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第二十四話「静かな編集室、豊のバトン」
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二月十四日、潮風高校メディア室。
バレンタインデーの午後、世間はどこかそわそわした空気に包まれているが、校舎三階の一室には、まったく別の時間が流れていた。
「……ここ、秒数ずれてる」
小さくつぶやいた豊の指先が、静かにキーボードを叩く。
モニターには、海辺研究会の活動を記録した映像が並んでいた。
清掃イベントの笑顔。灯台での実験。フォーラム当日の拍手。
全100本近い素材から、豊は一つずつ選び抜き、細部まで繋ぎ合わせていく。
音声の波形を見ながら、拍手の入り方を一フレーム単位で揃えた。
カットの境目が目立たぬよう、ノイズ処理をかける。
ナレーションは必要最低限。だが、字幕だけで“空気”が伝わるよう、配置にも神経を使う。
誰もいない編集室の中で、タイピング音と、再生音だけが淡々と鳴り続けていた。
ドアが小さく開いたのは、夕方五時。
「……いた。豊先輩、またお一人ですか?」
現れたのは、後輩の一年生だった。海辺研究会に入部したばかりの、まだ少し遠慮がちな男子生徒。
「……うん、ラストスパート中」
「えっと、差し入れです。生協で買ったチョコラスク。今日、そういう日なので……」
豊は一瞬だけ動きを止め、受け取った菓子袋を机の端に置いた。
「ありがと。でも、手伝いに来たなら、こっち見て」
彼は静かに、後輩にモニターを差し出す。
「編集って、“何を残すか”より、“何を切るか”の方が難しい」
「……え? そうなんですか?」
「うん。全部、いい。全部、思い出。でも、残せるのは、限られた時間だけ」
それは、卒業という現実にも似ていた。
後輩は、モニターのなかの絢香や陽太の映像を見ながら、呟いた。
「……これ、ちゃんと残してもらえるんですね」
豊は頷き、マウスを止めた。
「このシーン――結月が進行してるフォーラム準備会見。これ、前半の“間”がいい」
「間?」
「発言が出るまでの無音。あれ、カットしない。緊張も伝わるから」
“沈黙”すら、編集の中では意味を持つ。
豊は、キーボードを叩く手を止めずに言った。
「君らが来年見るのは、もう“ここにいた僕ら”じゃない」
「でも、見えるはず。“何を大事にしてきたか”は、映像に残す」
後輩は、ただ頷いた。
ドア横のホワイトボードには、静かにこう書かれていた。
《豊先輩のSOP(静かな作業手順)》
・PCは立ち上げて30分で再起動
・保存は3分に1回
・画面外に“編集メモ”を常駐
・沈黙を恐れない
・“拍手の瞬間”は絶対にカットしない
豊が帰る頃、ホワイトボードの横には、後輩たちの手書きで一文が添えられていた。
《次は、僕らが“残す側”になります》
編集室の灯が落ちたあとも、その一文だけが、静かに輝いていた。
バレンタインデーの午後、世間はどこかそわそわした空気に包まれているが、校舎三階の一室には、まったく別の時間が流れていた。
「……ここ、秒数ずれてる」
小さくつぶやいた豊の指先が、静かにキーボードを叩く。
モニターには、海辺研究会の活動を記録した映像が並んでいた。
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全100本近い素材から、豊は一つずつ選び抜き、細部まで繋ぎ合わせていく。
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カットの境目が目立たぬよう、ノイズ処理をかける。
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誰もいない編集室の中で、タイピング音と、再生音だけが淡々と鳴り続けていた。
ドアが小さく開いたのは、夕方五時。
「……いた。豊先輩、またお一人ですか?」
現れたのは、後輩の一年生だった。海辺研究会に入部したばかりの、まだ少し遠慮がちな男子生徒。
「……うん、ラストスパート中」
「えっと、差し入れです。生協で買ったチョコラスク。今日、そういう日なので……」
豊は一瞬だけ動きを止め、受け取った菓子袋を机の端に置いた。
「ありがと。でも、手伝いに来たなら、こっち見て」
彼は静かに、後輩にモニターを差し出す。
「編集って、“何を残すか”より、“何を切るか”の方が難しい」
「……え? そうなんですか?」
「うん。全部、いい。全部、思い出。でも、残せるのは、限られた時間だけ」
それは、卒業という現実にも似ていた。
後輩は、モニターのなかの絢香や陽太の映像を見ながら、呟いた。
「……これ、ちゃんと残してもらえるんですね」
豊は頷き、マウスを止めた。
「このシーン――結月が進行してるフォーラム準備会見。これ、前半の“間”がいい」
「間?」
「発言が出るまでの無音。あれ、カットしない。緊張も伝わるから」
“沈黙”すら、編集の中では意味を持つ。
豊は、キーボードを叩く手を止めずに言った。
「君らが来年見るのは、もう“ここにいた僕ら”じゃない」
「でも、見えるはず。“何を大事にしてきたか”は、映像に残す」
後輩は、ただ頷いた。
ドア横のホワイトボードには、静かにこう書かれていた。
《豊先輩のSOP(静かな作業手順)》
・PCは立ち上げて30分で再起動
・保存は3分に1回
・画面外に“編集メモ”を常駐
・沈黙を恐れない
・“拍手の瞬間”は絶対にカットしない
豊が帰る頃、ホワイトボードの横には、後輩たちの手書きで一文が添えられていた。
《次は、僕らが“残す側”になります》
編集室の灯が落ちたあとも、その一文だけが、静かに輝いていた。
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