鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第44章 湘南江の島イルミネーション

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 江の島シーキャンドルを中心に広がるイルミネーションイベント『湘南の宝石』は、例年よりも観光客で賑わっていた。光に包まれたボードウォークでは、カップルや家族連れがスマホを構えては笑い合っている。
 そのなかに、望愛と恭平の姿もあった。
「うわ……こんなに混んでるんだ……」
 望愛がぽつりと漏らした声は、きらびやかな光の洪水に押しつぶされそうだった。赤、青、白、さまざまな光が頭上を通り、地面に反射して周囲がゆらめいている。
 ただでさえ人混みが苦手な望愛にとって、今日はややハードモードだった。
「ちょっと、離れないでね」
「うん、わかってる。手、つなごうか?」
 恭平が右手を差し出すと、望愛は一瞬戸惑った表情を浮かべた。けれど、次の瞬間には小さく頷き、その手を取った。
 ぬくもりが伝わる。やわらかく、でも確かなぬくもり。
 そのとき、群衆のなかで急に誰かが前方に割り込んできて、望愛がバランスを崩した。恭平が慌てて引き寄せようとしたが、彼女の手はその一瞬、するりと人波にさらわれた。
「——え?」
 気づけば、望愛の姿は彼の視界から消えていた。

 望愛は、ぐるりと見渡した。どこもかしこも光、光、光。人、人、人。
 けれど、「恭平の笑ってる声」が、聞こえない。
「……どこ?」
 足元にだけ意識を集中させて進もうとする。けれど、焦りが指先から伝わって、肩がこわばる。脈が速くなるのが自分でもわかった。
 もう、だめかもしれない。
 ふと、周囲のカップルや友達連れが、みんな誰かの名前を呼び合っているのが耳に入る。それが、まるで異国語のように遠かった。
 自分だけ、また途中で……。
 そのとき。
「望愛!」
 背後から、自分の名前が呼ばれた。思わず振り返ると、光のトンネルの向こうで、恭平が光るブレスレットを高く掲げていた。
「ここにいるよ!」
 あの、どこまでも変わらない笑顔だった。

 望愛は思わず駆け出した。人ごみのなかをすり抜けるようにして、光のブレスレットを目指す。赤と緑のイルミがちらつく道の先、あの手のひらのぬくもりだけを頼りに。
 そして、たどり着いた。
「——バカ……!」
 気づけば、恭平の胸に抱きついていた。
 ぎゅっとしがみついたその体は、すぐに彼の腕のなかに包まれた。
「ごめん、俺がもっとちゃんと見てれば……」
「違う。あたしが、怖がりすぎただけ」
 涙混じりの声でそう言った望愛に、恭平は頭を軽くぽんぽんと撫でる。
「でも、俺を探してくれたじゃん。途中で放棄しなかった」
 望愛は顔をあげ、少しだけ笑った。
「……あんたの声、聞こえないと落ち着かないってだけ」
「そりゃ……照れるね」
 冗談めかして笑った恭平に、望愛もふっと力が抜けたように笑い返した。
 二人の間に、イルミネーションの灯りがそっと降りてくる。遠くから音楽が流れてきて、まるで映画のワンシーンのようだった。
「このブレスレット、目立つかなって思ってさ。あんまりこういうの好きじゃないけど、今日だけはね」
「……ありがとう。助かった」
 そのとき、遠くで花火が一発、上がった。
 目を見開いて空を見上げる望愛の横顔を、恭平はそっと見つめた。
「望愛、さ」
「ん?」
「俺さ、どんなに人が多くても、光が多くても、お前のこと、見つけられるよ」
 ぽつんと、けれど真っ直ぐな声だった。
「……なにそれ。急にずるい」
 けれど、望愛の頬はほんのりと染まり、視線は離さなかった。
「じゃあ、あたしも——。もう途中で、どっか行ったりしないから」
 風がそよいだ。けれど、二人の手はしっかりとつながれていた。
 湘南の夜、光と音と、はにかみ笑顔に包まれて。

(第44章 了)
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