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番外編
永遠の幸せ
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「七瀬、卒業祝い何が欲しい?」
土曜日の夕方、夕飯の支度をしていた七瀬にお風呂上がりの凌河がそう問い掛けて来た。今まさに包丁でジャガイモを切ろうとしていた七瀬はキョトンとする。
「えっと……特にはない、かな」
「どんなのでもいいよ? 何かない?」
「んー…」
そうは言われても、元々物欲のない七瀬にはこれと言って欲しいものなど思い浮かぶ訳もなく、一度包丁を置いて凌河を見上げる。
そもそも七瀬が無欲なのにも原因はある訳で。
「凌河さん、何もない日でもお土産って言って色々買って来てくれるから……全然見付からない」
「七瀬に似合いそうとか、七瀬が好きそうって思うとつい」
「その気持ちは凄く嬉しいんだけど、俺は一人しかいないんだからね?」
「気を付けます」
凌河の行動原理はいつも七瀬だ。少しでも七瀬に絡む事柄があると反応してしまい、感情が左右される。
そうやっていつも想ってくれるのは嬉しいが、自分の事にも少しは頓着して欲しいと思う七瀬だった。
「見付からないなら、俺が決めてもいい?」
「凌河さんが? それは嬉しいけど…」
「大丈夫。七瀬を喜ばせる事しか考えてないから」
「う、うん…」
今だに七瀬との金銭感覚に差がある凌河は、七瀬のためなら浪費も惜しまない。だからこそお任せにしてしまうのは多少の不安があるが……そこまで言ってくれるなら黙って待ってみようかと思う。
七瀬は頷き、途中だった料理を再開した。
天気にも気候にも恵まれた三月某日、七瀬は二年にも満たない高校生活を無事に終えて卒業証書を受け取った。
「七ちゃぁあん! 同窓会企画するから絶対来てねえぇ!」
「七ちゃんと会えなくなるなんてええぇぇ」
式を終えてクラスに戻るなり、唐突に宮下と佐々木に両側から挟まれ号泣される。二学年共同じクラスだった二人は何故かいつも七瀬の傍にいて茉白以上に仲良くしてくれたのだが、ここまで別れを惜しんでくれるとは思わなかった。
七瀬はよしよしと頭を撫で頷く。
「うん、絶対行くよ」
「何だったら遊んでねえぇぇ…っ」
「うん、遊ぼうね」
「私たちの目の保養がああぁぁ…っ」
「そ、そろそろ落ち着いて。そんなに泣いたら目も鼻も真っ赤になっちゃうよ」
とめどなく涙を流す二人に流石の七瀬も困惑してしまう。男として、女の子にはやっぱり笑顔でいて欲しい。それに、会おうと思えばいつでも会えるのだから、そんなに悲しまないで欲しい。
七瀬はポケットからハンカチを出すと、二人の目元に交互に優しく当ててどうにか落ち着かせようとする。
クラスメイトはその光景に笑うだけで助けてはくれないし、いい加減ハンカチも絞れてしまいそうだ。
「二人共、最後にみんなで写真撮るらしいから泣き止まないと」
「うぅー……」
「…ぐす…七ちゃん、後で三人でも撮ろうね……」
「うん」
さすがに泣き顔で撮られるのは嫌なのだろう。二人は鼻を啜りながら七瀬から離れるとトイレに行ってくると告げて一度教室から出て行った。戻って来た時にはいつも通りの二人だったから、女の子って凄いなと素直に感心してしまったものだ。
黒板の前で全員の写真を撮り、約束通り二人とも写真を撮った。たくさん話して、そろそろ解散しようかと話し始めた時に外がザワついている事に気付く。
「?」
「何だろ」
「……あ、おい、あれ!」
「うっそぉ…」
「何でいるの?」
「七ちゃん、七ちゃん! 門のとこ見て!」
「……え、凌河さん?」
窓から外を見たクラスメイトが口々に驚きの声を上げる。佐々木に手招きされ言われた通り門のところを見て目を瞬いた。
門柱に寄り掛かるようにして立っている黒髪の美丈夫は、間違いなく七瀬の恋人である凌河だったから。
「七ちゃんのお迎えかな」
