冷凍庫の奥には“夢”がある〜中学生が『働く』で気づいた、見えない価値と未来のバトン〜

乾為天女

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第三話:野菜は語らない、でも嘘もつかない

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 職業体験の三週目が始まった。
 工場の入り口に立った雅也は、腕を組んで空を見上げる。今日は雨。
  制服の裾が少し濡れていて、気分までじめじめしていた。
「おい、夏輝、今日の作業どこだって?」
「“カット野菜のチェック”だってさ。野菜を見るだけでしょ? 俺、地味なの苦手なんだけど……」
 夏輝はタブレットをしまいながら、口を尖らせていた。
「カット野菜って、何を見ればいいんだ? 大きさ? 色? 味見は──ないか」
 拓馬が真顔で言い、雅也が即ツッコミを入れる。
「味見したらライン止まるだろ! そもそも冷凍だぞ?」
「でも、俺、野菜好きだしさ。なんかテンション上がってきた!」
 さすがの楽天家である。
 一方で、恵美はいつも通りノートにびっしりと作業予想を記録していた。
「ブロッコリーは“傘”の開き方、にんじんは“厚み”、オクラは“種の飛び出し”、……それぞれに“検品基準”があるから、注意して」
 彼女がそう言った瞬間、優花が手を挙げる。
「それ、全部覚えろってこと?」
「できれば。というか、私は覚えた」
「……この人、本気で目指してるよね、プロの工員」
 華がぼそっと呟く。
 
  今日の作業場所は「野菜カット室」──いわゆる、“素材チェック”の最終ラインだ。
 金属も異物も通過した野菜たちが、冷凍処理される直前に「これでいいか」を判断されるセクション。
  この時点で形や状態が悪いものは、容赦なく除外される。
 見た目の“わずかな違和感”を見抜く力が必要とされる工程だ。
「おし、俺の目は節穴じゃないってこと、証明してやるか!」
 雅也は気合を入れて作業台についた。
 
  ラインの上を、次々と野菜が流れてくる。
 にんじん、ブロッコリー、いんげん、オクラ──そのどれもが、形が揃っているようでいて、少しずつ違っていた。
「おい、これ、どこまでがOKなんだ?」
 雅也が手に取ったにんじんは、端が少し黒ずんでいる。
「アウト。変色が始まってる」
「こっちは? オクラ、ちょっと斜めだけど」
「ギリセーフ。だけど袋詰めのとき、形が目立つと嫌がる人もいるから微妙」
「……むずかしいな」
 恵美が横でチェック表を見ながら冷静に答える。
「これは“人の感じ方”が関係する仕事。見た目が商品価値を決める。“おいしそう”と思えるかどうか、それを想像できるかが大事」
 拓馬がブロッコリーの傘をじっと見つめていた。
「俺、これ、少し開きすぎてる気がする。あと、裏に白い斑点がある」
「うん、それ、熟しすぎ。風味が落ちるって言われてる」
「よっしゃ、やった! 見抜いた!」
「……喜ぶところ?」
 華の冷静なツッコミが入る。



 カット野菜チェックの工程は、一見単調に見えて、実はものすごく集中力を使う作業だった。
「これ、似てるのに全部ちがうんだな……」
 雅也がブロッコリーを見つめて、少しだけつぶやく。
「さっきも合格にした形、こっちはダメに見える。何が違うんだ?」
 すると、横にいた恵美が手元のサンプルを差し出した。
「“基準品”と“境界品”の違い、目で覚えるしかないよ」
「写真と実物、色味が違うんだな……。これは“目の調整”ってことか」
「うん。感覚を数値化できないところが、この仕事のむずかしさ」
 
  華は集中して野菜を仕分けながら、小声でつぶやく。
「人間が決めてるんだよね。食べられるのに、はじかれる野菜。ちょっと不思議……」
「でもさ、こういう“ちょっと不揃い”なやつって、家だったら全然食べるじゃん?」
 拓馬も、自分の手に乗ったブロッコリーをじっと見て言った。
「コンビニの弁当に入るとなると、“見た目も商品”になるんだよ」
 恵美が言い、みんなうなずいた。
「“味は同じでも、売れない”。それが現実だもんな」
 
  そのとき、優花が黙っていた口を開いた。
「うち、母親が“訳あり野菜”ばっか買ってくる。安いし、味一緒だからって。……最初はちょっとイヤだったけど、最近はなんか、いいかもって思えてきた」
 その一言に、みんなが静かになった。
「はじかれた野菜って、悪者じゃないよな」
 雅也がつぶやいた。
「見た目が悪いってだけで、食べられる命が捨てられる。俺、ちょっとモヤっとする」
「でも、そうしないと“商品”として成立しないのも事実」
 恵美の言葉はいつも通り冷静だったが、そこにはほんの少しだけ、迷いの色があった。
「だったら、せめて……誰かが判断してるってこと、ちゃんと意識しないといけないな」
 雅也は、はじくべきか迷ったにんじんを見つめ、そっと置き直した。
 
  その日、全員が予想以上に疲れていた。
  手は動かしているだけなのに、なぜか心の芯がぐったりするような作業だった。
「野菜って……なんか、こっちのこと試してくるよな」
「無言でプレッシャーかけてくるの、やめてほしい」
「でもさ、野菜は語らないけど、嘘もつかないよ。たぶん」
 夏輝の言葉に、雅也はふっと笑った。
「確かにな。嘘つくのは、こっちのほうかもな。“大丈夫だろ”って見逃したりしてさ」
 
  作業が終わるころ、スタッフからこんな声がかかった。
「今日、ロス率がすごく低かったよ。よく見てくれてたんだね。ありがとう」
 雅也は少し驚いたように、その言葉を噛みしめた。
 成果が数字で出るのではなく、“感謝の言葉”で返ってくる。
 それは、彼にとって新しい“成功のかたち”だった。

(第三話 了)

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