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第二十五章「川越市 〜鐘呼びの旋律と芋の神〜」
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小江戸と呼ばれる町並みは、夕暮れの光を浴びてまるで絵巻物のようだった。黒漆喰の蔵造りが並ぶ通りに、朱色の提灯が揺れ、遠くから和太鼓の音が微かに聞こえてくる。石畳の道を歩くと、下駄の音が心地よく響いた。けれど、その静寂を破るように、時の鐘は鳴らなかった。
「……やっぱり、おかしい」
颯士は蔵の影から顔を出し、上を見上げた。時の鐘の高楼はそこにあり、傾きかけた夕陽を背負ってそびえ立っている。しかし、その鐘はぴくりとも動かず、釣り鐘の下にあるはずの「鐘石」が、どこにも見当たらなかった。
「これじゃ、零時の鐘が鳴らねぇ……」
隣で和菓子の包みを大事そうに抱えた優希が、心配そうに言う。
「鐘石って、どこ行っちゃったんだろう。あんな重たいもの、そう簡単に動かせるわけないのに」
「盗まれたんじゃないかって話もある。でも、誰が何のために?」
二人は和菓子屋横丁を抜け、芋スイーツの店が並ぶ通りへと足を向けた。さつまいもを蒸す甘い香りが鼻をくすぐり、優希の目が自然とそちらへ引き寄せられていた。
「ちょっとだけ……寄ってもいい?」
「……ああ。快の店だろ? あいつ、何か知ってるかもしれねぇしな」
その芋スイーツ店「芋源」は、紫色の暖簾が印象的な小さな店だった。中からは、陽気な笑い声と蒸籠の湯気が立ち込めている。店頭に立つ快は、ちょうど芋ようかんを切り分けていた。
「よっ、颯士に優希! 来ると思ってたぜ」
「鐘石のこと、知ってるのか?」
颯士が問うと、快は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「氷川神社の古井戸に、“戻された”って話がある。“呼び戻す旋律”を奏でないと現れないって。……たぶん、“小江戸情話”にヒントがある」
「小江戸情話……」
優希が口元に手を当てる。
「確か、石畳の道を讃える民謡だったよね?」
「ああ。その旋律の中に、“鐘呼び”の調べが混じってる。莉子が今、路地裏でその節回しを確認してる。……行ってみな」
快は芋スイーツの包みを二人に手渡し、にっこり笑った。
「腹が減ってたら、何も見つからないぜ? まずは甘くなれ」
受け取った包みを開けると、ほんのり温かい芋どら焼きの香りが広がった。ふわっとした皮に、紫芋の餡がぎっしり詰まっている。優希はひと口食べて、思わず目を細めた。
「……甘い……でも、深い味がする」
「だろ? それが川越の“地の音”だ」
颯士もどら焼きを頬張りながら、ゆっくりと頭を上げた。
「莉子のとこ、行くか」
川越の細い路地裏は、蔵造りの建物が折り重なるように立ち並び、ちょっとした迷路のようだった。曲がりくねった道を抜けると、そこには小さな広場があり、石畳の中心に少女が佇んでいた。莉子だった。
彼女は目を閉じ、かすかに揺れながら、口元で何かを唄っていた。
「……鐘呼びの旋律、聞こえる?」
優希がそう問いかけると、莉子は静かに目を開けた。
「石畳に響く、歩く音と、人の願い。どっちも揃わないと、鐘石は応えないみたい。唄うのも……簡単じゃない」
「じゃあ、合わせよう」
颯士が一歩前に出た。
「小江戸情話の節を、三人でやる。俺がリズムを踏む。莉子が旋律を唄う。優希、お前は――“願い”を預かってくれ」
「願い……?」
「鐘が鳴らなくて困ってる人、いっぱいいる。俺たちだけの願いじゃ、届かねぇ。“みんなの”を集めてくれ」