「いいなー、恋人のお迎えなんて羨ましい」
「しかもあんなイケメンの」
「相変わらず存在感すげぇな、久堂先輩」
「見ろよ、外にいる女子がザワついてる」
「先輩は七ちゃん一筋だから無理無理」
遠目からでも凌河は目立つし、色めきだった女子たちが遠巻きに囲み始めているのを見て、七瀬は眉尻を下げた。
それに気付いた宮下がクスリと笑って背中を押してくれる。
「ほらほら、七ちゃんはもう帰らないと」
「え、あ、うん」
「また連絡するからね」
「またな、天宮」
「元気でね、天宮くん」
クラスメイトから次々と贈られる言葉に微笑んで頷くと、七瀬は荷物を持ち手を振って教室を出た。普段なら絶対しないけど、廊下を走って転げ落ちない程度に急いで階段を降りる。
凌河がいるからか、昇降口には人が溢れていた。中には興味本位で残っている者もいるようだが、大半は帰りたくても帰れない事にヤキモキしているようだ。これは早くどうにかしなければ。
七瀬は靴を履き、脱いだ上履きを鞄にしまって外に飛び出した。人の間を抜けて真っ直ぐ凌河に向かって走る。
「凌河さん!」
「七瀬」
声をかけると気付いた凌河が腕を広げてくる。それに一瞬戸惑いながらも、どうせ今日が最後だしと勢いのまま飛び込んだ。
「おかえり、七瀬。卒業おめでとう」
「ただいま。ありがとう、凌河さん」
一部の女子からキャーッと黄色い声が上がった気がして振り向こうとしたが、その前に大きな手に頭を押さえられ抱き締められる。
「七瀬の制服姿も、今日で見納めだね」
「ネクタイと第二ボタン、いる?」
「ううん、いいよ、ありがとう。それより話があるんだ」
「話?」
クスクスと笑いながら首を振った凌河は抱き締めていた腕を離して首を傾げる七瀬を見下ろすと、ポケットから手の平よりも小さめの四角い箱を取り出し微笑んだ。上下で箱を持ち七瀬に見えるように開ける。中には細身のシルバーリングが入っていた。
「……え?」
「七瀬、結婚しよう」
「……」
「法律では認められないから形だけになっちゃうんだけど…。パートナーシップ宣誓もあるし、七瀬が俺と同じ苗字になりたいなら養子縁組って手もある。結婚式だって出来る場所があるんだよ。だから……」
そこまでやや早口で告げた凌河は、七瀬が黙ってしまった事を不安に思ったか尻すぼみになる。だが、七瀬は持っていた全ての荷物を地面に落とすと震える両手で口元を覆った。
ポタリ、と涙が落ちる。
「……だから七瀬、俺と結婚して」
「…っ……ほん、とに、俺でいい、の…?」
「七瀬がいい。七瀬とじゃなきゃ、幸せになれない」
「凌河、さ…っ」
涙が溢れて止まらない。
例え形だけだとしても、そこにお互いが結婚したという認識があれば二人は『夫夫』なのだ。つまり、七瀬に『家族』が出来ると言う事。こんなに嬉しい事はない。
七瀬は再びその胸に飛び込んだ。
「嬉しい……すっごく嬉しい」
「じゃあ、返事は?」
「……もちろん、〝イエス〟だよ」
「七瀬……!」
背中に腕が回され力強く抱き締められた瞬間、学校中から拍手と歓声が上がった。色んな場所からおめでとうの声が聞こえてくる。
「みんな……」
男同士なのに笑顔で祝ってくれる同級生に、七瀬はまた嬉しくなり泣いてしまう。
何事かと出て来た教師陣が門のところで抱き合う二人を見てギョッとしていたが、卒業生から話を聞くと途端に笑顔になり拍手してくれた。
一頻り七瀬を抱き締めた凌河は身体を離し、背中に回された左手を取ると今は何も着いていない薬指に先程の指輪を嵌める。それからそこへ唇を落としてもう一度抱き締めると、耳元で七瀬にだけ聞こえるように囁いた。
「愛してるよ、七瀬」
胸がギュッとして心の底から幸せを感じた七瀬は、元担任から近所迷惑になるからと窘められるまで凌河の腕の中にいた。
ずっと一人で頑張って来た。母のために出来る事は、自分を犠牲にしてでも何でもやった。少しでも長く一緒にいたかったから、自分の事なんて二の次三の次で、ただひたすら懸命に生きてきた。
仲良く歩く家族連れを見て、何度羨ましがったか分からない。無意識にいいなと呟いた事もある。
それでもこうして歩んで来た道が凌河に繋がっていたなら、七瀬にとっては幸せ以外の何物でもない。
だってほら、今もこんなに幸せだ。
「俺も……愛してる、凌河さん」
いつだって自分を映してくれる大好きな青空色の瞳を見上げた七瀬は、誰が見ても分かるほど幸せそうな笑顔を浮かべた。
二人は結局、パートナーシップ宣誓を選んだ。
養子縁組は法律上、父と息子という関係になり凌河と同じ苗字にはなれるが、両親との最後の繋がりである『天宮』という姓を失くす事は七瀬には出来なかった。
パートナーシップ宣誓に法的効果はないが、宣誓する事によって〝家族と同等〟の扱いは受けられるし、二人がそれも結婚だと思えば結婚なのだから、それで十分だった。
手を伸ばせば届く距離に彼がいる。いつだって優しく微笑んで、真綿で包むように愛してくれるから、七瀬はずっと笑顔でいられる。
それから一年後の穏やかな春の日、二人は大切な仲間たちに見守られながら神に永遠の愛を誓いあった。
オマケ
「そういえば、どうして学校でのプロポーズだったの?」
「考えてみれば、七瀬との思い出が一番多いのが学校だったんだよね。もっとムードのある場所、たくさん連れて行けば良かったってちょっと後悔してる」
「でも嬉しかったよ。もしかしてプロポーズが卒業式のお祝い?」
「うん。元々しようと思ってたし、そのために指輪もオーダーしてたし」
「え、この指輪一点物なの?」
「そうだよ。七瀬にあげる結婚指輪だから、ショーケースにある物じゃダメ。この世で七瀬だけが持つ指輪じゃないとね」
「…………」
「え、あれ? もしかして嫌だった?」
「ううん、びっくりしちゃって……ありがとう、凌河さん。すっごくすっごく嬉しい」
「そっか、良かった。……一生大事にするからね、七瀬」
「うん。俺も凌河さんの事、一生大事にするね」
(指輪の値段は、怖くて聞けませんでした……)
FIN.
土曜日の夕方、夕飯の支度をしていた七瀬にお風呂上がりの凌河がそう問い掛けて来た。今まさに包丁でジャガイモを切ろうとしていた七瀬はキョトンとする。
「えっと……特にはない、かな」
「どんなのでもいいよ? 何かない?」
「んー…」
そうは言われても、元々物欲のない七瀬にはこれと言って欲しいものなど思い浮かぶ訳もなく、一度包丁を置いて凌河を見上げる。
そもそも七瀬が無欲なのにも原因はある訳で。
「凌河さん、何もない日でもお土産って言って色々買って来てくれるから……全然見付からない」
「七瀬に似合いそうとか、七瀬が好きそうって思うとつい」
「その気持ちは凄く嬉しいんだけど、俺は一人しかいないんだからね?」
「気を付けます」
凌河の行動原理はいつも七瀬だ。少しでも七瀬に絡む事柄があると反応してしまい、感情が左右される。
そうやっていつも想ってくれるのは嬉しいが、自分の事にも少しは頓着して欲しいと思う七瀬だった。
「見付からないなら、俺が決めてもいい?」
「凌河さんが? それは嬉しいけど…」
「大丈夫。七瀬を喜ばせる事しか考えてないから」
「う、うん…」
今だに七瀬との金銭感覚に差がある凌河は、七瀬のためなら浪費も惜しまない。だからこそお任せにしてしまうのは多少の不安があるが……そこまで言ってくれるなら黙って待ってみようかと思う。
七瀬は頷き、途中だった料理を再開した。
天気にも気候にも恵まれた三月某日、七瀬は二年にも満たない高校生活を無事に終えて卒業証書を受け取った。
「七ちゃぁあん! 同窓会企画するから絶対来てねえぇ!」
「七ちゃんと会えなくなるなんてええぇぇ」
式を終えてクラスに戻るなり、唐突に宮下と佐々木に両側から挟まれ号泣される。二学年共同じクラスだった二人は何故かいつも七瀬の傍にいて茉白以上に仲良くしてくれたのだが、ここまで別れを惜しんでくれるとは思わなかった。
七瀬はよしよしと頭を撫で頷く。
「うん、絶対行くよ」
「何だったら遊んでねえぇぇ…っ」
「うん、遊ぼうね」
「私たちの目の保養がああぁぁ…っ」
「そ、そろそろ落ち着いて。そんなに泣いたら目も鼻も真っ赤になっちゃうよ」
とめどなく涙を流す二人に流石の七瀬も困惑してしまう。男として、女の子にはやっぱり笑顔でいて欲しい。それに、会おうと思えばいつでも会えるのだから、そんなに悲しまないで欲しい。
七瀬はポケットからハンカチを出すと、二人の目元に交互に優しく当ててどうにか落ち着かせようとする。
クラスメイトはその光景に笑うだけで助けてはくれないし、いい加減ハンカチも絞れてしまいそうだ。
「二人共、最後にみんなで写真撮るらしいから泣き止まないと」
「うぅー……」
「…ぐす…七ちゃん、後で三人でも撮ろうね……」
「うん」
さすがに泣き顔で撮られるのは嫌なのだろう。二人は鼻を啜りながら七瀬から離れるとトイレに行ってくると告げて一度教室から出て行った。戻って来た時にはいつも通りの二人だったから、女の子って凄いなと素直に感心してしまったものだ。
黒板の前で全員の写真を撮り、約束通り二人とも写真を撮った。たくさん話して、そろそろ解散しようかと話し始めた時に外がザワついている事に気付く。
「?」
「何だろ」
「……あ、おい、あれ!」
「うっそぉ…」
「何でいるの?」
「七ちゃん、七ちゃん! 門のとこ見て!」
「……え、凌河さん?」
窓から外を見たクラスメイトが口々に驚きの声を上げる。佐々木に手招きされ言われた通り門のところを見て目を瞬いた。
門柱に寄り掛かるようにして立っている黒髪の美丈夫は、間違いなく七瀬の恋人である凌河だったから。
「七ちゃんのお迎えかな」
「いいなー、恋人のお迎えなんて羨ましい」
「しかもあんなイケメンの」
「相変わらず存在感すげぇな、久堂先輩」
「見ろよ、外にいる女子がザワついてる」
「先輩は七ちゃん一筋だから無理無理」
遠目からでも凌河は目立つし、色めきだった女子たちが遠巻きに囲み始めているのを見て、七瀬は眉尻を下げた。
それに気付いた宮下がクスリと笑って背中を押してくれる。
「ほらほら、七ちゃんはもう帰らないと」
「え、あ、うん」
「また連絡するからね」
「またな、天宮」
「元気でね、天宮くん」
クラスメイトから次々と贈られる言葉に微笑んで頷くと、七瀬は荷物を持ち手を振って教室を出た。普段なら絶対しないけど、廊下を走って転げ落ちない程度に急いで階段を降りる。
凌河がいるからか、昇降口には人が溢れていた。中には興味本位で残っている者もいるようだが、大半は帰りたくても帰れない事にヤキモキしているようだ。これは早くどうにかしなければ。
七瀬は靴を履き、脱いだ上履きを鞄にしまって外に飛び出した。人の間を抜けて真っ直ぐ凌河に向かって走る。
「凌河さん!」
「七瀬」
声をかけると気付いた凌河が腕を広げてくる。それに一瞬戸惑いながらも、どうせ今日が最後だしと勢いのまま飛び込んだ。
「おかえり、七瀬。卒業おめでとう」
「ただいま。ありがとう、凌河さん」
一部の女子からキャーッと黄色い声が上がった気がして振り向こうとしたが、その前に大きな手に頭を押さえられ抱き締められる。
「七瀬の制服姿も、今日で見納めだね」
「ネクタイと第二ボタン、いる?」
「ううん、いいよ、ありがとう。それより話があるんだ」
「話?」
クスクスと笑いながら首を振った凌河は抱き締めていた腕を離して首を傾げる七瀬を見下ろすと、ポケットから手の平よりも小さめの四角い箱を取り出し微笑んだ。上下で箱を持ち七瀬に見えるように開ける。中には細身のシルバーリングが入っていた。
「……え?」
「七瀬、結婚しよう」
「……」
「法律では認められないから形だけになっちゃうんだけど…。パートナーシップ宣誓もあるし、七瀬が俺と同じ苗字になりたいなら養子縁組って手もある。結婚式だって出来る場所があるんだよ。だから……」
そこまでやや早口で告げた凌河は、七瀬が黙ってしまった事を不安に思ったか尻すぼみになる。だが、七瀬は持っていた全ての荷物を地面に落とすと震える両手で口元を覆った。
ポタリ、と涙が落ちる。
「……だから七瀬、俺と結婚して」
「…っ……ほん、とに、俺でいい、の…?」
「七瀬がいい。七瀬とじゃなきゃ、幸せになれない」
「凌河、さ…っ」
涙が溢れて止まらない。
例え形だけだとしても、そこにお互いが結婚したという認識があれば二人は『夫夫』なのだ。つまり、七瀬に『家族』が出来ると言う事。こんなに嬉しい事はない。
七瀬は再びその胸に飛び込んだ。
「嬉しい……すっごく嬉しい」
「じゃあ、返事は?」
「……もちろん、〝イエス〟だよ」
「七瀬……!」
背中に腕が回され力強く抱き締められた瞬間、学校中から拍手と歓声が上がった。色んな場所からおめでとうの声が聞こえてくる。
「みんな……」
男同士なのに笑顔で祝ってくれる同級生に、七瀬はまた嬉しくなり泣いてしまう。
何事かと出て来た教師陣が門のところで抱き合う二人を見てギョッとしていたが、卒業生から話を聞くと途端に笑顔になり拍手してくれた。
一頻り七瀬を抱き締めた凌河は身体を離し、背中に回された左手を取ると今は何も着いていない薬指に先程の指輪を嵌める。それからそこへ唇を落としてもう一度抱き締めると、耳元で七瀬にだけ聞こえるように囁いた。
「愛してるよ、七瀬」
胸がギュッとして心の底から幸せを感じた七瀬は、元担任から近所迷惑になるからと窘められるまで凌河の腕の中にいた。
ずっと一人で頑張って来た。母のために出来る事は、自分を犠牲にしてでも何でもやった。少しでも長く一緒にいたかったから、自分の事なんて二の次三の次で、ただひたすら懸命に生きてきた。
仲良く歩く家族連れを見て、何度羨ましがったか分からない。無意識にいいなと呟いた事もある。
それでもこうして歩んで来た道が凌河に繋がっていたなら、七瀬にとっては幸せ以外の何物でもない。
だってほら、今もこんなに幸せだ。
「俺も……愛してる、凌河さん」
いつだって自分を映してくれる大好きな青空色の瞳を見上げた七瀬は、誰が見ても分かるほど幸せそうな笑顔を浮かべた。
二人は結局、パートナーシップ宣誓を選んだ。
養子縁組は法律上、父と息子という関係になり凌河と同じ苗字にはなれるが、両親との最後の繋がりである『天宮』という姓を失くす事は七瀬には出来なかった。
パートナーシップ宣誓に法的効果はないが、宣誓する事によって〝家族と同等〟の扱いは受けられるし、二人がそれも結婚だと思えば結婚なのだから、それで十分だった。
手を伸ばせば届く距離に彼がいる。いつだって優しく微笑んで、真綿で包むように愛してくれるから、七瀬はずっと笑顔でいられる。
それから一年後の穏やかな春の日、二人は大切な仲間たちに見守られながら神に永遠の愛を誓いあった。
オマケ
「そういえば、どうして学校でのプロポーズだったの?」
「考えてみれば、七瀬との思い出が一番多いのが学校だったんだよね。もっとムードのある場所、たくさん連れて行けば良かったってちょっと後悔してる」
「でも嬉しかったよ。もしかしてプロポーズが卒業式のお祝い?」
「うん。元々しようと思ってたし、そのために指輪もオーダーしてたし」
「え、この指輪一点物なの?」
「そうだよ。七瀬にあげる結婚指輪だから、ショーケースにある物じゃダメ。この世で七瀬だけが持つ指輪じゃないとね」
「…………」
「え、あれ? もしかして嫌だった?」
「ううん、びっくりしちゃって……ありがとう、凌河さん。すっごくすっごく嬉しい」
「そっか、良かった。……一生大事にするからね、七瀬」
「うん。俺も凌河さんの事、一生大事にするね」
(指輪の値段は、怖くて聞けませんでした……)
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