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第13話「真夜中の停電(後編)」
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地下の発電設備までの通路は、湿り気を帯びたコンクリートの匂いに包まれていた。
遥輝と希は並んで歩いていた。スマホの懐中電灯の光だけが、足元を照らしている。
「こんなとこ、昼間でも入りたくないわ……」
希がボソリとつぶやく。
狭い通路は、まるで校舎の裏世界に入り込んだような、得体の知れない圧力を帯びていた。
「不思議と、怖いって感じがしないな。むしろ、こういう時の方が“人間”が見える気がする」
遥輝の声は穏やかだったが、どこか芯が通っていた。
「人間が見える……?」
「明るい時は、皆、ちゃんとしてるフリができる。でも、こういう予想外の状況では、隠してた本音が見えたりする」
「……あんた、ほんとに変なとこ冷静だよね」
「希は、怖くない?」
「怖いよ。でも……誰かと一緒なら、マシになるって知ってるから」
そう言って、希は少しだけスマホを高く掲げ、前方の鉄扉を照らした。
「ここ、だよね」
「ああ。鍵は……開いてる。よかった、電気系統を確認しよう」
二人は扉を開け、中に足を踏み入れる。
薄暗い室内には、無数の配線とブレーカーがずらりと並んでいた。
電源供給盤は一部がショートしていたが、予備電源の操作盤は生きているようだった。
「いけそう?」
「……たぶん。予備に切り替えれば、最低限の照明は戻るはず」
遥輝がスイッチを操作すると、小さく「バチン」と音がし、かすかに天井の蛍光灯が点滅した。
「やった……! 光!」
「よし、いったん戻ろう。みんなを安心させよう」
二人は目を合わせ、わずかに笑った。
今のその笑みは、わずか数週間前には考えられなかった距離感だった。
一方そのころ、ロビーでは――。
「――でさあ、正直に言うけど、あの時の書類、私が破いた」
志歩が自分の膝を抱えながら言った。
その告白に、周囲が一瞬ざわついた。
「は? 破いたって、いつの?」
亮汰が目を細める。
「六月の……あの、実行計画表。志歩が最後に保管してたって言われて、亮汰が責めたやつ」
「え、マジでお前だったの?」
「でもさ、ちょっと言い訳させて。あの時、マジでイライラしてて。なんか、全部が自分のせいみたいに思えて……それで、つい、やっちゃって」
言い終えた後、志歩は顔を伏せた。
沈黙。
しかし、次に言葉を発したのは、意外にも亮汰だった。
「……ははっ。マジか。お前だったのかよ。ま、いーけど」
その言葉に、志歩が顔を上げる。
「いーけど?」
「お前が素直に言ったの、今が初めてだろ? だったら、もうそれでいい。俺も……あの時、ちょっと八つ当たりしすぎたなって思ってたし」
志歩の目が見開かれる。
そして、はにかんだように笑った。
「亮汰、そういうとこだけ大人だよね。いや、逆にガキっぽいのか」
「どっちだよ」
二人のやりとりに、空気が緩んだ。
それに乗じて、真緒がそっと口を開く。
「……私も言う。ごめん、みんなに“いい顔”しようとして、結局どっちつかずな態度ばっかりとってた」
その声は、どこか震えていた。
「中立に立ってれば安全だと思ってた。でも、本当は……誰よりも、自分が傷つきたくなかっただけ」
それを聞いた百合香が、静かに言った。
「それでも、私は助けられてたよ。真緒がいつも真ん中にいてくれたから、私は意見を言えた」
「……ありがとう。でも、次はもっと、正直になる」
真緒がまっすぐ百合香を見つめると、百合香もこくりと頷いた。
そのやりとりを黙って見ていた俊介が、ふいに立ち上がった。
「……俺も、一つだけ言っておく」
俊介は、ロビー中央のソファの前に立ち、灯りの弱いスマホを胸元に掲げた。
光が顔を照らすと、その表情に戸惑いと葛藤がにじんでいた。
「俺……本当は、こういうグループ活動、苦手だ。信用とか信頼とか、どっか遠くに感じてた」
その言葉に、誰も口を挟まない。
「明るい顔して話してても、心の中は冷めてた。全部“演技”でやってた。……たぶん、それがバレるのが怖かったんだと思う」
声が震えた。
彼の中の“もう一人”が、ようやく沈黙を破ったのだ。
志歩がそっと声をかけた。
「……じゃあ今は?」
俊介は少しだけ息を吸い込むと、ぽつりと答えた。
「演技じゃない、って思いたい。今日、ここで、みんなが本音を言ってるのを見て……自分も変わりたいって、思った」
その瞬間――ロビーの天井照明がふっと灯った。
「……っ!」
「戻った!」
歓声とともに、ロビー全体が明るさを取り戻す。
振り返ると、遥輝と希が息を切らして立っていた。
遥輝は軽く手を振り、希は頬を紅潮させながら言う。
「やっと予備電源に切り替えたよ。遅くなって、ごめん!」
「いいタイミング!」
真緒が笑い、百合香も頷く。
「停電中に、いろんなものが見えた。けど、それが逆に……私たちを近づけてくれたと思う」
遥輝がロビーを見渡し、穏やかな声で言った。
「大丈夫。あとは、この“光”を、文化祭まで持っていこう」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
今夜の停電は、ただのアクシデントじゃなかった。
