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第九章「青森市 〜魂灯の調べとカザナギの夜〜」
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青森港の夜は、静かだった。青森ベイブリッジの鋼のアーチが、夏の夜空に浮かび上がり、その下を通る水面には、ぼんやりとした光の筋が揺れていた。風は涼しく、どこか塩の香りが混ざっている。普段ならばこの季節、街中が熱を帯びるはずだった。ねぶた囃子の響き、大きな灯籠が練り歩く喧騒。それが、今年は異様に静かだった。
大空は橋の欄干に寄りかかりながら、青森の町を見下ろしていた。
「……灯りが、ない」
彼の目には、闇に沈んだねぶたの山車の影が見えていた。例年であれば今頃、魂灯(こんとう)が灯され、巨大なねぶたが夜の空を照らし、観衆の歓声が飛び交っているはずだった。
「魂灯、消えたんだってね」
隣で葵衣が囁くように言った。彼女は口元を指でなぞりながら、静かに橋の欄干に寄り添っている。普段は周囲に合わせて軽く振る舞う彼女も、今はその眼差しに沈黙をたたえていた。
「誰も、理由がわからないらしいよ。電気系統のトラブルでもない。ねぶた本体にも異常はない。でも、火が点かない。……まるで“灯り”そのものが、この町から失われたみたいに」
「……カザナギ、かもな」
大空が口にしたその名に、葵衣がわずかに目を細めた。
「火のカムイ?」
「そう。昔、善知鳥神社の巫女だったおばあちゃんが言ってた。“ねぶたの灯は人の魂。それを守る神様が、カザナギだ”って。魂がくすぶれば、灯りは消える。火を取り戻すには、心を照らす必要があるってな」
ふと、背後から軽快な足音が近づいた。晃平が片手を上げながら走ってくる。
「おーい、お前らここにいたのか!A-Factoryのほう、ちょっと変なことになってるぞ!」
「変なこと?」
「リンゴジュースの冷却機から……光が漏れてる。氷の中に、炎みたいな揺らぎがあるんだ。“火”なのに、“冷たい”って、変だろ」
「冷たい火……カザナギの気配だ」
葵衣が言った。
「行こう。A-Factoryに何かある」
三人はベイブリッジを降り、市内中心部へ向かった。夜の街は、どこか空洞のように静かだった。リンゴ畑の香りが風に運ばれてくるが、街のどこにも、祭りの熱気がなかった。
A-Factoryのガラス張りの工房に着くと、そこには淡い赤い光が揺れていた。リンゴジュースの冷却装置の中――本来は氷で満たされるだけのはずのタンクの底で、小さな焔が踊っている。
「……見えるか?これが“魂灯”の残骸だと思う」
晃平が静かに言った。「この火、冷たいんだ。でも、俺にはわかる。これは“誰かの想い”が形になってる。たぶん、ねぶた囃子に宿る鼓動そのもの……」
「囃子……」大空が息を呑む。「そうだ、ねぶたの灯りは、音に乗って燃えるんだ。鼓の音、笛の旋律、掛け声……それ全部が、火を灯すための“祈り”だった」
「だったら……今の青森は、その“祈り”が抜け落ちてるってこと?」葵衣が問いかける。
「……三内丸山遺跡に行こう」大空が言った。「古文書があったはずだ。火の灯し方、夜を照らす封印詩句……その断片を見つけるんだ」
「それと、善知鳥神社。津軽じょんがら節の“火の加護の調べ”を学ばないと。神楽と唄が揃えば、灯りは戻るはず」
彼らは互いに目を合わせた。言葉を交わさずとも、心は通じていた。青森に必要なのは“火”ではなく、“灯し直す心”。それを、これから探しに行く。
闇の中、リンゴジュースのタンクの中の火だけが、淡く、冷たく揺れていた。
三内丸山遺跡へ向かう道すがら、空には雲がかかり、満月はすっかり隠れていた。夜風は冷たく、ねぶた祭りの賑わいを思わせる気配はどこにもなかった。車のフロントガラスには、わずかな水滴がにじんでいたが、雨というには静かすぎた。
「“火を灯す言葉”って、やっぱり本当にあるのかな」
