追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第2話_剣士は王子だった

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 夜が明け始めた頃、王都を見下ろす丘の陰、ひっそりとした廃礼拝堂の奥に、三人は潜んでいた。
  すずは古い長椅子を引き寄せ、リュートを膝にのせながら言った。
 「で? 昨日の血塗れ王子様が、今日は一体何を語ってくれるのかしら」
  からかい混じりの口調だったが、目の奥は真剣だった。
  勇は、礼拝堂の壁に背を預けたまま、深く息を吸い、そして吐いた。
 「……俺は、王家の三男──第三王子。だが、三年前に“王統に相応しくない”として、勘当された」
  それは噂ではよく聞く話だった。長兄は優秀な軍司令官、次兄は王宮行政の天才。そして勇は「民の中に下りて働きたい」と語り、貴族たちから白い目で見られ、父王との対立の末、籍を除かれた。
 「俺は、王としてじゃなく、人として王国を知りたかった。だから、農民に紛れて働き、学舎で子どもたちと学び……」
 「変わってるわね。でも、嫌いじゃないわ。現場主義ってやつ?」
  すずが唇を歪めて笑う。
  だが、巧は沈黙のままだった。じっと勇の目を見据えながら、一言、問う。
 「なぜ、今になって逃げた?」
  勇の顔が険しくなる。
 「──証拠を掴んだ。王国情報院が、帝国と裏で通じてる可能性がある」
 「王国情報院……?」
 「俺が民に紛れて調べてたのは、飢餓や税の不正だけじゃない。魔導研究の行方、兵站の不一致、そして……王宮の一部が帝国に利を売ってる記録を見つけた」
  重い沈黙が礼拝堂に降りる。
 「でも、それって大スキャンダルじゃない。どうして直接王様に訴えなかったの?」
  すずの問いに、勇は唇を強く噛んでから答えた。
 「……俺の父上は、もう俺の言葉を聞こうとはしない。“失敗作”の話を真に受けると思うか?」
  その言葉に、すずは表情を曇らせた。そして、巧は腕を組んで目を伏せる。
  ──捨てられた者同士、か。
 「それで逃げたのが昨夜。酒場へ飛び込んでくるなんて、肝が据わってるというか……命知らずというか」
  すずの茶化すような声に、勇は申し訳なさそうに苦笑した。
 「本当に、助かった。あのとき、君たちがいなければ……」
 「礼はいい。問題はこれからだ」
  巧が声を低くした。
 「お前が狙われてるなら、俺たちもすぐ見つかる。王宮近衛は兵の中でも別格だ。あいつらが本気なら、すぐここも──」
  そのとき、外で鳥が鳴く。だが、それは明らかに「不自然な三連音」。巧が即座に腰を上げた。
 「隠れろ、すず、勇!」
  二人が身を伏せた瞬間、礼拝堂の扉が蹴破られた。
  甲冑の音、火薬の匂い。すぐさま三人の元へ数人の兵がなだれ込んでくる。
 「第三王子! おとなしく出てこい!」
 「誤認逮捕か、暗殺か──どっちにしろ穏便じゃ済まないな」
  巧は剣を抜き、敵の動きを見極めながら、勇とすずに叫ぶ。
 「東の窓! すず、囮になれるか!」
 「当然!」
  すずが立ち上がり、敵の視線を一手に集めるように、歌いながら走った。
 「──逃げるなら今よ、勇くんっ!」

 すずの歌声が空気を切り裂いた。リュートの代わりに空き瓶を手に、戦場と化した礼拝堂の中を縦横無尽に駆け抜ける。
 「♪──恋に落ちた王子様~、剣より早く逃げろや逃げろ~!」
  奇抜な歌詞と旋律が兵士たちの思考を撹乱し、その一瞬の隙に、巧と勇は東側の割れた窓から外へ飛び出した。
  着地の際、勇が足を滑らせたが、巧がすかさず手を引いた。
 「ったく、お前ほんとに王子か?」
 「元な。おまけに剣の稽古も途中で打ち切られた。……不器用ですまん」
 「不器用なら生き延びろ。言い訳する暇はない」
  礼拝堂裏の林へ駆け込みながら、巧は地形を記憶通りにたぐっていく。かつて依頼で近辺を偵察したことがあった。木々の生え方、地形のくぼみ、獣道……すべてを利用する。
  背後では、すずの高らかな叫びが響いた。
 「ばーかっ、王子はこっちにいないってば! 私はただの吟遊詩人よ、こんなにセクシーで色っぽい!」
  ……いや、それはたぶん逆効果だ、と巧は思ったが、口には出さなかった。
 「この先の小川を越えたら、廃村がある。追手はそこでまく。そこまで持つか?」
 「ああ。お前が先導するなら、な」
  勇の返答は短く、だがしっかりとした意思がこもっていた。
  やがて、木々の間から古びた屋根瓦が見えてきた。半ば崩れた家々が並ぶ、地図にも載らない廃村。巧は以前ここを一時的な避難所として使ったことがある。
 「この家の床下、まだ空洞が残ってる。潜れ」
  二人は素早く廃屋へと滑り込み、床板を外した。中は思ったよりも乾燥しており、草の束と小さな収納箱が転がっている。
 「まるで俺たちのために用意されたみたいだな」
 「皮肉を言う元気があるなら安心だ。……が、まだ気を抜くな」
  床板を戻し、通気口から外の気配を探る。
  すぐに、重い足音が近づいてきた。甲冑の擦れる音、兵士たちだ。だが、彼らは廃村をざっと調べただけで、そのまま通過していった。
 「……ふぅ、どうやら撒けたみたいね」
  すずの声が、廃屋の外から聞こえた。振り向くと、彼女が壁際に腰を下ろし、汗をぬぐっている。
 「お前、どうやって……?」
 「女の武器は顔と声と、あと少しの演技力よ。ま、半分くらいは追ってきた兵に逆ギレされたけどね」
 「無茶しやがって……」
 「でも、そのおかげで逃げ切れたんでしょ? だったら、いいじゃない」
  すずの口調は軽いが、呼吸は荒い。精一杯だったのが伝わる。
  勇がそっと口を開いた。
 「すず……いや、すずさん。俺は──君を危険に巻き込んでしまったことを、本当に申し訳なく思ってる」
 「真面目だなあ、あんた。私が自分で選んで飛び込んだの。被害者ヅラしてる暇があったら、私の物語のネタになってよ」
  言いながら、すずはリュートをぽろりと爪弾いた。哀しく、どこか希望の光が差し込む旋律だった。
  沈黙の中、巧が立ち上がった。
 「……次の場所を考える。王都にいては、情報院の追手からは逃げきれん」
 「それってつまり、逃げる旅の始まりってことね?」
  すずがいたずらっぽく笑う。だが、その奥に、確かな覚悟が宿っていた。
  勇がふと、目を伏せて呟いた。
 「……これが俺の宿命なら、最後まで向き合うよ。国を変えるために」
 「じゃあ、私たちもそれに付き合うってわけか」
  巧が小さく息を吐いて、二人を見た。
 「──逃げるんじゃない。戦う準備をするんだ。次の味方を、探しにな」


