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第二話:冷凍庫よりも冷たいのは誰のセリフ?
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冷凍食品工場「フロスパック広島」での職業体験も、二週目に突入した。
朝の更衣室では、今日も白衣の着方で性格がわかるほどに個性がにじんでいた。
「華、それ前後逆」
「仕様。中のTシャツ透けると嫌だし」
「優花、またスカートのまま白衣着ようとしてる?」
「だって作業着、ゴワゴワするんだもん……中に履いてるスパッツで十分でしょ?」
女子たちの服装チェックが軽く交わされている横で、雅也は壁にもたれて腕を組んでいた。
「今日から新しい工程だってな。何でもやるけど、俺が一番成果を上げるのは変わらない」
「“やるけど”じゃなくて、“理解したうえで”ね」
恵美が真面目な顔で白衣の前を閉じながら、冷静に返す。
今日の担当は、「異物検出室」。
工場内でも“最も神経質”なセクションである。
ラインから出た袋が、金属探知機やX線検査装置に通されるこの場所では、わずかな異常も許されない。万が一、石や金属片、混入物が紛れ込んで出荷されれば、工場の信用そのものが崩れる。
「ねぇ、異物って何があるの?」
拓馬がワクワクしたように質問する。
「例:虫、石、金属片、破れたビニール、場合によっては人の髪の毛……」
「うわ、それってめっちゃ緊張するじゃん!」
「でも、失敗は命取り……」
と、華が小声で続けた。
「異物混入が出たら、そのロット全部破棄だよね? それって、作業した人たちが何時間もかけた仕事が全部……」
「わかった、わかった、やめてくれ、そのゾッとする話」
夏輝が軽く耳をふさぐ。
「僕、そういう“正解が一つしかない場所”って、実は苦手なんだよ」
異物検出室は、窓がない。
白く、無機質な部屋の中央に、金属探知機とX線検出機が並ぶ。音は静かで、冷蔵室のようなひんやりした空気が流れていた。
「この工程、マジで怖いな……」
雅也がポツリとつぶやく。
「成果って、見えにくいのに、ミスだけは即バレるってやつだな。俺、こういうの嫌いかも」
スタッフの一人が手本を見せる。
ラインに乗った袋が検査機を通り、音が鳴らなければ合格。
ピピッ、と異音が鳴れば、直ちにラインを止め、その袋を回収。中身を開封して確認する。
「“見逃し”が一番ダメです。鳴ったら必ず止めてください」
「鳴らなくても、不安を感じたら止めてOKです」
恵美は、教本を片手に説明を聞きながらメモを取っていた。
「これは“再現できない責任”だね」
「なにそれ?」
「同じ検出がもう一度できない。でも、何かあった気がしたら、止めないといけない。それって、“自分の感覚”が判断基準になるんだよ」
午前中、作業は順調に進んだ。
ラインの速度に慣れてきた七人は、袋が流れる速度に合わせて機械の音にも注意を集中させていた。
「ピピッ」
「止めて!」
雅也の声に、ラインが止まった。
袋を開けて中身を広げると、小さな金属片が──あった。恐らく機械のパーツの欠けだ。
「……ナイス判断、雅也」
大河が素直に褒める。
「ほんと、誰でも見逃しそうなやつ……」
華も目を細める。
「……こういうの見つけても、あんまり“成果”っぽく見えないな」
雅也がつぶやいた。
「だって、何も“作って”ない。むしろ“止めて”るだけ」
「でも、それが仕事なんだよ」
と、恵美は即座に返す。
「こういう仕事があるから、誰かが安心して冷凍ブロッコリーを買える。成果が数字じゃなくて、“信頼”な職業もあるってこと」
雅也はそれを聞いて、黙ってうなずいた。
午後の検査作業が始まってしばらく経った頃だった。
ピピッ、と小さな音が鳴る。
「はい、止めて。該当袋は──ここ」
恵美が冷静に袋を取り上げ、中身を広げた。
「……見当たらないね」
「ほんとだ。異物、入ってないっぽいな……?」
優花が覗き込んだ。
「これ、誤検出?」
