あの校庭の花は、全部知っている。

乾為天女

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第四章「応援練習と、何かを見ている花」

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 翌朝――
「おはようございます!本日も応援練習、元気にいきましょうー!」
 朝のホームルーム直後。花の着ぐるみが全力で手を振って登場した。
「ねえ、なんでまだ着てるの?」
「むしろこの人、もう“脱げない人”なんじゃないかな……?」
「もしかして、着ぐるみに命宿ってるパターン……?」
「いやいや、そこに本物の精霊いらないから!」
 あいも変わらず全力の麗真に振り回されながらも、生徒たちはグラウンドへと歩き出す。
 応援練習三日目――。
「よし、今日は“ちゃんとした応援”を目指すぞ!」
 団長・哲哉の声に、全体が軽くざわめいた。
「今日から“ちゃんとする”ってことは、今までは“ちゃんとしてなかった”ってことじゃん!」
「じゃあ昨日のYO!練習は……」
「ちょっと黙ってもらっていいか、ラップ支部」
「おれらだけ消し方雑じゃない!?」

 グラウンドの中央では、すでに栄徳がフリースタイルラップの準備に取りかかっていた。
「Yo Yo Yo!花は言ったぜ!目を閉じるなと!」
「閉じてないよ!」
「風も吹かずに!香りだけで伝えるメッセージ!」
「詩的だけど意味不明!」
「この応援は革命!もう勝利も目前!」
「さっきから一歩も動いてないけど!?」
 だれも止めることができず、栄徳だけがリズムのないリズムに乗っていた。
 一方、華也子は布を大きく広げながら叫んだ。
「見て!これが“炎の精霊旗”よ!!」
「だから火はダメだって!!」
「光ってるだけだよ!?LEDライトだから!!」
「それでも目にくるレベルの眩しさ!!応援されてるほうが困惑する!!」
 しかもその旗、開くたびに謎の音が鳴る。
「ぶわぁん!!」
「それなに!?効果音!?効果音つき旗!?」
「うん!Bluetoothで鳴るの!」
「だから技術の使い方がピントずれてるのよ!!」
 一方で――
「はい、次は“心を届ける声出し”練習いくよー!」
 団長・苑夏が真面目にメガホンを持って指示を出していた。
「笑顔!背筋!気持ちを込めて!“がんばれー!”!」
「がんばれー!」
「もっと声出して!“がんばれーー!!”」
「がんばれぇぇぇぇ!!」
「いいぞ、その調子!」
「なにこの子、普通に団長してる!?」
「むしろ一番“ちゃんとしてる”まである……!」
(あれ……私、なにこれ、ちょっと楽しいかも……?)
 苑夏は不思議な気持ちになっていた。
 声を出すたび、生徒たちが応えてくれる。
 それが、心地よいリズムになってきている。
(自分が、応援の“中心”にいるなんて……)
(ちょっと前なら、絶対考えられなかった……)
 その時、背後から声がした。
「……苑夏、意外と堂々としてるじゃん」
 哲哉だった。
「な、なに!?今の見てたの!?」
「うん、完全に団長の風格あった」
「やめて!それ言われると照れるから!!」
「でもほんと、俺ひとりだったら絶対無理だったな。助かってるよ」
「えっ……そ、そう……?」
 なんだろう。変な間があいてしまった。
  そして次の瞬間。
「うわ、なにこれ!?風!?」
 突然、グラウンドの空気がざわついた。
「え?いま風吹いた?こんな晴れてるのに?」
「俺のYOが空気を揺らした……?」
「違う!!お前じゃない!!」
 それは一瞬の突風だった。まるで誰かが「そこ」にふっと息を吹きかけたかのような、そんな風。
 そして、その風に揺れていたのは――
 校庭の片隅、ケヤキの根元に咲いた、あの一輪の白い花だった。
「……あの花……また、動いた……?」
 菜緒が、呆然と花の方を見つめていた。
(風は、そこにしか吹いてなかった)
(まるで、あの花だけに――何かを囁いたみたいに)
「……今、花が“俺のラップに感動した”って言ってた気がする!」
「言ってない!ラップじゃない!!」
 だれかの突飛な発言をすべてスルーしても、なお残る違和感。
 風は、確かにそこに吹いていた。
 だが空の雲は動いておらず、他の木々も無風のまま。
 ただ、その白い花だけが、ふわりと揺れていた。

