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第十一章「仙台市 〜風を呼ぶ封印歌と天飾りの心〜」
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七夕まつり前夜、仙台市の定禅寺通りは、どこかおかしかった。欅並木の間に風が吹かない。いつもならこの時期、竹飾りが風に揺れて、しゃらしゃらと短冊が囁くように鳴るはずなのに――それが、今夜はまるで時間が止まったようだった。
「……ぜんぜん揺れてないっちゃ」
陽莉はそう言って、真新しい浴衣の裾を押さえた。彼女の指先は涼しげに見えていたが、眼差しには何か見逃せない不安がにじんでいた。
「なにか、足りねぇな」
大輔は静かに言った。彼は普段、人の心を言葉で測るような真似はしない。だが今夜は、その沈黙が逆に鋭く響いていた。
「これだけ飾りが出てて、光もあって、人もいるのに……まつりの気配が足りねぇ。空気が、死んでるみたいだ」
陽莉はうなずき、足元に視線を落とした。風が、止まっている。扇子をあおいでも、すぐに空気が戻るような“重さ”がそこにあった。
「竜之介と芽依がさっき、瑞鳳殿の方で“天飾りの心”がなくなったって言ってた」
「天飾りの心……って、あの?」
「うん。七夕まつりの中心に飾られる一番大きな竹飾り、その中に入ってる光玉。“風の核”って呼ばれてる。アオバ・カムイが宿る場所なんだって」
大輔は眉をしかめた。
「風が止んでる理由は、つまりそれか。“風の神”が宿る核が消えた。……だとすれば、これはただの事故じゃねぇ。意図的に“風”を奪おうとした誰かがいる」
「いや、誰か……じゃないかも。“風”そのものが怒ってるのかもしれない」
陽莉の声は小さかったが、その響きは強かった。
二人は市街を抜けて、竜之介と芽依の待つ瑞鳳殿へ向かった。朱塗りの霊廟は、夜の光を受けて静かに浮かび上がっていたが、周囲には風が吹いていなかった。木々の葉はぴたりと止まり、虫の声さえ聞こえない。
「待ってたよ」
竜之介は短く言った。芽依は何も言わずに一冊のノートを差し出す。そこには、青葉城址で見つけた古い詩句が転写されていた。
“風は夜に忘れられ、星は涙を落とした。封を解くのは、囃子の旋律”
「七夕ばやし……?」
「うん。あれに隠された“風起こしの旋律”がある。かつて、アオバ・カムイを呼ぶために使われてたって」
「つまり、旋律で“風”を呼び戻す?」
「その前に、断片を集める必要がある。詩句は途中で途切れてて……あと二つ、旋律の断片が青葉城址の石垣と、定禅寺通の欅並木に隠されてるって記録がある」
大輔は大きく息を吸った。
「よし、手分けしよう。俺と陽莉は欅並木へ。竜之介と芽依は城址へ行ってくれ」
「了解だ。風を――呼び戻そう」
四人はそのまま夜の街に散った。七夕の灯が街を包みながらも、どこか冷たく光るなかで、仙台の空に、風が戻る気配はまだなかった。
定禅寺通の欅並木に戻った大輔と陽莉は、再び立ち止まり、沈黙のまま夜風の気配を探っていた。だが、風は動かなかった。竹飾りの短冊は垂れ下がったまま、囁きすらしない。空気はまるで琥珀に閉じ込められたように、時間を止めていた。
「……ここに、旋律の断片があるっていうの、ほんとかな」
陽莉は少し寂しげに笑って言った。浴衣の袖を風に差し出すが、袖は揺れなかった。
「俺は信じる。なにより、“風がない”ってだけで、これだけ違和感がある。つまり“あるのが当然”ってことだ。だったら、それを取り戻す意味はある」
「……未来を見てるんだね」
「お前の笑ってる顔が見たいだけだ」
唐突な言葉に、陽莉が目を丸くして振り向いた。「なんでそこで告白みたいになるの!?」
「告白じゃねぇよ」
「ちょっと照れてるっちゃね?」
「ちょっと黙れ……!」
