追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第18話_地下迷宮・最終層への再挑戦

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 王都の夜空は曇り、塔の影が黒く地面を切り裂くように伸びていた。
 「“古代紋章”が、地下迷宮の最深部に?」
  情報院から奪った資料を前に、巧は眉をひそめた。摂政派が勇の正統性を否定するため、王統の証たる紋章を迷宮に封印した──それは、王位簒奪の最終手段だった。
 「つまり俺たちは、再びあそこに潜れってわけだ」
  巧は、古びた革手袋を握りしめる。
  王都地下迷宮――十年前、冒険者として名を上げる者の登竜門。今では軍と結託した冒険者ギルドが掌握し、精鋭のみが出入りを許された領域だ。
 「討伐隊を再編するぞ」
  勇の言葉に、すずが片眉を上げて微笑んだ。
 「やっと“再結成”ね。暗視のロウソク亭、再び──なんて名前はどう?」
 「……やめてくれ」
  苦笑する巧に、裕哉が地図を差し出す。
 「最深層“第十三層”の構造は解明されていない。封鎖されて八年、誰も入っていないからな」
 「じゃあ、俺たちが初陣ってわけか」
  勇は肩を回し、剣の柄に手をかける。
 「また、あの頃みたいに。……いや、あの頃より強くなった俺たちで挑むんだ」
  その言葉に、仲間たちはそれぞれ応じた。
  紗織は荷物袋を肩に掛け、
 「では、“悪役令嬢”らしく先陣を切りましょうか」
  友子は両手いっぱいに煙玉と魔光弾を抱えながら、
 「迷宮っていうか、巨大なからくり人形だと思えばいい。こじ開けて進めばなんとかなるよ」
  アンドレとイザベルは、王都の混乱を避けるため地上に留まると申し出た。
 「最後の一線を越えるのは、君たちの物語だ」
  夜明け。地下迷宮前、閉ざされた鉄扉に再び立つ。
 「行こう。あの時の続きを取り戻しに」
  そう言って巧は、扉を押し開けた。

 地下迷宮の内部は、かつてよりも冷たく、静まり返っていた。天井から滴る水音が、やけに大きく耳に残る。
 「侵入ルートは……第三階層の崩落箇所からだ」
  裕哉が小声で言いながら、青白い魔導灯を翳す。
  彼の記憶を頼りに、一行は慎重に歩を進めていった。だが、すぐに異変は現れた。
 「通路が、閉じてる……?」
  友子が言うとおり、第三層の本来の通路が巨大な魔法障壁で封鎖されていた。
 「これは……軍用結界だな。帝国製。俺の知ってる設計とは違う」
 「突破は可能か?」
  勇が問うと、友子はぽんと結界を軽く叩いた。
 「できるよ。だけど派手に爆ぜる。準備はいい?」
 「問題ない」
  巧は即座に構え、仲間たちも続いた。
 「じゃ、せーのっ!」
  ドンッという鈍い炸裂音と共に、結界が青白い火花を散らして砕ける。その先から、鎧の擦れる音が――。
 「来るぞ、戦闘配置!」
  現れたのは、全身を黒鉄で覆った偽装騎士団だった。紋章も旗もない、王国にも帝国にも属さぬ、地下に潜む亡霊のような一団。
 「摂政派の私兵か……いや、これは……」
  裕哉が何かに気づいたように眉をひそめたが、それを待たず敵が突撃してくる。
 「勇、右から三体!」
 「任せろ!」
  勇の剣が一閃し、三体の騎士が吹き飛ぶ。その隙に紗織が呪文を詠唱し、足元に氷の槍を召喚、滑走して敵陣を裂いた。
 「さすが令嬢。馬術じゃなくて氷術の心得もあるのね」
  すずが軽口を叩きながら、巧に背中を預ける。
 「来るわ、左から四!」
 「対応する!」
  巧は感情を切り離すように声を張り、足運びだけで間合いを制した。二撃目の剣を振るう前に、敵は崩れた。
  しかし、戦いが進むごとに明らかになる異常があった。
 「こいつら……生きてない」
  勇の剣が貫いた鎧の中に、肉も血もなかった。ただの空っぽの装甲。巧はかつての討伐仲間が話していた“自律戦装”の噂を思い出した。
 「自動で動く魔導兵器……それにしては動きが鋭すぎる」
  友子が短く答える。
 「制御核があるんだよ。おそらく最深層に。それを止めなきゃ、どこまで行っても出てくる」
  沈黙が流れる。
  それは、明らかに誰かがここで待っているという事実を示していた。

