーを使って動く機械仕掛けの鎧はミスティの学者としての好奇心を刺激した。
「ミスティ・パープル。あの赤い魔女は己の欲望を満たす為に父に多くのものを望みました。」
シエル帝国はシエルヘキア統一を目指すために建国の際、シエルの名を拝借した国(語り部曰く初代皇帝は世界を統べる国が世界の名を冠さないのは不道理であると言った)であり、侵略は王族の義務でもあった。
しかしシオンの父親である現皇帝シルド・シエルヘキアは版図拡大に積極的でなく、周囲の家臣から疎まれていた。口に出ない非難は皇帝の心を蝕むには十分すぎた。
『時は進む。人は動く。王は変わる』
シオンは魔女が父親にかけた呪いの言葉を忘れたことはなかった。
王は自分の立場の危うさと鬱屈した心からミスティにすがるように望みを叶えた。
結果、ミスティは独自の理論でメガガイストを大きく発展させた。当時のメガガイストは鎧の胴体部分から手と足を生やしたような頭身の低い寸胴体系であり、戦力としてはけして強くなく戦いの優劣はもっぱら強力な砲と堅牢な装甲をもつ陸戦艇の有無が重要だった。
だがミスティのメガガイストはその常識を一変させる。人の形に近いメガガイストはスピードとパワーの両立を実現させた。陸戦艇の砲をかわしながら接近して装甲を破壊する。今までにないスピーディーな戦いが展開されていくようになった。
侵略に大きな前進が見えると皇帝シルドはそれまでの反動のように侵略戦争を推し進めた。
ひとたび切り結べば降伏は許さず。
皇帝シルドの言葉はそれまで陰で非難していた者ですら恐怖させた。
「強大な力で他を圧倒していく帝国の力に、そして狂気にとりつかれる父に私は怖れを感じました。このままでは帝国は世界を喰いつくしてしまうのではないかと。どうして自分たちの持つ領土の内で繁栄を営もうとしないのでしょうか。国という共同体とは本来そういうものでしょう?」
「少なくとも俺の世界ではそれが一般的になってる。戦争とかもあったらしいけど俺の生まれていない頃の話だよ」
優一は戦争を知らない世代だがシオンの語る帝国の侵略が如何に悲惨なことか想像できた。シオンの語りが優一を引き込んでいた。
シオン・シエルヘキア。この紫の髪のお姫さまは優しい人なんだな。
覇道を歩む国の王族に生まれながら誰かを傷つけることに心を痛めてる。だから国を裏切ってでも守ろうとしている。
「これ以上の血が流れる前に誰かが帝国を止めなければなりません。その為には力が必要です」
「メガガイスト」
「はい。魔女の作り上げたメガガイストに対抗する為には魔女のメガガイストしかありません。幸い私はミスティ・パープルから多くのことを学び得ましたから帝国のメガガイストの再現は出来ました」
反乱軍にも優れたメガガイストが普及したことで帝国による一方的な戦いに変化が出てきた。帝国から領土を奪い返すこともあった。だが、いつか限界が来るとシオンは語った。
「私に魔女ほどの才覚はありません。いずれ、より優れたメガガイストが造りあげられます。そして、その時は来ました。紫天海を満たすボルの力を刃に転じし光の自在剣を持つ白きメガガイストと、それを扱うボル・シーアから来た優れた力を持つメーンアストラル」
シオンは優一の顔を見つめた。シオンの瞳がはっきりと優一を捉える。優一もだった。二人の視線が交じり合う。
「優一、反乱軍に来ていただけませんか。あなたの力は人を守る盾であり、帝国を退く剣になります。ボル・シーアから、チキュウから来たあなたにはこの世界の出来事は無関係であり、こちらの勝手な都合だと分かっています」
シオンは知らず声が高まり、優一の手を両手で祈るように握った。
「でも、それでも私は!」
「罪人の言葉などに付き合う必要はないぞ、優一」
突然、空から人の声が響いた。
☆
優一とシオンはボル・シーアを見上げるとオーロラのような薄い紫の光を浴びながら降りてくる巨大な影があった。
ガドローが威嚇するように唸り声を上げる。
