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第十章「盛岡市 〜泉復活の秘歌とミズタマの夜〜」
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盛岡城跡公園――市民には“岩手公園”の名で親しまれるその場所に、冷たい風が吹き抜けていた。石垣に積もる雪は解け始めており、わずかに湿った苔の香りが鼻をくすぐる。桜の枝は芽吹きの気配を隠したまま沈黙していたが、その静けさのなかに、大知は違和感を感じ取っていた。
「水の音が……聞こえない」
泉のほとりに立ち、耳を澄ませた彼の言葉に、めいが小さく息をのんだ。
「本当だ。あの清水、いつもならさらさら流れてるのに……」
盛岡の城下に湧くはずの泉が、止まっていた。街の水源のひとつに異常が起きている。それは単なる自然現象ではない。何か、根本的な“断ち切れ”が起きているのだ。
「啓介が材木町の“よ市”にいるって。今日も屋台出してるって聞いたよ。何か情報があるかも」
めいの言葉に、大知は頷いた。
「行こう。……じゃじゃ麺でも食べながらな」
彼らは市街地を抜け、材木町のよ市へ向かった。道すがら、雪解け水が流れるはずの側溝は、音を立てることもなく乾いていた。遠く、岩手山が白い頂を覗かせている。凛としたその姿だけが、変わらずに街を見下ろしていた。
材木町よ市には、今日もいくつかの屋台が並んでいた。だがどこか活気に欠けている。いつもなら子どもたちの声や、太鼓の響きが交じり合う通りも、どこかしら空気が張り詰めていた。
「よっ、大知!めいも!」
呼び止めたのは啓介だった。じゃじゃ麺屋台の前で、ネギを刻んでいた手を止め、嬉しそうに手を振っている。
「……なんか、元気そうじゃん?」
「いや、表面だけな。……水が止まってるせいで、湯切りが上手くいかない。わんこそばも中止になったらしい。汁が足りないって」
「水のトラブルって、じゃじゃ麺にも影響あるのか……」
「そりゃそうさ。湯がいて、冷やして、湯切りして、味つけるんだ。どの工程も水頼み。しかも……変な話を聞いた」
啓介は声を落とした。
「石垣の下の泉――あそこに、夜な夜な誰か立ってるってさ。水に触れようとして、触れられずに消える影。水のカムイ、“ミズタマ”かもって言ってた」
「まさか……」
「でも、昔の記録にある。泉が枯れる時、ミズタマは姿を現すって。泉が“礼”を忘れた時、カムイは姿を変える」
めいが、ふと記憶を探るように呟いた。
「……啄木新婚の家に残ってた詩歌集……そこに“泉復活の秘歌”っていうのが記されてるって話、聞いたことがある」
「行こう。啄木が遺した詩に、泉を取り戻す鍵があるのなら」
大知は真っすぐに前を向いた。
「あの水は、盛岡の魂そのものだ。枯れたままには、しておけない」
めいも静かに頷いた。
「私たちが、それを取り戻すの。過去の誰かが紡いだ言葉と、今の私たちの想いで」
材木町のよ市を離れたあと、大知とめいは歩いて啄木新婚の家を目指した。雪の残る舗道を足音だけが刻んでいく。めいは袖の中に手を引っ込めながら言った。
「……ほんとに、啄木の詩の中に、“泉復活の秘歌”なんて、あるのかな」
「わからない。けど、おれたちにできるのは、探すことだけだ」
大知の声は静かだったが、その奥には確かな決意が宿っていた。
途中、風が吹いた。南部弁で言えば、「風っこがつめてえなぁ」ってところだった。石垣の隙間から抜けてくる風は芯から冷たくて、どこか水の気配を感じさせた。まるで、街のどこかに眠っている“何か”が、遠くから呼びかけてくるような――そんな気がした。
啄木新婚の家はこぢんまりとした旧民家だった。入口には雪除けの布がかかっていて、ガラス戸の向こうには仄暗い土間が広がっていた。受付にいた年配の女性が、二人を見て小さく首を傾げた。
「おや、こんな時間に?」