 最深層へ至る階段は、旧王家が魔物を封じるために建てた“封印の螺旋”と呼ばれる場所だった。
 「この奥に──古代紋章があるのか?」
  勇が問うと、裕哉はうなずいた。
 「正確には、王家の証である〈蒼銀の紋章〉。紋章が刻まれた祭壇がこの先にある。だが、摂政派はそこに罠を張った」
  すずが苦笑する。
 「つまり、迷宮最深部に行かなきゃ王位を証明できない上に、そこには裏切り者の罠と人外の守護者が待ってるってことね。お約束すぎて泣けてくるわ」
 「笑ってる場合か……」
  紗織が呆れ顔で返すと、友子が無造作に懐から煙管を取り出し、火種を指先の魔法で灯した。
 「この空気……誰かいる」
  その声と同時に、通路奥から響いたのは懐かしい声だった。
 「まさかお前たちがここまで来るとはな、巧」
  姿を見せたのは、〈暗視のロウソク亭〉の元隊長・ロエル。巧がかつて仕えていた部隊で、自身を裏切った男。
 「……ロエル。なぜお前が摂政派の手先に?」
 「手先じゃない。俺は“正統”を守る者だ」
  ロエルの眼差しは揺るがなかった。その言葉に嘘はない。だが、それは歪んだ正義だった。
 「俺たちは、王家の血に頼らない力を示すために動いている。この地の封印を解き、“新たな秩序”を築く」
  ロエルの背後で、数名のかつての仲間たち──討伐隊の剣士や弓兵、魔導士たちが顔を伏せたまま控えている。
 「……お前たちは、本当にそれでいいのか?」
  巧の問いに、一人が目を伏せ、もう一人が首を横に振りかける。しかしロエルが一歩前に出ると、彼らの動きは凍りついた。
  それを見たすずが、小さく呟く。
 「これは、感情の拘束だ。意志じゃなくて、“負債”に縛られてる」
  裕哉が低く言った。
 「情報院の手法だ。恩義や過去を武器に、逃げ道を消すやり方。ロエルも、おそらく……」
 「構うな。俺が片をつける」
  巧が剣を抜く。目の奥には、ただ冷静な意志が宿っていた。
 「……誤解を解くのは、剣のあとだ」
  ロエルも応じるように抜刀する。
  剣と剣が、深淵の光のなかで交錯した。

 ロエルの一撃は重く、速い。剣士としての腕は確かだ。巧はそれを真正面から受けず、流すようにかわし、反撃の隙を伺う。
 「お前は変わったな、巧。昔は感情すら見せなかった男が……今じゃ仲間を率いて、正面から俺に向かってくるとは」
 「変わったんじゃない。見せるようにしたんだ」
  巧の刃が、ロエルの肩をかすめる。だが彼は怯まない。それどころか目を細めて言った。
 「仲間を得たか。王子に、貴族に、子供に、密偵に……にぎやかな旅だな」
 「そうだ。俺の言葉が届く相手がいる。今は、それが……誇らしい」
  ロエルの眉が一瞬だけ揺れた。
  だが次の瞬間、彼は左手に隠していた短剣を抜き放ち、地面に突き立てた。
 「……迷ってなどいない。俺は“選んだ”んだ。巧、お前の誇りなど──幻想だ」
  床が鳴動し、迷宮の魔力が歪む。封印魔法の鎖が解かれ、通路の壁が砕けた。暗黒の霧が噴き出す。
  友子が即座に叫ぶ。
 「“召喚融合式”だ! ロエルはこの封印を人柱で開けるつもりだった!」
  「やっぱり!」とすずが叫び、紗織が前に出る。
 「ロエル、これ以上──」
 「退け、紗織嬢。俺はもう戻れない。だが、お前たちには……」
  ロエルは最後まで言いきらなかった。崩れた天井から伸びた触手のような影が、彼の身体を絡め取り、迷宮の闇へ引きずり込んだのだ。
 「くっ、影喰い種か!」
  勇が剣を抜き放ち、飛び込む。
 「まだ生きてる! 影の核を断てば!」
  巧も即座に追い、続くように紗織と裕哉も動く。
  すずは友子の傍で警戒態勢を取りながら、後方の退路を確認する。
 「友子、道は崩れてない! 戻れる?」
 「無理。今、魔力場が反転してる。ここが“最深層の核”──本物の主戦場だよ」
  叫ぶように答えると、友子は空間に幾つかの魔導マーカーを走らせる。
 「これで、少なくとも位置は把握できる……!」
  一方、闇の中。
  巧の剣が、正確に影の腕を断ち切る。ロエルが地面に倒れ込み、息を荒げる。
 「……何を……やってるんだ、俺は……」
  その声に、巧は静かに応える。
 「まだ間に合う。俺が信じたいのは、お前たちとの記憶も含めた“今の俺”だ」
  ロエルが、ぼろぼろになった顔で笑った。
 「相変わらず……言葉は不器用なくせに、まっすぐすぎるな」
  その時。
  影の霧の奥で、何かが光った。
 「来るぞ! 本体だ──!」
  勇の声に、全員が構えを取った。
  最深層の守護者、《刻封竜ファルゼイン》──かつて王家の秘儀によって封じられた、知性を持つ古代魔導兵器がその姿を現す。
  地響きとともに、光の眼を持つ鋼鉄の竜が牙を剥いた。