葵衣がぼそりと呟いた。助手席で膝の上に資料を広げていたが、目は外の闇に向いていた。
「あると思うよ」晃平がハンドルを握りながら応える。「だって実際に、“火が消えた”んだから。言葉で灯す火があるなら、それが必要なときなんだろうな」
「うちのばあちゃんが言ってた。ねぶたはただの飾りじゃない。心を燃やす“灯台”だって。遠くから帰ってくる魂が道に迷わないように、“火”で迎えて、“火”で送る」
大空が後部座席から口を開いた。
「その“火”が迷ってる今、俺たちが灯してやんなきゃならない」
三内丸山遺跡に着いたのは深夜近くだった。灯りは落とされていたが、館長の許可で、特別に遺跡内部へ入ることができた。ぬかるむ土を踏みしめて進むと、やがて彼らは大木柱跡にたどり着いた。巨柱が埋まっていた穴の一つに、最近になって掘り返されたばかりの跡がある。
「ここだ。火の封印詩句が見つかったって話が出たのは、ここだった」
晃平が足元を指差した。葵衣はしゃがみこみ、ポケットから懐中電灯を取り出す。土の色がわずかに異なり、そこに埋もれていた板の破片のようなものが見えた。
「これ……文字?」
土を払うと、板の一部には焦げたような黒い文様があった。火で炙られたかのような円形の痕跡の中に、“ヒ”という古代のカタカムナ文字が浮かんでいる。
「火の起点だ。“カザナギ”を呼ぶ名だよ」
大空が目を細める。「これはただの記録じゃない。祈りだ。“火の名”を唱えることで、炎を媒介にして魂を繋ぐ術式。つまり、これは……点火の詩句」
彼らはそれを慎重に回収し、善知鳥神社へ向かった。
神社は、青森港を臨む静かな高台にあった。港の灯りは相変わらず鈍く、海はまるで夜そのものを湛えたように沈黙していた。
境内に入ると、鳥居の先に一人の人影がいた。ねぶた囃子の太鼓を背負った少女――あいだった。
「やっぱり来たね。ここで待ってるって、思ってた」
「……あい、お前、まさか……」
「善知鳥神社の巫女の末裔なんだよ、わたし。“火の加護の調べ”、教えるよ。今それが必要なんでしょ?」
彼女の笑顔は少しだけ照れていたが、確かだった。
神殿の前、静かに座したあいは、息を整えたあと、太鼓をそっと抱えた。
「聞いて。“加護の調べ”は、鼓と節と祈り。魂灯の芯に届く“音”だから」
ぽん……ぽん、ぽんぽん。
あいの指が打ち鳴らす鼓の音に、風がわずかに動いた。太鼓の鼓動が空気を叩くたびに、海から吹く風が神社の境内を巡る。
「この響きが、夜を割る。心を灯す。灯台を戻す」
その言葉と鼓動に合わせて、三内丸山遺跡の“火の詩句”が、大空の手の中で淡く光った。
「……これだ。これで、すべてが揃った」
「じゃあ今夜、青森ベイブリッジの下に集まろう。魂灯を……もう一度灯す」
「火を灯すのは、ただの儀式じゃない。“町の願い”を、もう一度燃やすことだ」
三人は、あいの鼓動を背に、再びベイブリッジへ向けて走り出した。青森の夜が、ゆっくりと息を吹き返そうとしていた。
青森ベイブリッジの下に再び足を踏み入れた時、そこにはすでに誰かの手によって並べられた灯籠の跡があった。水に近い岸辺には丸く灰が残り、かつて祭りの夜に燃やされた魂灯の名残が静かに眠っていた。
「準備、始めよう」
大空の言葉に、晃平が頷き、手にしていた古文の一節を開いた。
「“カザナギよ、火の名を冠す者よ。魂の灯台に風を渡し、夜を裂け”――これが詩句の核だ。これを、じょんがら節の節回しに乗せる。調べは……あい、任せた」
「わたしに任せて」
あいは目を閉じたまま、深く呼吸を整えた。鼓をゆっくりと膝に据えると、太鼓の皮に指先を触れる。
ぽん、ぽん……ポンポンポン。
青森港に静かに広がる音の波。音は水面をなでるように広がり、青森ベイブリッジの鋼をくぐり、街の空へと上昇していく。
そこに、大空が声を乗せる。
「ヒの名を呼ぶ。カザナギ。人の灯。迷わぬように、帰れるように、ここに火を置く……!」
