追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第21話_帝国軍突入

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 黎明。
  霧が立ち込める王都の城門前、空気は異様なまでに張り詰めていた。鳥すら鳴かぬ朝焼けの前線に、帝国軍の旗が静かに揺れていた。
  先遣隊――百騎。鋼鉄の鎧に身を包んだ帝国兵が、無言のまま槍を掲げ、城門前の広場に整列している。彼らはまだ剣を抜いてはいない。だが、戦の火種はそこにあった。
 「来たか……」
  塔の上からそれを見下ろした勇は、小さく呟いた。決して怯えてはいない。ただその眼差しは、目の前の現実を確かめるように深く静かだった。
 「敵じゃないかもしれないけど、友達って顔でもないね」
  隣でリュートを抱えたすずが言う。彼女の声には緊張があったが、指先の震えはなかった。
 「正面突破を仕掛けてくる可能性は五分。だが、目標が王宮でないなら──政治的な“見せ札”だ」
  裕哉が戦況を分析するように言う。
 「問題は、その“札”の裏に何があるかよね」
  紗織が軍略図を手に言い、友子が続ける。
 「城壁に設置した拡声符、全部正常。攻撃命令の声が流れたら、瞬時に拡大される」
  準備は整っていた。だがこの一瞬に、都市の運命が懸かっていた。
 「巧、あんたはどうするの?」
  すずが視線を送ると、巧は肩を回しながら言った。
 「俺は狭路へ行く。あそこは動きづらい分、敵の足を止めやすい。時間を稼ぐのが役割だろ?」
 「また一番危ないところに行くのか、君は」
  勇が小さく苦笑した。だがその顔には、信頼の色が濃く浮かんでいる。
 「俺も行くよ。……あれは“国と名を持つ怪物”だ。王子としてじゃなく、一人の戦士として、向き合わなきゃならない」
  彼はマントを翻し、階段を駆け下りた。
  帝国軍が前進を始めたのは、その直後だった。

 地鳴りのような足音。
  鉄靴が石畳を叩くたび、王都の空気が震えた。帝国軍先遣隊は、三隊に分かれて城門へ接近している。中央は重装歩兵、左右に遊撃槍兵と弓兵。その編成は攻撃意志を示していた。
  王都側も沈黙してはいなかった。
  城門内部で待機するのは、巧と再編討伐隊を中心に編成された新・近衛兵団。騎士と傭兵の混成部隊で、統制は脆いが、戦意は高い。
 「門を開けるな! あいつらの狙いは混乱だ!」
  巧が怒鳴ると、後方から若い兵士が叫ぶ。
 「でも、隊長! あの旗……白の停戦旗を掲げています!」
 「……!」
  確かに、中央の指揮官らしき将校が高く白旗を掲げていた。しかも、その顔には見覚えがあった。
 「アンドレ……!」
  勇が呻いた。
  帝国軍主将──アンドレ・リュシアン・グレイシュ。勇と血縁を持つ、母方の異父兄。だが彼は、王国を滅ぼす側の将として育てられたはずだ。
 「待て、突撃命令は出ていない。あの男、何をする気だ?」
  巧が眉をひそめる。
  アンドレは騎馬から降り、たった一人で城門前に進み出た。そして、静かに叫んだ。
 「王国の者たちよ。我が名は、帝国軍主将アンドレ・リュシアン・グレイシュ。停戦交渉のため、貴国正統後継者との面会を求める」
  その声は、魔道拡声器を通じて都中に響き渡った。
 「──摂政派の暴走を止めるため、我々はこの戦に介入した!」
  王都が静まり返る。
  兵士も市民も、息を呑んだ。剣を構えていた騎士たちが、思わずその刃を下ろしかける。
  勇は、躊躇した。
  しかし巧が静かに言う。
 「行け。あの言葉が嘘なら、俺たちが止める。だが本気なら、あんたが向き合うべき相手だ」
  その言葉に、勇はゆっくりと頷いた。
 「──わかった。俺が行く」
  彼は城門の扉へと歩き出す。白旗の先に、兄がいた。

 城門がゆっくりと開かれる音が、まるで世界の境界がひらかれるように響いた。
  その間、巧は剣に手を添えたまま、アンドレの姿を凝視していた。
  男は紺の軍装を纏い、肩には白銀の鷹章。腰に佩いた細身の剣は一度も抜かれず、両手を示している。
 「兄上……!」
  勇が一歩、二歩と歩み寄る。
  数年ぶりの対面だった。いや、幼き日に別れて以来だ。兄弟というにはあまりに遠く、しかし目元や骨格には血のつながりが浮かんでいた。
 「第三王子、勇。ようやく名乗るか」
 「名乗る覚悟はとっくにできていた。だが、それ以上に、民を巻き込む覚悟はなかった」
 「それでこそ我が弟だ」
  アンドレは頷き、そして低く声を落とした。
 「摂政派は、王国を“王家なき器”に変えようとしている。帝国に服属する操り人形としてな。──私は、父の命ではなく、母の願いを選んだ。だからここに来た」
  勇の顔が強張った。
 「……母の?」
 「ああ。母上は最期に言った。“勇を信じなさい。彼はきっと、争わずに国を導ける”と」
  それは勇が、知らなかった言葉だった。
  長らく“勘当された王子”として生きてきた自分が、母に、兄に、信じられていた──その事実は、胸の奥に突き刺さるように温かくて、苦しかった。
 「ならば、俺たちの目指すものは同じだ」
  勇はアンドレに手を差し出す。
  そして、アンドレは迷わず、その手を取った。
  その瞬間、王都の空に鐘が鳴り響いた。
  緊急報──王宮が、摂政派により完全占拠されたとの報。
 「……遅かったか」
  巧のつぶやきに、勇はすぐに顔を上げた。
 「いや、まだだ。まだ俺たちは、終わっていない!」

 「王宮が……占拠された?」
  勇が声を絞り出すと、従者のひとりが息を切らしながら続報を届けた。
 「はい、第三近衛団が突如として内側から反旗を翻し、摂政派の号令で玉座の間を占拠。王印の剣も奪取された模様です!」
 「王印まで……!」
  それは正統王位継承を証す唯一の聖遺物だった。奪われれば、勇の主張はまたしても根無し草と化す。
 「奴ら、やりやがったな……!」
  巧が奥歯を噛みしめる。すずは一歩前へ出て、群衆の動揺をなだめようとした。
 「皆さん、落ち着いてください! これより私たちは、王都の未来を取り戻すために──“再び進軍します!”」
  その声に続けて、勇が軍服の裾を正した。
 「敵は内部にあり。今ここで剣を交えず、民の声で正義を示す!」
  そして勇は、アンドレに向き直る。
 「兄上──王都突入において、帝国軍を退かせることはできますか?」
  アンドレは目を細めた。すぐに頷く。
 「……この場において帝国軍は中立とする。摂政派の暴走に加担する理由はない。だが一つ、条件がある」
 「条件?」
 「この騒乱が治まった後、勇、お前が“民と帝国”の双方に責任を持つ王となることを誓え」
  勇は一瞬だけ目を閉じ──深く頷いた。
 「誓う。父のような孤高ではなく、民と兄弟の声を聞く王となることを、ここに誓う」
  その誓いに、空が裂けたように歓声が上がった。
  そして──王都奪還作戦の火蓋が、再び切られる。
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