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番外編
ever after
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快晴の中、凌河の家族、七瀬の両親、気の置ける友人たちに見守られて挙げた結婚式は七瀬の人生で一番の思い出になった。
白いタキシードに身を包んだ凌河はそれはもうかっこよくて、綺麗な青い瞳に自分が映る事が嬉しくてずっと見上げてた気がする。それに気付いた凌河は楽しそうに笑ってたけど、友達からは「熱いねー」なんてからかわれてた。
本当に笑いの絶えない式だったと今でも鮮明に思い出せる。
その時の思い出はリビングに飾られた写真に切り取られていて、凌河も七瀬も毎日のように眺めてた。
この先も二人で写真を見ながら語れたらいいなと、七瀬は思うのだった。
結婚式を挙げて一年。
何年経とうとも蜜月な二人は、休みのたびに仲良く出掛けては思い出として最低でも何か一つをお土産として買って帰っていた。
幸せな一ページを飾る物ではあるが、それなりに困ってる事がある。
一つないし二つずつとはいえ、回数を重ねるごとに確実に増えていく為その置き場所に悩みつつあるのだ。
行った先で物作り体験が出来れば参加するし、まあまあな大きさの絵画を選ぶ時もある。本当に大きさがまちまちだから、いくら広いリビングとはいえそろそろ飾れるところがなくなりそうだった。
凌河と住んでいるこの部屋は、高層マンションの最上階にありフロア丸々住居スペースをになっている。間取りとしては1LDKなのだが、それ以上に部屋数が多く感じるのは一つ一つの部屋が広いからだろう。
だが難点は収納の少なさだ。
凌河は棚やワードローブなどを購入して収納スペースを確保していたが、それがいくつもあると見映えも良くなくて、七瀬はいよいよトランクルームをレンタルするべきかと考えていたところだった。すぐには見れないけど、大切に保管は出来るかと。
だがそんな時には事態は好転するもので、ある日の夜、仕事から帰って来た凌河は出迎えた七瀬を抱き締めるなりこんな事を言ってきた。
「七瀬、これ、父さんと義母さんからの結婚祝い」
そう言って渡された紙には二階建て一軒家の間取り図が書かれていて、理解の追い付かない七瀬は首を傾げる。
間取り図が結婚祝いとはどういう事か。そもそも結婚祝いはすでに貰ったはず。
困惑する七瀬を抱き上げリビングまで移動した凌河は、着替えもせずソファに座り七瀬にその膝を跨がせると、ご機嫌な様子で目蓋や頬に口付けてきた。
「あの、凌河さん? 結婚のお祝いって、俺が行きたいって言ってたテーマパークの貸切じゃなかった?」
テレビで某有名テーマパークのCMが流れた時、ポツリと行ってみたいと零したらじゃあ行こうかって凌河が言ってくれて、それに半分冗談で、全部のアトラクションに乗れたらいいねなんて言ったばかりに気付いたら貸し切られていて、パーク内の飲食がご自由にどうぞ状態になっていた上にお土産まで選びたい放題だった。
前までは凄い企業だなぁくらいだったのに、今は久堂家の財力が恐ろしいまである。
七瀬の疑問に、凌河はサラリと「それはオマケ」だと返してきて七瀬は目眩がした。
「オマケ⋯」
「そう。こっちが本命でね、実は結婚式の前から計画はしてたんだ。郊外にはなるんだけど、この家は俺たちの新居であと二ヶ月くらいしたら完成します」
「⋯⋯はい?」
「だからそろそろ引っ越し作業を⋯」
「ちょ、ちょっと待って。え? 俺たちの新居? あと二ヶ月で建つ?」
