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第10章「朝の海に、硬貨をひとつ」(00)
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早朝の由比ヶ浜には、まだ人の姿はまばらだった。
太陽は、水平線の彼方で赤く滲みはじめている。冷たい潮風が吹き抜け、浜辺に打ち寄せる波がリズムを刻んでいた。
「……ねえ、まだ暗いよ」
亮汰が小声で文句を漏らす。彼の手には軍手とゴミ袋。けれど、その手は腰のあたりで止まったまま動かない。
「そうだね。……でも、この時間の空気、けっこういいよ?」
恭平は笑顔で、すでにゴミ袋の口を押さえながら歩いていた。ひとつひとつ、吸い殻やペットボトルの破片を拾い集めている。
「学生自治会有志・ビーチクリーン活動」。新歓行事の延長で、有志数名に呼びかけた非公式イベント。けれど、実際に来たのは——
三人だけだった。
そのもう一人が、アマリ。
「見て! これ、貝殻じゃない、でも綺麗!」
彼は手に小さな金属片を持ち、朝日にかざしていた。
「なんか、外国のコインみたい。文字が読めないけど……」
「それ、たぶんタイの硬貨かも」
恭平がちらりと見て、すぐに答えた。
「裏の象、見えるでしょ? 前に旅行したとき、お土産屋で似たの買ったことある」
「へぇー……誰か、落としたのかな」
「波にさらわれて、ここまで来たのかも」
「ロマンチックだな」
アマリはニカッと笑い、コインをポケットに入れた。
その会話をよそに、亮汰は足元のビニール片を見下ろしていた。
「……でも、こういうのってさ、本当に意味あるの?」
「なにが?」
「今拾っても、明日にはまた散らかってるわけでしょ。だったら業者に任せた方が早い。俺ら、非効率すぎ」
その言葉に、アマリはちょっとだけ首をかしげた。
「効率って、大事だけど……気づけないこともあるよね。たとえば、朝の空の色とか」
「空の色でゴミは減らないけどな」
亮汰の言い方は、どこか突き放すようだった。
それでも、恭平はにこやかに答えた。
「うん。でも、“気持ちが軽くなる”っていう副産物はあるよ。少なくとも俺は、今のこの時間、嫌いじゃない」
それは、押しつけがましくない、ただの事実としての言葉だった。
亮汰はしばらく無言で、ポケットの中のスマホを見ていた。通知はない。返事も来てない。何も進んでいないように見える。
だけど——
アマリが差し出したそのタイのコインを、ぽんと彼の手に落とした。
「これ、あげる。きっと何かの役に立つよ。世界中のコインって、使えなくても“意味”になるって思ってるから」
「……なんだよ、それ」
「“無駄じゃない”ってこと。それだけで、今朝ここに来た価値はあるんじゃない?」
亮汰は、思わず苦笑した。
不思議なやつだと思う。でも、嫌いじゃない。
そして、彼の手の中の小さなコインは、なんだか本当に、ただの金属以上のものに見えてきた。
太陽は、水平線の彼方で赤く滲みはじめている。冷たい潮風が吹き抜け、浜辺に打ち寄せる波がリズムを刻んでいた。
「……ねえ、まだ暗いよ」
亮汰が小声で文句を漏らす。彼の手には軍手とゴミ袋。けれど、その手は腰のあたりで止まったまま動かない。
「そうだね。……でも、この時間の空気、けっこういいよ?」
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だけど——
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