「“泉復活の秘歌”を探しているんです。啄木の詩集の中に、それらしいものがあると聞いて……」
めいが事情を簡潔に話すと、女性は驚いた顔で黙り、やがて頷いた。
「それなら、こちらに……」
案内されたのは、啄木が実際に暮らしていたという六畳の間だった。小さな書棚の隅に、古い和綴じの詩集が数冊並んでいる。そのうちの一冊、タイトルも付されていない無記名の冊子に、大知の手が止まった。
「……これは?」
開いた瞬間、薄茶色に変色した紙面に、崩し字で書かれた詩が現れた。文中に、“泉”“命”“礼”の文字が繰り返し現れる。
「水は 人の礼を映すもの 静けさに 己を知りて また巡る」
めいが読み上げた。
「まさか、これが……」
「まだある。“風は舞となり 太鼓は祈りの節となる”……これ、さんさ踊りのことじゃないか?」
大知が目を見開いた。
「つまり――水のカムイ、ミズタマを呼び戻すには、“泉復活の秘歌”とともに、さんさ踊りの太鼓の節で祈りを捧げる……」
「ってことは、さんさ踊りをちゃんと習わなきゃだめじゃん」
めいはぱっと顔を上げた。「沙也香が教えてくれるはず。あの子、踊り、上手だし。八幡宮の境内で太鼓練習してるって聞いたことある」
「よし、行こう」
二人は礼を述べ、啄木新婚の家を後にした。外に出ると、風は少し和らいでいた。不思議と、空気にわずかな湿り気が戻っていた。
その夜、八幡宮の鳥居の前で、大知とめいは沙也香と合流した。彼女は白い息を吐きながら、太鼓の撥を軽く鳴らして見せた。
「さんさ踊りの節……知りたいんだね?」
「うん。泉を取り戻すには、太鼓の節が必要なんだって。啄木の詩に、そう書いてあった」
「じゃあ、教えてあげる。だけどね――さんさは“型”じゃなくて、“想い”なの。ただ叩くだけじゃ、音がカムイには届かない」
「どうすれば、届く?」
「大事なのは、信じてること。水が戻ってくるって、心の底から思って、叩くこと」
沙也香は微笑んで、足をそっと開いた。そしてゆっくりと太鼓を叩き始めた。
どん……どどん、どん……どん。
太鼓の音が雪の境内に響く。そこにめいが自然に身を乗せた。身体の芯から節が流れているようだった。
「さあ、大知も」
沙也香に促され、大知も撥を手にした。ぎこちなく叩いた最初の一音。しかし、次の瞬間には彼の身体にリズムが流れ込んでいた。
“泉は 人の礼を映すもの”
啄木の詩が、太鼓の音に重なった。
太鼓の響きは、夜の八幡宮の空を通り抜けて、遠く城跡の泉へと届いていった。
八幡宮の境内に太鼓の音が響いてから数日後、大知たちは再び盛岡城跡公園へと足を踏み入れた。あの夜の太鼓の節回しが、空気の層を少しずつ動かし始めたのだろうか。公園の桜並木に立ち込めていた重たい静寂はわずかに和らぎ、木々の枝先に、わずかながらも濡れた光が滲んでいる。
「……ここからが、本番だな」
大知が呟いた。泉の前に立つと、あの時と同じように水は止まったままだった。けれど、泉の縁の苔が湿り、表面に霜が解けたような跡が見える。
「ねぇ、聞こえる……?」
めいが耳を澄ました。城跡の奥から、ごくかすかに水の響きが返ってくる。まるで地面の奥深くで、水が息をひそめて目覚める準備をしているかのような、そんな音だった。
啓介と沙也香も合流していた。彼は湯気の立たないじゃじゃ麺用の鍋を肩から下ろしながら、冗談めかして言った。
「今朝、麺、打つときの水の具合が違ったんだわ。なんつーか、やっと水が“戻ってきた”って感じ」
「……感覚の話かと思ったら、実際そうなのかもな」
大知はうなずいた。「水の精霊――ミズタマが、俺たちの唄と舞に反応し始めてるんだ」
「じゃ、今夜――ここで踊ろう。さんさ踊り、泉の前で。“泉復活の秘歌”と太鼓の節、全部あわせて」
沙也香が言った。
「それって、神楽みたいなものだよね。“奉納”するってこと。過程が大事なんだよ。“戻せばいい”んじゃなくて、“戻るまでの歩み”が、大切なの」