「そうだよ。結婚おめでとうだって」
「あ、ありがとうございます⋯⋯じゃなくて⋯っ」
焦る自分とは対照的に、全くもって動じていない凌河に自分がおかしいのかと思う。
そもそもテーマパーク貸切からして規格外なのに、プラス自分たちの家まで建つなんて誰が予想出来るのか。
「貰い過ぎだよ⋯⋯テーマパークのお返しさえ絶対見合ってないって思ったくらいなのに、これ以上何を返せば⋯」
「七瀬が笑顔でありがとうって言ってくれるだけで、二人は嬉しいと思うよ」
「そ、そんな訳には⋯」
「それに二人とも、俺を真っ当にしてくれた七瀬には感謝してるからね。これはお礼でもあるんじゃないかな」
「凌河さんはちょっとヤンチャだっただけだよ」
確かに多少のオイタはあったかもしれない。けれど七瀬はその部分を少ししか知らないし、七瀬に対して凌河はどこまでも優しかった。
だから真っ当にしたとかそのお礼とかは、七瀬にとっては貰う理由にならない。
ただ、この家はすでに建築中らしいから有り難く住まわせて貰うとして、本当に何を返そうかと七瀬は頭を悩ませる。
「でも、俺が後妻との関係を修復しようって思ったのは七瀬のおかげだよ」
「凌河さんまで⋯」
「七瀬と再会しなかったら、俺はずっと適当に遊んで喧嘩して世の中どうでもいいって過ごしてたと思う。七瀬がいたからこそ、卒業して就職しようって決めたからね。ちゃんと自分の力で七瀬を幸せにしたかったから」
そう言って頬へと触れてくる凌河に胸が暖かくなる。
最初こそ凌河を怖い人だと思っていた。でも知れば知るほど惹かれて、独り占めしたいと思うようになって、ずっと一緒にいたいと願うようになった。
それが叶って今こうしていられるけど、それはむしろ凌河のおかげだと七瀬は思っている。
たった一度、ほんの少しだけ言葉を交わした自分を三年も捜してくれていた。名前も知らないのに見つけてくれた。
七瀬は微笑むと、頬を撫でる凌河の手に自分の手を重ねて目を閉じる。
「俺だって、凌河さんがいなかったらこんな幸せ知らなかった。もしかしたら、今も一人だったかもしれない。だから俺の方こそ、諦めないでくれてありがとうだよ」
「⋯七瀬⋯」
「凌河さん、大好き」
何度伝えても想いの丈には足らない言葉を口にしながら手を離し、凌河の背中に腕を回して身体を密着させれば、少しして凌河の手も抱き返してきて七瀬は肩へと頭を寄りかからせた。
ほんのり香るムスクに笑みを零していたら、凌河の手が顎にかかり上向かされる。
その次の行動が分かっている七瀬は目を閉じたのだが、どうしてかいつまで経っても何も触れない。不思議に思いつつ目を開けると微笑んでいる凌河がいて、七瀬はぽかんとしてしまった。
「七瀬のキス待ち顔、可愛い」
「⋯もうしない」
「ごめんごめん。ほら、こっち向いて」
見られてた事に拗ねて顔を背けると、凌河はクスクスと楽しそうに笑いながら七瀬の頬を挟んで再び上向かせ、今度はちゃんと唇を触れ合わせてきた。
何度か啄んで、力が抜けたところで舌が差し込まれる。
「ん⋯」
相変わらず凌河とのキスは頭が蕩けそうなほど気持ち良くて、七瀬は甘えた声を漏らして両腕を彼の首へと回す。
テレビもついていない静かな部屋に互いの唾液が混ざる音がして、身体が渦きながらも夢中で応えていた七瀬の服の下に大きな手が入ってきた。直に背中を撫で上げ指先で臀部まで滑り降りる。
「⋯っ、りょ、がさ⋯⋯ご飯、は⋯?」
「ここでお預けは七瀬も辛いでしょ?」
「ンッ」
「一緒に気持ち良くなろっか」
反応している部分を凌河に指でつつかれビクリと足が震える。
甘い声と、気を失うほど知ってる快感への誘惑に、七瀬は抗う事など出来なかった。
三ヶ月後。
「七瀬、これ最後ね」
「ありがとう、凌河さん」
一月前、郊外の閑静な住宅地に凌河と七瀬の家が完成したのだが、驚く事に庭付きでリビングから続くテラスには藤棚が設置されていた。
春になれば数種類の藤の花が咲くらしい。
間取り図を見せて貰った次の日から少しずつ荷物を纏め、その間に凌河の両親をお礼を兼ねて食事へと誘いたくさん話した。両親ともいない七瀬にとっては義理とはいえ一応親になるのだが、凌河の両親は実の息子のように接してくれて義母は〝七ちゃん〟と呼んで可愛がってくれている。
本当に優しい人たちで、七瀬は会うたびに好きになってた。
そうして今日は朝から引っ越し作業をしているのだが、業者が運び込んでくれた荷物が二人分にしては多い為なかなかにダンボールが減らない。
とりあえず寝室とキッチンは使えるよう整えたものの、次はどこに手をつけようか。
「やっぱりカーテンとかクッションカバーとか、明るい色に替えて正解だったね」
「モノトーンも統一感あって好きだったよ」
「あれはあの部屋向けのカラーリングだったから。この家は全体的に七瀬に合わせた雰囲気で屋根とか壁の色選んだし、これからも七瀬の好きにコーディネートしていいよ」
「その時は、凌河さんも一緒に選ぼうね」
「分かった」
二人の家なのだから変えるならお互い納得した物にしたい。そう思って凌河を見上げて言えば、七瀬の気持ちを分かってくれてる凌河は笑顔で頷いてくれた。
今日からはここが二人の帰る場所だ。
前以上に広過ぎる気がしないでもないが、きっとあっという間に埋まるだろう。
「七瀬、思い出を二階に運んで飾らない?」
「する!」
「俺が持って上がるから、どこに何を飾るかは七瀬に任せるね」
「やだ」
「え?」
「二人で運んで二人で飾ろうよ。〝俺たち〟の思い出だよ?」
荷物を持って階段の昇り降りはしんどいだろうという凌河の気遣いだとは分かっているが、七瀬だって男だし一般的な力と体力くらいはあるのだ。
それにデートの思い出なのに、一人で飾るなんて寂し過ぎる。
七瀬の言葉に目を瞬いた凌河は少しして柔らかく笑うと、彼の腰を抱き寄せ口付けた。
「そうだね、一緒にしようか」
「うん!」
結婚式で誓い合ったように、どんな時だって一緒だし何があったって二人で乗り越える。楽しい事も嬉しい事も、悲しい事も辛い事も、凌河の隣で、同じ気持ちで感じたい。
元気よく返事をした七瀬は、「頑張るぞー」と言って玄関に置かれたままの思い出の品を取りに行き二階へと運び始めた。
あまりの数に日が暮れてしまったが、その分デートをしたんだと嬉しくなる。
これからも増えるだろうけど、一部屋使ってるからそうそう埋まる事はないはずだ。
「そういえば、もともと凌河さんが住んでたところはどうなるの?」
「あそこは父さんが買った物件だから、どうするかは父さんが決めるかな。使わないなら売るだろうし」
「そっか」
「どうして?」
「あそこも、凌河さんとの思い出がたくさんあるからちょっと寂しいなって⋯」
同棲して三年は経っていないものの、初めて結ばれた場所だし昨日まで一緒に暮らしていたから、空っぽの部屋を見た時少しだけ泣きそうになった。
仕方がない事とはいえ、しばらくはあのマンション前を通ったら見上げそうだ。
目を伏せる七瀬にふっと笑みを零した凌河は、七瀬が持っていた絵画を壁に飾るとその手を引いてベランダへと出る。外はすっかり暗くなっていて、周りの家の明かりや街灯が周りを照らしてた。
