25 / 97
第13章「カフェに落ちた帳簿」(00)
しおりを挟む
6月15日、夕方。紫陽花の花がしっとりと色を濃くする雨上がりの鎌倉駅前。
駅ビル前のカフェ「Chic Lattice」は、いつものように学生たちでにぎわっていた。
店の奥、窓際の半円形テーブルでは、恭平、望愛、彩希の三人が、飲みかけのアイスラテと広げられた書類の山を前に肩を寄せ合っていた。
「えーと、自治会の備品費は……あった、四千八百二十円。んで、軽音部の機材リース代が……こっちか、九千六百円!」
望愛は明るい声で一枚の伝票を差し出したが、その声にはどこか焦燥の気配が混じっていた。
彩希は静かにペンを走らせながら、時おり眉をしかめては確認を重ねていく。テーブルの端には、仕分け済みの封筒と、未処理の領収書の束。
そして――
「……え、ちょっと待って。あれ? 会計簿が……ない」
望愛の指先が、一枚のクリップボードを探して机の上をうろうろし始めた。
「え? 帳簿、さっきまで持ってたよね?」
「うん。持ってた……はず。えーと、えーと……カバンの中……じゃない。トイレに置いてきた? いや、トイレ行ってないし……」
望愛は立ち上がり、自分の椅子の周囲を見渡し、カフェの床を覗き込んだ。
その様子を見て、彩希の動きが止まる。
「……まさか、外に落としたとか?」
望愛の表情が、みるみる青ざめていく。
「やばい……ごめん、ほんとに……なくしたかも」
その瞬間、恭平がふっと笑顔で立ち上がった。
「大丈夫、まずは周囲を探してみよう。ボク、レジの店員さんに聞いてみるね」
「私、入口のほう見てくる」
「わ、わたしは……店の前の自販機のところ見てくる!」
三人はそれぞれ手分けして動き出す。望愛はカバンを抱えたまま、スニーカーのまま外に飛び出していった。
それを見送って、彩希は自分の椅子の下をもう一度覗き込む。
「……ったく、またこれか」
その呟きには呆れと、ほんの少しの諦めが滲んでいた。
が、その瞬間――
「……あった」
彩希はふと、テーブルの足元に目をやり、思わず息を漏らした。
テーブルの下、まるで逃げ出した子猫のように、帳簿が斜めに滑り込んでいた。中の紙も無事、角も折れていない。
「……望愛~、ここにある~」
彩希は帳簿を手に取り、入口に向かって声を張った。ちょうどそのタイミングで、望愛がばたばたと駆け戻ってくる。
「えっ、ほんとに!? どこに!?」
「テーブルの下」
「うわぁ~……マジか……。もう死んだかと思った……」
どこか涙目の望愛は、ペコペコと頭を下げながら椅子に戻り、帳簿を両手で包み込むようにして抱きしめた。
「ごめん……ほんとごめん……。またやっちゃった……」
その声に、彩希は小さくため息をつきながらも、ペンを机に置き、静かに答えた。
「……謝るのはいい。でもね、今後は“次もやるかもしれない”って前提で考えて動こう。そうしないと、今度こそ死ぬよ?」
その厳しい言葉に、望愛はしゅんと肩をすぼめる。
そこへ、恭平が戻ってきた。
「レジには届いてなかったけど……どうやら解決したみたいだね」
「うん……ありました……机の下に」
「よかったよかった。帳簿が帳簿だけに、洒落にならないってところだったね。……ね?」
望愛はそのジョークに微笑む余裕もなく、ぐったりとソファにもたれかかる。
「もう二度と失くさない……いや、失くしたくない……」
そのとき、ふいに彩希が軽く笑った。
「望愛、こうやってちゃんと探すの、初めてかもね」
「え?」
「いつもだったら、途中であきらめるでしょ。でも今日は、最後まで動いたじゃん。ちゃんと」
望愛はきょとんと目を見開いたまま、しばらく考えてから小さく頷いた。
「……そうか。たしかに、今回は……逃げなかった、かも」
「そう。だから、進歩。帳簿だけじゃなくて、望愛自身もちょっとずつ拾い直してるってこと」
その言葉に、恭平が小さく拍手した。
「いいねえ、それ。今日のMVPは望愛さんで決まりだ」
「え、ぜんっぜん嬉しくないけど!」
三人の笑い声が、夕暮れのカフェにふわりと広がった。
