鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第23章:屋上トマト収穫イベント(00)

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 夏の夕暮れが、大学の屋上を茜に染め上げていた。
 ここは、大学本館の5階にある屋上菜園。視界の先にうっすらと見える海面がきらめき、かすかに潮の匂いが風に混じっている。夕立の気配はないが、湿気を帯びた空気が肌にぴたりとまとわりつく。足元にはプランターがずらりと並び、背丈ほどに育ったトマトの茎が、くたびれた支柱にもたれながら実をつけていた。
「——あと十五分で開始。アマリくん、掲示ポスターのチェックお願い!」
 彩希の声が、広々とした屋上にすぱんと響く。
 チェックボード片手に動くその足取りは、軽快かつ的確だった。実行責任者である彩希は、手際のよさと強い意志で、すでにこのイベントを“成功済みの計画”として動かしていた。
「うん!『自由に収穫して写真撮ってOK!』ってちゃんと書いてあるよ! それと、『洗ってその場で食べてもOK』も!」
 アマリが英語なまりのイントネーションでそう返しながら、掲示ポスターを両手で直しにかかる。その顔は汗まみれだったが、口元は明るく緩んでいた。
「彩希~! 日陰側のベンチに、紙コップの冷茶と割り箸セット完了!」
 声をかけてきたのは、香澄。すでに額のバンダナが斜めになっていた。手には観察ノート、腕にはデジカメ。撮影班と味覚記録班を兼ねた独自ポジションで、彼女はどこかマイペースに動きながらも、彩希の指示にぴたりと従っていた。
 今日は、学生自治会と地域連携課が合同で行う「鎌倉菜園プロジェクト・トマト収穫イベント」の日だった。
 参加者は近隣の親子や留学生、大学生のボランティアなど三十名弱。目的は、屋上という開かれた場での“食育”と“地域交流”——そして、夏の思い出づくり。
 だが、どこか実験的なイベントでもあった。
「アマリ、こっち来て。マイクの音量、現場の耳で確認してくれる?」
「Yeah, サウンドチェック任せて! 香澄、そこにいて。彩希の声、聞こえるかテストするよ!」
「……今、私、貝の形してるトマトを撮ってたんだけど……ま、いっか」
 香澄はしゃがんだまま、レンズをマイクに向けた。彼女にとって、この“何でも観察”のクセはもはや呼吸のようなもので、無意味に見える一枚が、時にイベント記録の“突破口”になったりする。
「——あ、これ録っとこう。『開始十五分前の彩希は、風速3メートルの中でも全指示を通してくる』……っと」
 独り言ともつかない記録音声に、アマリが笑いながらサムズアップする。
「ナイス観察だね、香澄!」
「トマトと会話する練習もしてきたからね。たぶん今日は甘いよ」
「それ、トマトじゃなくて、怪談か民話のカテゴリだよ」
 彩希が息を吐くように微笑み、言葉を切った。
「……よし、開始しようか。皆、配置について」
 小さな夏の収穫祭が、屋上の茜の下ではじまろうとしていた。
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