Cat walK【完結】

Lucas

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レンと橘川と横田先生

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もえちゃん、そんな落ち込まんで。あたしもさすがにちょっと怖かったもん。なんか途中から目据わっとってヤバいなあって思ってたし」
「別に落ち込んでません」
 閉店後、イロハと俺は予想通りママから説教を食らった。しかしママもさすがに疲れたのか宮野みやのさんを連れてすぐに帰ってしまった。つまり今日はキッチンの片づけも俺にやるようにということだ。
 それは特に問題ない。ただ、何故かイロハも一緒に残っていることが問題だ。
「ていうか、はよ帰ったらどうです? 遅くなると余計危ないですよ」
「もう一時やで。今からやったら何時に帰っても同じや」
 この店の閉店時間は早く、十二時までとなっている。たしかにイロハの言う通りかもしれないが早く帰るのにこしたことはない。
「タクシー代は僕が出しますから、今日はチャリじゃなくてそれで帰ってください」
「萌ちゃんが送ってくれたらいいやんか」
「僕はバイクです」
「後ろ乗せて」
「メット一つなんで無理です」
「真面目―。ええやんか、別に」
 グラスを洗いながらイロハを適当にあしらう。本気で帰るつもりはないようだ。
「犬待ってるんちゃいます?」
「あれ嘘やで。アフター断る時は大体あれ言ってる。たまに猫になったりするけど」
 イロハはなぜか新たに酒を注いでいる。どうやらあのクソ客のテーブルで開けた焼酎の残りらしい。
「それ」
「ん? ママが捨てていいってゆってたから。萌ちゃんも飲む?」
「いりません。ていうか、チャリでもたしか飲酒運転になるんじゃないんですか?」
「なにを今さら」
「まあ、そうですけど。とにかく通勤手段考えた方がいいですよ」
 洗い終わったグラスを並べ終えてゴミをまとめる。ビール瓶とおしぼりも外に出して置かないといけない。ゴミ袋とおしぼりの入った箱を抱えて裏口へ向かうとグラスを持ったままイロハがついてきた。
「さっむ」
「当たり前でしょ。一月ですよ。ほら、中入っといてください」
 イロハを中へ押し込んでビール瓶のケースを外に出す。
「力持ち」
「これ全部空ですから」
「あ、そっか。でも、今日はほんま殴られんで良かったねえ。萌ちゃんの可愛い顔に傷つけられたら悲しいわ」
 俺がやられる前提なのか。とはいえ避けることもあの男のように投げ飛ばすことも俺には無理だろう。
「あの人柔道部の顧問やゆうてたね。学校の先生やのに強いしすごかったね」
「そうすね」
「あたしあの席にもちょっと着いたからお礼いうついでに名刺もらったよ。見て見て、学校の先生も名刺って作るんやね」
「そうすか」
 店内の施錠をしている間もイロハはずっと後ろをついてくる。
「んーと、横田よこた先生やって。下の名前はなんて読むんやろ。んー、まあいいや。にしても、勇気あるよねえ。普通他の席に注意てできんくない?」
「教師やから無駄に正義感あるんちゃいます?」
「そうかなあ。仕事中でもないのに、普通はほっとくよ。それかええかっこしたかったんかな? 目当ての女の子おったとか」
 そう言って自分を指差すイロハ。俺はそんなイロハからグラスを取り上げる。
「あ、何するんよ」
「洗います。片付けとかな明日来た時にママに怒られますよ」
「萌ちゃんがね」
「そうです。だから、このボトルももう片付けますね」