その瞬間、晃平が手にしていた“火の詩句”が一気に燃え上がった。まるで紙が燃えるのではなく、“言葉そのもの”が火へと変わるように、文字が空気に溶けた。
空気が震えた。
どこからともなく聞こえてきたのは、かつてねぶた祭りの夜に響いた“はねと”たちの掛け声だった。
「ラッセラー……ラッセラー!」
それは幻かもしれなかった。けれど、たしかに心の底から揺さぶられる音だった。
「火が……戻ってくる……!」
葵衣が叫んだ。タンクに閉じ込められていた“冷たい火”が空に向かって昇り、魂灯の枠に向かってふわりと落ちた。青く、そして徐々に赤く――火が“本物”の熱を持ち始める。
魂灯に灯が入った。
その灯は最初は小さく、しかししっかりと燃えた。風がその火を広げる。灯籠がひとつ、またひとつと火を宿し、港の岸に朱の帯が走った。
「見て!」
晃平が指をさした先、青森の街にあるすべての“灯り”が、まるで呼応するかのように再点灯し始めていた。商店街の軒先にぶら下がった電球、駅前の街路灯、海沿いの観覧車、そして――ねぶたの山車。
ひときわ大きな魂灯が、街の中央で息を吹き返した。
「……生きてる」
葵衣の目から、音もなく涙が零れた。「青森の火って、ただの電気じゃないんだよね。人の心が……重なって灯るものだったんだよ」
「火のカムイ、カザナギが応えたんだ」
あいの鼓動が最後の一打を叩いた瞬間、空から微かな光のしずくが降りた。ベイブリッジのアーチの中心で、小さな光の粒が形を成し始める。
それは、小さな赤い灯籠の結晶だった。手のひらに収まるほどのサイズのそれは、魂の炎を封じ込めたように静かに脈打っていた。
大空がそれを拾い上げると、全員の視線が集まる。
「それが……」
「青森市の輝、だ」
晃平がそう言った時、ベイブリッジの真下をひときわ大きな山車が通り過ぎた。魂灯を取り戻したその顔は、笑っているように見えた。
祭りの音が戻り、人々の声が交差し、港の夜が再び“生きている”証に満ちていく。
大空はその灯を胸に、静かに言った。
「灯すってのは、誰かを思うってことだ。心の火が灯るから、街の火も灯る。俺たちが、もう一度思い出したんだ。青森って街は……火と音で、生きてきたってことを」
遠く、ねぶた囃子が止むことなく響いていた。
(終)
【アイテム:青森市の輝】入手
大空は橋の欄干に寄りかかりながら、青森の町を見下ろしていた。
「……灯りが、ない」
彼の目には、闇に沈んだねぶたの山車の影が見えていた。例年であれば今頃、魂灯(こんとう)が灯され、巨大なねぶたが夜の空を照らし、観衆の歓声が飛び交っているはずだった。
「魂灯、消えたんだってね」
隣で葵衣が囁くように言った。彼女は口元を指でなぞりながら、静かに橋の欄干に寄り添っている。普段は周囲に合わせて軽く振る舞う彼女も、今はその眼差しに沈黙をたたえていた。
「誰も、理由がわからないらしいよ。電気系統のトラブルでもない。ねぶた本体にも異常はない。でも、火が点かない。……まるで“灯り”そのものが、この町から失われたみたいに」
「……カザナギ、かもな」
大空が口にしたその名に、葵衣がわずかに目を細めた。
「火のカムイ?」
「そう。昔、善知鳥神社の巫女だったおばあちゃんが言ってた。“ねぶたの灯は人の魂。それを守る神様が、カザナギだ”って。魂がくすぶれば、灯りは消える。火を取り戻すには、心を照らす必要があるってな」
ふと、背後から軽快な足音が近づいた。晃平が片手を上げながら走ってくる。
「おーい、お前らここにいたのか!A-Factoryのほう、ちょっと変なことになってるぞ!」
「変なこと?」
「リンゴジュースの冷却機から……光が漏れてる。氷の中に、炎みたいな揺らぎがあるんだ。“火”なのに、“冷たい”って、変だろ」
「冷たい火……カザナギの気配だ」
葵衣が言った。
「行こう。A-Factoryに何かある」
三人はベイブリッジを降り、市内中心部へ向かった。夜の街は、どこか空洞のように静かだった。リンゴ畑の香りが風に運ばれてくるが、街のどこにも、祭りの熱気がなかった。
