冷凍庫の奥には“夢”がある〜中学生が『働く』で気づいた、見えない価値と未来のバトン〜

乾為天女

文字の大きさ
1 / 20

第一話:冷凍庫の奥には夢がある

しおりを挟む
 冷凍食品工場といえば、どんなイメージがあるだろうか。
  騒がしい? 寒い? 流れ作業で退屈? ──いや、雅也にとって、それは違った。
 
 「ここのラインは、誰が一番多くパックできるか競争してるんだ。もちろん、ルールは俺が決めた」
 そう言って自信満々に笑うのは、黒髪を短く刈り上げた中学一年生、雅也。どこか誇らしげなその顔は、成果を独り占めするのが大好きな少年らしさに満ちている。
「競争するって……そんなに急いだら、ミスが出るよ」
 対照的に、控えめに意見を挟むのは、同じく中学一年生の恵美。胸元まである長い髪をきっちり結び、白衣の裾を丁寧に直している。口調はおだやかだが、目は鋭い。
「大丈夫。俺は絶対に間違えないし、恵美だってついて来られるだろ?」
「確認と品質の維持が先だよ、雅也」
 そのやりとりを遠くで聞いていた工場の主任が、少しだけ笑った。
「うちの新人、元気がいいな。ふたりとも、頼んだぞ」
 
  この夏、彼ら七人の中学生は、地域連携プロジェクトの一環として、冷凍食品工場「フロスパック広島」で職業体験をすることになった。
  ルールは簡単。三週間、実際の仕事に入り、スタッフの一員として働く。評価は厳しいが、給料も出る。雅也はそれを聞いて、誰よりも早く手を挙げた。成果主義の男は、報酬があると知れば躊躇しない。
「冷凍野菜って、ただ凍らせるだけじゃないんだよ。温度管理、洗浄、急速冷凍、パッキング……一工程ごとに意味がある」
 恵美は参加前に資料を集め、手帳にびっしりと工程図を書き出していた。目標達成のためには準備がすべて。それが彼女の信条だった。
 
  初日の朝、制服の上から白衣を着て、みんなで更衣室に並んだ。雅也と恵美に続き、大河、優花、拓馬、華、そして夏輝が揃う。
「俺、冷凍のとこ好きかも。寒いから、汗かかないし」
 夏輝は涼しげな顔で、ポケットにタブレットを忍ばせている。趣味の小説アプリが手放せないらしい。
「ライン作業って、テンポつかむと気持ちいいよね」
 と笑うのは拓馬。見るからに好奇心にあふれ、目新しい機械にどんどん近寄っては、スタッフに質問を投げかける。
「恵美、あんた下調べしてたわよね。冷凍庫、どのくらい寒い?」
「業務用冷凍庫はマイナス25度。入るときは専用ジャンパーとゴーグル装着。滞在時間は原則20分以内」
「……こわっ。私、凍ったら割れる気がする」
 優花はぽつりと呟いてから、何事もなかったように頬杖をついた。
 
  作業が始まった。ラインに流れてくるのは、ブロッコリー、にんじん、ほうれん草──どれも急速冷凍されたものばかり。
  それらを200グラムずつ袋に詰め、封をし、ラベルを貼る。それだけのはずだった。
 だが、雅也は違う。
「よし、次の10分で20袋だ。誰よりも早く、正確に。俺は結果を出す」
 彼は、タイマーをセットして手を動かす。動きは正確、だがどこか急ぎすぎている。
 
  一方、恵美は手順通りに進める。目視確認、袋の角を揃える、ラベルの角度を微調整──彼女の作業には「美しさ」がある。
 見学に来た工場長が、その差に気づく。
「なるほどな。雅也くんは量、恵美さんは質。面白い対比だ」
「でも、同じラインに乗ってるんですよ?」
 と華が口を挟む。彼女はどこか観察者の目をしていた。自分の作業より、他人の動きが気になるようだ。
「うん、どっちが正しいかはまだわからない。でも……“成果”って何だろうな?」
 その言葉に、雅也が顔を上げた。
「成果って、数字じゃないんですか? たとえば、100袋作ったら、50袋の人より評価される。違います?」
「でも、その50袋がすごく丁寧だったら?」
 その場にいた皆が、ふと黙った。
 
