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第五十章「八千代市」
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梨の葉がしおれ、人参の葉先が茶色く枯れていた。春の花が咲き誇るはずのあけぼの山農業公園の丘も、ポピーの赤がまばらで、地面は不自然に乾いていた。
「……白心の珠が盗まれたって、ほんとだったんだな」
瑛介がそうつぶやいたとき、羽菜はしゃがんで、土の上に小さな指を添えた。指先で触れても湿り気はなく、まるで地面ごと眠ってしまっているようだった。
「幸水の花、咲かなかったの。うちの畑も、ぜんぶ……まるで水が根から届いてないみたいだった」
「にんじん畑も同じだ」龍也が現れたのは、その少しあとだった。彼の服には土の色が染みていて、目の下にはうっすらと疲れの影が見えていた。
「古文書が見つかった。うちの農機具小屋の梁の裏に。……そこに、白心の珠の在処が書いてあった。“水宮神社の祠に納む”って。知ってるか?」
「水宮神社なら……わたし、行ったことある。流れの音がいつも聴こえるの。あそこ、神様いるよ」奈穂が静かに言った。彼女の声はどこか確信に満ちていた。
「じゃあ、決まりだな」瑛介は空を見上げた。雲ひとつない空が、どこか不自然に思えた。「枯れた畑のまま、見過ごすわけにはいかない」
「八千代の梨と人参、戻さなきゃね」羽菜が笑った。その笑顔は、幼い頃から変わらないものだった。
四人は、干上がった田畑の中を歩き、水宮神社を目指した。乾いた風が吹いていたが、その風の中には、どこかでまだ残っている水脈の匂いが、かすかに混じっていた。
水宮神社は、八千代市の静かな川辺に佇んでいた。境内には人の気配はなかったが、水音だけが絶え間なく聴こえていた。地下を流れる水脈が、まるで神の息遣いのように響いている。
瑛介は鳥居の前で立ち止まり、目を細めた。「……ここだな」
「なんだろう、ちょっと寒い」羽菜が腕をさすった。「水の神様って、ちゃんと生きてるんだね。空気が動いてる」
「珠は、神社の祠に隠されてるはず。でも、その場所へ入るには封印を解かないといけない」龍也が懐から取り出した古文書を見せた。
そこには筆文字でこう書かれていた。
「封じの鍵は丘に散る詩句にあり。農の神を称えし舞、音とともに捧ぐべし」
「つまり……あけぼの山の詩句を集めて、舞って、捧げるってこと?」奈穂が首を傾げた。
「たぶん、あのポピーの丘だよ。春の祭りで詠われていた詩が、今はバラバラにされて埋められてるって」羽菜が言うと、瑛介はうなずいた。
「じゃあ、行こう。まずは詩句集めだ」
四人は再びあけぼの山農業公園へ向かった。陽が落ちかける丘には、誰もいなかった。枯れたポピーが風に揺れている。その間を歩きながら、奈穂は耳を澄ませていた。
「……ここ。風の音が違う。何かが“隠されてる”」
奈穂がしゃがみ、指で土を払いのけると、小さな木札が出てきた。そこにはこう書かれていた。
「しずけさに 根は眠り みのりを待つ」
「詩句だな」瑛介が札を受け取った。
続いて、龍也も花壇の縁石の下から一枚を掘り出した。
「つちのなか ひかりを知る子 にんじんの夢」
羽菜は、時計台の影に埋まっていた札を見つけた。
「さきに咲き さきに散りても 梨のこころ」
五枚目は見つからなかった。風が強くなり、雲が流れはじめた。
「あと一つ……どこだ……?」
そのとき、奈穂が目を閉じて風に顔を向けた。
「道の駅。しょうなんの祭りで、神楽が奉納されるって聞いた。きっとそこに……」
道の駅しょうなんは、例年なら地元グルメや直売の野菜でにぎわっているはずだったが、その日は奇妙な静けさに包まれていた。屋台は並んでいたが、人々の声は少なく、売られている梨や人参は色を失っていた。
