あの校庭の花は、全部知っている。

乾為天女

文字の大きさ
6 / 20

第六章「図書室の、開かずの棚」

しおりを挟む
 ――それは、ふとした違和感だった。
「この棚、開かなくない?」
 放課後の図書室、いつもの調査チームが集まっていた。各々が謎めいた資料や、校内に残る古い記録を調べている中、菜緒が指さしたのは、図書室のいちばん奥、窓際の壁際に立つ、やたらと古びた木製の棚だった。
「お、そこって“開かずの棚”って呼ばれてるとこじゃね?」
「そんなオカルトな名前、勝手に呼ばれてないでしょ」
「いや俺が今、呼んだ」
「命名者お前かよ!!」
「でもさ、見てみ?このホコリのたまり方、尋常じゃねえ。なんか“物語の鍵”って雰囲気ムンムンだぞ?」
「だいたい、ホコリの量で物語の展開判断しないでくれる?」
「でも実際、ホコリまみれのところには大体“禁書”が眠ってるって、少年漫画で学んだ!」
「だいたいそれ、読んだやつが呪われるやつだから!」
 わいわいと騒ぎながらも、全員の目はすでに「開かずの棚」に釘付けだった。
 確かに、他の棚と違って一度も整理された形跡がなく、ガラス戸も曇っていて中が見えない。取っ手を引いてみても、ガッチリ固まっていて開かない。
「鍵……かかってんのかな?」
「いや、鍵穴ないよ?これ、見た感じ“押して開けるタイプ”だと思う」
「じゃあ……」
 哲哉がぐっと力を入れて押してみた。
「……う、うごかねぇ……!」
「力入れすぎて顔やばいことになってる!」
「静かな図書室で“うおおおっ!”とか叫ばないで!」
 そのとき。
「お前ら、なにやってんの」
 呆れたような声とともに現れたのは拓毅。すでにノート片手である。
「いや、この棚がさ、開かないんだよ。“開かずの棚”って俺が勝手に名付けたんだけど」
「それ知ってるのお前しかいないぞ?」
「それっぽい名前つけとけば、後で本当にそうだったパターン来るかもしれないだろ?」
「予言者目指してんのかよ」
 一応調査隊(仮)の記録係である拓毅が棚の状態をチェックし始める。
「……たぶん、これ中からロックされてるか、もしくは“開け方が別にある”」
「別にあるって、どういうこと?」
「例えば、特定の言葉を唱えるとか、何かの条件を満たすとか……」
「出たよ!また急にファンタジー寄りになった!」
「でも、今までの流れ的にあり得なくない?」
 悠里が口を挟む。
「花が記憶を写して、彫刻が現れて、風が吹いて、ラップが無視されて……って来てるんだから」
「最後関係ないだろ!?」
「いやむしろ“無視された事実”が伏線だったら……?」
「深読みするな!」
 一同が棚を取り囲んで、あーでもないこーでもないと盛り上がっていたそのとき――
 ふいに、麗真がぽつりと言った。
「……この棚の裏、隠しヒンジがあるっぽい」
「え、なにそれ!」
「さっきこっそり指でなぞってたら、左下だけちょっと浮いてた。……この感じ、回転式かもしれない」
「回転!?棚が!?」
「なにそれ完全に“秘密結社”のやつじゃん!!」
「このまま開いたら奥に地下室あるとか?」
「校舎の中に“異世界への扉”が!?」
「その流れ、3章先ぐらいに取っとこうな!」
 全員がざわざわする中、哲哉がもう一度力を込めて押してみた。
「っ……やっぱ動かねえ」
「えー、じゃあどうすればいいの?」
「棚を開くには“資格”が必要だと思う」
「また“資格”!?」
 拓毅が手にしていた資料の一枚を広げて見せた。
「これ、図書室に残ってた古い記録。十数年前の生徒会日誌みたいなやつ。ここに、“知の資格なき者、棚は開かぬ”って書いてある」
「それ絶対、“知識レベル足りない”とかじゃん!!」
「まさかの知能テスト……!?」
「え、じゃあ俺もう無理じゃん……!」
「急にあきらめるな!」
 その場の雰囲気は完全に“パズル部屋の探索モード”に突入していた。
「もしかして、特定の本を順番に差し込むとか?」
「棚の上にある本、色で並べたら何か出てくるとか?」
「ちょ、誰か“うっかり開けてしまう役”やってみて」
「じゃあ僕がうっかりします!」
「え、マジでうっかりすんの!?」
「……あっ、押しちゃった……あっ、動いた……!」
「うそ!?」
「って思ったけど動いてないわ」
「期待返せえええええ!!」
 そんな中、菜緒がふと気づいたように言った。
「……ねぇ、もしかしてこの棚、“花に関係ある”?」
「花に?」
「うん。だって、前に麗真が言ってた辞書、ここから数歩の距離にあったでしょ?」
「確かに……精霊の花に関する記述も、近くの棚だったし」
「それに、“記憶を写す花”って、“過去の何かを伝える”ってことでしょ?」
「なら、その記録が、この棚に?」
 一瞬、皆が黙る。
 棚の向こうにあるかもしれない“記憶”の重みを、誰もが感じ始めていた。
 そして同時に――
「うわ、そう言われると“めちゃめちゃ開けたい欲”出てきた……!」
「鍵開け動画、もっと見とけばよかった……!」
「うっかり開かねーかなぁ!!」
「お前ら情緒ないな!?」
 静かな図書室の奥、開かずの棚の前で、彼らの好奇心はますます加速していった――

