大都市RPG 〜失われた輝きを取り戻せ〜

乾為天女

文字の大きさ
40 / 61

第四十章「和光市」

しおりを挟む
 春の陽射しが斜めに差し込む和光樹林公園。木々の隙間から射す光は、まるで万華鏡のように地面に模様を描いていた。柔らかな風が枝を揺らし、子どもたちの歓声が遠くから響く。そんな日常のなかで——和光市の命の象徴である「諏訪の鏡」は、突如その光を失った。
 鏡が濁ったのは先週の朝だった。白子諏訪神社の奥殿に奉納されている、銅鏡のような神器。その表面が淡い霧に包まれ、やがて黒く沈んでいったと神主は語る。
「疫病を封じるその鏡が……曇ってしまった。まるで、町全体に影がかかったような気がする」
 理人は、公園のベンチでその話を思い返していた。緑が深くなる季節だというのに、どこか空気が重たい。彼の隣では、和が口を尖らせながらも、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
「駅前の商店街、なんか元気なくない? 和光サブレ売ってるおばちゃん、ずっと空見てた」
「俺も、昨日“とりかいさん家”にイチゴ摘みに行ったけど、花が咲ききってなくてさ……空気が、止まってる感じがした」
 理人は自分の感覚を信じるタイプだった。人の言葉より、風の音や空の色、そして自分の鼓動のリズムを大切にしている。だが今回は——何かがおかしい。それを言葉にするより先に、体がそれを告げていた。
「それで、くるみが言ってたんだけど……商店街の歴史資料室に“鏡を清める舞”の古文書があったらしいの。白子囃子と一緒に、舞の所作が書かれてるんだって」
 和の声には、いつになく熱がこもっていた。人に好かれたいという気持ちを超えて、今は“この街を守りたい”という思いに突き動かされていた。
「それ、見に行こう」理人はすっと立ち上がった。
 和が驚く。「そんなにすぐ?」
「街が呼んでる。感じるんだ。鏡だけじゃなく、空気ごと、何かが崩れかけてる」
 和光駅から続く商店街は、普段ならもっと賑やかなはずだった。けれど、今日はどこか静かで、店先の旗も風に翻るばかり。二人は和光サブレと新倉うどんの店を横目に抜け、資料室のある旧町会館の建物に入った。
 そこには、くるみと雄介が先に来ていた。くるみは大きな巻物を手にしており、雄介はそれを真剣な目で読んでいた。
「理人、和——来たんだね」
「やっぱり、気づいてたんだね」雄介が笑みを浮かべながら言う。「この資料、すごいよ。“白子囃子”の楽譜と、祭礼舞“清めの旋”の詳細な図解がある。……これで鏡を浄められる」
「つまり、囃子を再現して、舞と合わせて——白子諏訪神社で祈ればいいってこと?」
「その通り」くるみが頷く。「でも、簡単じゃないよ。舞は二人組でやるし、音も合わせないと、風が通らない」
「なら、やるしかない」理人の言葉には迷いがなかった。「建御名方命の力を取り戻すために」
「神社は、夜に静かになる。宵のうちがいいかも」雄介が言った。
 四人は準備を整えると、今度は白子諏訪神社へ向かった。神社の前では、風が不自然なほど止んでいた。拝殿の奥、鏡が祀られる社には、目に見えぬ霧が渦を巻いていた。
「行こう、今しかない」理人は、白子囃子の拍を胸に、静かに構えた。