「春まつり、やってるはずなのに……音が聞こえない」羽菜が言った。
「たぶん、神楽の所作がうまく伝わってないんだ。“村上の神楽”って、舞い方と節回しがちゃんと合ってないと、神様に届かないって言われてる」奈穂がゆっくりと屋外ステージに歩いていく。
「じゃあ、奈穂。舞ってみせてくれるか?」瑛介が問いかけた。
奈穂は小さく頷いた。「私、感覚で覚えたから言葉にはできないけど……手の動きも、足の運びも、この体が覚えてる」
ステージの中央に立った彼女は、両手を広げて舞い始めた。袖が風に揺れ、足元の板をやさしく踏み鳴らす。舞は静かだったが、どこか神々しく、見る者の心をじわじわと温めていった。
龍也が太鼓を手に取り、節を合わせた。ぽん、ぽん、と小さく打ち鳴らすだけで、空気が変わる。
「……それだ。村上の神楽の正調だ」羽菜が小声で呟いた。「小さい頃に聞いたことがある。梨祭りのとき、祖父が踊ってた……」
奈穂が舞い終わると、風が一層強く吹き抜けた。屋台の横の地面に、何かが飛ばされて転がった。それは、小さな木札だった。
「……あった。五枚目」
拾い上げた札には、こう書かれていた。
「うるおいの 奥にねむれる 白心の夢」
五つの詩句がそろった。
「これで封印を解く準備が整った。あとは、水宮神社の祠の前で舞を奉納して……神の試練を受けるだけだ」龍也が静かに言った。
瑛介は顔を上げて、言い切った。
「行こう。畑を、町を、八千代を……もう一度潤すために」
水宮神社の祠は、境内の奥深く、木々と岩に包まれた薄暗い場所にあった。苔むした鳥居をくぐると、空気が一変する。涼しい風が吹き抜け、草木のざわめきがさながら囁きのように耳元で踊る。
「……この空気、確かに違う」瑛介が一歩踏み込んだ瞬間、背筋にひやりとした感覚が走った。
祠の前に並んで立つと、五枚の詩句をひとつずつ手に持ち、羽菜がゆっくりとその場にひざまずいた。
「神様……私たち、忘れてしまってた。水のありがたさも、土のぬくもりも。でも、もう一度思い出したいの。だから、これを――」
羽菜が一枚目の札を祠の前に置いた。つづいて龍也が二枚目、瑛介が三枚目、奈穂が四枚目を、最後に羽菜が五枚目を揃え、円を描くように捧げる。
奈穂が立ち上がる。「舞うね。見てて。……ぜったい、神様に届くようにするから」
舞が始まった。風がまた吹いた。今度は、どこか甘い香りを連れてきた。しぼみかけていた梨の花の香りに似ていた。
太鼓を打つ龍也の手は正確で、かつ自然だった。節は強く、リズムは大地のように安定していた。
瑛介は舞う奈穂を見つめながら、自分の中の“無責任さ”に向き合っていた。
(俺は今まで、誰かが何とかしてくれるって思ってた。でも違う。変えたいなら、踏み込まなきゃならない)
舞が終わる瞬間、空気が凍った。
「来るぞ……!」龍也が叫んだ。
祠の奥から、白い霧が這い出してきた。それは形を持たないが、確かに“意思”があった。水宮神――この地を潤してきた存在の“試し”だった。
「逃げるなよ」瑛介が呟いた。「来い。俺がここにいる理由、見せてやる」
霧は渦巻き、詩句の上を流れ、ふたたび空に昇る。その中心に、ぼんやりと白い光が灯り始めた。
「白心の珠……!」
だが珠は霧に包まれ、まだ彼らに応えようとはしていない。そのとき奈穂が、舞の最中とは違う声で祈りを捧げ始めた。
「水の神よ、命の根よ。私たちは土の子。どうか、もう一度、流れをください……」
瑛介が一歩、珠に向かって踏み出した。
「これが、俺たちの選んだ八千代だ!」
霧の中、珠が淡く脈打った。まるで、彼らの言葉をゆっくりと咀嚼し、確かめているかのようだった。舞の余韻が祠の周囲に残り、詩句の木札はひとつずつ淡い光を放ち始める。
