潮風高校“海辺研究会”へようこそ!拍手でつなぐ僕らの青春航路

乾為天女

文字の大きさ
11 / 25

第十一話「熱をこらえて、託すバトン」

しおりを挟む
 七月三日、鎌倉花火大会の前夜。
 賑やかな観光客の声とは裏腹に、潮風高校の裏手にある公民館の一室は静かだった。
 その和室の隅で、布団にくるまっているのは――絢香だった。
 天井をぼんやり見上げる彼女の額には、ひんやりした冷却ジェルシート。顔色は悪く、時おり小さく咳き込む。
(まさか、このタイミングで体調崩すなんて……)
 ほんの三日前、彼女は昼も夜も詰め込んで、夏の集中合宿の準備をしていた。
 観測地の下見ルート、必要物資の搬送計画、データのバックアップ分担、各メンバーの行動表……。
 「あと一歩で完成」というところまで来ていた。
 でも、絢香は気づいていなかった。
 “自分の体”という、最も大切な観測対象を、見落としていたことに。
 襖が開いた。
 陽太が、ビニール袋を提げて入ってくる。中にはスポーツドリンクとおかゆのパック。
「……持ってきた。口に入れられそうなら、無理せずね」
「ありがとう……」
 絢香は少しだけ身を起こし、受け取ると、かすれた声で続けた。
「ごめん。全部、私がやるつもりだったのに……」
「“全部”ってのは、誰かの仕事を奪うことにもなるよ」
 陽太の言葉に、彼女は目を伏せた。
「でも、誰かがやらなきゃ、進まないから……」
「じゃあ、“やってもらうための設計図”を残す。それも絢香の仕事なんじゃない?」
 しばらく沈黙が流れたあと。
 絢香は、布団の脇からスケッチブックを取り出した。
 見開きには、太いペンで描かれたワークフローと矢印。
 各メンバーの名前に色分けがされ、「次の行動」がわかるように細かく付箋が貼ってある。
 「これは……」
「託したい。……続けてほしいから」
 絢香は、陽太にスケッチブックを差し出す。
「正直、“やり切る”ことばっかり考えてた。でも、“つなぐ”っていうのも、選択肢にあっていいよね……?」
 その言葉は、熱に浮かされたものではなかった。
 努力を積み重ねてきた人間が、自分に初めて許した“余白”だった。
 陽太は黙って受け取り、スケッチブックの表紙に付箋を一枚追加する。
 《次の主担当:相談して決定すること。絢香の成果を土台に》
「これ、みんなに共有する。責任じゃなくて、“信頼”としてね」
 絢香は、少し笑った。
「うん。信頼なら、気持ちよく渡せる」
 その笑みは、心からのものだった。
 夜になり、メンバーたちは入れ替わりで彼女のもとを訪れた。
 結月はスケジュールの再調整案を持参し、紗織はスマホでメッセージボードの下書きを提示した。
 豊は持参したスプレッドシートを見せながら静かに言った。
「“あなたのやったこと”を、次のデータに残す。それが僕の仕事」
 そして最後に悠介が入ってきた。
「……マジで倒れるまでやる人だったんだな」
「バカって言いたいでしょ」
「言わないよ。……俺だって似たようなもんだからさ」
 彼は苦笑して、ポケットから紙を一枚取り出す。
「これ、補助用の改善案リスト。必要なら、後で見て」
 渡された紙のすみに書かれていたのは、
 《“支える役割”にこそ、正確な設計を》という一文。
 絢香はそれを見て、小さくうなずいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

野良犬ぽちの冒険

KAORUwithAI
児童書・童話
――ぼくの名前、まだおぼえてる? ぽちは、むかし だれかに かわいがられていた犬。 だけど、ひっこしの日に うっかり わすれられてしまって、 気がついたら、ひとりぼっちの「のらいぬ」に なっていた。 やさしい人もいれば、こわい人もいる。 あめの日も、さむい夜も、ぽちは がんばって生きていく。 それでも、ぽちは 思っている。 ──また だれかが「ぽち」ってよんでくれる日が、くるんじゃないかって。 すこし さみしくて、すこし あたたかい、 のらいぬ・ぽちの ぼうけんが はじまります。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

処理中です...