A-Factoryのガラス張りの工房に着くと、そこには淡い赤い光が揺れていた。リンゴジュースの冷却装置の中――本来は氷で満たされるだけのはずのタンクの底で、小さな焔が踊っている。
「……見えるか?これが“魂灯”の残骸だと思う」
晃平が静かに言った。「この火、冷たいんだ。でも、俺にはわかる。これは“誰かの想い”が形になってる。たぶん、ねぶた囃子に宿る鼓動そのもの……」
「囃子……」大空が息を呑む。「そうだ、ねぶたの灯りは、音に乗って燃えるんだ。鼓の音、笛の旋律、掛け声……それ全部が、火を灯すための“祈り”だった」
「だったら……今の青森は、その“祈り”が抜け落ちてるってこと?」葵衣が問いかける。
「……三内丸山遺跡に行こう」大空が言った。「古文書があったはずだ。火の灯し方、夜を照らす封印詩句……その断片を見つけるんだ」
「それと、善知鳥神社。津軽じょんがら節の“火の加護の調べ”を学ばないと。神楽と唄が揃えば、灯りは戻るはず」
彼らは互いに目を合わせた。言葉を交わさずとも、心は通じていた。青森に必要なのは“火”ではなく、“灯し直す心”。それを、これから探しに行く。
闇の中、リンゴジュースのタンクの中の火だけが、淡く、冷たく揺れていた。
三内丸山遺跡へ向かう道すがら、空には雲がかかり、満月はすっかり隠れていた。夜風は冷たく、ねぶた祭りの賑わいを思わせる気配はどこにもなかった。車のフロントガラスには、わずかな水滴がにじんでいたが、雨というには静かすぎた。
「“火を灯す言葉”って、やっぱり本当にあるのかな」
葵衣がぼそりと呟いた。助手席で膝の上に資料を広げていたが、目は外の闇に向いていた。
「あると思うよ」晃平がハンドルを握りながら応える。「だって実際に、“火が消えた”んだから。言葉で灯す火があるなら、それが必要なときなんだろうな」
「うちのばあちゃんが言ってた。ねぶたはただの飾りじゃない。心を燃やす“灯台”だって。遠くから帰ってくる魂が道に迷わないように、“火”で迎えて、“火”で送る」
大空が後部座席から口を開いた。
「その“火”が迷ってる今、俺たちが灯してやんなきゃならない」
三内丸山遺跡に着いたのは深夜近くだった。灯りは落とされていたが、館長の許可で、特別に遺跡内部へ入ることができた。ぬかるむ土を踏みしめて進むと、やがて彼らは大木柱跡にたどり着いた。巨柱が埋まっていた穴の一つに、最近になって掘り返されたばかりの跡がある。
「ここだ。火の封印詩句が見つかったって話が出たのは、ここだった」
晃平が足元を指差した。葵衣はしゃがみこみ、ポケットから懐中電灯を取り出す。土の色がわずかに異なり、そこに埋もれていた板の破片のようなものが見えた。
「これ……文字?」
土を払うと、板の一部には焦げたような黒い文様があった。火で炙られたかのような円形の痕跡の中に、“ヒ”という古代のカタカムナ文字が浮かんでいる。
「火の起点だ。“カザナギ”を呼ぶ名だよ」
大空が目を細める。「これはただの記録じゃない。祈りだ。“火の名”を唱えることで、炎を媒介にして魂を繋ぐ術式。つまり、これは……点火の詩句」
彼らはそれを慎重に回収し、善知鳥神社へ向かった。
神社は、青森港を臨む静かな高台にあった。港の灯りは相変わらず鈍く、海はまるで夜そのものを湛えたように沈黙していた。
境内に入ると、鳥居の先に一人の人影がいた。ねぶた囃子の太鼓を背負った少女――あいだった。
「やっぱり来たね。ここで待ってるって、思ってた」
「……あい、お前、まさか……」
「善知鳥神社の巫女の末裔なんだよ、わたし。“火の加護の調べ”、教えるよ。今それが必要なんでしょ?」
彼女の笑顔は少しだけ照れていたが、確かだった。
神殿の前、静かに座したあいは、息を整えたあと、太鼓をそっと抱えた。
「聞いて。“加護の調べ”は、鼓と節と祈り。魂灯の芯に届く“音”だから」
ぽん……ぽん、ぽんぽん。