  昼休憩のあと、急きょラインの一部にトラブルが起きた。シーラー(袋の口を熱で閉じる装置)の調子が悪くなったのだ。
「雅也、ちょっと止めて! 焦げてる!」
「え? うわっ、ほんとだ!」
 出てきた袋の口が真っ黒に焦げ、焦げ臭いにおいが漂う。雅也は急いでラインを止めたが、10袋ほどがダメになった。
「……急ぎすぎたか」
 彼は悔しそうに唇をかんだ。



「……失敗って、目立つな」
 雅也は焦げた袋を並べながら、小さくため息をついた。
  スタッフの一人が寄ってきて、軽く肩をたたく。
「誰だって一度はやるよ。でも、その後どうするかが大事なんだ」
 その言葉が、静かに胸に刺さった。
  成果は自分だけのものにしたいと思っていた。でも、“失敗”を一人で背負うと、思った以上に苦しかった。
「はい、これ。次の袋、雅也がしばらく確認役ね」
 そう言って封を渡したのは、恵美だった。彼女は怒っていない。むしろ雅也を責めるどころか、同じラインの仲間としてフォローに入った。
「……恵美、俺のせいで時間ロスしてるのに」
「問題のある袋を流すよりマシだよ。大丈夫、取り戻せるように配分組み直したから」
「は?」
「ライン分け、変えたの。パッキング:私と拓馬。封:優花と華。確認:雅也と大河。夏輝にはピッキング記録に入ってもらった。これでロスを最小限にできる」
「……ちょっと待て、それもう作業計画じゃん」
 雅也は目を見開いた。恵美の中では、すでに“失敗後”の最適解が出ていたのだ。
「いつかトラブルは起きる。そのときどうするか、あらかじめシミュレーションしておいたの」
 冷静に言う恵美の背後で、華と優花が手を挙げた。
「私、封するの初めてだけど……火傷しないようにやるわ」
「うん、熱いの苦手だけど、指先は器用だから何とかする」
 2人は、恵美の指示を理解しながらそれぞれのペースで動き始めた。
  横で大河が、にこにこしながら雅也に声をかける。
「よし、確認班の俺たちが一番頼られてるってことだな。目を皿にしてがんばろうぜ」
 彼は飄々としているが、ラインを乱さない言葉選びが上手かった。空気がピリつきそうなとき、必ず間に入る。
「……まいったな、完全に俺、助けられてるな」
 雅也はぽつりとつぶやいた。そして──
「よし。なら、確認だけは完璧にやる。絶対にミスを流さない」
 と、白衣の袖をまくった。
 
  作業は再開された。変則的なラインの中でも、それぞれが自分の持ち場に集中していた。
  雅也は、袋の破れ、ラベルのズレ、焦げあと、微細な異常までをチェックする。集中力が試される工程だが、不思議と手は止まらなかった。
 ときどき、大河が小さな冗談を言って場を和ませる。
  拓馬は隣で袋詰めしながら、「これって空気入りすぎじゃない?」と疑問を投げてくる。
  華は熱のあるシーラー機に目を光らせ、「ちょっと出力下げて」と冷静に指示を出す。
  優花は「ラベル、ちょっと斜め。目が痛い」と容赦なく突っ込む。
  夏輝は記録表を淡々と埋めながら、「このパターン、データで見たら面白いかも」とひとり言ちた。
 
  全員が“チーム”として機能していた。
 
  作業終了の合図が鳴る。今日のラインは、予定より2パレット多く仕上がった。
  主任が記録表を見て、目を丸くする。
「トラブルがあったのに、これ……すごいな。お前ら、ほんとに中学生か?」
 その声に、雅也が思わず胸を張った。
「いや、たぶん、俺たち“ちょっとだけ働く大人”なんで」
 恵美がくすっと笑う。
「それぞれの強みが合わされば、成果は最大化する。──計算通り」
 
  帰り道。空には夕焼けが広がっていた。
  凍えるほど寒かった冷凍庫の中に、確かに「熱い」時間が流れていたことを、雅也は忘れない。
(第一話 了)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

ゆずことまほうのてがみ

結崎悠菜@w@
絵本
ゆずこはおかあさんもおとうさんもだいすきです。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

処理中です...