文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

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第15話「俊介の裏取引」

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 八月最初の金曜日。蝉の鳴き声が容赦なく降り注ぐ午後、俊介は制服を脱ぎ捨て、私服姿で人気のない駅前カフェの扉を押した。
  中は冷房がよく効いていて、額に浮いた汗が一気に引いていく。
「……約束の時間ぴったりか」
 俊介は奥のボックス席を見やりながら、慎重に店内を見回す。
  誰にも気づかれたくなかった。今日のやり取りは、表立って歓迎されるものではない。
 その席には、四十代ほどのスーツ姿の男性が先に座っていた。ノートパソコンを開いており、見るからにビジネスマンといった風貌だ。
「藤崎俊介くんだね?」
「……はい。お待たせしました」
 俊介は一礼しながら対面に座る。
  すぐに店員がやってきて、二人ともアイスコーヒーを注文した。
「で、本題に入るけど」
 スーツの男は、口元に笑みを浮かべながら、画面を俊介に向けた。
  そこには、企業ロゴと「特別協賛企画書」の文字が並ぶPDFが表示されていた。
「この企画、通せば十万円の支援金が出る。高校の文化祭じゃ破格だよ」
「……そのかわり、ブースに商品PRスペースを用意しろってことですよね?」
「話が早い。場所と回線さえ確保できれば、あとは全部こちらで用意する」
 俊介は腕を組み、少し考え込んだ。
 委員会にはまだ伝えていない。
  だが、この企画がうまくいけば、機材費も広告も、苦労していた予算面が一気に解決する。
  何より、今の俊介にとっては――“自分の手で文化祭を変える”チャンスだった。
「……それ、俺一人の決定でもいいんですか?」
「もちろん。実行委員長の権限で契約できるって話だろ?」
「俺、副委員長です」
「関係ない。名前が表に出ないなら、誰が動かしても一緒だよ」
 男は笑って言ったが、俊介の表情は曇ったままだった。
  カフェの冷房は効いているはずなのに、額に再びうっすらと汗がにじんでくる。



「……わかりました。引き受けます」
 俊介は静かに言った。男は満足そうに笑い、ノートパソコンからUSBメモリを取り出して手渡す。
「ここに企画書の詳細と、当日までの手順が入ってる。君が動くなら、来週中には会場図面とタイムスケジュールを提出してくれ」
「了解です。……ただ、あくまで“目立たない範囲で”お願いします。文化祭の主役はあくまで生徒なんで」
「任せとけ。こっちも、そのへんのバランスは熟知してるから」
 そう言って、男はコーヒーを飲み干すと、無造作に席を立った。
  俊介は彼を見送るでもなく、テーブルに残されたUSBをじっと見つめた。
 高校生の手には余る――そんな言葉が脳裏をよぎる。
  だが、俊介はそれを振り払うように、ポケットからスマホを取り出し、スケジュールアプリを開いた。
(やれる。やるしかない。ここで結果を出せば、俺の立場は強くなる)
 あの夜のキャンドルの灯りの下で誓った「チームとしての再スタート」。
  でも、俊介は――その輪の中で、自分だけが“演じていた”ことを誰よりも自覚していた。
 彼の本心は、いつも「勝つこと」「認めさせること」に縛られていた。
  弱さを晒し、ぶつかり合い、涙を流して絆を深め合う――そういうやり方は、自分には不向きだと、割り切っていた。
 それよりも、黙って成果を出すこと。
  それが、俊介にとっての“信頼の取り方”だった。
「これでいい。……俺は俺のやり方で」
 彼はコーヒーを一口飲み干し、目を細めた。
 夏の太陽が窓の向こうに広がっている。
  だけど、その光は、俊介の中でどこか冷たく感じられていた。



 カフェを出た俊介は、駅前の喧騒の中を歩きながら、自分の中にわき上がる妙な焦燥感に気づいていた。
 契約をまとめた安堵と、誰にも言えない後ろめたさ――
  それが入り混じり、心がざわざわと落ち着かない。
 ポケットの中でUSBが存在を主張していた。
  金銭と引き換えに、自分たちの文化祭に“企業のロゴ”が貼られることになる。
 でも、予算が足りないのも事実。
  他の誰かが黙って動かなければ、当日になって機材が足りない、装飾が貧弱だと不満が噴き出す。
  ……だからこれは、必要な“手段”なんだ。
「……言わない方がいいよな、やっぱり」
 つぶやいた声は、夏の風にかき消された。
 そのとき――
「俊介?」
 背後からかけられた声に、俊介の背筋が一瞬凍った。
  振り返ると、そこには優作が立っていた。手には買い物袋、額には軽く汗が浮いている。
「ここで何してたの? 珍しいな、あんたが一人でこんな場所うろついてるの」
「……いや、ちょっと買い物」
 自然を装って応じる俊介の声は、どこか硬かった。
  だが優作はそれに気づいているのかいないのか、にこりともせずまっすぐ俊介を見て言った。
「さっき、スーツの人と出てきたよな。あれ、文化祭の関係者?」
 俊介の心臓がドクンと鳴った。
  一瞬、言い訳を探したが、すぐに諦めた。
「関係ない。部外者だよ。ただの通りすがり」
「ふぅん……まぁ、いいけどさ。お前のこと、結構信用してる人多いよ。特に、亮汰とか希とか。……変なことしてたら、俺は止めるからな」
 優作の言葉は決して脅しではなく、あくまで“ルール”としての宣言だった。
  そしてそのルールは、俊介が最も苦手とする“目に見えない正義”だった。
「……ありがと、忠告」
 俊介は、皮肉のように笑って返し、優作に背を向ける。
(言わなきゃ、バレない。……たぶん)
 彼の足は、帰宅の方向ではなく、学校の方向へと向かっていた。
 ポケットにあるUSBが、だんだんと重くなる――
  俊介はそれを無視しながら、ただ前を向いて歩いた。
(第15話 完)
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