優希は頷いた。
「やってみる」
三人は、夕暮れの石畳の上に円を描くように立った。颯士の足音がリズムを刻み、莉子がそっと唄い始める。
「小江戸の道に 響くは願い……」
その唄声は風に乗り、細い路地を抜けて天へと昇っていくようだった。
そのとき、遠くで、ゴーン――と低く鐘が鳴ったような音が、確かに聞こえた。
音がした。誰もが聞き間違いかと耳を澄ませるほど、はかなく、しかし確かにそこに存在した音――それは、まるで石畳を打つ下駄の音のようでもあり、かすかに鐘が鳴る余韻のようにも感じられた。
颯士は立ち止まり、石畳の地面を見つめた。風が吹き、莉子の唇から零れ出た「小江戸情話」の旋律が、ふわりと宙を舞っていく。彼女は目を閉じたまま、唄い続けていた。優希は周囲をぐるりと見渡しながら、道行く人々の声、表情、店の軒先に並んだ芋菓子、飾られた和紙の風車――それらに込められた“この町を愛する気持ち”を必死に心に吸い込んでいた。
「願いは……ある。たくさん、ここに」
優希の声が震える。けれどそれは、不安からではなかった。川越の人たちの暮らしと、この“時の鐘”の響きがどれほど深く繋がっているのかを肌で感じたからだった。
「莉子、続けて。優希、手を」
颯士は両手を差し出した。三人が手を重ね、円の中心に祈りが集まる。リズムと唄、願いが揃った瞬間、足元の石畳がわずかに震えた。
「下、何か動いてる!」
莉子が叫ぶと同時に、中央の一枚の石が、ふいに淡い光を放ち始めた。石の表面に刻まれていたかすかな文様が、金の縁取りのように浮かび上がる。
「……“鐘石”って、ここにあったの?」
優希が驚きに声を震わせた。
「違う。ここは“呼び戻す扉”だ」
颯士が答えた。
石畳の模様が回転し、その中心から、小さな金属音を立てて、鐘のかけらのようなものがせり上がってきた。だがそれは完全な鐘ではなく、鈴のように軽やかで、指先ほどの小さな欠片だった。
「これは……」
「一部だ。きっと、本体は氷川神社にある」
莉子が、唇の端を引き締めながら言った。
「さっきの旋律が“鍵”なら、開いた先にあるのは、“約束の場所”なんだよ」
その言葉に、颯士は静かにうなずいた。
「行こう。川越氷川神社へ。あそこに、“イモタベ・カムイ”がいる」
「神様……?」
優希が目を丸くする。
「芋の神さま。川越を守る神の一柱。たぶん、あの鐘石は神の祝福とともに作られていて、今はその“祝福”が閉じられてるんだ」
「でも、どうやって開くの?」
「さつまいもを使った“供物”がいる。快の芋スイーツ、あれを使う」
「やっぱり、あの甘さ……ただの味じゃなかったんだね」
莉子が微笑む。
三人は、鐘石の欠片を小さな布に包み、大切に胸元にしまった。そして夕暮れの蔵造りの町を抜け、川越氷川神社へと向かった。
神社の参道には、無数の風鈴が並んでいた。風が吹くたびに澄んだ音が響くが、それは不思議と一方向に導かれるように流れていった。
「鐘じゃなく、風鈴が……鳴ってる?」
颯士が立ち止まると、参道の奥にある古井戸から、一筋の光が漏れていた。
「行こう。あそこに、鐘石がある」
古井戸の前に立つと、底から淡い紫色の光がゆらゆらと立ち上っていた。莉子がそっと欠片を取り出して差し出すと、その光が反応して、優しく井戸の底を照らす。
「願いを、重ねて」
快から預かった芋スイーツをそっと供え、莉子が「鐘呼びの旋律」を再び唄いはじめる。颯士と優希が手を取り合い、調べを支える。
その瞬間、井戸の奥から、確かな鐘の音が――
「ゴォォォン……」
深く、腹に響くような音が、地中から町全体に広がっていった。
時の鐘が、復活したのだった。