めいの言葉に、大知も頷いた。
夜が訪れ、盛岡の空に星がまたたき始めた頃、城跡公園の泉の前には、静かに四人が立っていた。大知が詩を口にする。
「水は 人の礼を映すもの――」
啄木の詩が空気を通して沈み渡る。続いて、めいの声が乗る。
「静けさに 己を知りて また巡る」
そして、沙也香が太鼓を鳴らした。
ぽん、ぽんぽん、ぽん。
さんさ踊りの節回しが、夜の公園に響く。その音に啓介の掛け声が重なる。
「ヨイヤーサー!」
彼の声は南部弁混じりで、けれど凛としていた。
四人の動きは次第に輪を描き、泉を囲むように舞を繰り返す。太鼓の音が土に染み込むたび、泉の縁から霧のようなものが上がり始める。
風が吹いた。
石垣の間から、凍てついていた水音が、微かに、けれど確かに返ってきた。
「……来る」
めいがそう言った瞬間、泉の中心に光が差し込んだ。どこからともなく、澄んだ水音が響き、泉の底から水がゆっくりと湧き出していく。
透明な水が石のくぼみに満ちる頃、泉の向こうに、ひとつの人影が現れた。
それは、ミズタマだった。
白い衣を纏い、髪は水のように揺れ、瞳は夜の泉のように深い。人の姿をしていたが、その輪郭は霧のように淡く、足元から水が湧いていた。
「……おまえたちは、礼を忘れていなかった」
ミズタマの声は風のなかに溶けて響いた。
「わたしは、戻ってこようと思っていた。ただ、それに値する音を、言葉を、舞を……待っていた」
「“過程”を、見てたんだね」
めいが小さく微笑む。
「“戻した”んじゃない。“ともに帰ってきた”んだ」
そう言って大知が泉に膝をつくと、ミズタマはふわりと手を差し出した。
その掌に、水でできた結晶が浮かんでいる。中心には泉の模様と同じ文様が刻まれていた。
「これは……」
「“盛岡市の輝”だよ」
沙也香が小さく呟いた。「水と舞と唄で結ばれた、あたしたちの心の証」
ミズタマは静かに頷き、やがて霧とともに泉の奥へと姿を消した。
その瞬間、泉の水が勢いよく湧き出し、夜の空気がひときわ澄んだ。
その風に、さんさ踊りの囃子が乗った。どこからともなく響いてきた太鼓と笛の音が、盛岡の夜に新たな始まりを告げていた。
(終)
【アイテム:盛岡市の輝】入手
「水の音が……聞こえない」
泉のほとりに立ち、耳を澄ませた彼の言葉に、めいが小さく息をのんだ。
「本当だ。あの清水、いつもならさらさら流れてるのに……」
盛岡の城下に湧くはずの泉が、止まっていた。街の水源のひとつに異常が起きている。それは単なる自然現象ではない。何か、根本的な“断ち切れ”が起きているのだ。
「啓介が材木町の“よ市”にいるって。今日も屋台出してるって聞いたよ。何か情報があるかも」
めいの言葉に、大知は頷いた。
「行こう。……じゃじゃ麺でも食べながらな」
彼らは市街地を抜け、材木町のよ市へ向かった。道すがら、雪解け水が流れるはずの側溝は、音を立てることもなく乾いていた。遠く、岩手山が白い頂を覗かせている。凛としたその姿だけが、変わらずに街を見下ろしていた。
材木町よ市には、今日もいくつかの屋台が並んでいた。だがどこか活気に欠けている。いつもなら子どもたちの声や、太鼓の響きが交じり合う通りも、どこかしら空気が張り詰めていた。
「よっ、大知!めいも!」
呼び止めたのは啓介だった。じゃじゃ麺屋台の前で、ネギを刻んでいた手を止め、嬉しそうに手を振っている。
「……なんか、元気そうじゃん?」
「いや、表面だけな。……水が止まってるせいで、湯切りが上手くいかない。わんこそばも中止になったらしい。汁が足りないって」
「水のトラブルって、じゃじゃ麺にも影響あるのか……」
「そりゃそうさ。湯がいて、冷やして、湯切りして、味つけるんだ。どの工程も水頼み。しかも……変な話を聞いた」
啓介は声を落とした。
「石垣の下の泉――あそこに、夜な夜な誰か立ってるってさ。水に触れようとして、触れられずに消える影。水のカムイ、“ミズタマ”かもって言ってた」
「まさか……」
「でも、昔の記録にある。泉が枯れる時、ミズタマは姿を現すって。泉が“礼”を忘れた時、カムイは姿を変える」
めいが、ふと記憶を探るように呟いた。
「……啄木新婚の家に残ってた詩歌集……そこに“泉復活の秘歌”っていうのが記されてるって話、聞いたことがある」
「行こう。啄木が遺した詩に、泉を取り戻す鍵があるのなら」
大知は真っすぐに前を向いた。
「あの水は、盛岡の魂そのものだ。枯れたままには、しておけない」
めいも静かに頷いた。
「私たちが、それを取り戻すの。過去の誰かが紡いだ言葉と、今の私たちの想いで」
材木町のよ市を離れたあと、大知とめいは歩いて啄木新婚の家を目指した。雪の残る舗道を足音だけが刻んでいく。めいは袖の中に手を引っ込めながら言った。
「……ほんとに、啄木の詩の中に、“泉復活の秘歌”なんて、あるのかな」
「わからない。けど、おれたちにできるのは、探すことだけだ」
大知の声は静かだったが、その奥には確かな決意が宿っていた。
途中、風が吹いた。南部弁で言えば、「風っこがつめてえなぁ」ってところだった。石垣の隙間から抜けてくる風は芯から冷たくて、どこか水の気配を感じさせた。まるで、街のどこかに眠っている“何か”が、遠くから呼びかけてくるような――そんな気がした。
啄木新婚の家はこぢんまりとした旧民家だった。入口には雪除けの布がかかっていて、ガラス戸の向こうには仄暗い土間が広がっていた。受付にいた年配の女性が、二人を見て小さく首を傾げた。
「おや、こんな時間に?」
「“泉復活の秘歌”を探しているんです。啄木の詩集の中に、それらしいものがあると聞いて……」
めいが事情を簡潔に話すと、女性は驚いた顔で黙り、やがて頷いた。
「それなら、こちらに……」
案内されたのは、啄木が実際に暮らしていたという六畳の間だった。小さな書棚の隅に、古い和綴じの詩集が数冊並んでいる。そのうちの一冊、タイトルも付されていない無記名の冊子に、大知の手が止まった。
「……これは?」
開いた瞬間、薄茶色に変色した紙面に、崩し字で書かれた詩が現れた。文中に、“泉”“命”“礼”の文字が繰り返し現れる。
「水は 人の礼を映すもの 静けさに 己を知りて また巡る」
めいが読み上げた。
「まさか、これが……」
「まだある。“風は舞となり 太鼓は祈りの節となる”……これ、さんさ踊りのことじゃないか?」
大知が目を見開いた。
「つまり――水のカムイ、ミズタマを呼び戻すには、“泉復活の秘歌”とともに、さんさ踊りの太鼓の節で祈りを捧げる……」
「ってことは、さんさ踊りをちゃんと習わなきゃだめじゃん」
めいはぱっと顔を上げた。「沙也香が教えてくれるはず。あの子、踊り、上手だし。八幡宮の境内で太鼓練習してるって聞いたことある」
「よし、行こう」
二人は礼を述べ、啄木新婚の家を後にした。外に出ると、風は少し和らいでいた。不思議と、空気にわずかな湿り気が戻っていた。
その夜、八幡宮の鳥居の前で、大知とめいは沙也香と合流した。彼女は白い息を吐きながら、太鼓の撥を軽く鳴らして見せた。
「さんさ踊りの節……知りたいんだね?」
「うん。泉を取り戻すには、太鼓の節が必要なんだって。啄木の詩に、そう書いてあった」
「じゃあ、教えてあげる。だけどね――さんさは“型”じゃなくて、“想い”なの。ただ叩くだけじゃ、音がカムイには届かない」
「どうすれば、届く?」
「大事なのは、信じてること。水が戻ってくるって、心の底から思って、叩くこと」
沙也香は微笑んで、足をそっと開いた。そしてゆっくりと太鼓を叩き始めた。
どん……どどん、どん……どん。
太鼓の音が雪の境内に響く。そこにめいが自然に身を乗せた。身体の芯から節が流れているようだった。
「さあ、大知も」
沙也香に促され、大知も撥を手にした。ぎこちなく叩いた最初の一音。しかし、次の瞬間には彼の身体にリズムが流れ込んでいた。
