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第17話_王子と吟遊詩人の演説
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夜が明けきらぬ王都の朝。空気は張り詰め、民の顔には不安の色が濃い。
その中心──中央広場。かつて祭りや大道芸で賑わっていた石畳の上に、仮設の演壇が組まれていた。
「本当に……ここでやるの?」
すずがマントの下、汗ばんだ手を見つめる。唇が乾く。彼女にとって“語る”ことは日常だったはずなのに、今日ばかりは違う。
「やるさ。君にしかできない。これは“語り”じゃない、心をつなぐための歌だ」
隣で、巧が落ち着いた声で言った。
勇は演壇の下、すずの背に手を添え、静かに言った。
「僕は君の語る物語に、命を救われた。今、王都に必要なのは剣よりその言葉だ」
すずは深く息を吸った。
「じゃあ、始めようか。すべてを、伝える」
彼女が壇に上がると、最初はざわついていた群衆が少しずつ静まり返っていく。
「皆さん……私は吟遊詩人のすずです。いつもなら、皆さんの望む物語を奏でてきました」
視線が一点に集まる。
「でも今日は……この国の真実を語ります。誰かの理想じゃない。私たちが生きて見てきた、現実の物語です」
彼女の言葉は歌へと変わっていった。勇が剣を捨てて旅に出た理由。紗織が“悪役”と呼ばれながらも信じ続けた誇り。友子という名の幼き天才が守りたかった未来。そして、巧という名の男が、ただ仲間のために踏み出したあの日の一歩。
それは、英雄譚でもなく、神話でもない。たった数人の“信じる強さ”の物語だった。
「……私たちは、外の敵よりも、この国の内にある腐敗と戦っています!」
彼女の叫びが終わると、沈黙が広がった。
だが、次の瞬間──
「王子様を信じるぞ!」
「勇殿下万歳!」
ひとり、またひとりと声が上がる。歓声と拍手が広場を包み、やがて広がる波のように王都中へと伝わっていった。
演壇の裏、拳を握りしめる勇の頬に、ひとすじの涙が伝った。
「……この状況、予想よりずっといいな」
広場の片隅、フードを深く被った裕哉が呟いた。周囲の民が口々に“勇殿下”の名を呼び、家の窓からは子どもが手を振る。
それはただの一人の演説が、市民たちの心に火を灯した証だった。
「摂政派も、民衆の声を無視できなくなるでしょうね」
紗織が言った。美しくも鋭い瞳は、遠く城の塔を見つめていた。
「この勢いで押し切れるか?」
巧が短く問うと、裕哉は肩をすくめる。
「押し切るんじゃない。煮詰まった鍋に、冷水を落とすだけでいいんだよ。あとは勝手に噴き上がる」
「なら、最後の火種は?」
「勇だよ。あいつが“王になる覚悟”を口にすれば──」
そのとき、演壇の上ですずが手を掲げ、勇を呼んだ。
「殿下。あなたの言葉を、皆に届けて」
ざわめきが走る。勇がゆっくりと壇に上がった。
「……僕は、勇です。この国の第三王子として生まれ、そして勘当されました」
正面から語られる真実に、広場の空気が緊張する。
「なぜなら、僕は“この国のやり方”に従えなかったからです。権威や伝統ではなく、目の前の人を救いたかった」
唇を結び、勇は言葉を続けた。
「僕は、玉座より民の声に耳を傾ける王になります。剣ではなく対話で、民の笑顔を守る王になります」
拍手が、まず子どもから、次に母親、そして男たちへと波紋のように広がっていく。
すずは静かに演壇の端に下がり、巧の隣に戻った。
「上出来だね、王子様」
「ああ。あれでようやく、旗が立った」
巧が呟いた。
その“旗”の元に、民意が集まりつつある。
勇の声が終わる頃、広場の奥から王都軍の士官たちが現れた。その顔は険しいが、剣は鞘に収まっていた。
「王子殿下……我々は、民の選んだ未来を見届ける義務があります」
士官はそう告げて一礼し、群衆がどよめく。
静かに、しかし確かに──勇は、王都に“帰還”したのだった。
その中心──中央広場。かつて祭りや大道芸で賑わっていた石畳の上に、仮設の演壇が組まれていた。
「本当に……ここでやるの?」
すずがマントの下、汗ばんだ手を見つめる。唇が乾く。彼女にとって“語る”ことは日常だったはずなのに、今日ばかりは違う。
「やるさ。君にしかできない。これは“語り”じゃない、心をつなぐための歌だ」
隣で、巧が落ち着いた声で言った。
勇は演壇の下、すずの背に手を添え、静かに言った。
「僕は君の語る物語に、命を救われた。今、王都に必要なのは剣よりその言葉だ」
すずは深く息を吸った。
「じゃあ、始めようか。すべてを、伝える」
彼女が壇に上がると、最初はざわついていた群衆が少しずつ静まり返っていく。
「皆さん……私は吟遊詩人のすずです。いつもなら、皆さんの望む物語を奏でてきました」
視線が一点に集まる。
「でも今日は……この国の真実を語ります。誰かの理想じゃない。私たちが生きて見てきた、現実の物語です」
彼女の言葉は歌へと変わっていった。勇が剣を捨てて旅に出た理由。紗織が“悪役”と呼ばれながらも信じ続けた誇り。友子という名の幼き天才が守りたかった未来。そして、巧という名の男が、ただ仲間のために踏み出したあの日の一歩。
それは、英雄譚でもなく、神話でもない。たった数人の“信じる強さ”の物語だった。
「……私たちは、外の敵よりも、この国の内にある腐敗と戦っています!」
彼女の叫びが終わると、沈黙が広がった。
だが、次の瞬間──
「王子様を信じるぞ!」
「勇殿下万歳!」
ひとり、またひとりと声が上がる。歓声と拍手が広場を包み、やがて広がる波のように王都中へと伝わっていった。
演壇の裏、拳を握りしめる勇の頬に、ひとすじの涙が伝った。
「……この状況、予想よりずっといいな」
広場の片隅、フードを深く被った裕哉が呟いた。周囲の民が口々に“勇殿下”の名を呼び、家の窓からは子どもが手を振る。
それはただの一人の演説が、市民たちの心に火を灯した証だった。
「摂政派も、民衆の声を無視できなくなるでしょうね」
紗織が言った。美しくも鋭い瞳は、遠く城の塔を見つめていた。
「この勢いで押し切れるか?」
巧が短く問うと、裕哉は肩をすくめる。
「押し切るんじゃない。煮詰まった鍋に、冷水を落とすだけでいいんだよ。あとは勝手に噴き上がる」
「なら、最後の火種は?」
「勇だよ。あいつが“王になる覚悟”を口にすれば──」
そのとき、演壇の上ですずが手を掲げ、勇を呼んだ。
「殿下。あなたの言葉を、皆に届けて」
ざわめきが走る。勇がゆっくりと壇に上がった。
「……僕は、勇です。この国の第三王子として生まれ、そして勘当されました」
正面から語られる真実に、広場の空気が緊張する。
「なぜなら、僕は“この国のやり方”に従えなかったからです。権威や伝統ではなく、目の前の人を救いたかった」
唇を結び、勇は言葉を続けた。
「僕は、玉座より民の声に耳を傾ける王になります。剣ではなく対話で、民の笑顔を守る王になります」
拍手が、まず子どもから、次に母親、そして男たちへと波紋のように広がっていく。
すずは静かに演壇の端に下がり、巧の隣に戻った。
「上出来だね、王子様」
「ああ。あれでようやく、旗が立った」
巧が呟いた。
その“旗”の元に、民意が集まりつつある。
勇の声が終わる頃、広場の奥から王都軍の士官たちが現れた。その顔は険しいが、剣は鞘に収まっていた。
「王子殿下……我々は、民の選んだ未来を見届ける義務があります」
士官はそう告げて一礼し、群衆がどよめく。
静かに、しかし確かに──勇は、王都に“帰還”したのだった。
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