どうしてベランダに出たんだろうって凌河を見上げた七瀬は、その穏やかな横顔にドキッとする。
「俺ももちろん寂しいよ。でも、きっとあとひと月もすれば、この景色が俺たちの当たり前になる。それに、七瀬と過ごした思い出はどこにいてもなくならないから」
「⋯うん」
「今までの思い出もこれからの思い出も、二人で大切にしていこう」
まだ見慣れない高さも眺めも、いつかは何物にも代えがたい場所になる。
ベランダから見える範囲でぐるりと視線を巡らせた七瀬は、大きく頷くと今はこっちを見ている凌河へと抱き着いた。
寂しいけど、どこだろうと隣に凌河がいてくれれば七瀬は幸せでいられるのだ。
「七瀬」
「うん?」
「最初の思い出、作ろうか」
「え?」
さっそく幸せを堪能していたら不意にそんな事を言われ、目を瞬くと横向きに抱き上げられた。そのまま部屋を出て一階に降り、寝室に入る凌河に察した七瀬は先に風呂に入りたいとねだったのだが、笑顔の凌河にあっさりと却下されてベッドへと下ろされる。
相も変わらず欲望に忠実な人だ。
肌を這う手に身体を震わせた七瀬は、目の前の綺麗な顔を見上げて腕を伸ばし首へと回した。
まだ荷解きは終わっていないけど、もし明日動けなかったら残りは凌河に任せよう。
七瀬に甘い凌河にとっては、それくらい朝飯前だろうけど。
FIN.
白いタキシードに身を包んだ凌河はそれはもうかっこよくて、綺麗な青い瞳に自分が映る事が嬉しくてずっと見上げてた気がする。それに気付いた凌河は楽しそうに笑ってたけど、友達からは「熱いねー」なんてからかわれてた。
本当に笑いの絶えない式だったと今でも鮮明に思い出せる。
その時の思い出はリビングに飾られた写真に切り取られていて、凌河も七瀬も毎日のように眺めてた。
この先も二人で写真を見ながら語れたらいいなと、七瀬は思うのだった。
結婚式を挙げて一年。
何年経とうとも蜜月な二人は、休みのたびに仲良く出掛けては思い出として最低でも何か一つをお土産として買って帰っていた。
幸せな一ページを飾る物ではあるが、それなりに困ってる事がある。
一つないし二つずつとはいえ、回数を重ねるごとに確実に増えていく為その置き場所に悩みつつあるのだ。
行った先で物作り体験が出来れば参加するし、まあまあな大きさの絵画を選ぶ時もある。本当に大きさがまちまちだから、いくら広いリビングとはいえそろそろ飾れるところがなくなりそうだった。
凌河と住んでいるこの部屋は、高層マンションの最上階にありフロア丸々住居スペースをになっている。間取りとしては1LDKなのだが、それ以上に部屋数が多く感じるのは一つ一つの部屋が広いからだろう。
だが難点は収納の少なさだ。
凌河は棚やワードローブなどを購入して収納スペースを確保していたが、それがいくつもあると見映えも良くなくて、七瀬はいよいよトランクルームをレンタルするべきかと考えていたところだった。すぐには見れないけど、大切に保管は出来るかと。
だがそんな時には事態は好転するもので、ある日の夜、仕事から帰って来た凌河は出迎えた七瀬を抱き締めるなりこんな事を言ってきた。
「七瀬、これ、父さんと義母さんからの結婚祝い」
そう言って渡された紙には二階建て一軒家の間取り図が書かれていて、理解の追い付かない七瀬は首を傾げる。
間取り図が結婚祝いとはどういう事か。そもそも結婚祝いはすでに貰ったはず。
困惑する七瀬を抱き上げリビングまで移動した凌河は、着替えもせずソファに座り七瀬にその膝を跨がせると、ご機嫌な様子で目蓋や頬に口付けてきた。
「あの、凌河さん? 結婚のお祝いって、俺が行きたいって言ってたテーマパークの貸切じゃなかった?」
テレビで某有名テーマパークのCMが流れた時、ポツリと行ってみたいと零したらじゃあ行こうかって凌河が言ってくれて、それに半分冗談で、全部のアトラクションに乗れたらいいねなんて言ったばかりに気付いたら貸し切られていて、パーク内の飲食がご自由にどうぞ状態になっていた上にお土産まで選びたい放題だった。
前までは凄い企業だなぁくらいだったのに、今は久堂家の財力が恐ろしいまである。
七瀬の疑問に、凌河はサラリと「それはオマケ」だと返してきて七瀬は目眩がした。
「オマケ⋯」
「そう。こっちが本命でね、実は結婚式の前から計画はしてたんだ。郊外にはなるんだけど、この家は俺たちの新居であと二ヶ月くらいしたら完成します」
「⋯⋯はい?」
「だからそろそろ引っ越し作業を⋯」
「ちょ、ちょっと待って。え? 俺たちの新居? あと二ヶ月で建つ?」
「そうだよ。結婚おめでとうだって」
「あ、ありがとうございます⋯⋯じゃなくて⋯っ」
焦る自分とは対照的に、全くもって動じていない凌河に自分がおかしいのかと思う。
そもそもテーマパーク貸切からして規格外なのに、プラス自分たちの家まで建つなんて誰が予想出来るのか。
「貰い過ぎだよ⋯⋯テーマパークのお返しさえ絶対見合ってないって思ったくらいなのに、これ以上何を返せば⋯」
「七瀬が笑顔でありがとうって言ってくれるだけで、二人は嬉しいと思うよ」
「そ、そんな訳には⋯」
「それに二人とも、俺を真っ当にしてくれた七瀬には感謝してるからね。これはお礼でもあるんじゃないかな」
「凌河さんはちょっとヤンチャだっただけだよ」
確かに多少のオイタはあったかもしれない。けれど七瀬はその部分を少ししか知らないし、七瀬に対して凌河はどこまでも優しかった。
だから真っ当にしたとかそのお礼とかは、七瀬にとっては貰う理由にならない。
ただ、この家はすでに建築中らしいから有り難く住まわせて貰うとして、本当に何を返そうかと七瀬は頭を悩ませる。
「でも、俺が後妻との関係を修復しようって思ったのは七瀬のおかげだよ」
「凌河さんまで⋯」
「七瀬と再会しなかったら、俺はずっと適当に遊んで喧嘩して世の中どうでもいいって過ごしてたと思う。七瀬がいたからこそ、卒業して就職しようって決めたからね。ちゃんと自分の力で七瀬を幸せにしたかったから」
そう言って頬へと触れてくる凌河に胸が暖かくなる。
最初こそ凌河を怖い人だと思っていた。でも知れば知るほど惹かれて、独り占めしたいと思うようになって、ずっと一緒にいたいと願うようになった。
それが叶って今こうしていられるけど、それはむしろ凌河のおかげだと七瀬は思っている。
たった一度、ほんの少しだけ言葉を交わした自分を三年も捜してくれていた。名前も知らないのに見つけてくれた。
七瀬は微笑むと、頬を撫でる凌河の手に自分の手を重ねて目を閉じる。
「俺だって、凌河さんがいなかったらこんな幸せ知らなかった。もしかしたら、今も一人だったかもしれない。だから俺の方こそ、諦めないでくれてありがとうだよ」
「⋯七瀬⋯」
「凌河さん、大好き」
何度伝えても想いの丈には足らない言葉を口にしながら手を離し、凌河の背中に腕を回して身体を密着させれば、少しして凌河の手も抱き返してきて七瀬は肩へと頭を寄りかからせた。
ほんのり香るムスクに笑みを零していたら、凌河の手が顎にかかり上向かされる。
その次の行動が分かっている七瀬は目を閉じたのだが、どうしてかいつまで経っても何も触れない。不思議に思いつつ目を開けると微笑んでいる凌河がいて、七瀬はぽかんとしてしまった。
「七瀬のキス待ち顔、可愛い」
「⋯もうしない」
「ごめんごめん。ほら、こっち向いて」
見られてた事に拗ねて顔を背けると、凌河はクスクスと楽しそうに笑いながら七瀬の頬を挟んで再び上向かせ、今度はちゃんと唇を触れ合わせてきた。
何度か啄んで、力が抜けたところで舌が差し込まれる。
「ん⋯」
相変わらず凌河とのキスは頭が蕩けそうなほど気持ち良くて、七瀬は甘えた声を漏らして両腕を彼の首へと回す。
テレビもついていない静かな部屋に互いの唾液が混ざる音がして、身体が渦きながらも夢中で応えていた七瀬の服の下に大きな手が入ってきた。直に背中を撫で上げ指先で臀部まで滑り降りる。
「⋯っ、りょ、がさ⋯⋯ご飯、は⋯?」
「ここでお預けは七瀬も辛いでしょ?」
「ンッ」
「一緒に気持ち良くなろっか」
反応している部分を凌河に指でつつかれビクリと足が震える。
甘い声と、気を失うほど知ってる快感への誘惑に、七瀬は抗う事など出来なかった。
三ヶ月後。
「七瀬、これ最後ね」
「ありがとう、凌河さん」
一月前、郊外の閑静な住宅地に凌河と七瀬の家が完成したのだが、驚く事に庭付きでリビングから続くテラスには藤棚が設置されていた。
春になれば数種類の藤の花が咲くらしい。
間取り図を見せて貰った次の日から少しずつ荷物を纏め、その間に凌河の両親をお礼を兼ねて食事へと誘いたくさん話した。両親ともいない七瀬にとっては義理とはいえ一応親になるのだが、凌河の両親は実の息子のように接してくれて義母は〝七ちゃん〟と呼んで可愛がってくれている。
本当に優しい人たちで、七瀬は会うたびに好きになってた。
そうして今日は朝から引っ越し作業をしているのだが、業者が運び込んでくれた荷物が二人分にしては多い為なかなかにダンボールが減らない。
とりあえず寝室とキッチンは使えるよう整えたものの、次はどこに手をつけようか。
「やっぱりカーテンとかクッションカバーとか、明るい色に替えて正解だったね」
「モノトーンも統一感あって好きだったよ」
「あれはあの部屋向けのカラーリングだったから。この家は全体的に七瀬に合わせた雰囲気で屋根とか壁の色選んだし、これからも七瀬の好きにコーディネートしていいよ」
「その時は、凌河さんも一緒に選ぼうね」
「分かった」
二人の家なのだから変えるならお互い納得した物にしたい。そう思って凌河を見上げて言えば、七瀬の気持ちを分かってくれてる凌河は笑顔で頷いてくれた。
今日からはここが二人の帰る場所だ。
前以上に広過ぎる気がしないでもないが、きっとあっという間に埋まるだろう。
「七瀬、思い出を二階に運んで飾らない?」
「する!」
「俺が持って上がるから、どこに何を飾るかは七瀬に任せるね」
「やだ」
「え?」
「二人で運んで二人で飾ろうよ。〝俺たち〟の思い出だよ?」
荷物を持って階段の昇り降りはしんどいだろうという凌河の気遣いだとは分かっているが、七瀬だって男だし一般的な力と体力くらいはあるのだ。
それにデートの思い出なのに、一人で飾るなんて寂し過ぎる。
七瀬の言葉に目を瞬いた凌河は少しして柔らかく笑うと、彼の腰を抱き寄せ口付けた。
「そうだね、一緒にしようか」
「うん!」
結婚式で誓い合ったように、どんな時だって一緒だし何があったって二人で乗り越える。楽しい事も嬉しい事も、悲しい事も辛い事も、凌河の隣で、同じ気持ちで感じたい。
元気よく返事をした七瀬は、「頑張るぞー」と言って玄関に置かれたままの思い出の品を取りに行き二階へと運び始めた。
あまりの数に日が暮れてしまったが、その分デートをしたんだと嬉しくなる。
これからも増えるだろうけど、一部屋使ってるからそうそう埋まる事はないはずだ。
「そういえば、もともと凌河さんが住んでたところはどうなるの?」
「あそこは父さんが買った物件だから、どうするかは父さんが決めるかな。使わないなら売るだろうし」
「そっか」
「どうして?」
「あそこも、凌河さんとの思い出がたくさんあるからちょっと寂しいなって⋯」
同棲して三年は経っていないものの、初めて結ばれた場所だし昨日まで一緒に暮らしていたから、空っぽの部屋を見た時少しだけ泣きそうになった。
仕方がない事とはいえ、しばらくはあのマンション前を通ったら見上げそうだ。
目を伏せる七瀬にふっと笑みを零した凌河は、七瀬が持っていた絵画を壁に飾るとその手を引いてベランダへと出る。外はすっかり暗くなっていて、周りの家の明かりや街灯が周りを照らしてた。
どうしてベランダに出たんだろうって凌河を見上げた七瀬は、その穏やかな横顔にドキッとする。
「俺ももちろん寂しいよ。でも、きっとあとひと月もすれば、この景色が俺たちの当たり前になる。それに、七瀬と過ごした思い出はどこにいてもなくならないから」
「⋯うん」
「今までの思い出もこれからの思い出も、二人で大切にしていこう」
まだ見慣れない高さも眺めも、いつかは何物にも代えがたい場所になる。
ベランダから見える範囲でぐるりと視線を巡らせた七瀬は、大きく頷くと今はこっちを見ている凌河へと抱き着いた。
寂しいけど、どこだろうと隣に凌河がいてくれれば七瀬は幸せでいられるのだ。
「七瀬」
「うん?」
「最初の思い出、作ろうか」
「え?」
さっそく幸せを堪能していたら不意にそんな事を言われ、目を瞬くと横向きに抱き上げられた。そのまま部屋を出て一階に降り、寝室に入る凌河に察した七瀬は先に風呂に入りたいとねだったのだが、笑顔の凌河にあっさりと却下されてベッドへと下ろされる。
相も変わらず欲望に忠実な人だ。
肌を這う手に身体を震わせた七瀬は、目の前の綺麗な顔を見上げて腕を伸ばし首へと回した。
まだ荷解きは終わっていないけど、もし明日動けなかったら残りは凌河に任せよう。
七瀬に甘い凌河にとっては、それくらい朝飯前だろうけど。
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もう夢中になって読みましたよー❗
この作品が処女作⁉️凄いです、こんなに胸に響く文章が綴れるなんて…‼️
読み終わって思うのは、2人の結婚後の生活を覗き見したいです(笑)
コメントありがとうございます🙇♀️
はい、恥ずかしながら初めて皆さまに読んで頂いた作品でございます(∩ω∩*`)
嬉しいお言葉ありがとうございます😊
楽しんで読んで頂けたなら幸いです✨
結婚してもあまり変わりなさそうな二人ですが、ご希望でしたらちょっと内容考えてみますね🌟
久し振りなのでお時間かかると思いますが、気長にお待ち頂けたらと思います☺️
面白くて一気読みしちゃいましたー‼️
やっぱりハッピーエンド最高です😆✨✨
コメントありがとうございます🙇♀️
処女作なので拙い部分が多々あったかと思いますが、面白いと言って頂けて嬉しいです😊
どの作品もハッピーエンド目指してますよ😆✨
最後まで素晴らしい作品でとても楽しく読むことが出来ました!🥰
ありがとうございます、そう言って頂けて凄く嬉しいです☺️
最後までお読み下さりありがとうございました<(_ _*)>