それぞれの胸にくすぶっていた不安と本音が、暗闇に照らされ、そして光の中で結び直された――。
(第13話 完)
遥輝と希は並んで歩いていた。スマホの懐中電灯の光だけが、足元を照らしている。
「こんなとこ、昼間でも入りたくないわ……」
希がボソリとつぶやく。
狭い通路は、まるで校舎の裏世界に入り込んだような、得体の知れない圧力を帯びていた。
「不思議と、怖いって感じがしないな。むしろ、こういう時の方が“人間”が見える気がする」
遥輝の声は穏やかだったが、どこか芯が通っていた。
「人間が見える……?」
「明るい時は、皆、ちゃんとしてるフリができる。でも、こういう予想外の状況では、隠してた本音が見えたりする」
「……あんた、ほんとに変なとこ冷静だよね」
「希は、怖くない?」
「怖いよ。でも……誰かと一緒なら、マシになるって知ってるから」
そう言って、希は少しだけスマホを高く掲げ、前方の鉄扉を照らした。
「ここ、だよね」
「ああ。鍵は……開いてる。よかった、電気系統を確認しよう」
二人は扉を開け、中に足を踏み入れる。
薄暗い室内には、無数の配線とブレーカーがずらりと並んでいた。
電源供給盤は一部がショートしていたが、予備電源の操作盤は生きているようだった。
「いけそう?」
「……たぶん。予備に切り替えれば、最低限の照明は戻るはず」
遥輝がスイッチを操作すると、小さく「バチン」と音がし、かすかに天井の蛍光灯が点滅した。
「やった……! 光!」
「よし、いったん戻ろう。みんなを安心させよう」
二人は目を合わせ、わずかに笑った。
今のその笑みは、わずか数週間前には考えられなかった距離感だった。
一方そのころ、ロビーでは――。
「――でさあ、正直に言うけど、あの時の書類、私が破いた」
志歩が自分の膝を抱えながら言った。
その告白に、周囲が一瞬ざわついた。
「は? 破いたって、いつの?」
亮汰が目を細める。
「六月の……あの、実行計画表。志歩が最後に保管してたって言われて、亮汰が責めたやつ」
「え、マジでお前だったの?」
「でもさ、ちょっと言い訳させて。あの時、マジでイライラしてて。なんか、全部が自分のせいみたいに思えて……それで、つい、やっちゃって」
言い終えた後、志歩は顔を伏せた。
沈黙。
しかし、次に言葉を発したのは、意外にも亮汰だった。
「……ははっ。マジか。お前だったのかよ。ま、いーけど」
その言葉に、志歩が顔を上げる。
「いーけど?」
「お前が素直に言ったの、今が初めてだろ? だったら、もうそれでいい。俺も……あの時、ちょっと八つ当たりしすぎたなって思ってたし」
志歩の目が見開かれる。
そして、はにかんだように笑った。
「亮汰、そういうとこだけ大人だよね。いや、逆にガキっぽいのか」
「どっちだよ」
二人のやりとりに、空気が緩んだ。
それに乗じて、真緒がそっと口を開く。
「……私も言う。ごめん、みんなに“いい顔”しようとして、結局どっちつかずな態度ばっかりとってた」
その声は、どこか震えていた。
「中立に立ってれば安全だと思ってた。でも、本当は……誰よりも、自分が傷つきたくなかっただけ」
それを聞いた百合香が、静かに言った。
「それでも、私は助けられてたよ。真緒がいつも真ん中にいてくれたから、私は意見を言えた」
「……ありがとう。でも、次はもっと、正直になる」
真緒がまっすぐ百合香を見つめると、百合香もこくりと頷いた。
そのやりとりを黙って見ていた俊介が、ふいに立ち上がった。
「……俺も、一つだけ言っておく」
俊介は、ロビー中央のソファの前に立ち、灯りの弱いスマホを胸元に掲げた。
光が顔を照らすと、その表情に戸惑いと葛藤がにじんでいた。
「俺……本当は、こういうグループ活動、苦手だ。信用とか信頼とか、どっか遠くに感じてた」
その言葉に、誰も口を挟まない。
「明るい顔して話してても、心の中は冷めてた。全部“演技”でやってた。……たぶん、それがバレるのが怖かったんだと思う」
声が震えた。
彼の中の“もう一人”が、ようやく沈黙を破ったのだ。
志歩がそっと声をかけた。
「……じゃあ今は?」
俊介は少しだけ息を吸い込むと、ぽつりと答えた。
「演技じゃない、って思いたい。今日、ここで、みんなが本音を言ってるのを見て……自分も変わりたいって、思った」
その瞬間――ロビーの天井照明がふっと灯った。
「……っ!」
「戻った!」
歓声とともに、ロビー全体が明るさを取り戻す。
振り返ると、遥輝と希が息を切らして立っていた。
遥輝は軽く手を振り、希は頬を紅潮させながら言う。
「やっと予備電源に切り替えたよ。遅くなって、ごめん!」
「いいタイミング!」
真緒が笑い、百合香も頷く。
「停電中に、いろんなものが見えた。けど、それが逆に……私たちを近づけてくれたと思う」
遥輝がロビーを見渡し、穏やかな声で言った。
「大丈夫。あとは、この“光”を、文化祭まで持っていこう」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
今夜の停電は、ただのアクシデントじゃなかった。
それぞれの胸にくすぶっていた不安と本音が、暗闇に照らされ、そして光の中で結び直された――。
(第13話 完)
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