参道の風鈴が一斉に鳴り響く。芋の香りが風に乗り、蔵造りの町並みに祝福の音がこだまする。
井戸から静かに現れたのは、黄金の鐘石だった。
優希が手を差し伸べると、それはふわりと浮かび上がり、芋型の結晶に変わって掌に降りてきた。
「これが……川越の輝き」
莉子が静かに微笑んだ。
【アイテム:川越市の輝】入手
「……やっぱり、おかしい」
颯士は蔵の影から顔を出し、上を見上げた。時の鐘の高楼はそこにあり、傾きかけた夕陽を背負ってそびえ立っている。しかし、その鐘はぴくりとも動かず、釣り鐘の下にあるはずの「鐘石」が、どこにも見当たらなかった。
「これじゃ、零時の鐘が鳴らねぇ……」
隣で和菓子の包みを大事そうに抱えた優希が、心配そうに言う。
「鐘石って、どこ行っちゃったんだろう。あんな重たいもの、そう簡単に動かせるわけないのに」
「盗まれたんじゃないかって話もある。でも、誰が何のために?」
二人は和菓子屋横丁を抜け、芋スイーツの店が並ぶ通りへと足を向けた。さつまいもを蒸す甘い香りが鼻をくすぐり、優希の目が自然とそちらへ引き寄せられていた。
「ちょっとだけ……寄ってもいい?」
「……ああ。快の店だろ? あいつ、何か知ってるかもしれねぇしな」
その芋スイーツ店「芋源」は、紫色の暖簾が印象的な小さな店だった。中からは、陽気な笑い声と蒸籠の湯気が立ち込めている。店頭に立つ快は、ちょうど芋ようかんを切り分けていた。
「よっ、颯士に優希! 来ると思ってたぜ」
「鐘石のこと、知ってるのか?」
颯士が問うと、快は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「氷川神社の古井戸に、“戻された”って話がある。“呼び戻す旋律”を奏でないと現れないって。……たぶん、“小江戸情話”にヒントがある」
「小江戸情話……」
優希が口元に手を当てる。
「確か、石畳の道を讃える民謡だったよね?」
「ああ。その旋律の中に、“鐘呼び”の調べが混じってる。莉子が今、路地裏でその節回しを確認してる。……行ってみな」
快は芋スイーツの包みを二人に手渡し、にっこり笑った。
「腹が減ってたら、何も見つからないぜ? まずは甘くなれ」
受け取った包みを開けると、ほんのり温かい芋どら焼きの香りが広がった。ふわっとした皮に、紫芋の餡がぎっしり詰まっている。優希はひと口食べて、思わず目を細めた。
「……甘い……でも、深い味がする」
「だろ? それが川越の“地の音”だ」
颯士もどら焼きを頬張りながら、ゆっくりと頭を上げた。
「莉子のとこ、行くか」
川越の細い路地裏は、蔵造りの建物が折り重なるように立ち並び、ちょっとした迷路のようだった。曲がりくねった道を抜けると、そこには小さな広場があり、石畳の中心に少女が佇んでいた。莉子だった。
彼女は目を閉じ、かすかに揺れながら、口元で何かを唄っていた。
「……鐘呼びの旋律、聞こえる?」
優希がそう問いかけると、莉子は静かに目を開けた。
「石畳に響く、歩く音と、人の願い。どっちも揃わないと、鐘石は応えないみたい。唄うのも……簡単じゃない」
「じゃあ、合わせよう」
颯士が一歩前に出た。
「小江戸情話の節を、三人でやる。俺がリズムを踏む。莉子が旋律を唄う。優希、お前は――“願い”を預かってくれ」
「願い……?」
「鐘が鳴らなくて困ってる人、いっぱいいる。俺たちだけの願いじゃ、届かねぇ。“みんなの”を集めてくれ」
優希は頷いた。
「やってみる」
三人は、夕暮れの石畳の上に円を描くように立った。颯士の足音がリズムを刻み、莉子がそっと唄い始める。
「小江戸の道に 響くは願い……」
その唄声は風に乗り、細い路地を抜けて天へと昇っていくようだった。