“泉は 人の礼を映すもの”
啄木の詩が、太鼓の音に重なった。
太鼓の響きは、夜の八幡宮の空を通り抜けて、遠く城跡の泉へと届いていった。
八幡宮の境内に太鼓の音が響いてから数日後、大知たちは再び盛岡城跡公園へと足を踏み入れた。あの夜の太鼓の節回しが、空気の層を少しずつ動かし始めたのだろうか。公園の桜並木に立ち込めていた重たい静寂はわずかに和らぎ、木々の枝先に、わずかながらも濡れた光が滲んでいる。
「……ここからが、本番だな」
大知が呟いた。泉の前に立つと、あの時と同じように水は止まったままだった。けれど、泉の縁の苔が湿り、表面に霜が解けたような跡が見える。
「ねぇ、聞こえる……?」
めいが耳を澄ました。城跡の奥から、ごくかすかに水の響きが返ってくる。まるで地面の奥深くで、水が息をひそめて目覚める準備をしているかのような、そんな音だった。
啓介と沙也香も合流していた。彼は湯気の立たないじゃじゃ麺用の鍋を肩から下ろしながら、冗談めかして言った。
「今朝、麺、打つときの水の具合が違ったんだわ。なんつーか、やっと水が“戻ってきた”って感じ」
「……感覚の話かと思ったら、実際そうなのかもな」
大知はうなずいた。「水の精霊――ミズタマが、俺たちの唄と舞に反応し始めてるんだ」
「じゃ、今夜――ここで踊ろう。さんさ踊り、泉の前で。“泉復活の秘歌”と太鼓の節、全部あわせて」
沙也香が言った。
「それって、神楽みたいなものだよね。“奉納”するってこと。過程が大事なんだよ。“戻せばいい”んじゃなくて、“戻るまでの歩み”が、大切なの」
めいの言葉に、大知も頷いた。
夜が訪れ、盛岡の空に星がまたたき始めた頃、城跡公園の泉の前には、静かに四人が立っていた。大知が詩を口にする。
「水は 人の礼を映すもの――」
啄木の詩が空気を通して沈み渡る。続いて、めいの声が乗る。
「静けさに 己を知りて また巡る」
そして、沙也香が太鼓を鳴らした。
ぽん、ぽんぽん、ぽん。
さんさ踊りの節回しが、夜の公園に響く。その音に啓介の掛け声が重なる。
「ヨイヤーサー!」
彼の声は南部弁混じりで、けれど凛としていた。
四人の動きは次第に輪を描き、泉を囲むように舞を繰り返す。太鼓の音が土に染み込むたび、泉の縁から霧のようなものが上がり始める。
風が吹いた。
石垣の間から、凍てついていた水音が、微かに、けれど確かに返ってきた。
「……来る」
めいがそう言った瞬間、泉の中心に光が差し込んだ。どこからともなく、澄んだ水音が響き、泉の底から水がゆっくりと湧き出していく。
透明な水が石のくぼみに満ちる頃、泉の向こうに、ひとつの人影が現れた。
それは、ミズタマだった。
白い衣を纏い、髪は水のように揺れ、瞳は夜の泉のように深い。人の姿をしていたが、その輪郭は霧のように淡く、足元から水が湧いていた。
「……おまえたちは、礼を忘れていなかった」
ミズタマの声は風のなかに溶けて響いた。
「わたしは、戻ってこようと思っていた。ただ、それに値する音を、言葉を、舞を……待っていた」
「“過程”を、見てたんだね」
めいが小さく微笑む。
「“戻した”んじゃない。“ともに帰ってきた”んだ」
そう言って大知が泉に膝をつくと、ミズタマはふわりと手を差し出した。
その掌に、水でできた結晶が浮かんでいる。中心には泉の模様と同じ文様が刻まれていた。
「これは……」
「“盛岡市の輝”だよ」
沙也香が小さく呟いた。「水と舞と唄で結ばれた、あたしたちの心の証」
ミズタマは静かに頷き、やがて霧とともに泉の奥へと姿を消した。
その瞬間、泉の水が勢いよく湧き出し、夜の空気がひときわ澄んだ。
その風に、さんさ踊りの囃子が乗った。どこからともなく響いてきた太鼓と笛の音が、盛岡の夜に新たな始まりを告げていた。
(終)
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