 全長十メートルを超える金属の竜が、咆哮とともに魔力の奔流を放つ。
 「退避してっ! あれは対軍用の直線熱線砲!」
  友子の叫びを皮切りに、全員が飛び退いた。柱が砕け、床が熔ける。
 「前衛、援護する! すず、右斜め後ろから囮を! 裕哉、左の遮蔽壁から魔導弓を!」
  巧の指示が飛ぶ。それに呼応して、仲間たちは躊躇なく動いた。
 「了解! こっちは歌と影で注意引くよー!」
 「そっちは頼んだ。私は左翼関節部を潰す!」
  すずの歌声が響く中、紗織が回り込み、竜の機関部へと風刃を浴びせる。
  そのすべての動きの起点に、巧の読みと調整がある。
  彼はただ前に出るだけでなく、敵の視線と行動を操り、仲間の得意分野を引き出すように布陣していた。
 「……この戦い方、まるで軍指揮官ね」
  ロエルが驚きの声を漏らす。だが彼の眼は、過去の知り合いを見るそれではなかった。
  目の前の“剣士巧”を、ひとりの戦士として見直していた。
  勇は真っ直ぐに竜の胸部へと突進する。
 「王家の紋章槍、今こそ証明のとき!」
  熱線を躱し、跳躍し、槍の穂先を竜の装甲の継ぎ目へ突き立てる。
  その刹那、竜の眼が赤から蒼に変わる。──共鳴反応だ。
 「いける! 勇の紋章が動かした!」
  すずが叫ぶ。巧は敵の脚部に刃を叩きつけながら叫ぶ。
 「友子、今だ!」
 「転送接続──オーバーライド!」
  友子が展開した浮遊式の制御盤から、魔導信号が走る。
  そして――
  蒼き光が竜の全身を走り、その機体はゆっくりと、止まった。
  竜の胸部が開き、内部から球体状のコアが現れる。
  それを見たロエルが、ぼそりとつぶやく。
 「……それが、“証明の紋章”……王位継承の最後の鍵か」
  勇がそのコアに手を伸ばす。
  眩い光が広がり、迷宮全体に広がる。光の波紋が巧と勇を包み込み、二人の身体に刻まれた傷がゆっくりと癒えていく。
  その光景に、すずが息を呑んだ。
 「……癒しの共鳴……絆の証明だ」
  友子が魔導式眼鏡を上げて、光の波形を観測する。
 「これは、互いに信頼しあった者だけが起動できる古代機構……王家の魂に連なるもの」
  竜が崩れるように沈黙し、静寂が訪れる。
  紗織がそっと息をついた。
 「これで、ようやく……王位継承権を“正しく”示す証拠が手に入ったのね」
  巧はうなずき、ロエルに目を向けた。
 「お前がいたから、ここまで来られた。戦ってくれて、ありがとう」
  ロエルは苦笑いを浮かべ、崩れた壁にもたれかかる。
 「……恩を売るな。俺はただ、今のお前を……羨ましかっただけだ」
  地上への帰還ルートは、最深層の奥、かつて王家が用いた転送陣。
  友子がその封印を解除し、全員を導く。
  そして、再び始まる王都への道──それは、いよいよ物語が核心へと進む合図でもあった。
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