そのとき、遠くで、ゴーン――と低く鐘が鳴ったような音が、確かに聞こえた。
音がした。誰もが聞き間違いかと耳を澄ませるほど、はかなく、しかし確かにそこに存在した音――それは、まるで石畳を打つ下駄の音のようでもあり、かすかに鐘が鳴る余韻のようにも感じられた。
颯士は立ち止まり、石畳の地面を見つめた。風が吹き、莉子の唇から零れ出た「小江戸情話」の旋律が、ふわりと宙を舞っていく。彼女は目を閉じたまま、唄い続けていた。優希は周囲をぐるりと見渡しながら、道行く人々の声、表情、店の軒先に並んだ芋菓子、飾られた和紙の風車――それらに込められた“この町を愛する気持ち”を必死に心に吸い込んでいた。
「願いは……ある。たくさん、ここに」
優希の声が震える。けれどそれは、不安からではなかった。川越の人たちの暮らしと、この“時の鐘”の響きがどれほど深く繋がっているのかを肌で感じたからだった。
「莉子、続けて。優希、手を」
颯士は両手を差し出した。三人が手を重ね、円の中心に祈りが集まる。リズムと唄、願いが揃った瞬間、足元の石畳がわずかに震えた。
「下、何か動いてる!」
莉子が叫ぶと同時に、中央の一枚の石が、ふいに淡い光を放ち始めた。石の表面に刻まれていたかすかな文様が、金の縁取りのように浮かび上がる。
「……“鐘石”って、ここにあったの?」
優希が驚きに声を震わせた。
「違う。ここは“呼び戻す扉”だ」
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「これは……」
「一部だ。きっと、本体は氷川神社にある」
莉子が、唇の端を引き締めながら言った。
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その言葉に、颯士は静かにうなずいた。
「行こう。川越氷川神社へ。あそこに、“イモタベ・カムイ”がいる」
「神様……?」
優希が目を丸くする。
「芋の神さま。川越を守る神の一柱。たぶん、あの鐘石は神の祝福とともに作られていて、今はその“祝福”が閉じられてるんだ」
「でも、どうやって開くの?」
「さつまいもを使った“供物”がいる。快の芋スイーツ、あれを使う」
「やっぱり、あの甘さ……ただの味じゃなかったんだね」
莉子が微笑む。
三人は、鐘石の欠片を小さな布に包み、大切に胸元にしまった。そして夕暮れの蔵造りの町を抜け、川越氷川神社へと向かった。
神社の参道には、無数の風鈴が並んでいた。風が吹くたびに澄んだ音が響くが、それは不思議と一方向に導かれるように流れていった。
「鐘じゃなく、風鈴が……鳴ってる?」
颯士が立ち止まると、参道の奥にある古井戸から、一筋の光が漏れていた。
「行こう。あそこに、鐘石がある」
古井戸の前に立つと、底から淡い紫色の光がゆらゆらと立ち上っていた。莉子がそっと欠片を取り出して差し出すと、その光が反応して、優しく井戸の底を照らす。
「願いを、重ねて」
快から預かった芋スイーツをそっと供え、莉子が「鐘呼びの旋律」を再び唄いはじめる。颯士と優希が手を取り合い、調べを支える。
その瞬間、井戸の奥から、確かな鐘の音が――
「ゴォォォン……」
深く、腹に響くような音が、地中から町全体に広がっていった。
時の鐘が、復活したのだった。
参道の風鈴が一斉に鳴り響く。芋の香りが風に乗り、蔵造りの町並みに祝福の音がこだまする。
井戸から静かに現れたのは、黄金の鐘石だった。
優希が手を差し伸べると、それはふわりと浮かび上がり、芋型の結晶に変わって掌に降りてきた。
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