メガガイスト・シエルラ。魔女の造り上げた帝国の誇る絶対侵略兵器。恐ろしい姿だった。
赤紫の幽霊が静かに湖面に立つ。
「今なら夜故にボルも濃い。おかげで通信もままならん。この場は私の記憶に留めておくだけで済む」
優一は自分がデズワットにつけられていたことを理解した。
「デズワット!」シオンが叫んだ。
「あなたと話すことはありませんシオン……さま。あなたのしたことは許されない。帝国にも、私にも」
デズワットはそこで打ち切って優一と向き合った。
「話は聞いたのか?」
「多少はね」
「ならば心変わりする前に言っておこう。優一、『空気を読め』」
半ば命令するような口調だった。
「君の国の言葉だと聞いた。どちらが正しいなどとは問わん。だが、どちらが君にとって益となるかは分かるはずだ。帝国は強大。即ち豊か、財も人もな」
「その二つとて侵略によって得たものではないですか!」
黙れ売女。裏切りで穢れた口を開くな。私はボル・シーアから来た友人と話しているのだ。
「君もボル・シーアから来た人間ならば帝国は君の望みを可能な限り応えてみせよう。ミスティさまがそうであった様にな。なにより私もミスティさまも君の力を必要としている」
デズワットは優一とは友人の関係のままでいたかった。もし、ここで優一が反乱軍に行ってしまえば戦いは避けられず場合によってはこの手で討たなければならない。
シエルラの胸の装甲が開く。操縦席がゆっくりと前進してデズワットは立ち上がって、自分の体を晒した。
「帝国に来い。優一」
鋼鉄の鎧越しでは伝わらない想い。デズワットは生身の自分をさらけ出すことで優一に自分の言葉を確かに伝えたかった。
優一は真正面から受け止めた。言葉こそ短いがそれだけに込められたものの重さを感じられる。
不意に手に力を感じた。シオンに握られたままだった手の指先が赤くなっていた。シオンの瞳は涙で潤んでいて今にも泣きそうだった。
反乱軍に来てくれというシオンと帝国に来いというデズワット。主張こそ正反対だが二人の想いは本物だった。
優一はどちらへ行くべきか迷った。
『Quo Vadis?』
頭に浮かぶのは『あなたはどこへ行くの?』という問いかけ。
俺は……
ここで道を決めたら引き返せなくなる。考えて考えて優一は答えを出した。
自分の手を握る紫の少女の手をゆっくりと解く。シオンの顔が哀しみに染まる。
優一は一歩進んでデズワットを見据えた。
「答えは出たようだな」
「ああ……」
「ならば行こう。君の行く道は帝国の覇道だ」
「違うな、デズワット」
優一は首を振った。
「俺の行く道は俺だけの道だ。俺は帝国と戦う。そう決めた」
「何故だ」
「それは……俺が押し付けられるのがイヤだからさ」
デズワットは帝国によって世界が統一されれば発展と平和が訪れると語ったが優一はなんとなく好きになれなかった。理想を理由に他人への暴力を肯定したくなかった。
世の中には色々な価値観があるんだから無理にひとつにする必要ないはずだ。
平和な時代と国に生まれた人間ならではの考えだった。
「イヤだから、それだけの理由なのか!?」デズワットの声に怒りとも困惑ともとれるものが混じる。
「十分だろ。自分の正直な気持ちなんだから。それに」
優一はシオンの顔を一瞥した。涙を流していたがシオンは微笑んでいる。
「あれは放っておけない」
「…………」
「もし、あれを放っておいてお前たちの方に行ったら、きっと何かがずっと俺の中でグズグズと残る」
言葉にしている内に優一は自分の理由をはっきりと見つけられた。
「俺はイヤだな」
後悔したくない。そういうことだった。
「女のためか」
「押しつけられるのがイヤだっていうのも本音さ。でも、それは両立できるだろ?」
「そうだな。人が戦う理由は一つに絞らなくていい。ならば」
デズワットは操縦席に座り、胸の装甲へ格納させた。
「骨の数本は覚悟してもらおう!」
メガガイスト・シエルラは湖面を滑るように飛び、優一に向かっていく。