そう言い合いながらも、ふたりは笑い合い、その瞬間だけは、仙台にいつもの夏が戻ってきたようだった。だが、すぐに空気が静まり返った。並木道の中央、一本の欅の根元にだけ、わずかに風が集まり、地面の落ち葉がくるりと円を描いて舞い上がった。
「……あそこ」
陽莉が指差した先に、他の欅とは違う質感の石板が埋め込まれていた。しゃがみ込み、慎重に土を払うと、そこに浮かび上がったのは、五線譜だった。正確には、風化しかけた石に彫られた、たった三つの音。
「ソ・ミ・レ……?」
「旋律の一部だな。これが“風起こしの旋律”の一節だ」
大輔がそれを手帳に写し取ると、また風がふっと消えた。
「急ごう。竜之介たちも、もう石垣の調査を終えてる頃だ」
ふたりは青葉通を抜けて、広瀬川沿いを駆けた。星が見えた。だが、その瞬間に陽莉が立ち止まる。
「ねぇ、大輔……風って、“誰かの想い”だと思わない?」
「どういう意味だ」
「風ってさ、形がないけど、誰かの声に似てる。強い時もあれば、そっと背中を押す時もある」
「……なるほどな。確かに、あのアオバ・カムイが“風の神”だとしたら、それは“人の願い”そのものなんだろうな」
「ならさ、わたしたちの声も、風になれるかな」
「なれるさ。お前が信じるなら」
ふたりは再び走り出した。広瀬川にかかる橋を渡ると、そこには既に竜之介と芽依が待っていた。芽依の顔には土の跡があり、どうやら石垣を実際に掘ったようだった。
「見つけたよ、もうひとつの旋律の断片」
芽依が差し出した紙には、別の五線譜。そこには“ド・ソ・ラ”と記されていた。
「組み合わせれば、“ド・ソ・ラ・ソ・ミ・レ”」
大輔がそれを口ずさむと、どこか懐かしい調べになった。
「……これが、“風起こしの旋律”」
「じゃあ、あとは……」
「広瀬川の河畔で、それを唄う。風の精霊に向かって、“風を呼ぶ封印歌”として唱えるんだ」
「七夕飾りを吹かせるには、風の承認がいる。“アオバ・カムイ”と対峙するってことか」
陽莉が頷いた。
「行こう。願いを風に乗せて、“天飾りの心”を取り戻す」
河原に吹き込む風は、まだ生ぬるかった。だが、音はすでに集まりはじめていた。
広瀬川の河畔は夜の帳に包まれていた。かすかな星明かりと、遠く定禅寺通りの竹飾りの光がゆらゆらと反射している。普段ならば川沿いには涼を求めて歩く人々の影がちらほらとあるはずだったが、今夜は静まり返っていた。
「このあたりが、カムイと向き合う場所だって記録にあった。昔は“風の曲がり”って呼ばれてたらしいっちゃ」
芽依が手帳を見ながら言った。仙台弁が自然と混じるその口調は、いつになく落ち着きがなかった。
「風の曲がり、ね……ここに風が集まって、そして別れていくって、そんな場所だったのかもな」
大輔は風の流れを読むように目を細めた。竜之介は足元の草を払いながら、石の上に封印歌の断片と旋律を置いた。
「いくぞ。旋律は“ド・ソ・ラ・ソ・ミ・レ”。それを“七夕ばやし”の節回しに乗せて唄う」
「笛、吹くっちゃ」
陽莉が取り出したのは、定禅寺通の祭具店で手に入れた祭囃子用の笛だった。彼女はふっと息を吸い、ゆっくりと音を奏で始める。
その音は、夜の空に優しく響いた。風が音を包み、そして少しずつ揺れ始める。
「今だ――唄え!」
竜之介が声を上げると、大輔が詩句を唱えた。
「風よ、空をつなげ。飾りは星の言葉、竹は祈りの橋……」
芽依も続ける。
「囃子は音を導く、旋律は封を解く、我らの声は願いのかたち……」
陽莉の笛がさらに高く旋律を追い、音は次第に加速し始めた。
そして、その瞬間だった。
空が鳴った。
雲のない夜空の中心から、まるで裂け目のように風が降りてきた。旋律に導かれたそれは、形を持ち始める。
半透明の翼、風をまとう輪郭。人の姿のようであり、鳥のようでもあり、けれど決して“こちら側のもの”ではない存在――それがアオバ・カムイだった。
「これが……風の神……!」
陽莉が呟いた瞬間、アオバ・カムイは翼を広げ、四人を見下ろした。言葉はなかった。だが、その存在が問うていた。
“おまえたちは、なぜ風を戻そうとする?”
風が止まる中、大輔が一歩、前に出た。
「未来のためだ。風がないと、星が落ちねぇ。願いも届かねぇ。俺たちは、次の七夕を迎えたい。それを、皆で一緒に祝いたいんだ」
「ただ、昔を取り戻したいんじゃないんです」
陽莉が続けた。
「風が吹けば、飾りが揺れる。その飾りに、想いをかける。わたし、それを信じたいんです。今の仙台も、明日の仙台も……風が包んでくれるって」
アオバ・カムイはしばらく沈黙していた。
だがその翼がふわりと動いたとき、空気が大きく揺れた。
旋律が変わった。陽莉の吹く笛に、カムイの羽ばたきがリズムを添えた。七夕ばやしが再構成され、まったく新しい“風起こしの歌”として完成していく。
その瞬間、天飾りの心が現れた。
竹飾りの中央に、透き通った宝玉がゆっくりと降りてくる。星を宿したような光の粒がその内部で揺れ、風の流れとともに踊っていた。
「……戻ってきたんだ、“天飾りの心”が」
竜之介が囁くように言った。
風が吹いた。優しく、そして力強く。欅並木を駆け抜け、川の流れに沿って街全体を包み込む。
ねぶたの飾りが揺れ、竹が揺れ、短冊が夜空を舞った。
アオバ・カムイは、その光景を見届けると、風に溶けるようにして消えていった。
足元に、風の残滓のようなきらめきがひとつ、静かに落ちていた。
「これが……」
「仙台市の輝、だな」
大輔が手に取ったそれは、天飾りの心のかけらが変化した小さな結晶だった。笹竹の葉脈のような模様が内部に揺れていた。
仙台の七夕は、またひとつ息を吹き返した。
【アイテム:仙台市の輝】入手
「……ぜんぜん揺れてないっちゃ」
陽莉はそう言って、真新しい浴衣の裾を押さえた。彼女の指先は涼しげに見えていたが、眼差しには何か見逃せない不安がにじんでいた。
「なにか、足りねぇな」
大輔は静かに言った。彼は普段、人の心を言葉で測るような真似はしない。だが今夜は、その沈黙が逆に鋭く響いていた。
「これだけ飾りが出てて、光もあって、人もいるのに……まつりの気配が足りねぇ。空気が、死んでるみたいだ」
陽莉はうなずき、足元に視線を落とした。風が、止まっている。扇子をあおいでも、すぐに空気が戻るような“重さ”がそこにあった。
「竜之介と芽依がさっき、瑞鳳殿の方で“天飾りの心”がなくなったって言ってた」
「天飾りの心……って、あの?」
「うん。七夕まつりの中心に飾られる一番大きな竹飾り、その中に入ってる光玉。“風の核”って呼ばれてる。アオバ・カムイが宿る場所なんだって」
大輔は眉をしかめた。
「風が止んでる理由は、つまりそれか。“風の神”が宿る核が消えた。……だとすれば、これはただの事故じゃねぇ。意図的に“風”を奪おうとした誰かがいる」
「いや、誰か……じゃないかも。“風”そのものが怒ってるのかもしれない」
陽莉の声は小さかったが、その響きは強かった。
二人は市街を抜けて、竜之介と芽依の待つ瑞鳳殿へ向かった。朱塗りの霊廟は、夜の光を受けて静かに浮かび上がっていたが、周囲には風が吹いていなかった。木々の葉はぴたりと止まり、虫の声さえ聞こえない。
「待ってたよ」
竜之介は短く言った。芽依は何も言わずに一冊のノートを差し出す。そこには、青葉城址で見つけた古い詩句が転写されていた。
“風は夜に忘れられ、星は涙を落とした。封を解くのは、囃子の旋律”
「七夕ばやし……?」
「うん。あれに隠された“風起こしの旋律”がある。かつて、アオバ・カムイを呼ぶために使われてたって」
「つまり、旋律で“風”を呼び戻す?」
