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来て欲しくなかった訪問者
季節がゆっくりと春へと向かい始め陽も暖かくなってきたある日、レイフォードは申し訳なさそうにルカを抱き締めてきた。
「ルカ、東の街にある治水調査の為に十日ほど城を空ける。リックスとソフィアがいるから大丈夫だとは思うが、何かあったらネックレスのボタンを押してくれ。すぐに戻って来る」
「分かった」
他にも絶対一人にならないとか城から出ないとかたくさん言われたが、ソフィアが「過保護も程々に」と言ってなかなか行こうとしない背中を押してみんなで送り出した。
銀色の翼を出して名残惜しげに飛び立った姿が見えなくなってもその場から離れようとしないルカを、ソフィアが抱き締めてくれた事は記憶に新しい。
それから四日経ち、庭で祖母たちと過ごしたり図書館に行ってセノールと話したりソフィアやハルマンとお茶したりと、寝る時以外は一人になる事はなかったルカはそれでもいい加減寂しくなっていた。
家族といても友人といても、心の中にぽっかりと穴が開いたように感じるのはやっぱり好きな人がいないからだろう。
「レイの顔見たい⋯」
いつも傍にあった温もりも微笑みも手の届く場所になくて、まだ三回しか夜を越していないのに今や何もする気が起きない。
そんなルカをソフィアはだらしないと叱るでもなく、部屋から出る時以外はずっと一緒にいてくれて普段よりも優しくしてくれていた。
「ルカ様、司書官様がお呼びでしたよ」
「セノールが?」
「お渡ししたい物があるそうです」
「んー⋯じゃあ行ってくる」
部屋を出てリックスと共に図書館へと行く道すがら、滅多に見掛けない大臣たちがいて難しい顔を付き合わせて話している事に気付いた。
「リックス、あそこ⋯」
「お気になさらず。あの方たちは、ああして眉間に皺を寄せて話す事が好きなのですよ」
「そうなんだ」
何処か冷たいリックスの声に目を瞬きつつも、これ以上聞くのは良くない気がしてそれだけで済ませ、図書館の扉前で待機する彼から離れて中に入れば上段にある本棚の天井近くにいたセノールがふわりと降りてきた。
「来たか。ほら、これ」
「? あ、新しい仕掛け絵本?」
「昨日、書籍市場で見付けた。寂しがってるルカくんにお土産」
「うわぁ、嬉しい! ありがとう!」
セノールの揶揄いになど気付かないルカは目を輝かせて本を受け取る。全身で喜ぶルカに気が削がれたセノールは、いつも座っているソファを指差すと再び飛び上がった。
どうやら彼は翼を出さなくても飛べるらしく、今だに翼が何色かも分からない。きっと聞いても教えてはくれないだろう。
「そこ、準備出来てるから好きに読んでな」
「うん」
図書館に来る時はこうして事前に紅茶とお菓子が用意されていて、ルカがすぐにでも寛げるようにしてくれている。口ではいろいろとキツい事を言ってくるセノールだが、こういう気遣いをしてくれる辺り本当に優しい。
「セノールは何してるんだ?」
「古い本の状態確認。保存魔法も永久的じゃねぇからな」
「楽しい?」
「まぁこれが俺の仕事だし」
器用に移動しながら本を抜いてはパラパラと捲って戻すを繰り返すセノールを眺めつつ、ソファに座って仕掛け絵本を開く。以前プレゼントされたものは街並みだったが、今回のは色んな店のようでルカが見た事もないような物が売られていた。
(さんご⋯と、かいがら? へぇ、〝うみ〟ってとこにあるんだ)
木々に囲まれた場所で育ったルカは当たり前だが海を見た事がない。アッシェンベルグも下界より高い場所にあるから海はないが、レイフォードにお願いすれば連れて行って貰えるかもと今はいない恋人を思う。
寂しくなるから考えないようにしても、すぐにレイフォードの事が頭に浮ぶなと一人眉尻を下げたルカは、本を閉じると柔らかいソファに身体を横たえた。
(レイ、ちゃんと休めてるかな)
忙しい時は、ルカよりも早くから起きて、ルカが寝るよりも遅くまで公務をしているレイフォードである。
無理をしていないか、それだけが心配だった。
「眠いのか?」
本を抱えたまま寝転んでいるルカの顔をセノールが覗き込みながら聞いてくる。
首を振って起き上がろうとした時出入口の扉がノックされ、片眉を跳ね上げたセノールが応答してしばらく、ルカを手招きしてきた。
「何?」
「ん」