 廃村にて一夜を明かした三人は、早朝の靄の中、ひとまず西の街道へと向かった。王都から離れつつ、人目を避ける道を選ぶ。
 「……北へ抜けるか? それとも、南辺境の港町に潜るか」
  巧が地図を広げながら問いかける。道標を焼かれたような古道の片隅で、彼らは進路を決めかねていた。
  勇は腕を組んで沈思する。だが、すずはすぐに口を挟んだ。
 「どっちでもいいけど、まずは体力を戻さなきゃ。私なんて昨日から水だけで生きてるんだけど」
 「同じく。王子様、奢ってくれない? 貧乏旅の支度金くらい」
 「勘当王子は無一文だぞ。むしろこっちが奢ってほしいくらいだ」
 「……世知辛いな」
  すずが肩をすくめる。だが、軽口のやり取りは、昨夜とは打って変わって柔らかい空気を生んでいた。
  そのとき──。
  街道の脇、木陰に倒れている誰かの姿を見つけた。薄桃色のドレス、乱れた黒髪、そして血ではなく泥にまみれた手袋。
 「おい、誰か倒れてる!」
  巧が駆け寄り、肩を支える。女だった。まだ十七、八。貴族風の刺繍入りの袖と、つぶれた細い靴。顔色は悪く、手には破れかけた手紙が握られていた。
 「……ん……どなた、ですの?」
  目を開けた女は、虚ろな声で呟いたあと、ふらりと巧の胸にもたれかかった。
  勇が驚いて言う。
 「この娘……王都の貴族だ。確か、貴族派の名門セリス家の令嬢……名前は、紗織だったか」
 「セリス家って、あの“婚約破棄の大騒動”で没落した家じゃない?」
  すずが口を尖らせる。噂話の多い町娘らしい情報網だ。
  だが、その紗織という娘は、眠るように目を閉じたまま、か細く息をついていた。
 「倒れてるってことは、何かあったんだろうな」
  巧が彼女を背負い直し、三人で近くの森の中にある古い狩人小屋へと向かった。しばらくして、彼女が目を覚ます。
 「……あの、ここは……」
 「安心して。森の中よ。あなた、何があったの?」
  すずが水を差し出しながら尋ねる。紗織は一口飲んだ後、そっと首を振った。
 「私は……セリス家の娘。紗織と申します。……婚約破棄後、実家に戻された後も、家には陰謀がつきまとっていました。……王都騎士団が預かるはずの魔導書が、私の名義で横領されたとされて……いま、私は“逃亡貴族”として追われていますの」
 「それ……完全に冤罪じゃないの」
 「ええ。でも、身に覚えがないと訴えても、誰も信じてくれない。……“悪役令嬢”という仮面を、私はもう何度かぶらされたか」
  紗織は、乾いた笑みを浮かべながら言った。その目には涙すらなかった。
  勇が小さくうなずく。
 「……俺たちも似たようなものだ。冤罪、捨てられた名、信頼の喪失」
  紗織が驚いて顔を上げる。
 「あなたは……?」
 「俺は勇。かつての第三王子。今は、追われる身だ」
 「……まあ……なんて……」
  すずがリュートの弦をゆるめて、優しい音を弾いた。
 「じゃあ、四人目ってことでどう? あんたも“疑われ者同盟”に入る?」
 「冗談みたいな名前ですわね。でも──」
  紗織は立ち上がって、泥のついたドレスを払い、姿勢を正した。
 「構いませんわ。“真実を暴くための旅”にお供するのは、没落貴族として相応しい生き方かもしれません」
  その背筋は、貴族としての誇りと、何度踏まれても折れない強さに満ちていた。
 「じゃあ、これで四人か。旅がにぎやかになってきたな」
 「これからどこへ?」
  勇が問うと、巧は答える。
 「情報を得るなら、王都西門の闇市が早い。そこに顔の利く“知り合い”がいる」
  こうして、追放された冒険者、勘当王子、悪役令嬢、そして口の達者な吟遊詩人。
  四人の奇妙な旅が、静かに始まりを告げた。
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