鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第25章 照明トラブル(00)

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 舞台袖に響いたのは、機械のような「カチッ」という音だった。
 次の瞬間、スポットライトがパッと消え、ステージ全体が暗闇に沈む。軽音サークルのサマーライブ、本番真っ最中。望愛の歌声がスピーカーに吸い込まれていくと同時に、客席がざわついた。
 「……照明、落ちた?」
 ざわ、ざわ、という観客の声。それがだんだんと広がっていく。
 「やば、まじで?」
  「演出じゃないの?」
  「スマホ、つけていいのかな……」
 ステージ上の望愛は、動けなかった。右手に握っていたマイクがじんわりと汗で湿っていく。ピンスポットのない視界に、目の前がどこまでもぼやけていくような感覚。
 「——おっと! みんな、ちょっとびっくりしたよね?」
 そのとき、マイクを握った恭平の声が響いた。あくまでいつもどおり、いや、それ以上に陽気なトーン。舞台袖から出てきて、客席に向かって笑顔を浮かべていた。
 「ごめんごめん、ちょっとライトさんたちが夏バテしちゃったみたいです。音響さんが急いでアイス差し入れしてます!」
 どっと、客席に笑いが起こる。小さな子どもの声が「アイスー!」と叫んで、さらに笑いが広がった。
 ——すごい。
  望愛は思った。自分だったら、今ごろマイクを握ったまま凍りついていたに違いない。
 恭平は、舞台中央に立ったまま、客席のあちこちに目を配るようにして話し続けていた。
 「せっかくのライブ、止めるのももったいないよね。じゃあさ、ちょっとだけ、耳を澄ませてみよう。……聞こえる?」
 恭平がステージから目を細めてみせる。
 「心のなかで流れてる、あの曲のイントロ。みんなで思い出してくれたら、照明さんも急いで帰ってくるかも!」
 望愛は、ゆっくりと息を吸った。
 ——私も、何かしなきゃ。
  途中で止めたくない。止めたくないんだ。
 楽器の音は鳴らない。でも、何かできる。そう思ったとき、望愛の手が自然と動いた。
 両手を高く掲げ、パッ、パッ、とリズムを刻むように手拍子を始めた。ひとつ、ふたつ。すぐには反応がなかった。でも、最前列の中学生くらいの女の子が真似をした。その隣の友達も、続いた。
 恭平が、軽くウィンクして、言った。
 「——いいね、そのリズム。俺も乗っちゃおっかな?」
 恭平も手拍子を始めた。すぐに、ドラム担当の広樹が後ろで座ったまま、膝を叩きながらリズムを刻む。アマリがベースを抱えたまま、指でネックをポンポンと叩く音を加えた。
 客席に、手拍子の波が広がっていった。
 望愛は、マイクを口元に寄せて、歌い出した。照明がない暗いステージに、彼女の声だけが、明確に響く。
 《I just wanna keep singing──》
 英語の歌い出し。照明も、BGMも、何もないのに、まるで海岸の風景が広がるような不思議な空気が、ホールに満ちていった。
 ──その刹那。
 ステージ上部にあるスポットが、ぽん、と再び灯った。
 「照明、復旧!」
 舞台袖からスタッフが叫び、ホール中に拍手が起こる。望愛は、タイミングを測るように一拍置いて、マイクを握る手にぐっと力をこめた。
 「ここからが——本当のラスト!」
 再びバンド演奏が入り、最後の曲が本来のボリュームで始まった。
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