「ルカ様。お寛ぎのところ申し訳御座いませんが、すぐにお部屋にお戻り頂いても宜しいでしょうか」
「え、何で?」
「少し問題が⋯」
不思議に思いながら近付くと親指で扉の外を示され、顔を出したら申し訳なさそうな顔をしたリックスがいて更に首を傾げる。
歯切れの悪い様子に何かを察したルカは、セノールを振り返り両手で本を持ち上げた。
「これ、ありがとう。前のと一緒に大事にするな」
「ああ。じゃあな」
すっかりリックスの前では取り繕わなくなったセノールが扉を閉めると途端に辺りがシーンとなる。
本を受け取ろうとするリックスに大丈夫と答えて歩き出したルカは、城内が慌ただしい事に気付いた。
「みんな忙しいのか?」
「いえ⋯そういう訳では」
「?」
「ああ、ルカ様。お捜ししておりましたぞ」
いつもはハキハキと喋るのにどうしたのだろうと思っていたら、大臣の一人であるエイデルに声をかけられた。話した事もないのだが、何故か半笑いでルカへと近付いて来てリックスに止められる。
「エイデル殿、それ以上はご遠慮下さい」
「これは失礼。ルカ様、たった今お客様がお見えになったのですが⋯」
「ルカ様には無関係です」
「そんな訳ないでしょう。陛下のご寵愛を受けていらっしゃるのですから、陛下ご不在の今、ルカ様にご対応頂かなくては」
「必要ありません」
何だかずいぶんと不穏な空気が漂っている。
当事者なのにどうしたらいいのか分からず二人を交互に見ていたルカに、エイデルは揉み手をしながら再び話しかけてきた。
「これはこの国にとって最も重要な事。ルカ様には申し訳ないのですが、ぜひお受けして頂けませんか?」
「えっと⋯⋯何を?」
「ルカ様」
この国にという事は、引いてはレイフォードにとってもという事だ。
そう言われて問い返したルカにリックスの窘めるような声が飛ぶが、エイデルはニヤリと笑うと一歩近付いて答えた。
「下界より、アザを持つ方が来られたのです。お相手を願えますかな?」
「!」
ルカの身体がビクリと跳ね一瞬にして喉が渇く。
遥か昔から世界で一番希少な存在であるアザを持つ者。その人が、自分から城にやってきた。
レイフォードの妃になる為に。
来なければいいのにと願っていた事が現実になり、ルカは視界がクラリと揺れたのが分かった。
「ルカ、東の街にある治水調査の為に十日ほど城を空ける。リックスとソフィアがいるから大丈夫だとは思うが、何かあったらネックレスのボタンを押してくれ。すぐに戻って来る」
「分かった」
他にも絶対一人にならないとか城から出ないとかたくさん言われたが、ソフィアが「過保護も程々に」と言ってなかなか行こうとしない背中を押してみんなで送り出した。
銀色の翼を出して名残惜しげに飛び立った姿が見えなくなってもその場から離れようとしないルカを、ソフィアが抱き締めてくれた事は記憶に新しい。
それから四日経ち、庭で祖母たちと過ごしたり図書館に行ってセノールと話したりソフィアやハルマンとお茶したりと、寝る時以外は一人になる事はなかったルカはそれでもいい加減寂しくなっていた。
家族といても友人といても、心の中にぽっかりと穴が開いたように感じるのはやっぱり好きな人がいないからだろう。
「レイの顔見たい⋯」
いつも傍にあった温もりも微笑みも手の届く場所になくて、まだ三回しか夜を越していないのに今や何もする気が起きない。
そんなルカをソフィアはだらしないと叱るでもなく、部屋から出る時以外はずっと一緒にいてくれて普段よりも優しくしてくれていた。
「ルカ様、司書官様がお呼びでしたよ」
「セノールが?」
「お渡ししたい物があるそうです」
「んー⋯じゃあ行ってくる」
部屋を出てリックスと共に図書館へと行く道すがら、滅多に見掛けない大臣たちがいて難しい顔を付き合わせて話している事に気付いた。
「リックス、あそこ⋯」
「お気になさらず。あの方たちは、ああして眉間に皺を寄せて話す事が好きなのですよ」
「そうなんだ」
何処か冷たいリックスの声に目を瞬きつつも、これ以上聞くのは良くない気がしてそれだけで済ませ、図書館の扉前で待機する彼から離れて中に入れば上段にある本棚の天井近くにいたセノールがふわりと降りてきた。
「来たか。ほら、これ」
「? あ、新しい仕掛け絵本?」
「昨日、書籍市場で見付けた。寂しがってるルカくんにお土産」
「うわぁ、嬉しい! ありがとう!」