その時だった。
『Quo Vadis?』
優一の頭に声が届く。優一は答えた。
「俺の行く場所は決まったんだ。だから付き合ってくれ!」
力強く願った瞬間、黒紫色の空に光が瞬いた。
光は線を描きながら、薄紫のオーロラのカーテンを突き破って真っ直ぐと優一の元へと飛来した。
白い光はメガガイストの突撃を遮った。
「アストラルコアがメーンアストラルの意思に応えて、自立稼働したというのか! そんな事例はないはずだ」
が、ミスティさまの作り上げたものならばあるいは。
光が収束すると巨大な霊体が君臨していた。
白磁の鎧と鎧の合間からほとばしるボルの紫炎。その姿はペルラ蝶の光を受けずとも白く壮麗に輝き美しい。
シオンは白磁の鎧を纏う幽霊を見上げる。
「闇夜を貫く刹那の光、流星」
シエルへキアの夜空に星はない。紫天海ボル・シーアが広がるだけだ。しかし流星というものはミスティから聞いたことがあった。
夜空を駆け抜ける一筋の光。今まさに自分が見たものだった。
あれこそ赤い魔女の最高傑作。美しくも恐ろしい力の権化。
シオンは震えながらその名を呼んだ。
「流星のクオバディス」
けっこう暑いな。
こうしてフードをきちんと被ったのは初めてかもしれない。
優一にとってはフードは首周りや後ろ姿に加えるアクセントでしかなくて、別に雨風を防ぐとか顔を見られないようにするといった活用をしたことはなかった。
雨が降ったら傘をさせばいい。そもそもフードの布一枚でどうにかなるほど日本の雨は甘くない。
顔なんて隠してたら不審者扱いをされてしまう。後暗いことがないなら堂々としてればいい。
だが今、優一はこうして顔を隠していた。
脱走なんて俺は明らかにまずいことをやっているんだろうな。
後暗さの自覚があった。
しばらく走ると森の中に入った。天を突くような巨大な樹木が広がり、生い茂る葉が空の海に流れる紫のオーロラの光を弱めていた。
森全体がぼうっと光っているようだった。
整備のされていない獣道でも陸の竜はしなやかな後ろ脚で問題なく走る。並び立つ木々の間も糸を通すようにスルスルと抜けてしまう。ガドローは自分が走るのに最適な道を分かっているようだった。
優一には竜がなんとなく生き生きしているように見えた。
「そっか。お前は人を乗せる為に生まれた時から調教されてたけど、本来はこういう自然で生活するんだよな」
ガドローが唸りをあげて地面をつよく蹴った。倒れている太い樹木を軽々と飛び越えてみせる。
「ははっ! いいね!」
風を感じたくて気づけば優一はフードを脱いでいた。森の中ならどうせ人目はないだろう。
ガドローの心地いい走りは優一の心にある暗いものを隠してくれた。
そうだ。今は自分の行きたい所に行くんだ。考えるのはその後でもいい。
優一とガドローは森の奥へと駆けていった。
☆
風が吹いて、さらさらと葉擦れの音が鳴り、歩けば草を踏みしめた音がする。どこからか鈴を転がしたような虫の音とフクロウのような独特の鳴き声が混ざり合って聞こえてくる。
森が眠ることはない。あるとすれば死んだ時だけだ。
優一は紫の髪の少女シオンに転写された光景の場所に来ていた。
目の前には湖が広がり、周りを木が囲んでいて真珠のように無数の白い蝶が発光しながら飛んでいた。ガドローは湖に口をつけて水を飲んでいる。
本当にあったのか。
転写によりこの場所があるのは知識として理解していたが、この目で見るまでは半信半疑だった。
ひらりひらりと白い蝶に視線をやる。
「ペルラ蝶」
優一は転写された知識を言葉にした。
小さい。真珠色の蝶は優一の世界でいうモンシロチョウに見える。ペルラ蝶がひらひらと花びらのように舞うたびに筆で描いたように白い光の軌跡が出来上がる。数え切れない程の細かい光の瞬きが集まって光を作っていた。
あれは鱗粉が光っているのか。
優一は子供の頃トンボを捕まえた時のように人差し指を立てて蝶の止まり木を作った。
ほんの少しのくすぐったさ。ピンと伸ばした指先に蝶が一匹止まる。