 白子諏訪神社の境内は夜の静けさに包まれていた。鈴の音も風のささやきも聞こえず、まるで時間そのものがこの場所だけ止まっているかのようだった。灯籠の光は風もないのに揺れて見え、空気は張りつめていた。理人たちは石畳の中央に立ち、正面に鎮座する本殿の奥に視線を送った。
「奥に、“諏訪の鏡”があるんだよね……」くるみが小さくつぶやく。
「うん。でも、近づきすぎると、霧に吸い込まれるって……だからこの場で、舞と囃子を奉納するんだ」
 和が舞の準備を整えながら静かに言った。緊張が指先に現れていたが、目はまっすぐに拝殿を見つめていた。
「この音、舞、すべては“封じられた霧”を晴らすためのもの。俺が太鼓を打つ。くるみ、笛を頼む」理人はそう言いながら、白子囃子の譜を頭の中でなぞっていた。
 雄介は社の外側に立ち、境内に入ってくる空気の流れを読むように目を細めた。「風が変わるはずなんだ。成功すれば、ここの空気が動く。封じられた神気が、目を覚ます」
「じゃあ、行くわよ」和が一歩踏み出すと、くるみの笛が静かに音を紡ぎ始めた。
 それはまるで、風が初めて木々を撫でた時のような音だった。息が細く、柔らかく、それでいて確かに“揺らぎ”を持っていた。理人の太鼓がそれに応えるように低く一打。続けて二打、三打。白子囃子は、激しい囃子ではない。神に近づくための、静かで穏やかな、しかし魂に響く鼓動だ。
 和とくるみの舞が始まった。足運びは慎重で、けれど迷いはなかった。両手を天に向けて交差させ、ゆっくりと広げていくと、風がふわりと舞い降りた。
 その風は、今まで停滞していた神社の空気をわずかに揺らし、灯籠の火を揺らした。
「……来てる」雄介が呟いた。
 太鼓と笛が重なり、舞が深まるごとに、拝殿の奥から白い霧が漏れ出してきた。それは地を這うようにゆっくりと広がり、舞の中心へと近づいてくる。
 理人の太鼓が強く響く。その鼓動が霧を押し返すように広がり、くるみの笛がその隙間を縫って音を通す。和とくるみの手が交わると、霧は裂けた。
 その瞬間、拝殿の奥で“諏訪の鏡”が淡い青光を放ち始めた。白く濁っていたその面が、ゆっくりと澄み始め、中心には五芒星にも似た文様が浮かび上がっていく。
「清まった……!」和が叫んだ。
 だが、次の瞬間、鏡の奥から霧が跳ねるように弾けた。それは巨大な影となり、まるで神の気配そのものを飲み込もうとする存在だった。形は流動し、時に獣のように、時に人の形にも見えた。
「これは……“影封じの試練”だ」雄介が太鼓を手に取り、理人の隣に並ぶ。「音で、抑えよう。全員、最大限の力を出す!」
 再び鳴り響く太鼓と笛。和とくるみの舞は激しさを増し、腕を振るたびに影が後ずさりする。霧の塊は空中でのたうち、牙のようなものを剥いて叫び声をあげた。
 だが、その時、理人の心に浮かんだのは、和光の街並みだった。商店街の朝の光、樹林公園の静けさ、サブレを手に笑う子どもたちの姿——そのすべてが、自分たちの“守るべきもの”だった。
「帰れ……ここは、俺たちの街だ!」
 その叫びと同時に、理人は太鼓を渾身の力で打ち鳴らした。音が霧を貫き、影を裂き、空気を震わせた。
 影は呻き声のような音を残して崩れ落ち、やがて光の粒へと変わって夜空に吸い込まれた。
 静寂が訪れた。境内に風が戻り、空気が柔らかくなっていく。
 拝殿の奥、鏡の前に、淡い金色の光が揺れていた。それは地に落ちず、ふわふわと舞い、理人の前に静かに降りた。
「……これは……“和光市の輝”」理人が手を伸ばし、そっとそれを包み込む。
 冷たさとあたたかさが混ざった、不思議な感触が掌に伝わってくる。それは神の祝福であり、町の命の光そのものだった。
 翌朝、鏡は完全な透明に戻り、町には穏やかな風が吹き渡った。駅前の店には客が戻り、公園には親子連れの笑顔が咲いていた。
【アイテム:和光市の輝】入手
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...