「あるかもしれない。でも“見つからなかったからOK”ってわけにはいかない」
華が手を挙げる。
「ちょっと待って、それってさ、もしかして“鳴ったのに見つからなかった”ってこと?」
その言葉に、全員が一瞬固まった。
「もし見落としだったら……出荷しちゃったら……事故になるってことだよな?」
拓馬がぽつりとつぶやく。
「……もう一回、検査しよう」
恵美は静かに指示を出し、袋の中身を別の機械にかけた。
結果、金属片は検出されなかった。
けれど、それでも“疑念”は消えない。雅也が目を伏せて言った。
「なんか、冷凍庫よりこの沈黙のほうが寒いな」
「“見つからない異物”が一番こわいよね」
夏輝が、めずらしく真顔で言った。
「……この仕事、シンプルなのに、めちゃくちゃ神経すり減らすわ」
雅也が白衣のポケットから小さなメモを取り出す。そこには、午前中に見つけた異物と対応を書いた記録があった。
「“成果”じゃない。“事故を防いだ証拠”。これ、残していいかな」
「うん。それ、ちゃんと記録に残すべき。信頼って、“実感できる形”があると強いから」
恵美のその言葉を、雅也は大切そうにメモ帳に挟んだ。
作業が終わったあとの更衣室で、全員が少し黙っていた。
「ねぇ……今日の仕事、楽しかった?」
拓馬の素朴な問いに、しばらく誰も答えられなかった。
だが、
「楽しいとは違うけど、“自分がいてよかった”って思った」
と、優花がぽつりと言った。
「おお……珍しく前向きな発言」
「うるさい。たまには言うの。──ただね、もう少しだけ、“人と関わらない部署”に行きたいけど」
笑いが起きる。冷たい部屋の仕事が、最後にはじんわりと温まっていた。
その日の帰り道、夕暮れの空に月がにじんでいた。
「異物検出って、まるで“心の検査”みたいだったな」
「どこが?」
「見えない異物のせいで、大事なものが壊れるかもしれない。だから、ちゃんと止まって確認する。……なんか、人間関係も似てない?」
「……あんた、ちょっとカッコいいこと言うね」
「ふふん、“成果”より“真実”を大事にする男だからな」
そう言って、雅也は空を見上げた。
(第二話 了)
朝の更衣室では、今日も白衣の着方で性格がわかるほどに個性がにじんでいた。
「華、それ前後逆」
「仕様。中のTシャツ透けると嫌だし」
「優花、またスカートのまま白衣着ようとしてる?」
「だって作業着、ゴワゴワするんだもん……中に履いてるスパッツで十分でしょ?」
女子たちの服装チェックが軽く交わされている横で、雅也は壁にもたれて腕を組んでいた。
「今日から新しい工程だってな。何でもやるけど、俺が一番成果を上げるのは変わらない」
「“やるけど”じゃなくて、“理解したうえで”ね」
恵美が真面目な顔で白衣の前を閉じながら、冷静に返す。
今日の担当は、「異物検出室」。
工場内でも“最も神経質”なセクションである。
ラインから出た袋が、金属探知機やX線検査装置に通されるこの場所では、わずかな異常も許されない。万が一、石や金属片、混入物が紛れ込んで出荷されれば、工場の信用そのものが崩れる。
「ねぇ、異物って何があるの?」
拓馬がワクワクしたように質問する。
「例:虫、石、金属片、破れたビニール、場合によっては人の髪の毛……」
「うわ、それってめっちゃ緊張するじゃん!」
「でも、失敗は命取り……」
と、華が小声で続けた。
「異物混入が出たら、そのロット全部破棄だよね? それって、作業した人たちが何時間もかけた仕事が全部……」
「わかった、わかった、やめてくれ、そのゾッとする話」
夏輝が軽く耳をふさぐ。
「僕、そういう“正解が一つしかない場所”って、実は苦手なんだよ」
異物検出室は、窓がない。
白く、無機質な部屋の中央に、金属探知機とX線検出機が並ぶ。音は静かで、冷蔵室のようなひんやりした空気が流れていた。
「この工程、マジで怖いな……」
雅也がポツリとつぶやく。
「成果って、見えにくいのに、ミスだけは即バレるってやつだな。俺、こういうの嫌いかも」
スタッフの一人が手本を見せる。