 再びキッチンへ。イロハは帰る素振りも見せない。ロッカー室にさえ向かわない。いつもコートを羽織るだけなので着替えも必要ない。
「やけどあの人いけるかなあ。政治家は敵に回さん方がいいのに」
「別に政治家でもないでしょ、あんな下っ端議員。三田さんださんにどやされて帰ってましたよ」
「へー、そうなんや。それはちょっと見たかったかも。でも、萌ちゃんも気をつけてね。ああいう人らはほんまに敵にせん方がいいんやから」
「そんなもんですかね」
「この店には組の人とかこえへんけど、あたしからしたらどっちも同じようなもんやわ。関わらんのが一番。あたしら一般人なんて簡単に消されるで」
「ドラマの見すぎじゃないですか」
「甘いなあ、萌ちゃんは。足突っ込まん方がいい世界はいーっぱいあるんやでってこと」
「……そうかもしれんけど」
「ん?」
 一般人を殺すのは、いつだって一般人だろ。
 俺はその言葉を飲み込む。ごくありふれた日常にいて関わるべきコミュニティの中だけで生活して、それでも、殺される時があるんだ。政治家もヤクザもまったく関係のない一般市民が一般市民を殺害する。
 そういった日常がありふれている。
「萌ちゃん?」
「……ていうか、毎年選挙前に来はるけどそういう風に票集めんのって違反とかにならないんですか?」 
「うーん、直に頼んでるわけちゃうし、お金包んだりとかもしてへんしね。あの人が、VIP席に座る。それだけで十分伝わる。暗黙の了解。深く考えんとママの顔立ててるって思えばいいんよ」
「そんなんでいいんですか」
「その様子やと去年も選挙行ってへんね。あかんわー、最近の若者は」
 一個しか年変わらんでしょというとイロハは何故だか嬉しそうに笑って、それからその笑顔を静かに消してこう囁いた。
 ――たしかに一般人を殺すのはいつも一般人やねえ。


 旧二十六号線を阿倍野あべの方面に向かって北へと走る。大和川やまとがわを越え天王寺てんのうじにそびえ立つ高層ビルハルカスが見えてきた。深夜の大阪市内を優雅に移動する。北へ、さらに北へ、大阪城公園を横目に俺は先程のイロハとのやり取りを反芻する。
 俺はいつの間にか声に出していたのだろうか。イロハは俺の言葉を繰り返した。
 うまくはぐらかせただろうか。分からない。動揺を隠しきれていなかったのかもしれない。今日はとことん調子が狂う日だった。
 結局イロハを無理やりタクシーに乗り込ませ、俺はバイクでとある場所へと向かう途中だった。
 茶屋町ちゃやまちのとあるタワーマンション。商業施設とホテルが一体となったこの無駄にでかい建物の十五階。そこに住んでいる男の部屋に俺は向かっている。
 男には事前に連絡を入れておいた。その時点ですでに深夜二時を回っていたのにすぐに返事がきた。
『待ってるよ』
 俺がどのタイミングで連絡してもいつもすぐに返事がきていつだって迎え入れてくれる。今年四十七を迎える美容外科医のその男は俺と愛人契約を結んでいる。売り専時代の元客だ。
 四階のロビーで一度降りると男が待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
 男が手を伸ばす。俺はその手を取る。父親が子どもの手を取るような繋ぎ方。お腹すいてないか、寒くないか、など労わるように聞いてきて頭を撫でたりもする癖に、部屋に入ると俺はもう男にとって『子ども』ではなくなる。
 玄関を入ってすぐに腰に手を回され強引に唇を奪われる。舌が絡みつく。子どもにはしないキス。
「先、シャワー。つーか、何も準備してないし」
「分かってる。レンくんに無理させたいわけじゃないから、今日は口でいいよ」
 だってレンくん、今日疲れてるやろ?