奈穂は祈るように両手を胸に重ねた。羽菜はそっと目を閉じ、その場に膝をついて手のひらを大地に当てた。
「ここにある命、ちゃんと受け取るから。もう、ひとりきりにしないから」羽菜の声は震えていた。でもそれは、恐れではなく、責任の重さに気づいた者の震えだった。
瑛介は霧の中心に向かって歩を進めた。珠に触れること。それは、言葉にならない“水の記憶”を背負うことだった。かつて流れを与え、実りを育て、命を運んできた“水宮神”の祝福と試練、すべてをその手で受け止めるということだった。
「もう逃げない」瑛介がつぶやいた。「俺が選んだことだ。俺が、この町の命と向き合うって決めた」
その声に呼応するように、白心の珠がひときわ強く輝いた。霧が一気に退き、祠の空間はまるで真昼のように明るくなった。
「……やった!」龍也が息を呑んだ。
珠がふわりと宙を舞い、まっすぐ瑛介の手のひらへと降りてくる。その重さは、石でもガラスでもない。しっとりと水を含んだ果実のようなぬくもりがあった。
「これが……白心の珠……“八千代市の輝”だ」
手に取った珠の光が祠の奥へ流れ込み、岩の裂け目を伝って地下水脈へと届いていく。音もなく、大地が吸い込むようにして珠の気配を受け入れた。
その瞬間、八千代の地下を流れる水が動き出した。
梨園には水が戻り、幸水の若葉が力強く立ち上がる。人参畑には雨も降っていないのに水たまりが広がり、葉の緑が甦った。道の駅しょうなんには、収穫を知らせる鐘が鳴り響き、再び人々が集まる。
源右衛門鍋が煮え立ち、八千代カレーの香りが風に乗って拡がっていく。梨ソーダの炭酸がはじけ、地元の笑い声が交差した。
「なぁ、瑛介」龍也が肩をぽんと叩く。「今度こそ……水が、守られたんだよな」
「ああ」瑛介は頷いた。「だけど、守ったんじゃない。“返してもらった”んだよ。俺たちが忘れてた分、ちゃんと謝って、願って、返してもらったんだ」
羽菜が笑った。「また梨、食べられるね。人参も、甘いの作れるよ」
「……次は、誰かのために作る番だな」奈穂がぽつりと言った。
四人は神社をあとにし、ふたたび輝き始めた八千代の町へと歩き出す。
【アイテム:八千代市の輝】入手
「……白心の珠が盗まれたって、ほんとだったんだな」
瑛介がそうつぶやいたとき、羽菜はしゃがんで、土の上に小さな指を添えた。指先で触れても湿り気はなく、まるで地面ごと眠ってしまっているようだった。
「幸水の花、咲かなかったの。うちの畑も、ぜんぶ……まるで水が根から届いてないみたいだった」
「にんじん畑も同じだ」龍也が現れたのは、その少しあとだった。彼の服には土の色が染みていて、目の下にはうっすらと疲れの影が見えていた。
「古文書が見つかった。うちの農機具小屋の梁の裏に。……そこに、白心の珠の在処が書いてあった。“水宮神社の祠に納む”って。知ってるか?」
「水宮神社なら……わたし、行ったことある。流れの音がいつも聴こえるの。あそこ、神様いるよ」奈穂が静かに言った。彼女の声はどこか確信に満ちていた。
「じゃあ、決まりだな」瑛介は空を見上げた。雲ひとつない空が、どこか不自然に思えた。「枯れた畑のまま、見過ごすわけにはいかない」
「八千代の梨と人参、戻さなきゃね」羽菜が笑った。その笑顔は、幼い頃から変わらないものだった。
四人は、干上がった田畑の中を歩き、水宮神社を目指した。乾いた風が吹いていたが、その風の中には、どこかでまだ残っている水脈の匂いが、かすかに混じっていた。
水宮神社は、八千代市の静かな川辺に佇んでいた。境内には人の気配はなかったが、水音だけが絶え間なく聴こえていた。地下を流れる水脈が、まるで神の息遣いのように響いている。
瑛介は鳥居の前で立ち止まり、目を細めた。「……ここだな」
「なんだろう、ちょっと寒い」羽菜が腕をさすった。「水の神様って、ちゃんと生きてるんだね。空気が動いてる」
