鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第15章「波打ち際の進路」(02/02)

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 しばらく波と遊ぶように、望愛はつま先で水を蹴った。夜の海は静かで、けれど不思議と怖くなかった。
「……進路は、消えない足跡で作る」
 さっき恭平が言った言葉を、もう一度、心の中でなぞる。
「私ね、今までは“途中でやめたら怒られる”って、そればっか気にしてたの」
「うん」
「でも、怒られるからじゃなくて、やり遂げたいって思って続けたことなんて……今まで、なかったかもしれない」
 恭平は何も言わず、風に吹かれるまま彼女を見つめていた。
 そのまなざしが、責めるでも、励ますでもなく、「見ている」だけだったのが、望愛には嬉しかった。
「ライブのとき、歌詞、飛ばしたでしょ」
「あぁ」
「すっごい恥ずかしくて、逃げ出したかった。でも、恭平が照明落としてくれたじゃん。あれがなかったら、私、立て直せなかったと思う」
「でも、ちゃんと歌い直したのは望愛でしょ。俺はただ、きっかけつくっただけ」
「……ううん。あれは、信じてもらったから、ちゃんと戻れたんだと思う」
 望愛はゆっくり立ち上がると、砂浜に残った自分の足跡を振り返った。夜風で消えかけているそれは、不格好だけど確かに“そこにいた”証だった。
「私も、誰かの“きっかけ”になれるかな」
「なれるよ。すでになってるし」
 恭平はためらわずに答えた。その声に、一切の冗談も含まれていないことが、望愛にはすぐわかった。
 目と目が合う。暗がりのなかでも、彼の笑顔はちゃんと見えた。
「……ありがと。ちゃんと、進みたいって、思えた」
「じゃあさ」
 そう言って、恭平は手を差し出した。
「進もう。ゆっくりでいいし、止まったっていいけど、また歩き出せるなら、それでいいと思うから」
 望愛は少し迷ってから、でもはっきりとその手を取った。指先が冷たくて、でもその奥はちゃんとあたたかい。
 ふと、波が彼らの足元に押し寄せる。また、すぐに引いていく。
 その瞬間――望愛は、初めて真正面から、心の底から笑った。
 その笑顔を見た恭平もまた、笑顔を返す。どこまでも静かな夜の海。波が、ふたりの足跡をやさしく包み込みながら、確かにこう言っている気がした。
 ——ここからでも、進めるよ、と。
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