「その前に、断片を集める必要がある。詩句は途中で途切れてて……あと二つ、旋律の断片が青葉城址の石垣と、定禅寺通の欅並木に隠されてるって記録がある」
大輔は大きく息を吸った。
「よし、手分けしよう。俺と陽莉は欅並木へ。竜之介と芽依は城址へ行ってくれ」
「了解だ。風を――呼び戻そう」
四人はそのまま夜の街に散った。七夕の灯が街を包みながらも、どこか冷たく光るなかで、仙台の空に、風が戻る気配はまだなかった。
定禅寺通の欅並木に戻った大輔と陽莉は、再び立ち止まり、沈黙のまま夜風の気配を探っていた。だが、風は動かなかった。竹飾りの短冊は垂れ下がったまま、囁きすらしない。空気はまるで琥珀に閉じ込められたように、時間を止めていた。
「……ここに、旋律の断片があるっていうの、ほんとかな」
陽莉は少し寂しげに笑って言った。浴衣の袖を風に差し出すが、袖は揺れなかった。
「俺は信じる。なにより、“風がない”ってだけで、これだけ違和感がある。つまり“あるのが当然”ってことだ。だったら、それを取り戻す意味はある」
「……未来を見てるんだね」
「お前の笑ってる顔が見たいだけだ」
唐突な言葉に、陽莉が目を丸くして振り向いた。「なんでそこで告白みたいになるの!?」
「告白じゃねぇよ」
「ちょっと照れてるっちゃね?」
「ちょっと黙れ……!」
そう言い合いながらも、ふたりは笑い合い、その瞬間だけは、仙台にいつもの夏が戻ってきたようだった。だが、すぐに空気が静まり返った。並木道の中央、一本の欅の根元にだけ、わずかに風が集まり、地面の落ち葉がくるりと円を描いて舞い上がった。
「……あそこ」
陽莉が指差した先に、他の欅とは違う質感の石板が埋め込まれていた。しゃがみ込み、慎重に土を払うと、そこに浮かび上がったのは、五線譜だった。正確には、風化しかけた石に彫られた、たった三つの音。
「ソ・ミ・レ……?」
「旋律の一部だな。これが“風起こしの旋律”の一節だ」
大輔がそれを手帳に写し取ると、また風がふっと消えた。
「急ごう。竜之介たちも、もう石垣の調査を終えてる頃だ」
ふたりは青葉通を抜けて、広瀬川沿いを駆けた。星が見えた。だが、その瞬間に陽莉が立ち止まる。
「ねぇ、大輔……風って、“誰かの想い”だと思わない?」
「どういう意味だ」
「風ってさ、形がないけど、誰かの声に似てる。強い時もあれば、そっと背中を押す時もある」
「……なるほどな。確かに、あのアオバ・カムイが“風の神”だとしたら、それは“人の願い”そのものなんだろうな」
「ならさ、わたしたちの声も、風になれるかな」
「なれるさ。お前が信じるなら」
ふたりは再び走り出した。広瀬川にかかる橋を渡ると、そこには既に竜之介と芽依が待っていた。芽依の顔には土の跡があり、どうやら石垣を実際に掘ったようだった。
「見つけたよ、もうひとつの旋律の断片」
芽依が差し出した紙には、別の五線譜。そこには“ド・ソ・ラ”と記されていた。
「組み合わせれば、“ド・ソ・ラ・ソ・ミ・レ”」
大輔がそれを口ずさむと、どこか懐かしい調べになった。
「……これが、“風起こしの旋律”」
「じゃあ、あとは……」
「広瀬川の河畔で、それを唄う。風の精霊に向かって、“風を呼ぶ封印歌”として唱えるんだ」
「七夕飾りを吹かせるには、風の承認がいる。“アオバ・カムイ”と対峙するってことか」
陽莉が頷いた。
「行こう。願いを風に乗せて、“天飾りの心”を取り戻す」
河原に吹き込む風は、まだ生ぬるかった。だが、音はすでに集まりはじめていた。