ラインに乗った袋が検査機を通り、音が鳴らなければ合格。
ピピッ、と異音が鳴れば、直ちにラインを止め、その袋を回収。中身を開封して確認する。
「“見逃し”が一番ダメです。鳴ったら必ず止めてください」
「鳴らなくても、不安を感じたら止めてOKです」
恵美は、教本を片手に説明を聞きながらメモを取っていた。
「これは“再現できない責任”だね」
「なにそれ?」
「同じ検出がもう一度できない。でも、何かあった気がしたら、止めないといけない。それって、“自分の感覚”が判断基準になるんだよ」
午前中、作業は順調に進んだ。
ラインの速度に慣れてきた七人は、袋が流れる速度に合わせて機械の音にも注意を集中させていた。
「ピピッ」
「止めて!」
雅也の声に、ラインが止まった。
袋を開けて中身を広げると、小さな金属片が──あった。恐らく機械のパーツの欠けだ。
「……ナイス判断、雅也」
大河が素直に褒める。
「ほんと、誰でも見逃しそうなやつ……」
華も目を細める。
「……こういうの見つけても、あんまり“成果”っぽく見えないな」
雅也がつぶやいた。
「だって、何も“作って”ない。むしろ“止めて”るだけ」
「でも、それが仕事なんだよ」
と、恵美は即座に返す。
「こういう仕事があるから、誰かが安心して冷凍ブロッコリーを買える。成果が数字じゃなくて、“信頼”な職業もあるってこと」
雅也はそれを聞いて、黙ってうなずいた。
午後の検査作業が始まってしばらく経った頃だった。
ピピッ、と小さな音が鳴る。
「はい、止めて。該当袋は──ここ」
恵美が冷静に袋を取り上げ、中身を広げた。
「……見当たらないね」
「ほんとだ。異物、入ってないっぽいな……?」
優花が覗き込んだ。
「これ、誤検出?」
「あるかもしれない。でも“見つからなかったからOK”ってわけにはいかない」
華が手を挙げる。
「ちょっと待って、それってさ、もしかして“鳴ったのに見つからなかった”ってこと?」
その言葉に、全員が一瞬固まった。
「もし見落としだったら……出荷しちゃったら……事故になるってことだよな?」
拓馬がぽつりとつぶやく。
「……もう一回、検査しよう」
恵美は静かに指示を出し、袋の中身を別の機械にかけた。
結果、金属片は検出されなかった。
けれど、それでも“疑念”は消えない。雅也が目を伏せて言った。
「なんか、冷凍庫よりこの沈黙のほうが寒いな」
「“見つからない異物”が一番こわいよね」
夏輝が、めずらしく真顔で言った。
「……この仕事、シンプルなのに、めちゃくちゃ神経すり減らすわ」
雅也が白衣のポケットから小さなメモを取り出す。そこには、午前中に見つけた異物と対応を書いた記録があった。
「“成果”じゃない。“事故を防いだ証拠”。これ、残していいかな」
「うん。それ、ちゃんと記録に残すべき。信頼って、“実感できる形”があると強いから」
恵美のその言葉を、雅也は大切そうにメモ帳に挟んだ。
作業が終わったあとの更衣室で、全員が少し黙っていた。
「ねぇ……今日の仕事、楽しかった?」
拓馬の素朴な問いに、しばらく誰も答えられなかった。
だが、
「楽しいとは違うけど、“自分がいてよかった”って思った」
と、優花がぽつりと言った。
「おお……珍しく前向きな発言」
「うるさい。たまには言うの。──ただね、もう少しだけ、“人と関わらない部署”に行きたいけど」
笑いが起きる。冷たい部屋の仕事が、最後にはじんわりと温まっていた。
その日の帰り道、夕暮れの空に月がにじんでいた。
「異物検出って、まるで“心の検査”みたいだったな」
「どこが?」
「見えない異物のせいで、大事なものが壊れるかもしれない。だから、ちゃんと止まって確認する。……なんか、人間関係も似てない?」
「……あんた、ちょっとカッコいいこと言うね」
「ふふん、“成果”より“真実”を大事にする男だからな」
そう言って、雅也は空を見上げた。
(第二話 了)
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