駅ビル前のカフェ「Chic Lattice」は、いつものように学生たちでにぎわっていた。
店の奥、窓際の半円形テーブルでは、恭平、望愛、彩希の三人が、飲みかけのアイスラテと広げられた書類の山を前に肩を寄せ合っていた。
「えーと、自治会の備品費は……あった、四千八百二十円。んで、軽音部の機材リース代が……こっちか、九千六百円!」
望愛は明るい声で一枚の伝票を差し出したが、その声にはどこか焦燥の気配が混じっていた。
彩希は静かにペンを走らせながら、時おり眉をしかめては確認を重ねていく。テーブルの端には、仕分け済みの封筒と、未処理の領収書の束。
そして――
「……え、ちょっと待って。あれ? 会計簿が……ない」
望愛の指先が、一枚のクリップボードを探して机の上をうろうろし始めた。
「え? 帳簿、さっきまで持ってたよね?」
「うん。持ってた……はず。えーと、えーと……カバンの中……じゃない。トイレに置いてきた? いや、トイレ行ってないし……」
望愛は立ち上がり、自分の椅子の周囲を見渡し、カフェの床を覗き込んだ。
その様子を見て、彩希の動きが止まる。
「……まさか、外に落としたとか?」
望愛の表情が、みるみる青ざめていく。
「やばい……ごめん、ほんとに……なくしたかも」
その瞬間、恭平がふっと笑顔で立ち上がった。
「大丈夫、まずは周囲を探してみよう。ボク、レジの店員さんに聞いてみるね」
「私、入口のほう見てくる」
「わ、わたしは……店の前の自販機のところ見てくる!」
三人はそれぞれ手分けして動き出す。望愛はカバンを抱えたまま、スニーカーのまま外に飛び出していった。
それを見送って、彩希は自分の椅子の下をもう一度覗き込む。
「……ったく、またこれか」
その呟きには呆れと、ほんの少しの諦めが滲んでいた。
が、その瞬間――
「……あった」
彩希はふと、テーブルの足元に目をやり、思わず息を漏らした。
テーブルの下、まるで逃げ出した子猫のように、帳簿が斜めに滑り込んでいた。中の紙も無事、角も折れていない。
「……望愛~、ここにある~」
彩希は帳簿を手に取り、入口に向かって声を張った。ちょうどそのタイミングで、望愛がばたばたと駆け戻ってくる。
「えっ、ほんとに!? どこに!?」
「テーブルの下」
「うわぁ~……マジか……。もう死んだかと思った……」
どこか涙目の望愛は、ペコペコと頭を下げながら椅子に戻り、帳簿を両手で包み込むようにして抱きしめた。
「ごめん……ほんとごめん……。またやっちゃった……」
その声に、彩希は小さくため息をつきながらも、ペンを机に置き、静かに答えた。
「……謝るのはいい。でもね、今後は“次もやるかもしれない”って前提で考えて動こう。そうしないと、今度こそ死ぬよ?」
その厳しい言葉に、望愛はしゅんと肩をすぼめる。
そこへ、恭平が戻ってきた。
「レジには届いてなかったけど……どうやら解決したみたいだね」
「うん……ありました……机の下に」
「よかったよかった。帳簿が帳簿だけに、洒落にならないってところだったね。……ね?」
望愛はそのジョークに微笑む余裕もなく、ぐったりとソファにもたれかかる。
「もう二度と失くさない……いや、失くしたくない……」
そのとき、ふいに彩希が軽く笑った。
「望愛、こうやってちゃんと探すの、初めてかもね」
「え?」
「いつもだったら、途中であきらめるでしょ。でも今日は、最後まで動いたじゃん。ちゃんと」
望愛はきょとんと目を見開いたまま、しばらく考えてから小さく頷いた。
「……そうか。たしかに、今回は……逃げなかった、かも」
「そう。だから、進歩。帳簿だけじゃなくて、望愛自身もちょっとずつ拾い直してるってこと」
その言葉に、恭平が小さく拍手した。
「いいねえ、それ。今日のMVPは望愛さんで決まりだ」
「え、ぜんっぜん嬉しくないけど!」
三人の笑い声が、夕暮れのカフェにふわりと広がった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる