追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第16話_緋色の宣戦布告

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 その日、王都の空は不穏だった。季節外れの熱風が吹きつけ、城壁の上を走る兵士たちの足音がやけに乾いた音を立てる。
  中央議事堂──貴族と官吏、騎士団幹部が集う緊急評議会の席に、勇の姿があった。
 「……帝国より、正式に宣戦布告の使者が参りました」
  枯れた声で報告したのは外務卿だった。手に持つ赤い封蝋の文書には、帝国印章が刻まれている。
 「我が王国に潜む腐敗勢力を討伐すべく、帝国は王都に正義の軍を差し向ける。──そう書かれていました」
  場が凍りつく。
 「馬鹿な……!王国の主権に対する侵害だ!」
 「いや、まさか摂政派と帝国が……?」
 「そもそも、奴らが攻めてくる理由などあるものか!」
  口々に叫ぶ老臣たちの中、勇は立ち上がった。
 「理由は、ある」
  議場の全員の視線が彼に注がれた。
 「王国情報院長、ルードヴィヒ・フェンネルの不正により、帝国との和平交渉を妨害し、挙句には軍備の誤配備すら誘導された。彼の罪状と共に、帝国との和平案を提出します」
  傍らで紗織が手渡した書簡には、昨日捕縛されたルードヴィヒの供述と、友子が解析した軍事書類が添付されていた。
 「……摂政派が、これを受け入れるとは思えん」
  それまで沈黙していた老将が呟いた。彼は摂政派寄りとして知られていたが、今日は曇った表情で勇を見ていた。
 「摂政派の総意ではない。一部が暴走しているだけだ。だが、それを裁けなければ、王国そのものが罪を負う」
  勇は剣を抜いた。
 「この剣は、王子の象徴ではない。“行脚騎士”として、民を守るために私は振るう」
  すると場の隅で立ち上がったのは、近衛隊の第二隊長だった。
 「行脚騎士──その言葉に恥じぬ覚悟、見せてもらった。隊として、あなたの提案に賛同する」
  拍手が一つ、また一つと鳴る。
  しかし、全会一致には程遠かった。
 「話にならん!」と一人の摂政派貴族が叫ぶ。「そもそも貴様は勘当された王子だ!王位の継承権すら……」
  その瞬間、議場の扉が重々しく開いた。
 「ならば見せよう。継承の証をな」
  その声に皆が振り返ると、そこには巧が立っていた。腕には、あの地下迷宮で手にした古代紋章が嵌められている。
  その光は、勇の胸元と共鳴し、淡い青白い輝きを放った。

 「紋章が……応えている?」
  議場にざわめきが広がる。
  誰もがその光を見ていた。伝説とされていた王家の証、それが目の前で輝いている。
 「この光は、正統な血筋と、誓約を果たす意志を示す」
  巧が静かに語る。
 「勇は、王位を求めて戦っているのではない。国を守るため、この王都を、民の未来を守るために立ち上がった。だからこそ、紋章は彼に応えた」
  紗織が議事台に並び、文書の束を掲げた。
 「こちらは、院長ルードヴィヒの口座履歴と、帝国との裏取引記録です。魔導大砲の設計図も、帝国へ横流しされていました」
  貴族たちの間に動揺が走る。
  裕哉がその空気を見逃さなかった。
 「このまま『なあなあ』で済ませようとすれば、次に攻撃されるのは、この国の誇りそのものですよ。……それでいいんですか?」
  皮肉混じりの口調でそう言い、わざとらしく肩をすくめる。
  勇は一歩、議事台の中央に進んだ。
 「今ここに、王家と民の未来を託すための選択を迫る。帝国と全面戦争するか、それとも腐敗を裁き、和平の糸口を掴むか──」
  言い切ったとき、重苦しい沈黙が場を包んだ。
  だがその静寂を破ったのは、勇自身の声だった。
 「私は、後者を選ぶ」
  そして、深く一礼した。
  その動作に、ざわざわとした空気が変わっていく。
  やがて、一人の老臣が席を立ち、膝を折った。
 「──第三王子殿下に従います。民を守る覚悟に、年寄りが口を出すことではない」
  それを合図に、次々と席が立ち、賛同が広がった。
  摂政派の一部が席を立ち、退席したが、もうその波は止まらなかった。
  しかし。
  その直後、議場の窓が爆音と共に吹き飛んだ。
  外の空から赤い火矢が幾筋も放たれ、空を染めていた。
  使者塔からの旗が変わる──「敵襲」。
  帝国の第一波が、王都の外門に現れたのだった。

 城の防音結界をも突き破った爆音。空が赤く、空気が熱を孕んで揺れていた。
 「……宣戦布告、か」
  勇が呟いたその声は、どこまでも冷静だった。
 「まさか、ここまで早いとは」
  すずが振り向く。「帝国、思った以上に本気……っ」
 「いや、これは――前から準備していたってことだ」
  裕哉が隣の魔導水晶端末を操作しながら言う。
 「もともと我々が帝国に送った書状。あれの返答が早すぎた。つまりもう、動き出してたってことだ」
  紗織が唇を噛みながらも毅然と言った。
 「でも、まだ希望はあるわ。民衆は勇様を支持しはじめている。これ以上、無意味に血を流す必要はない」
 「うん。止められる、まだ、止められるかもしれない」
  その声に続いたのは、友子の震える声だった。
 「でももし、止められなかったら?」
  少女の小さな手が、ぽつりと袖を掴む。
 「その時は、僕らが、みんなを守る。……絶対に」
  巧が、はっきりとそう言った。
  それを聞いた勇は、わずかに微笑んだ。
 「ありがとう。ならば……皆、備えよう。今宵は、戦いの夜となる」
  赤く染まる王都の空。
  それは、王国という枠組みが新たに試される、緋色の夜の始まりだった。
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