3 / 20
第三話:野菜は語らない、でも嘘もつかない
しおりを挟む
職業体験の三週目が始まった。
工場の入り口に立った雅也は、腕を組んで空を見上げる。今日は雨。
制服の裾が少し濡れていて、気分までじめじめしていた。
「おい、夏輝、今日の作業どこだって?」
「“カット野菜のチェック”だってさ。野菜を見るだけでしょ? 俺、地味なの苦手なんだけど……」
夏輝はタブレットをしまいながら、口を尖らせていた。
「カット野菜って、何を見ればいいんだ? 大きさ? 色? 味見は──ないか」
拓馬が真顔で言い、雅也が即ツッコミを入れる。
「味見したらライン止まるだろ! そもそも冷凍だぞ?」
「でも、俺、野菜好きだしさ。なんかテンション上がってきた!」
さすがの楽天家である。
一方で、恵美はいつも通りノートにびっしりと作業予想を記録していた。
「ブロッコリーは“傘”の開き方、にんじんは“厚み”、オクラは“種の飛び出し”、……それぞれに“検品基準”があるから、注意して」
彼女がそう言った瞬間、優花が手を挙げる。
「それ、全部覚えろってこと?」
「できれば。というか、私は覚えた」
「……この人、本気で目指してるよね、プロの工員」
華がぼそっと呟く。
今日の作業場所は「野菜カット室」──いわゆる、“素材チェック”の最終ラインだ。
金属も異物も通過した野菜たちが、冷凍処理される直前に「これでいいか」を判断されるセクション。
この時点で形や状態が悪いものは、容赦なく除外される。
見た目の“わずかな違和感”を見抜く力が必要とされる工程だ。
「おし、俺の目は節穴じゃないってこと、証明してやるか!」
雅也は気合を入れて作業台についた。
ラインの上を、次々と野菜が流れてくる。
にんじん、ブロッコリー、いんげん、オクラ──そのどれもが、形が揃っているようでいて、少しずつ違っていた。
「おい、これ、どこまでがOKなんだ?」
雅也が手に取ったにんじんは、端が少し黒ずんでいる。
「アウト。変色が始まってる」
「こっちは? オクラ、ちょっと斜めだけど」
「ギリセーフ。だけど袋詰めのとき、形が目立つと嫌がる人もいるから微妙」
「……むずかしいな」
恵美が横でチェック表を見ながら冷静に答える。
「これは“人の感じ方”が関係する仕事。見た目が商品価値を決める。“おいしそう”と思えるかどうか、それを想像できるかが大事」
拓馬がブロッコリーの傘をじっと見つめていた。
「俺、これ、少し開きすぎてる気がする。あと、裏に白い斑点がある」
「うん、それ、熟しすぎ。風味が落ちるって言われてる」
「よっしゃ、やった! 見抜いた!」
「……喜ぶところ?」
華の冷静なツッコミが入る。
カット野菜チェックの工程は、一見単調に見えて、実はものすごく集中力を使う作業だった。
「これ、似てるのに全部ちがうんだな……」
雅也がブロッコリーを見つめて、少しだけつぶやく。
「さっきも合格にした形、こっちはダメに見える。何が違うんだ?」
すると、横にいた恵美が手元のサンプルを差し出した。
「“基準品”と“境界品”の違い、目で覚えるしかないよ」
「写真と実物、色味が違うんだな……。これは“目の調整”ってことか」
「うん。感覚を数値化できないところが、この仕事のむずかしさ」
華は集中して野菜を仕分けながら、小声でつぶやく。
「人間が決めてるんだよね。食べられるのに、はじかれる野菜。ちょっと不思議……」
「でもさ、こういう“ちょっと不揃い”なやつって、家だったら全然食べるじゃん?」
拓馬も、自分の手に乗ったブロッコリーをじっと見て言った。
「コンビニの弁当に入るとなると、“見た目も商品”になるんだよ」
恵美が言い、みんなうなずいた。
「“味は同じでも、売れない”。それが現実だもんな」
そのとき、優花が黙っていた口を開いた。
「うち、母親が“訳あり野菜”ばっか買ってくる。安いし、味一緒だからって。……最初はちょっとイヤだったけど、最近はなんか、いいかもって思えてきた」
その一言に、みんなが静かになった。
「はじかれた野菜って、悪者じゃないよな」
雅也がつぶやいた。
「見た目が悪いってだけで、食べられる命が捨てられる。俺、ちょっとモヤっとする」
「でも、そうしないと“商品”として成立しないのも事実」
恵美の言葉はいつも通り冷静だったが、そこにはほんの少しだけ、迷いの色があった。
「だったら、せめて……誰かが判断してるってこと、ちゃんと意識しないといけないな」
雅也は、はじくべきか迷ったにんじんを見つめ、そっと置き直した。
その日、全員が予想以上に疲れていた。
手は動かしているだけなのに、なぜか心の芯がぐったりするような作業だった。
「野菜って……なんか、こっちのこと試してくるよな」
「無言でプレッシャーかけてくるの、やめてほしい」
「でもさ、野菜は語らないけど、嘘もつかないよ。たぶん」
夏輝の言葉に、雅也はふっと笑った。
「確かにな。嘘つくのは、こっちのほうかもな。“大丈夫だろ”って見逃したりしてさ」
作業が終わるころ、スタッフからこんな声がかかった。
「今日、ロス率がすごく低かったよ。よく見てくれてたんだね。ありがとう」
雅也は少し驚いたように、その言葉を噛みしめた。
成果が数字で出るのではなく、“感謝の言葉”で返ってくる。
それは、彼にとって新しい“成功のかたち”だった。
(第三話 了)
工場の入り口に立った雅也は、腕を組んで空を見上げる。今日は雨。
制服の裾が少し濡れていて、気分までじめじめしていた。
「おい、夏輝、今日の作業どこだって?」
「“カット野菜のチェック”だってさ。野菜を見るだけでしょ? 俺、地味なの苦手なんだけど……」
夏輝はタブレットをしまいながら、口を尖らせていた。