広瀬川の河畔は夜の帳に包まれていた。かすかな星明かりと、遠く定禅寺通りの竹飾りの光がゆらゆらと反射している。普段ならば川沿いには涼を求めて歩く人々の影がちらほらとあるはずだったが、今夜は静まり返っていた。
「このあたりが、カムイと向き合う場所だって記録にあった。昔は“風の曲がり”って呼ばれてたらしいっちゃ」
芽依が手帳を見ながら言った。仙台弁が自然と混じるその口調は、いつになく落ち着きがなかった。
「風の曲がり、ね……ここに風が集まって、そして別れていくって、そんな場所だったのかもな」
大輔は風の流れを読むように目を細めた。竜之介は足元の草を払いながら、石の上に封印歌の断片と旋律を置いた。
「いくぞ。旋律は“ド・ソ・ラ・ソ・ミ・レ”。それを“七夕ばやし”の節回しに乗せて唄う」
「笛、吹くっちゃ」
陽莉が取り出したのは、定禅寺通の祭具店で手に入れた祭囃子用の笛だった。彼女はふっと息を吸い、ゆっくりと音を奏で始める。
その音は、夜の空に優しく響いた。風が音を包み、そして少しずつ揺れ始める。
「今だ――唄え!」
竜之介が声を上げると、大輔が詩句を唱えた。
「風よ、空をつなげ。飾りは星の言葉、竹は祈りの橋……」
芽依も続ける。
「囃子は音を導く、旋律は封を解く、我らの声は願いのかたち……」
陽莉の笛がさらに高く旋律を追い、音は次第に加速し始めた。
そして、その瞬間だった。
空が鳴った。
雲のない夜空の中心から、まるで裂け目のように風が降りてきた。旋律に導かれたそれは、形を持ち始める。
半透明の翼、風をまとう輪郭。人の姿のようであり、鳥のようでもあり、けれど決して“こちら側のもの”ではない存在――それがアオバ・カムイだった。
「これが……風の神……!」
陽莉が呟いた瞬間、アオバ・カムイは翼を広げ、四人を見下ろした。言葉はなかった。だが、その存在が問うていた。
“おまえたちは、なぜ風を戻そうとする?”
風が止まる中、大輔が一歩、前に出た。
「未来のためだ。風がないと、星が落ちねぇ。願いも届かねぇ。俺たちは、次の七夕を迎えたい。それを、皆で一緒に祝いたいんだ」
「ただ、昔を取り戻したいんじゃないんです」
陽莉が続けた。
「風が吹けば、飾りが揺れる。その飾りに、想いをかける。わたし、それを信じたいんです。今の仙台も、明日の仙台も……風が包んでくれるって」
アオバ・カムイはしばらく沈黙していた。
だがその翼がふわりと動いたとき、空気が大きく揺れた。
旋律が変わった。陽莉の吹く笛に、カムイの羽ばたきがリズムを添えた。七夕ばやしが再構成され、まったく新しい“風起こしの歌”として完成していく。
その瞬間、天飾りの心が現れた。
竹飾りの中央に、透き通った宝玉がゆっくりと降りてくる。星を宿したような光の粒がその内部で揺れ、風の流れとともに踊っていた。
「……戻ってきたんだ、“天飾りの心”が」
竜之介が囁くように言った。
風が吹いた。優しく、そして力強く。欅並木を駆け抜け、川の流れに沿って街全体を包み込む。
ねぶたの飾りが揺れ、竹が揺れ、短冊が夜空を舞った。
アオバ・カムイは、その光景を見届けると、風に溶けるようにして消えていった。
足元に、風の残滓のようなきらめきがひとつ、静かに落ちていた。
「これが……」
「仙台市の輝、だな」
大輔が手に取ったそれは、天飾りの心のかけらが変化した小さな結晶だった。笹竹の葉脈のような模様が内部に揺れていた。
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