白い光。クオバディスの鎧もこんな色をしていたな。人の目を惹きつける白。
優一はしばらくペルラ蝶の淡い光を見つめていると蝶が指から飛んでいった。
蝶を追うように振り返ると紫の髪をした少女が視界にとびこんできた。ペルラ蝶の放つ白い光をうけた顔は銀色の仮面のように輝いている。少女の白いドレスも同様に光を浴びていた。
闇の中で少女の全身がくっきりと浮かび上がり、優一はその姿に息をのんだ。少女は花。薄い紫の髪を持つ顔は花で純白のドレスは茎だった。
白い蝶が花に惹かれるようにして少女の指に止まった。少女は蝶を愛おしそうに微笑むと腕をあげて蝶を空に飛ばした。
「ペルラ蝶はその美しさから幸福の象徴とされますが」
少女は飛んでいく蝶の光を見ながら優一に語りかけた。
「同時に死や災いなどの不幸を暗示する逆象徴もあるんです」
だって人の骨は白いでしょう、と少女は続けた。
「この出会いはどっちなのさ。シオン・シエルへキアさん」
「それはこれからの私たち次第ですね。ボル・シーアから来た人」
「優一だよ。上原優一。優しさを一番にって願いが込められてる」
「まぁ、素敵なお名前ですね」
シオンは手を口元にあてて小さく笑う。
自分の名前を素敵だと、そういう風に言ってくれたのは優一にとって親以外では二人目だった。
一人目は奈瑞菜だった。
『優しさが一番に、ってとっても素敵じゃない。だから優一くんは気が利くのね。私なんてナズナよ。別名ペンペン草。あの道端とかどこにでも生えてる、あれ。雑草かっつーの!』
優一の中で奈瑞菜とシオンの姿が重なった。
「優一。私の言葉を信じて、ここへ来てくれてありがとうございます」
「俺はもっと知らなくちゃいけないんだ」
「帝国のことはどこまで知っていますか?」
「侵略戦争していてミスティさんが来てからは一気に進んでいるとか」
「大筋はその通りですね」
「で、シオンはミスティさんの発展させたメガガイスト技術を反乱軍に持ち込んだんだろう?」
王女の身でありながら、と付け加えた。
ペルラ蝶の光で白く反射するシオンの顔に少しだけ陰が差したのを優一は見た。
「ミスティ・パープルは私の師でした」
シオンが14歳の時、ボル・シーアから来たミスティはシオンに多くのことを教えた。ミスティの口を通して伝えられる地球の文化や考えはおとぎ話のような夢の世界の出来事だった。
師であったミスティはシエルヘキアのメガガイストに非常に興味をもった。シオンにとっての地球の科学がそうであったように、ボルという地球には存在しないエネルギーを使って動く機械仕掛けの鎧はミスティの学者としての好奇心を刺激した。
「ミスティ・パープル。あの赤い魔女は己の欲望を満たす為に父に多くのものを望みました。」
シエル帝国はシエルヘキア統一を目指すために建国の際、シエルの名を拝借した国(語り部曰く初代皇帝は世界を統べる国が世界の名を冠さないのは不道理であると言った)であり、侵略は王族の義務でもあった。
しかしシオンの父親である現皇帝シルド・シエルヘキアは版図拡大に積極的でなく、周囲の家臣から疎まれていた。口に出ない非難は皇帝の心を蝕むには十分すぎた。
『時は進む。人は動く。王は変わる』
シオンは魔女が父親にかけた呪いの言葉を忘れたことはなかった。
王は自分の立場の危うさと鬱屈した心からミスティにすがるように望みを叶えた。
結果、ミスティは独自の理論でメガガイストを大きく発展させた。当時のメガガイストは鎧の胴体部分から手と足を生やしたような頭身の低い寸胴体系であり、戦力としてはけして強くなく戦いの優劣はもっぱら強力な砲と堅牢な装甲をもつ陸戦艇の有無が重要だった。
だがミスティのメガガイストはその常識を一変させる。人の形に近いメガガイストはスピードとパワーの両立を実現させた。陸戦艇の砲をかわしながら接近して装甲を破壊する。今までにないスピーディーな戦いが展開されていくようになった。