あいの指が打ち鳴らす鼓の音に、風がわずかに動いた。太鼓の鼓動が空気を叩くたびに、海から吹く風が神社の境内を巡る。
「この響きが、夜を割る。心を灯す。灯台を戻す」
その言葉と鼓動に合わせて、三内丸山遺跡の“火の詩句”が、大空の手の中で淡く光った。
「……これだ。これで、すべてが揃った」
「じゃあ今夜、青森ベイブリッジの下に集まろう。魂灯を……もう一度灯す」
「火を灯すのは、ただの儀式じゃない。“町の願い”を、もう一度燃やすことだ」
三人は、あいの鼓動を背に、再びベイブリッジへ向けて走り出した。青森の夜が、ゆっくりと息を吹き返そうとしていた。
青森ベイブリッジの下に再び足を踏み入れた時、そこにはすでに誰かの手によって並べられた灯籠の跡があった。水に近い岸辺には丸く灰が残り、かつて祭りの夜に燃やされた魂灯の名残が静かに眠っていた。
「準備、始めよう」
大空の言葉に、晃平が頷き、手にしていた古文の一節を開いた。
「“カザナギよ、火の名を冠す者よ。魂の灯台に風を渡し、夜を裂け”――これが詩句の核だ。これを、じょんがら節の節回しに乗せる。調べは……あい、任せた」
「わたしに任せて」
あいは目を閉じたまま、深く呼吸を整えた。鼓をゆっくりと膝に据えると、太鼓の皮に指先を触れる。
ぽん、ぽん……ポンポンポン。
青森港に静かに広がる音の波。音は水面をなでるように広がり、青森ベイブリッジの鋼をくぐり、街の空へと上昇していく。
そこに、大空が声を乗せる。
「ヒの名を呼ぶ。カザナギ。人の灯。迷わぬように、帰れるように、ここに火を置く……!」
その瞬間、晃平が手にしていた“火の詩句”が一気に燃え上がった。まるで紙が燃えるのではなく、“言葉そのもの”が火へと変わるように、文字が空気に溶けた。
空気が震えた。
どこからともなく聞こえてきたのは、かつてねぶた祭りの夜に響いた“はねと”たちの掛け声だった。
「ラッセラー……ラッセラー!」
それは幻かもしれなかった。けれど、たしかに心の底から揺さぶられる音だった。
「火が……戻ってくる……!」
葵衣が叫んだ。タンクに閉じ込められていた“冷たい火”が空に向かって昇り、魂灯の枠に向かってふわりと落ちた。青く、そして徐々に赤く――火が“本物”の熱を持ち始める。
魂灯に灯が入った。
その灯は最初は小さく、しかししっかりと燃えた。風がその火を広げる。灯籠がひとつ、またひとつと火を宿し、港の岸に朱の帯が走った。
「見て!」
晃平が指をさした先、青森の街にあるすべての“灯り”が、まるで呼応するかのように再点灯し始めていた。商店街の軒先にぶら下がった電球、駅前の街路灯、海沿いの観覧車、そして――ねぶたの山車。
ひときわ大きな魂灯が、街の中央で息を吹き返した。
「……生きてる」
葵衣の目から、音もなく涙が零れた。「青森の火って、ただの電気じゃないんだよね。人の心が……重なって灯るものだったんだよ」
「火のカムイ、カザナギが応えたんだ」
あいの鼓動が最後の一打を叩いた瞬間、空から微かな光のしずくが降りた。ベイブリッジのアーチの中心で、小さな光の粒が形を成し始める。
それは、小さな赤い灯籠の結晶だった。手のひらに収まるほどのサイズのそれは、魂の炎を封じ込めたように静かに脈打っていた。
大空がそれを拾い上げると、全員の視線が集まる。
「それが……」
「青森市の輝、だ」
晃平がそう言った時、ベイブリッジの真下をひときわ大きな山車が通り過ぎた。魂灯を取り戻したその顔は、笑っているように見えた。
祭りの音が戻り、人々の声が交差し、港の夜が再び“生きている”証に満ちていく。
大空はその灯を胸に、静かに言った。
「灯すってのは、誰かを思うってことだ。心の火が灯るから、街の火も灯る。俺たちが、もう一度思い出したんだ。青森って街は……火と音で、生きてきたってことを」
遠く、ねぶた囃子が止むことなく響いていた。
(終)
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