 夜。
 図書室には、またしても不審な影がひとつ。
「ふふふ……今日こそ、開けてみせるぞ“開かずの棚”……」
 またか、と言いたくなるが、またである。
 今回の侵入者は――沢村悠里。通称:副主役病の発症者。
「昨日は様子見だった。が、今日は違う!道具も完璧に用意した!」
 彼のカバンからは、ガムテープ、バール、方位磁石、温度計、なぜか昆虫図鑑などが出てくる。
「うーん、道具の方向性が不安しかない」
 独り言をつぶやきながら、懐中電灯を咥えていざ出陣。
 足音はできるだけ忍ばせ、司書の先生の愛用する「静かにしましょう」ポスターに心の中で土下座。
(今回は騒がない!感情を爆発させない!俺は知的に、スマートに、この棚を攻略する!)
 ガチャリ。
「……って鍵開いてるー!?え?なんで!?」
 そこには無造作に開いたままの図書室の扉。
「あ、これ……麗真の仕業だな」
 思い当たる節が多すぎて絞れないが、きっとあの花の着ぐるみが関係している気しかしない。
 ともかく、棚の前まで到達した悠里は、懐中電灯で棚を照らしながらメモを読み上げた。
「知の資格なき者、棚は開かぬ……」
「つまり“知の資格”を持てば、開く……!」
「ではここで!オレの知識を披露してやろうじゃないか!」
 得意げに胸を張る。
「四角いマス目の、1と2と3を足すと、合計は6!」
「3つの辺を持つ図形、それは三角形!」
「“記憶”という漢字は、“糸”と“己”と“心”でできている!!」
「さあ、今こそ開け!!開け、“知の扉”よ!!」
 バン!!
 棚は開かなかった。
「……おっかしいなあ……このくらいの知識なら普通に“知の中堅”レベルのはずなのに……」
 その時、ふと視線の先に、棚の横に貼られた小さなメモを見つけた。
『開け方:押すのではなく、引く』
「……」
 無言で棚の取っ手を引いてみる。
 ギイイイ……。
「…………開いたーーーッ!?!?!?」
 図書室中に響き渡るレベルの絶叫。
「やっぱ“知”って、謙虚さなんだな……!」
 中には、年代物の分厚い本がぎっしりと並んでいた。
「うわ……これは……」
 本の背表紙には、すべて同じように記されている。
『記録――生徒たちの声』
「生徒の……声?」
 一冊を抜き取り、そっと開く。
 そこには、手書きの文章がびっしりと記されていた。整った文字で、まるで日記のように。
『今日は誰とも話さなかった。でもあの花が、見ていてくれた』
『帰り道、あの花の前で立ち止まってしまった。どうしても、あそこで立ち止まりたかった』
『願いごとはしなかった。だって、あの花はもう、全部わかってる気がしたから』
「……これ、全部、“花に語りかけた”記録……?」
 まるで、あの白い花に“話しかけた誰か”が、その後でここに思いを綴っていったかのような内容だった。
「……花は、“見ていた”んじゃない」
「“聞いていた”んだ……」
 悠里の顔から、いつもの調子は消えていた。
 今、自分の手の中にあるのは、軽い本ではなかった。
 それは、何人もの生徒が残した、小さくて、でも確かな“心の音”だった。
 ふと、ページの最後に、こんな一文が記されていた。
『言葉は届く。“想い”にした瞬間、花が咲く』
「……こりゃあ、ラップでも勝てねぇな……」
 しんと静まり返った図書室で、悠里はひとり、素直にそう呟いた。

 翌朝。
「で?なんで君は“棚の前で正座していた”のかな?」
 生徒指導室にて、司書の先生が微笑んでいる。目は笑っていない。
「いやあの、それがですね……開いたんです棚が!!ほんとに!引いたら!」
「君、先週も“YO!が通じなかったから殴り込みだ”って言ってたよね?」
「違います!今回は、引いたんです!物理的に!」
「話が通じないタイプ……?」
 だがその日以降、“開かずの棚”は正式に開放された。
 そしてそこにあった「記録の本」は、誰かがそっと手に取っては、黙ってページをめくる“静かな読まれ方”をされるようになっていった。
 中には、30年前の“校庭の騎士”に言及している文章もあった。
「……つながってきたな」
 哲哉が小さく呟く。
「これ、もしかして、全部……“花が残した記憶”なんじゃないか?」
「花が……聞いて、覚えて、残した?」
「うん。きっと、私たちと同じように、昔の生徒たちも“花に話しかけてた”んだよ」
 花は、聞いていた。
 今日もまた、ぽつんと咲きながら。
 静かに、風もなく、ただそこに。
【章終】

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...