鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第21章:静寂に響くクリック音 (00)

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 8月8日、深夜0時過ぎ。
 学内メディア室の蛍光灯が、機械的な白光を放っていた。天井の隅ではクーラーが唸り、冷気と眠気が等しく漂う。
 旭は無言で、机の端に座るMacの前にいた。スクリーンには、提出間近の集中課題用映像ファイル。だが――。
「……止まったな」
 直輝が背後から声をかけた。手にはUSBとノートPCの接続コード。それらを一瞥すると、旭はキーボードのEnterキーを軽く叩く。変わらない。
「フリーズしてる。シークバーもマウスも反応なし」
「再起動、してみた?」
「しても同じ現象が起きた。たぶん、オートバックアップのタイミングで、エンコードがぶつかった」
 旭は、感情のこもらない口調でそう言った。
「……このままだと、提出データ、吹っ飛ぶな」
 静かに立ち尽くす直輝も、さすがに眉間に皺を寄せた。夏期集中講義のグループ課題――『鎌倉の24時間』をテーマにした5分映像作品。その編集最終段階で、この状況は、あまりにも致命的だった。
「データの復旧、やるしかないな」
「ログ見る。再起動はしない。オートセーブのキャッシュを先に読む」
 旭は、キーボードから手を離し、ノートをめくる。びっしりと書かれた「編集トラブル時の対応フロー」が現れた。
 直輝が小さく口笛を吹く。
「……さすが。こういうときのために作ってたの?」
「当然」
「準備、エグいね。でも、助かる」
 直輝はPC裏のハブを確認しながら、静かに言った。「こっちはケーブルと電源系、もう一回全部リセットする。雷サージ保護付きに変えてみる」
 旭は頷くと、隣のモニターに切り替えてセーフモード起動を試す。
 二人の間に交わされるのは、無駄のない指示と確認。そこには焦りも喧嘩もない。ただひたすら、“どうすれば今を乗り越えられるか”だけを考える空気。
 ……そして、数分後。
 旭が短く呟いた。
「出た。キャッシュに一部、残ってる」
「マジで? 音声と映像?」
「映像三分、音声二分四十秒まで」
 直輝は即座に別PCを起動し、サブトラック用のデータベースを呼び出す。
「あと一分二十秒。俺がナレーションを取り直して埋める。今ここで」
 旭はマイクを手渡しながら、小さく、しかし確かに言った。
「助かる」
 その低く、珍しい感情のこもった言葉に、直輝がふっと笑う。
「……言ったな。今の録っとけばよかったわ」
 マイクのスイッチが入る。
 静寂の中で響くのは、ナレーションの録音音声と、旭がリカバリーを走らせるキーボードのクリック音。
 午前1時を過ぎても、ふたりの背中はブレることなく並んでいた。
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