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第十四話「黙って渡す、手作りの自信」
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八月二十日、葉山町の公民館。
古びた木の床と、白い壁。窓の外からは潮の香りがかすかに漂い、館内はすでにちびっこ達の声でにぎわっていた。
「海のふしぎ教室」──海辺研究会が主催する、初の地域向けワークショップである。
「スタートまで、あと十分!」
紗織が腕時計を見て叫びながら、入口のホワイトボードにスケジュールを書き込んでいく。
「ぼく、プランクトンの水槽触っていいの?」
「これは見るだけね、手はこっちで洗ってね~!」
悠介は子ども達に囲まれ、即席で折り紙クラゲを折りはじめていた。予定にはなかったはずだが、誰にも止める理由はなかった。
その一角。
裕之は、展示机の前で黙ってしゃがみこみ、ある紙束を丁寧に並べていた。
A4用紙に、手描きのイラストと数値グラフ。
タイトルは『くらげのふしぎ・かんたん観察セット』
文章は少なく、読み仮名付き。イラストには「よく見てね」「さわるとどうなる?」などの吹き出しがある。
彼がこの資料を作ったことを、知っているのはほんの数人だった。
「裕之、それ手作り?」
絢香がそっと声をかける。
裕之は、うなずいた。少しだけ、耳が赤くなる。
「渡す、だけ。読むかどうか、自由……」
「すごいじゃん。絵もわかりやすいし。あの、“自分で描いた”って、言った方がいいよ?」
「言わなくていい……読む人が、わかればいい……」
それが彼の、精一杯の表現だった。
イベントが始まると、結月が司会に立ち、明るい声で「今日は海の中をちょっとだけのぞいてみましょう!」と場を盛り上げる。
絢香と紗織は、子ども達の補助につきながら、メンバーの様子を見守った。
そしてその瞬間を、見逃さなかった。
ある男の子が、裕之のブースに近づき、黙って紙を一枚取った。
指でなぞるように読んだあと、小さくつぶやいた。
「おれ、この“うすいクラゲ”見たことある!」
「うん、しおだまりに、いる……」
裕之の返事は短く、それでもまっすぐだった。
「どうして、うすいの?」
「うすい方が、浮く……体の中、水より軽い、ゼリーみたいな……」
「あ、わかった! プカプカってかんじ?」
「うん」
そのとき、男の子の母親がそっと声をかけた。
「この子、学校ではあんまり話さないんですよ。……でも、すごく楽しそう」
絢香はふと、裕之の後ろ姿を見つめた。
彼の背筋は、普段より少しだけまっすぐだった。
授業が終わったあと、裕之は片付けを黙々と進めていた。
紙資料は、三十部中、二十六部がなくなっていた。
陽太が彼の隣に座り、ぽつりと言った。
「“言葉にしない伝え方”もあるんだなって、今日思ったよ」
「……文字と絵の方が、伝わること、あるから」
「でも、声にも力があった。さっきの子、裕之の説明聞いて、ずっとにこにこしてた」
裕之は無言のまま、自分のスケッチブックを広げた。
そこには、今日使った資料の下書きの隣に、手書きの一文。
《伝えること=話すこと、だけじゃない》
そのページに、陽太はゆっくりうなずいた。
古びた木の床と、白い壁。窓の外からは潮の香りがかすかに漂い、館内はすでにちびっこ達の声でにぎわっていた。
「海のふしぎ教室」──海辺研究会が主催する、初の地域向けワークショップである。
「スタートまで、あと十分!」
紗織が腕時計を見て叫びながら、入口のホワイトボードにスケジュールを書き込んでいく。
「ぼく、プランクトンの水槽触っていいの?」
「これは見るだけね、手はこっちで洗ってね~!」
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その一角。
裕之は、展示机の前で黙ってしゃがみこみ、ある紙束を丁寧に並べていた。
A4用紙に、手描きのイラストと数値グラフ。
タイトルは『くらげのふしぎ・かんたん観察セット』
文章は少なく、読み仮名付き。イラストには「よく見てね」「さわるとどうなる?」などの吹き出しがある。
彼がこの資料を作ったことを、知っているのはほんの数人だった。
「裕之、それ手作り?」
絢香がそっと声をかける。
裕之は、うなずいた。少しだけ、耳が赤くなる。
「渡す、だけ。読むかどうか、自由……」
「すごいじゃん。絵もわかりやすいし。あの、“自分で描いた”って、言った方がいいよ?」
「言わなくていい……読む人が、わかればいい……」
それが彼の、精一杯の表現だった。
イベントが始まると、結月が司会に立ち、明るい声で「今日は海の中をちょっとだけのぞいてみましょう!」と場を盛り上げる。
絢香と紗織は、子ども達の補助につきながら、メンバーの様子を見守った。
そしてその瞬間を、見逃さなかった。
ある男の子が、裕之のブースに近づき、黙って紙を一枚取った。
指でなぞるように読んだあと、小さくつぶやいた。
「おれ、この“うすいクラゲ”見たことある!」
「うん、しおだまりに、いる……」
裕之の返事は短く、それでもまっすぐだった。
「どうして、うすいの?」
「うすい方が、浮く……体の中、水より軽い、ゼリーみたいな……」
「あ、わかった! プカプカってかんじ?」
「うん」
そのとき、男の子の母親がそっと声をかけた。
「この子、学校ではあんまり話さないんですよ。……でも、すごく楽しそう」
絢香はふと、裕之の後ろ姿を見つめた。
彼の背筋は、普段より少しだけまっすぐだった。
授業が終わったあと、裕之は片付けを黙々と進めていた。
紙資料は、三十部中、二十六部がなくなっていた。
陽太が彼の隣に座り、ぽつりと言った。
「“言葉にしない伝え方”もあるんだなって、今日思ったよ」
「……文字と絵の方が、伝わること、あるから」
「でも、声にも力があった。さっきの子、裕之の説明聞いて、ずっとにこにこしてた」
裕之は無言のまま、自分のスケッチブックを広げた。
そこには、今日使った資料の下書きの隣に、手書きの一文。
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そのページに、陽太はゆっくりうなずいた。
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