 放課後――
 菜緒は、一人であの木のもとに立っていた。
(……気のせいじゃないよね)
(この花、やっぱり……私たちを見てる)
(見てるだけじゃなくて――“応えてる”)
「……なにか、言いたいことがあるの?」
 そっと、花に問いかけるように呟く。
 答えは、ない。
 けれど。
 その花の、かすかな揺れが――まるで頷いたように、菜緒には思えた。

 夜――。
「……今、花が“俺を呼んでる”気がした」
 悠里は窓の外を見ながら、唐突に言った。
 教室には誰もいなかった。帰りの時間はとっくに過ぎていて、蛍光灯は消え、外の街灯の明かりだけが窓ガラスに反射している。
「いや、もうこれは確実だな……。あれは俺のことを“選んでる”」
 自分で言っていて、わずかに恥ずかしくなったので、ついでに腕を組んで真顔で補足した。
「……まあ、選ばれるよな、オレくらいになると」
 誰もいないのに、自分でうなずいていた。
 翌朝、悠里は満を持して“花の元”へと向かった。
 ところが。
「……ん?」
 そこには、既に先客がいた。
「……やっぱり来てたか、悠里」
 哲哉が立っていた。
「お、お前も来たのか……いや、べ、べつに用事ってわけじゃないぞ?」
「俺も、たまたま散歩の途中で……」
「制服で?」
「登校中の散歩だよ」
 ふたりの間に、謎の静けさが流れる。
 それを打ち破ったのは、背後から飛んできた軽快な声だった。
「はい、現場でーす!おはようございまーす!!」
 栄徳だった。手にはコンビニで買った朝ごはんと、なぜかラップノート。
「今日のテーマは“朝露と俺”でいこうと思ってんだよね!」
「誰も聞いてない!」
「というか、どういう応援歌になるのそれ……」
 さらに追い打ちをかけるように、菜緒と華也子、そして苑夏まで合流した。
「……なんか、全員来てない?」
「なんでここが朝の集合場所みたいになってるの?」
「待ち合わせしてないのに、みんな勝手に花のところに来てるって……これ、もしかしてすごくない?」
「いや、正直、宗教っぽい」
「ちがう!!これは信仰じゃなくて“共鳴”!!」
「余計あやしい!!」
 誰が決めたわけでもないのに、気づけば全員が集まり、ただ、ぽつんと咲くその花の前に立っていた。
(この花は、なんなんだろう)
(なにかを伝えようとしてる)
(でも、それが“何”なのかは、誰にもわからない)
 そのときだった。
「なあ、もしかしてさ」
 拓毅が、ふと現れてぼそっと言った。
「花って、全部記録してるんじゃね?」
「えっ?」
「お前らが毎日ここ来てるのも、応援練習のことも。花が、全部見てて、覚えてるってこと」
「え、じゃあ今までの変なラップとかも……」
「もれなく……?」
「やばい、あの“応援とは、風”のくだりも!?」
「やめて!あれ一番黒歴史にしてたのに!」
「花に全部バレてるとか思うと、もう無理!真っ直ぐ見られない!」
「いや見てない見てない!!見る機能ついてない!!」
「それならそれで寂しいわ!!」
「どうすれば満足なんだよ!」
 わちゃわちゃと騒ぎつつも、皆が花のまわりに立ちすくんでいる姿は、少しだけ神聖にも見えた。
 その中心で、白い花は、微動だにせずに咲いていた。
「……でも、こうやって、毎日誰かがこの花に会いに来るって、なんかすごいよね」
 菜緒のその言葉に、誰もが黙った。
 それぞれが、何かしらの気持ちを抱いていることに、気づいていた。
 花が喋ったわけじゃない。
 風が吹いたのも、一度だけ。
 それでも、彼らは確かに“花に導かれている”と感じていた。
「じゃあさ」
 哲哉が、小さく呟いた。
「本気でやってみようぜ」
「え、なにを?」
「応援団。……ちゃんと、この花に、そして、誰かに届くような応援を」
 静かに頷いたのは、苑夏だった。
「うん。……だったら、まずは“誰に届けるか”を決めないとね」
「だな。誰に、何を届けたいのか」
「誰に……」
 菜緒がふと、花に目を向ける。
「――あの花、また、揺れてる」
「いや、今度こそ風とか吹いてないぞ」
「え、まじで……?」
 静寂の中、ほんの一瞬。
 確かに、白い花が――ふわりと揺れたように見えた。
 全員が、それを見ていた。
 誰も声を出さずに、ただ、それを見ていた。
 しばらくして、栄徳がボソッと呟いた。
「……やっぱ、俺のYOが届いたな」
「違うわ!!!」
 ツッコミの声と、笑い声。
 それが、春の風のように校庭に広がった。
【章終】

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