「珠は、神社の祠に隠されてるはず。でも、その場所へ入るには封印を解かないといけない」龍也が懐から取り出した古文書を見せた。
そこには筆文字でこう書かれていた。
「封じの鍵は丘に散る詩句にあり。農の神を称えし舞、音とともに捧ぐべし」
「つまり……あけぼの山の詩句を集めて、舞って、捧げるってこと?」奈穂が首を傾げた。
「たぶん、あのポピーの丘だよ。春の祭りで詠われていた詩が、今はバラバラにされて埋められてるって」羽菜が言うと、瑛介はうなずいた。
「じゃあ、行こう。まずは詩句集めだ」
四人は再びあけぼの山農業公園へ向かった。陽が落ちかける丘には、誰もいなかった。枯れたポピーが風に揺れている。その間を歩きながら、奈穂は耳を澄ませていた。
「……ここ。風の音が違う。何かが“隠されてる”」
奈穂がしゃがみ、指で土を払いのけると、小さな木札が出てきた。そこにはこう書かれていた。
「しずけさに 根は眠り みのりを待つ」
「詩句だな」瑛介が札を受け取った。
続いて、龍也も花壇の縁石の下から一枚を掘り出した。
「つちのなか ひかりを知る子 にんじんの夢」
羽菜は、時計台の影に埋まっていた札を見つけた。
「さきに咲き さきに散りても 梨のこころ」
五枚目は見つからなかった。風が強くなり、雲が流れはじめた。
「あと一つ……どこだ……?」
そのとき、奈穂が目を閉じて風に顔を向けた。
「道の駅。しょうなんの祭りで、神楽が奉納されるって聞いた。きっとそこに……」
道の駅しょうなんは、例年なら地元グルメや直売の野菜でにぎわっているはずだったが、その日は奇妙な静けさに包まれていた。屋台は並んでいたが、人々の声は少なく、売られている梨や人参は色を失っていた。
「春まつり、やってるはずなのに……音が聞こえない」羽菜が言った。
「たぶん、神楽の所作がうまく伝わってないんだ。“村上の神楽”って、舞い方と節回しがちゃんと合ってないと、神様に届かないって言われてる」奈穂がゆっくりと屋外ステージに歩いていく。
「じゃあ、奈穂。舞ってみせてくれるか?」瑛介が問いかけた。
奈穂は小さく頷いた。「私、感覚で覚えたから言葉にはできないけど……手の動きも、足の運びも、この体が覚えてる」
ステージの中央に立った彼女は、両手を広げて舞い始めた。袖が風に揺れ、足元の板をやさしく踏み鳴らす。舞は静かだったが、どこか神々しく、見る者の心をじわじわと温めていった。
龍也が太鼓を手に取り、節を合わせた。ぽん、ぽん、と小さく打ち鳴らすだけで、空気が変わる。
「……それだ。村上の神楽の正調だ」羽菜が小声で呟いた。「小さい頃に聞いたことがある。梨祭りのとき、祖父が踊ってた……」
奈穂が舞い終わると、風が一層強く吹き抜けた。屋台の横の地面に、何かが飛ばされて転がった。それは、小さな木札だった。
「……あった。五枚目」
拾い上げた札には、こう書かれていた。
「うるおいの 奥にねむれる 白心の夢」
五つの詩句がそろった。
「これで封印を解く準備が整った。あとは、水宮神社の祠の前で舞を奉納して……神の試練を受けるだけだ」龍也が静かに言った。
瑛介は顔を上げて、言い切った。
「行こう。畑を、町を、八千代を……もう一度潤すために」
水宮神社の祠は、境内の奥深く、木々と岩に包まれた薄暗い場所にあった。苔むした鳥居をくぐると、空気が一変する。涼しい風が吹き抜け、草木のざわめきがさながら囁きのように耳元で踊る。
「……この空気、確かに違う」瑛介が一歩踏み込んだ瞬間、背筋にひやりとした感覚が走った。
祠の前に並んで立つと、五枚の詩句をひとつずつ手に持ち、羽菜がゆっくりとその場にひざまずいた。
「神様……私たち、忘れてしまってた。水のありがたさも、土のぬくもりも。でも、もう一度思い出したいの。だから、これを――」