侵略に大きな前進が見えると皇帝シルドはそれまでの反動のように侵略戦争を推し進めた。
ひとたび切り結べば降伏は許さず。
皇帝シルドの言葉はそれまで陰で非難していた者ですら恐怖させた。
「強大な力で他を圧倒していく帝国の力に、そして狂気にとりつかれる父に私は怖れを感じました。このままでは帝国は世界を喰いつくしてしまうのではないかと。どうして自分たちの持つ領土の内で繁栄を営もうとしないのでしょうか。国という共同体とは本来そういうものでしょう?」
「少なくとも俺の世界ではそれが一般的になってる。戦争とかもあったらしいけど俺の生まれていない頃の話だよ」
優一は戦争を知らない世代だがシオンの語る帝国の侵略が如何に悲惨なことか想像できた。シオンの語りが優一を引き込んでいた。
シオン・シエルヘキア。この紫の髪のお姫さまは優しい人なんだな。
覇道を歩む国の王族に生まれながら誰かを傷つけることに心を痛めてる。だから国を裏切ってでも守ろうとしている。
「これ以上の血が流れる前に誰かが帝国を止めなければなりません。その為には力が必要です」
「メガガイスト」
「はい。魔女の作り上げたメガガイストに対抗する為には魔女のメガガイストしかありません。幸い私はミスティ・パープルから多くのことを学び得ましたから帝国のメガガイストの再現は出来ました」
反乱軍にも優れたメガガイストが普及したことで帝国による一方的な戦いに変化が出てきた。帝国から領土を奪い返すこともあった。だが、いつか限界が来るとシオンは語った。
「私に魔女ほどの才覚はありません。いずれ、より優れたメガガイストが造りあげられます。そして、その時は来ました。紫天海を満たすボルの力を刃に転じし光の自在剣を持つ白きメガガイストと、それを扱うボル・シーアから来た優れた力を持つメーンアストラル」
シオンは優一の顔を見つめた。シオンの瞳がはっきりと優一を捉える。優一もだった。二人の視線が交じり合う。
「優一、反乱軍に来ていただけませんか。あなたの力は人を守る盾であり、帝国を退く剣になります。ボル・シーアから、チキュウから来たあなたにはこの世界の出来事は無関係であり、こちらの勝手な都合だと分かっています」
シオンは知らず声が高まり、優一の手を両手で祈るように握った。
「でも、それでも私は!」
「罪人の言葉などに付き合う必要はないぞ、優一」
突然、空から人の声が響いた。
☆
優一とシオンはボル・シーアを見上げるとオーロラのような薄い紫の光を浴びながら降りてくる巨大な影があった。
ガドローが威嚇するように唸り声を上げる。
メガガイスト・シエルラ。魔女の造り上げた帝国の誇る絶対侵略兵器。恐ろしい姿だった。
赤紫の幽霊が静かに湖面に立つ。
「今なら夜故にボルも濃い。おかげで通信もままならん。この場は私の記憶に留めておくだけで済む」
優一は自分がデズワットにつけられていたことを理解した。
「デズワット!」シオンが叫んだ。
「あなたと話すことはありませんシオン……さま。あなたのしたことは許されない。帝国にも、私にも」
デズワットはそこで打ち切って優一と向き合った。
「話は聞いたのか?」
「多少はね」
「ならば心変わりする前に言っておこう。優一、『空気を読め』」
半ば命令するような口調だった。
「君の国の言葉だと聞いた。どちらが正しいなどとは問わん。だが、どちらが君にとって益となるかは分かるはずだ。帝国は強大。即ち豊か、財も人もな」
「その二つとて侵略によって得たものではないですか!」
黙れ売女。裏切りで穢れた口を開くな。私はボル・シーアから来た友人と話しているのだ。
「君もボル・シーアから来た人間ならば帝国は君の望みを可能な限り応えてみせよう。ミスティさまがそうであった様にな。なにより私もミスティさまも君の力を必要としている」
デズワットは優一とは友人の関係のままでいたかった。もし、ここで優一が反乱軍に行ってしまえば戦いは避けられず場合によってはこの手で討たなければならない。