セノールの揶揄いになど気付かないルカは目を輝かせて本を受け取る。全身で喜ぶルカに気が削がれたセノールは、いつも座っているソファを指差すと再び飛び上がった。
どうやら彼は翼を出さなくても飛べるらしく、今だに翼が何色かも分からない。きっと聞いても教えてはくれないだろう。
「そこ、準備出来てるから好きに読んでな」
「うん」
図書館に来る時はこうして事前に紅茶とお菓子が用意されていて、ルカがすぐにでも寛げるようにしてくれている。口ではいろいろとキツい事を言ってくるセノールだが、こういう気遣いをしてくれる辺り本当に優しい。
「セノールは何してるんだ?」
「古い本の状態確認。保存魔法も永久的じゃねぇからな」
「楽しい?」
「まぁこれが俺の仕事だし」
器用に移動しながら本を抜いてはパラパラと捲って戻すを繰り返すセノールを眺めつつ、ソファに座って仕掛け絵本を開く。以前プレゼントされたものは街並みだったが、今回のは色んな店のようでルカが見た事もないような物が売られていた。
(さんご⋯と、かいがら? へぇ、〝うみ〟ってとこにあるんだ)
木々に囲まれた場所で育ったルカは当たり前だが海を見た事がない。アッシェンベルグも下界より高い場所にあるから海はないが、レイフォードにお願いすれば連れて行って貰えるかもと今はいない恋人を思う。
寂しくなるから考えないようにしても、すぐにレイフォードの事が頭に浮ぶなと一人眉尻を下げたルカは、本を閉じると柔らかいソファに身体を横たえた。
(レイ、ちゃんと休めてるかな)
忙しい時は、ルカよりも早くから起きて、ルカが寝るよりも遅くまで公務をしているレイフォードである。
無理をしていないか、それだけが心配だった。
「眠いのか?」
本を抱えたまま寝転んでいるルカの顔をセノールが覗き込みながら聞いてくる。
首を振って起き上がろうとした時出入口の扉がノックされ、片眉を跳ね上げたセノールが応答してしばらく、ルカを手招きしてきた。
「何?」
「ん」
「ルカ様。お寛ぎのところ申し訳御座いませんが、すぐにお部屋にお戻り頂いても宜しいでしょうか」
「え、何で?」
「少し問題が⋯」
不思議に思いながら近付くと親指で扉の外を示され、顔を出したら申し訳なさそうな顔をしたリックスがいて更に首を傾げる。
歯切れの悪い様子に何かを察したルカは、セノールを振り返り両手で本を持ち上げた。
「これ、ありがとう。前のと一緒に大事にするな」
「ああ。じゃあな」
すっかりリックスの前では取り繕わなくなったセノールが扉を閉めると途端に辺りがシーンとなる。
本を受け取ろうとするリックスに大丈夫と答えて歩き出したルカは、城内が慌ただしい事に気付いた。
「みんな忙しいのか?」
「いえ⋯そういう訳では」
「?」
「ああ、ルカ様。お捜ししておりましたぞ」
いつもはハキハキと喋るのにどうしたのだろうと思っていたら、大臣の一人であるエイデルに声をかけられた。話した事もないのだが、何故か半笑いでルカへと近付いて来てリックスに止められる。
「エイデル殿、それ以上はご遠慮下さい」
「これは失礼。ルカ様、たった今お客様がお見えになったのですが⋯」
「ルカ様には無関係です」
「そんな訳ないでしょう。陛下のご寵愛を受けていらっしゃるのですから、陛下ご不在の今、ルカ様にご対応頂かなくては」
「必要ありません」
何だかずいぶんと不穏な空気が漂っている。
当事者なのにどうしたらいいのか分からず二人を交互に見ていたルカに、エイデルは揉み手をしながら再び話しかけてきた。
「これはこの国にとって最も重要な事。ルカ様には申し訳ないのですが、ぜひお受けして頂けませんか?」
「えっと⋯⋯何を?」
「ルカ様」
この国にという事は、引いてはレイフォードにとってもという事だ。
そう言われて問い返したルカにリックスの窘めるような声が飛ぶが、エイデルはニヤリと笑うと一歩近付いて答えた。
「下界より、アザを持つ方が来られたのです。お相手を願えますかな?」
「!」
ルカの身体がビクリと跳ね一瞬にして喉が渇く。
遥か昔から世界で一番希少な存在であるアザを持つ者。その人が、自分から城にやってきた。
レイフォードの妃になる為に。
来なければいいのにと願っていた事が現実になり、ルカは視界がクラリと揺れたのが分かった。
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