羽菜が一枚目の札を祠の前に置いた。つづいて龍也が二枚目、瑛介が三枚目、奈穂が四枚目を、最後に羽菜が五枚目を揃え、円を描くように捧げる。
奈穂が立ち上がる。「舞うね。見てて。……ぜったい、神様に届くようにするから」
舞が始まった。風がまた吹いた。今度は、どこか甘い香りを連れてきた。しぼみかけていた梨の花の香りに似ていた。
太鼓を打つ龍也の手は正確で、かつ自然だった。節は強く、リズムは大地のように安定していた。
瑛介は舞う奈穂を見つめながら、自分の中の“無責任さ”に向き合っていた。
(俺は今まで、誰かが何とかしてくれるって思ってた。でも違う。変えたいなら、踏み込まなきゃならない)
舞が終わる瞬間、空気が凍った。
「来るぞ……!」龍也が叫んだ。
祠の奥から、白い霧が這い出してきた。それは形を持たないが、確かに“意思”があった。水宮神――この地を潤してきた存在の“試し”だった。
「逃げるなよ」瑛介が呟いた。「来い。俺がここにいる理由、見せてやる」
霧は渦巻き、詩句の上を流れ、ふたたび空に昇る。その中心に、ぼんやりと白い光が灯り始めた。
「白心の珠……!」
だが珠は霧に包まれ、まだ彼らに応えようとはしていない。そのとき奈穂が、舞の最中とは違う声で祈りを捧げ始めた。
「水の神よ、命の根よ。私たちは土の子。どうか、もう一度、流れをください……」
瑛介が一歩、珠に向かって踏み出した。
「これが、俺たちの選んだ八千代だ!」
霧の中、珠が淡く脈打った。まるで、彼らの言葉をゆっくりと咀嚼し、確かめているかのようだった。舞の余韻が祠の周囲に残り、詩句の木札はひとつずつ淡い光を放ち始める。
奈穂は祈るように両手を胸に重ねた。羽菜はそっと目を閉じ、その場に膝をついて手のひらを大地に当てた。
「ここにある命、ちゃんと受け取るから。もう、ひとりきりにしないから」羽菜の声は震えていた。でもそれは、恐れではなく、責任の重さに気づいた者の震えだった。
瑛介は霧の中心に向かって歩を進めた。珠に触れること。それは、言葉にならない“水の記憶”を背負うことだった。かつて流れを与え、実りを育て、命を運んできた“水宮神”の祝福と試練、すべてをその手で受け止めるということだった。
「もう逃げない」瑛介がつぶやいた。「俺が選んだことだ。俺が、この町の命と向き合うって決めた」
その声に呼応するように、白心の珠がひときわ強く輝いた。霧が一気に退き、祠の空間はまるで真昼のように明るくなった。
「……やった!」龍也が息を呑んだ。
珠がふわりと宙を舞い、まっすぐ瑛介の手のひらへと降りてくる。その重さは、石でもガラスでもない。しっとりと水を含んだ果実のようなぬくもりがあった。
「これが……白心の珠……“八千代市の輝”だ」
手に取った珠の光が祠の奥へ流れ込み、岩の裂け目を伝って地下水脈へと届いていく。音もなく、大地が吸い込むようにして珠の気配を受け入れた。
その瞬間、八千代の地下を流れる水が動き出した。
梨園には水が戻り、幸水の若葉が力強く立ち上がる。人参畑には雨も降っていないのに水たまりが広がり、葉の緑が甦った。道の駅しょうなんには、収穫を知らせる鐘が鳴り響き、再び人々が集まる。
源右衛門鍋が煮え立ち、八千代カレーの香りが風に乗って拡がっていく。梨ソーダの炭酸がはじけ、地元の笑い声が交差した。
「なぁ、瑛介」龍也が肩をぽんと叩く。「今度こそ……水が、守られたんだよな」
「ああ」瑛介は頷いた。「だけど、守ったんじゃない。“返してもらった”んだよ。俺たちが忘れてた分、ちゃんと謝って、願って、返してもらったんだ」
羽菜が笑った。「また梨、食べられるね。人参も、甘いの作れるよ」
「……次は、誰かのために作る番だな」奈穂がぽつりと言った。
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