シエルラの胸の装甲が開く。操縦席がゆっくりと前進してデズワットは立ち上がって、自分の体を晒した。
「帝国に来い。優一」
鋼鉄の鎧越しでは伝わらない想い。デズワットは生身の自分をさらけ出すことで優一に自分の言葉を確かに伝えたかった。
優一は真正面から受け止めた。言葉こそ短いがそれだけに込められたものの重さを感じられる。
不意に手に力を感じた。シオンに握られたままだった手の指先が赤くなっていた。シオンの瞳は涙で潤んでいて今にも泣きそうだった。
反乱軍に来てくれというシオンと帝国に来いというデズワット。主張こそ正反対だが二人の想いは本物だった。
優一はどちらへ行くべきか迷った。
『Quo Vadis?』
頭に浮かぶのは『あなたはどこへ行くの?』という問いかけ。
俺は……
ここで道を決めたら引き返せなくなる。考えて考えて優一は答えを出した。
自分の手を握る紫の少女の手をゆっくりと解く。シオンの顔が哀しみに染まる。
優一は一歩進んでデズワットを見据えた。
「答えは出たようだな」
「ああ……」
「ならば行こう。君の行く道は帝国の覇道だ」
「違うな、デズワット」
優一は首を振った。
「俺の行く道は俺だけの道だ。俺は帝国と戦う。そう決めた」
「何故だ」
「それは……俺が押し付けられるのがイヤだからさ」
デズワットは帝国によって世界が統一されれば発展と平和が訪れると語ったが優一はなんとなく好きになれなかった。理想を理由に他人への暴力を肯定したくなかった。
世の中には色々な価値観があるんだから無理にひとつにする必要ないはずだ。
平和な時代と国に生まれた人間ならではの考えだった。
「イヤだから、それだけの理由なのか!?」デズワットの声に怒りとも困惑ともとれるものが混じる。
「十分だろ。自分の正直な気持ちなんだから。それに」
優一はシオンの顔を一瞥した。涙を流していたがシオンは微笑んでいる。
「あれは放っておけない」
「…………」
「もし、あれを放っておいてお前たちの方に行ったら、きっと何かがずっと俺の中でグズグズと残る」
言葉にしている内に優一は自分の理由をはっきりと見つけられた。
「俺はイヤだな」
後悔したくない。そういうことだった。
「女のためか」
「押しつけられるのがイヤだっていうのも本音さ。でも、それは両立できるだろ?」
「そうだな。人が戦う理由は一つに絞らなくていい。ならば」
デズワットは操縦席に座り、胸の装甲へ格納させた。
「骨の数本は覚悟してもらおう!」
メガガイスト・シエルラは湖面を滑るように飛び、優一に向かっていく。
その時だった。
『Quo Vadis?』
優一の頭に声が届く。優一は答えた。
「俺の行く場所は決まったんだ。だから付き合ってくれ!」
力強く願った瞬間、黒紫色の空に光が瞬いた。
光は線を描きながら、薄紫のオーロラのカーテンを突き破って真っ直ぐと優一の元へと飛来した。
白い光はメガガイストの突撃を遮った。
「アストラルコアがメーンアストラルの意思に応えて、自立稼働したというのか! そんな事例はないはずだ」
が、ミスティさまの作り上げたものならばあるいは。
光が収束すると巨大な霊体が君臨していた。
白磁の鎧と鎧の合間からほとばしるボルの紫炎。その姿はペルラ蝶の光を受けずとも白く壮麗に輝き美しい。
シオンは白磁の鎧を纏う幽霊を見上げる。
「闇夜を貫く刹那の光、流星」
シエルへキアの夜空に星はない。紫天海ボル・シーアが広がるだけだ。しかし流星というものはミスティから聞いたことがあった。
夜空を駆け抜ける一筋の光。今まさに自分が見たものだった。
あれこそ赤い魔女の最高傑作。美しくも恐ろしい力の権化。
シオンは震えながらその名を呼んだ。
「流星のクオバディス」
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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