 優しい声と、手の動きがまるで合っていない。後頭部を押さえつけるように掴まれる。
 口でするのは疲れないとでも? 挿れられるより楽なのは確かだし俺が拒めば強引にしてくることはない。ただ『何もしない』という選択肢は端から存在していない。
 愛人なのだし、当然か。いつも考えはそこに落ち着く。考えることを放棄して舌だけを動かす。堕ちる。体の力を抜いて堕ちていく。それが一番楽なのも知っている。
 意識も堕ちていく。シャワーも浴びないまま男とベッドに潜る。記憶の海へと沈むように、深く、深く。
 半年ほど前だっただろうか。夏になる前だ。
 ほんの気まぐれでたまにホテルへ行きたがるこの男に付き合って堂山町どうやまちょうへと出向いた。あの辺りは男同士でも利用できるホテルが多い。
 そこで俺は過去に出会う。
 ――もえ
 そう呼ばれて振り返ると見覚えのない高校生が二人いた。
 あくつゆうと。
 そいつはそう名乗った。れんのクラスメイト。
 たしか弟が死ぬ少し前に何度か話したことがある。性格の悪いクソガキだった。
 でも向こうが俺のことを覚えているのは正直意外だった。蓮への嫌がらせを何度か注意したくらいだったのに。
 それに性格が悪いのは俺の方だ。八つ当たりとはいえ煙草を押しつけるのはやり過ぎだったかもしれない。でも、腹が立ったんだ。蓮の死を知りながらも、俺に声をかけてきたことが。
 兄弟を殺された奴が男とホテルから出てくる。それだけで好奇心をくすぐるのには十分すぎたのだろう。俺に声をかけて、本当は何を聞き出すつもりだったのか。
 そんなあいつの野次馬根性に腹を立ててまずはからかってやろうと売り専だなんて嘘をついた。本当はあの時点ではとうに辞めていた。たった三ヶ月で根を上げたのだ。そんな時、愛人契約を持ち掛けてきたのが、この男橘川きっかわだった。それからはボーイと愛人を掛け持ちしている。
 流されるだけの日々。繰り返される悪夢。
 夢の中で、何度も、何度も、あの日の蓮に出会う。
 いつもの公園で、あの日、初めて蓮に拒絶された。
 ――兄ちゃんがおったら、おれは何も一人でできやんくなる。
 唐突だった。ショックで、俺はそのまま何も言わずに蓮を一人残して家へと帰った。生まれてからこれまで一度も蓮が俺に対してああいう態度を取ったことはなかった。だから、俺はその時も考えることを放棄した。
 大丈夫、きっと、帰ってきたら、もういつもの蓮に戻ってる。兄ちゃん、さっきはごめんって謝ってくるはずだ。
 部屋に籠ってそんなことばかり考えていた。
 いつも虚勢を張って相手に舐められないようにすることに必死だった俺は、人から突き放されることに慣れていない。そんな俺だから、こういう時に自分からは動けない。
 だから、あの悲劇は起こった。
 パニックに陥ってしばらくは何も考えられなくなって、ようやくすべての事情を把握した時、俺は自分のせいで蓮が死んだことを理解した。
 蓮は野良猫を探していた。
 言ってくれれば良かったのに。何時間かかっても一緒に探したのに。
 野良猫を拾ってしまったことを怒られると思ったのだろうか。だから俺にあんな態度をとったのだろうか。明らかにいつもと様子が違ったのに何故俺はあの時ちゃんと話を聞いてやらなかったのだろう。
 答えも出口もない思考の渦に飲み込まれ自己嫌悪に陥る。
 悪夢にうなされる俺の頭を橘川が撫でてくれているのを感じることがある。行為の最中でも俺がフラッシュバックを起こすと静かに抱きしめていてくれる。だから、俺はここに来ることをやめられないでいる。
 自分でもみっともないと思っている。この男に何を求めているのか。体の関係があって初めて成り立つような繋がりなのに。
 自分が同性愛者なのかどうか今でも分からない。自分が男と寝ることになるなんて考えたこともなかった。
 それなのに思いの外抵抗を覚えなかったことに驚いている。
 蓮が死んだあと俺の周りにはさらに人が集まった。常に誰かが俺のそばにいるようになった。そのほとんどが女子だった。自分でも女にモテることは自覚していた。だから相手に困ったことはなかったし、自分を異性愛者だと信じて疑わなかった。