「カット野菜って、何を見ればいいんだ? 大きさ? 色? 味見は──ないか」
拓馬が真顔で言い、雅也が即ツッコミを入れる。
「味見したらライン止まるだろ! そもそも冷凍だぞ?」
「でも、俺、野菜好きだしさ。なんかテンション上がってきた!」
さすがの楽天家である。
一方で、恵美はいつも通りノートにびっしりと作業予想を記録していた。
「ブロッコリーは“傘”の開き方、にんじんは“厚み”、オクラは“種の飛び出し”、……それぞれに“検品基準”があるから、注意して」
彼女がそう言った瞬間、優花が手を挙げる。
「それ、全部覚えろってこと?」
「できれば。というか、私は覚えた」
「……この人、本気で目指してるよね、プロの工員」
華がぼそっと呟く。
今日の作業場所は「野菜カット室」──いわゆる、“素材チェック”の最終ラインだ。
金属も異物も通過した野菜たちが、冷凍処理される直前に「これでいいか」を判断されるセクション。
この時点で形や状態が悪いものは、容赦なく除外される。
見た目の“わずかな違和感”を見抜く力が必要とされる工程だ。
「おし、俺の目は節穴じゃないってこと、証明してやるか!」
雅也は気合を入れて作業台についた。
ラインの上を、次々と野菜が流れてくる。
にんじん、ブロッコリー、いんげん、オクラ──そのどれもが、形が揃っているようでいて、少しずつ違っていた。
「おい、これ、どこまでがOKなんだ?」
雅也が手に取ったにんじんは、端が少し黒ずんでいる。
「アウト。変色が始まってる」
「こっちは? オクラ、ちょっと斜めだけど」
「ギリセーフ。だけど袋詰めのとき、形が目立つと嫌がる人もいるから微妙」
「……むずかしいな」
恵美が横でチェック表を見ながら冷静に答える。
「これは“人の感じ方”が関係する仕事。見た目が商品価値を決める。“おいしそう”と思えるかどうか、それを想像できるかが大事」
拓馬がブロッコリーの傘をじっと見つめていた。
「俺、これ、少し開きすぎてる気がする。あと、裏に白い斑点がある」
「うん、それ、熟しすぎ。風味が落ちるって言われてる」
「よっしゃ、やった! 見抜いた!」
「……喜ぶところ?」
華の冷静なツッコミが入る。
カット野菜チェックの工程は、一見単調に見えて、実はものすごく集中力を使う作業だった。
「これ、似てるのに全部ちがうんだな……」
雅也がブロッコリーを見つめて、少しだけつぶやく。
「さっきも合格にした形、こっちはダメに見える。何が違うんだ?」
すると、横にいた恵美が手元のサンプルを差し出した。
「“基準品”と“境界品”の違い、目で覚えるしかないよ」
「写真と実物、色味が違うんだな……。これは“目の調整”ってことか」
「うん。感覚を数値化できないところが、この仕事のむずかしさ」
華は集中して野菜を仕分けながら、小声でつぶやく。
「人間が決めてるんだよね。食べられるのに、はじかれる野菜。ちょっと不思議……」
「でもさ、こういう“ちょっと不揃い”なやつって、家だったら全然食べるじゃん?」
拓馬も、自分の手に乗ったブロッコリーをじっと見て言った。
「コンビニの弁当に入るとなると、“見た目も商品”になるんだよ」
恵美が言い、みんなうなずいた。
「“味は同じでも、売れない”。それが現実だもんな」
そのとき、優花が黙っていた口を開いた。
「うち、母親が“訳あり野菜”ばっか買ってくる。安いし、味一緒だからって。……最初はちょっとイヤだったけど、最近はなんか、いいかもって思えてきた」
その一言に、みんなが静かになった。
「はじかれた野菜って、悪者じゃないよな」
雅也がつぶやいた。
「見た目が悪いってだけで、食べられる命が捨てられる。俺、ちょっとモヤっとする」
「でも、そうしないと“商品”として成立しないのも事実」
恵美の言葉はいつも通り冷静だったが、そこにはほんの少しだけ、迷いの色があった。
「だったら、せめて……誰かが判断してるってこと、ちゃんと意識しないといけないな」
雅也は、はじくべきか迷ったにんじんを見つめ、そっと置き直した。
その日、全員が予想以上に疲れていた。
手は動かしているだけなのに、なぜか心の芯がぐったりするような作業だった。
「野菜って……なんか、こっちのこと試してくるよな」
「無言でプレッシャーかけてくるの、やめてほしい」
「でもさ、野菜は語らないけど、嘘もつかないよ。たぶん」
夏輝の言葉に、雅也はふっと笑った。
「確かにな。嘘つくのは、こっちのほうかもな。“大丈夫だろ”って見逃したりしてさ」
作業が終わるころ、スタッフからこんな声がかかった。
「今日、ロス率がすごく低かったよ。よく見てくれてたんだね。ありがとう」
雅也は少し驚いたように、その言葉を噛みしめた。
成果が数字で出るのではなく、“感謝の言葉”で返ってくる。
それは、彼にとって新しい“成功のかたち”だった。
(第三話 了)
0
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です*
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
今、この瞬間を走りゆく
佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】
皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!
小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──
ひと夏の冒険ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる