文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

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第14話「夏空のリスタート」

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 合宿最終日の朝。山荘の広いテラスに、まぶしい夏の光が差し込んでいた。
 遥輝たちは朝食を終え、それぞれ荷造りや片付けに追われていたが、どこか気持ちは晴れやかだった。
  夜の停電騒動を経て、皆の心の距離が明らかに縮まっていた。
 そんななか、希は一人、バスの発車時間を待ちながら玄関先のウッドデッキに座っていた。
  風が通り抜け、セミの声が高く響いている。
 遠くで笑い声が聞こえる。
  それは、昨夜まではどこかギクシャクしていたはずの仲間たちのものだった。
「……何よ、みんな勝手にスッキリしちゃってさ」
 ぽつりとこぼれた言葉には、ほんの少し置いてけぼりにされた寂しさが滲んでいた。
  希は、自分だけがまだ“ちゃんと向き合えてない”気がしていた。
 そんな希のもとに、バスに向かっていた遥輝が戻ってくる。
「ここにいたんだ」
「……あんたこそ、荷物は?」
「もう乗せたよ。あとは希を探してただけ」
 その言葉に、希は思わず息を飲んだ。
「なんで、私を?」
「……なんとなく、まだ話せてない気がしてさ」
 遥輝は、そう言って希の隣に腰を下ろした。
  セミの声が一瞬だけ遠ざかって、二人の間に静かな時間が流れる。
「昨日の……夜のこと、話す?」
 遥輝がゆっくりと切り出す。
「いや、別に……話すほどのことじゃないし。私はただ、あの場で“何も言えなかった”だけ」
 希の声には、悔しさと自嘲が混ざっていた。
  それでも遥輝は、彼女を否定することなく、静かに頷いた。
「……でも、それが希らしいとも思った」
「は?」
「希は、自分が納得してないことは、簡単に言葉にしない。そういうとこ、俺は好きだよ」
 唐突な“好き”という言葉に、希は反射的に振り向く。
  遥輝の顔は、まるで何も特別なことを言っていないように、穏やかだった。
「な、なに、それ。今さら、そんな……」
 頬を染めた希が、思わず顔をそむける。



「……そうやって、軽々しく“好き”とか言わないでよ」
 希の声は震えていた。
  だけど、それは怒りではなく、自分でも持て余している感情の揺れだった。
 遥輝は、しばらく黙って希の横顔を見つめていた。
「軽々しく言ったつもりはないよ。でも、誤解させたならごめん」
「……わかってる。あんたがそういうこと、冗談で言うタイプじゃないのも。でも……」
「でも?」
「……怖いんだよ」
 希は、やっとの思いで本音を口にした。
「みんながあんなふうに変わっていくのを見て、嬉しかった。でも、自分だけ……その場で何もできなくて、ずっと、取り残された感じがしてた」
「……」
「だから、遥輝の“好き”が、今この空気のせいだったら、って思うと……信じるのが怖くなる」
 遥輝は小さく笑った。
  けれど、それは茶化す笑いではなく、あたたかい肯定のような微笑だった。
「そっか。なら、無理に信じなくてもいい。だけど、今日のこの“夏空の下”で言ったことは、嘘じゃないよ」
 その瞬間、風が吹き抜け、希の髪がふわりと舞った。
  空は、まるで初夏の午後そのもののように澄み渡っている。
「……ずるい。そういうとこ、ほんとずるい」
 そう言いながらも、希の頬には柔らかな笑みが浮かんでいた。
  やっと、今の自分も、この空気の中に溶け込めた気がした。
 その時、バスのクラクションが軽く鳴った。
  出発の時間だった。
「そろそろ戻ろうか」
「……うん」
 二人はゆっくりと立ち上がり、肩を並べて坂道を下っていく。
 そのとき、不意に、希がつぶやく。
「ねえ、手……つないでみる?」
 遥輝は驚いたように彼女を見るが、希は前を向いたまま、そっと右手を差し出していた。



 遥輝は、少しだけ戸惑ったように希の差し出された手を見つめた。
  だが次の瞬間には、迷いなくその手を取っていた。
 希の手は、思ったよりも小さく、だけどしっかりと熱を帯びていた。
「……ありがと」
 希がぽつりとつぶやく。
「こっちの台詞だよ。俺、ずっと、こういうのを待ってたのかも」
 手をつなぎながら歩く二人の後ろで、木々がざわめき、蝉の声が響く。
  まるで二人の心情をそっと祝福してくれているかのように。
 バスへと続く坂道の途中で、ふいに希が立ち止まる。
「……あのさ、私、たぶんこれからもイライラすると思うし、素直にもなれない時あると思う」
「うん、知ってる」
 遥輝は即答し、にやりと笑ってみせた。
「それでも一緒にいたいって思うなら、あんた、相当物好きだよ?」
「うん。俺、物好きだから」
 希は思わず吹き出した。
「バカじゃないの」
「うん、バカだよ」
 二人の笑い声が、緑の中に溶けていく。
 やがてバスの前までたどり着くと、真緒と百合香がこちらに手を振っていた。
「おーい! 早く乗って!」
「出発するよー!」
 他のメンバーもみんな集まっていて、すでに席についている者もいる。
  その全員の顔に、昨日までにはなかった“柔らかい自信”があった。
 遥輝と希は最後にバスへ乗り込み、空いていた並びの席に腰を下ろす。
  エンジンがかかり、車体がゆっくりと動き出す。
「……これで、また文化祭に向けてリスタートって感じだな」
「うん。……私も、ちゃんと向き合ってみるよ。これから」
 窓の外に広がる夏空は、どこまでも青く澄んでいた。
  新しい気持ちで踏み出した“二人の手”が、離れることはなかった。
(第14話 完)
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