 だけど、蓮がまだ生きていた頃から付き合っていた彼女がこう言った。
 ――萌くんはいいね。弟が生きとってもかわいそう。弟が死んでもかわいそうで。
 全部見抜かれていた。
 俺のステイタスの一つとして、自分が選ばれていたことも、『障害者の弟の世話をする兄』を演じていたことも。
 ――いいね、萌くんは。
 それが彼女の最後の言葉。それからは卒業するまでずっと避けられ中学を卒業してからは一度も会っていない。
 蓮のことが好きだったことも大切だったことも嘘ではない。堂山町であくつゆうとに会った時に話したことも俺の本心だ。
 だけど、彼女が見抜いた俺も、本当の俺だ。
 遊びに行く時もデートの時も、常に蓮を連れて行っていたのは俺が『そういう存在』なのだと周りに知らしめるためだった。いじめの的にならないように。名前や顔のことでからかわれないように、彼女がいることや、障害者の介助をしているということを盾に、周りに自分の方が人間的に上なのだと思わせようとしていた。
 最低だ。
 俺が蓮の代わりに死ねばよかったのに。


 目を覚ますと橘川の姿はすでになかった。
 ベッドルームを出てリビングへ行くと、テーブルの上に朝食が用意してある。焼き魚に卵焼きなどといったオーソドックスな朝食だが、一人暮らしをするようになってこういった食事の用意がいかに大変なのかを身を以て知ったのであの男には感服せざるをえない。
 皿の横には置手紙と五万。タクシー代と昼食代だと書かれている。
 俺はシャワーを浴びに浴室へ向かった。洗濯して乾燥機にかけられた俺の服が脱衣所に置いてある。至れり尽くせりだな。
 どうしてここまでしてくれるのか。肉体関係があるとはいえ、昨日だって結局中途半端に抜いただけなのに。どう考えても割に合わないはずなのに、何も言わない男に、俺はすっかり甘えてしまっている。
 ――僕にとっても幸せやから。こうやってレンくんに何かしてあげることが。
 一度だけ、橘川に聞いたことがある。その時、男はこう答えた。
 きっと、善人なのだと思う。でも、あの人は知らない。俺が、ここへ来る時は必ず荷物の中にナイフを忍ばせていることを。
 売り専を始めてすぐに乱暴な客に当たってしまい、俺は護身用にアウトドアショップでナイフを購入した。呆れるほどに臆病だ。いつだって、自分の身を守るものがそばにないと落ち着かない。堕ちていくのは楽だなんて口では言いつつも、常に命綱を掴んでいる。


「あ、萌ちゃん。あの人……」
 店に出勤して外の掃除をしていると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。まだ開店時間には早い。今日も今日とて無駄に早く出勤したイロハは俺の周りをちょろちょろしていた。
「あのお客さんちゃう? ほら、柔道部顧問」
 イロハがそういってその人物に手を振ると、相手は軽く会釈をして小走りにこちらにやってきた。
「営業前にすみません。昨日はお騒がせしました。これ、ご迷惑をお掛けしたお詫びです」
 男は俺たちの目の前まで来るとそう言って頭を下げた。きっちりとしたスーツ姿で菓子折りらしきものが入った紙袋を差し出す。
 一瞬あっけにとられていた俺たちだったが、すぐにイロハが吹き出す。
「えー、びっくり。何かと思ったら。ていうか、なんでお客さんが謝るんよ? 悪いのはあの性病親父やのに」
 イロハの毒舌に男も思わず吹き出し頭を上げた。やはり背が高く俺たちは少し見上げることになる。
「いやいやいや、きっとああいう時って店側の対応とかちゃんとしたもん決まっとったんやろうなあって思って、帰ってからめっちゃ一人反省会! 俺どんだけでしゃばりやねんって。ほんまごめんやで、店のもんとか何か壊さんかったかな?」
「全然大丈夫。もっとボコボコにしてくれても良かったくらいやわ」
 男は急にくだけた口調になったがそこには馴れ馴れしさも尊大な態度も感じられない。人好きのする笑顔をこちらに向ける。
「お兄さんにも迷惑かけたね。大変やったんちゃう? あの後」
「えっと……」
「ねえねえ、それ何?」
 イロハが男の持ってきた紙袋を指差す。
「あ、そうそうこれ。お詫びにって思って、良かったらみんなで食べて」
 受け取った紙袋を覗き込んだイロハが首を傾げた。
「なにこれ? もみじ?」
「そ。もみじの天ぷら。箕面みのおの名物なんよ。おいしいで」
「えっ、わざわざ箕面まで行ってきたん?」
「いや、ちゃうちゃう。学校が箕面なんよ。ていうか昨日ゆったし名刺も渡したのにー」
 男は大袈裟に肩を落として見せる。どこかイロハと似た人懐っこさを感じさせる男だ。
「ああ、名刺もらったね。あれって、何て読むん? 下の名前」
「ん? ああ、やまとって読むねん。倭国の倭でやまと」
「へえ、倭先生やね。しっかり覚えとく。でも、学校の先生も名刺配ったりするんやね」
「ああ、部活動の顧問やってると他校や外部と関わること多いし、あったら便利やからね」
 二人して何やら盛り上がっている。俺はちりとりと箒を持ったまま突っ立ってその様子を見ていた。その時、男がこちらを見た。しっかりと目が合う。そのまま顔を近づけてきたので、俺は思わず後ずさった。
「お兄さん、目の色すごい綺麗やね。もしかしてハーフ?」
「え、いや……」
 どうやら俺のカラーコンタクトに反応しただけらしい。俺は「違います」と言って首を振った。
「先生、それカラコンやで。いややわー何か今のオヤジくさい」
「ああ、カラコンか! って、今のオヤジくさい? うわあ、ショックやわー。俺まだ二十七やのに」
「十分おっさんやん。ていうか、今日も飲んでく? 明日日曜やから学校休みやろ?」
「いやいやいやいや、昨日はほんまたまたま付き添いってゆうか付き合いってゆうか、そういう感じで来とっただけやから。今日もお詫びしにきただけやし、ママさんにもよろしく伝えといて」
「えー、ママも先生のこと気に入っとったしまた来てや。あ! 節分の日に来てよ。イベントの日やし、あたしのコスプレ見たない?」
 男は明らかに社交辞令と思われる約束をイロハと交わす。そして、元来た道を帰って行った。土曜とはいえ、顧問をしているなら今日も仕事があったはずだ。それなのに、わざわざここまできたのか。
「行っちゃった。せっかく来てくれたのに、萌ちゃん無愛想すぎ。失礼やんか」
「僕が愛想振っても仕方ないでしょ。それに、上のもんに言われて持っていかされただけかもしれないですよ」
「ひねくれてるなあ。それやったらママに直接挨拶するやろ。あ、ちょお待ってや」
 裏口へ向かう俺をイロハが小走りで追いかけてくる。ヒールの音と紙袋がこすれる音が道路に響く。扉の前まできたところで俺は立ち止まった。
 ――目の色すごい綺麗やね。
 さっきの男の言葉が、頭の中で繰り返される。体に力が入らなくなって、そのまま壁にもたれて座り込んだ。イロハが俺の隣にしゃがんだのを、気配で感じる。
「萌ちゃん、いける? 体調悪いん?」
 もうすぐ宮野さんが出勤してくる。こんなところでサボっていられない。だけど、自分でも自分に何が起こっているのか分からない。
 どうして涙が出てくるのか。
 膝に顔を埋めたままの俺の頭に、細い手が置かれた。
「他の先生に聞いたんやけど、去年学校の生徒さんが事故に遭ったんやって。横田先生の受け持ちってわけじゃなかったけど、すんごい落ち込んでたんやって。そっから、みんなでよくこうやって飲み会やったりご飯いったりするようになったんやって。みんな優しいね。やから、謝りに行ってこいなんて、横田先生に行かせへんと思うから、やっぱあの人自身が自分で行かな思ってきてくれたんやと思うよ」
 イロハの言葉が降り注ぐ。
「いい人やね、あの人」
 イロハは何も聞かない。
 でも、いつだって女は俺の気持ちを見抜く。
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