文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

文字の大きさ
16 / 26

第16話「百合香の声、届かず」

しおりを挟む
 八月五日、火曜日の早朝。
  まだ蝉の鳴き声もまばらな時間帯、校門前にひとりの女子生徒が立っていた。
 百合香は、きっちりと整えた制服に白いハンドバッグを提げ、きょろきょろと誰かを探すように首を回す。
  時間は午前七時五分。集合には少し早い。
 しかし彼女にとって、その五分は“絶対”だった。
「……来た」
 向こうから、手をポケットにつっこんだ男子生徒がのんびりと歩いてくる。
 亮汰だった。髪は寝癖まじりで、制服も第一ボタンが外れている。
  彼は欠伸をひとつしてから、手を軽く挙げた。
「朝っぱらから、どうしたの? まさか待ってたの?」
「当然でしょ。今日の文化祭進行会議、午後にあるじゃない。……その前に、提案したいことがあるの」
「へえ、真面目だね。朝からプラン出し?」
 亮汰は小さく笑って言うが、百合香の表情は一切崩れなかった。
  それどころか、鞄から取り出した資料をすっと差し出す。
「夜のフィナーレ。花火が中止になった場合の代替案――LEDランタンの演出。予算もリスクも抑えられるし、片付けも簡単」
 亮汰は受け取らず、資料を一瞥しただけで言った。
「それ、前に一度却下されたよね? “地味すぎる”って」
「でも、あのときと違って、今はスポンサー問題でバタついてる。……派手な演出より、安全で確実な演出が必要なの」
 百合香の声は明確だった。
  しかし、亮汰は目を逸らすようにして、石畳を見つめる。
「俺、もう一回花火案で押してみるつもりなんだよ。今さら路線変更は、逆に不信感を生む」
「不信感って何? 誰が?」
「……まあ、いろいろ。俺なりに考えてんの。今さら方向転換したら“逃げた”って言われるかもしんないしさ」
 百合香の顔が少しだけ険しくなる。
  言い訳にしか聞こえない。そう思ってしまった自分に対して、反射的に言葉が強くなる。
「誰かに言われることを恐れて、全体の成功を犠牲にするの? 亮汰くん、それって“責任”から逃げてるだけじゃない?」
 その一言に、亮汰の口元の笑みがすっと消える。



 亮汰は視線を逸らしたまま、小さくため息をついた。
「そっちの案が正しいのかもしれない。でもさ、俺は……そう簡単に切り替えられないんだよ。花火って、俺にとって“賭け”だったからさ」
「賭け?」
「ああ。みんなのテンションを爆上げするインパクト。『亮汰、やっぱ持ってるな』って思わせたかった。……正直、今さら無難な案に乗り換えるの、かっこ悪くて」
 その言葉に、百合香の胸がズキリと痛んだ。
  この人は、ずっとそうだった。要領よく振る舞いながらも、どこかで“認められたい”ともがいている。
  そしてその不安が、彼を焦らせている。
 百合香は深呼吸をひとつし、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「私ね、別に“無難”な案を押してるわけじゃない。みんなで成功を分かち合える案を提案してるの。派手さとか、誰が目立つとか、そんなのは後でいいの」
「それが正論ってのは、わかってる。でも……百合香はさ、ちょっと理想高すぎんだよ」
 亮汰の声は静かだったが、どこか棘を含んでいた。
  百合香は一瞬、言葉を失う。
「完璧を求めすぎてる。正論だけじゃ、人は動かないってこともあるんだよ」
 沈黙が流れた。
  蝉の鳴き声が、ようやく本格的に響き始めた。
「……そっか。じゃあ、もうこれ以上は言わない。でも、私の案はちゃんと資料にしておくから。今日の会議でも出す」
「好きにすれば」
 そう言って、亮汰は背を向けた。
 その背中に、百合香は声をかけなかった。
  彼女の手には、握りしめられたままの提案書があった。折り目がついてしまった表紙が、少しだけ歪んで見える。
(届かない声って、こういうことなんだ)
 百合香は、胸の奥でそう呟いた。
 でも、それでも――彼女は止まらない。
  誠実に、まっすぐに、伝えるべき言葉を貫く。それが、彼女の選んだ“やり方”だった。



 昼休みの生徒会室は、いつもよりもざわついていた。
 文化祭実行委員のメンバーが全員揃い、資料を広げながらそれぞれ意見を交わしていたが、誰もがどこか様子をうかがっている。
  俊介が発言すれば、優作が睨み、志歩が口を挟めば真緒が軽くたしなめる。
  気づけば、ここ最近、話し合いは“戦場”に近くなっていた。
 そんな中、百合香が静かに手を挙げた。
「代替案として、LEDランタンの演出を再提案します。理由は三つあります。一つ、雨天決行が可能であること。二つ、安全性が高いこと。三つ、全員参加型の演出が可能であることです」
 真緒が「おっ」と小声で反応し、志歩が「いいじゃん」と呟いたが――
「それ、地味すぎるって話、前にしたよな?」
 亮汰の声が静かに割り込んだ。
 百合香は瞬きもせず、彼の視線を受け止める。
「私は、“安全”と“全員が主役”という価値を大事にしたいの。花火は美しいけど、一方的に“見る”演出。でもランタンなら、ひとりひとりが“灯す”側になれる」
 俊介が興味深そうに腕を組み、優作は黙って資料に目を通している。
  だが、亮汰の反応は変わらなかった。
「……わかった。でも、俺は花火案を押す。委員会として採決するなら従うよ」
 その場は沈黙になり、最終判断は委員長の遥輝へと託された。
  しかし遥輝は「次回までに全案検討する」とだけ穏やかに言い、議論は棚上げとなった。
 会議後、教室へ戻る廊下で、希がそっと百合香に声をかけた。
「いい案だったよ。私、ランタン、きれいだと思う。……でも、なんであんなに冷静でいられるの?」
 百合香は立ち止まり、少しだけ笑った。
「感情をぶつけるより、考えを伝える方が好きだから。……届くまで、何度でも言うだけ」
 その言葉に、希は一瞬だけ目を伏せ、それから笑った。
「強いね、百合香って。……ちょっと、うらやましいかも」
 百合香はその言葉に、照れるでもなく、ただまっすぐ前を見て言った。
「強いんじゃなくて、正直なだけ。……でも、ありがとう」
 夏の終わりが近づく。
  誰かの声が届くには、もう少しだけ時間が必要だった。
(第16話 完)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?

待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。 けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た! ……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね? 何もかも、私の勘違いだよね? 信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?! 【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

マジカル・ミッション

碧月あめり
児童書・童話
 小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。

影隠しの森へ ~あの夏の七日間~

橘 弥久莉
児童書・童話
 小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。 幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、 大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目 があって前を向けずにいた。 そんなある日、八尋はふとしたきっかけで 入ってはいけないと言われている『影隠しの 森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、 奥山から山神様が降りてくるという禁断の森 で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。  神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気 持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存 在価値すらあやうくなってしまうもの。再び 影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す ため仲間と奮闘することになって……。  初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品 ※この物語はフィクションです。作中に登場 する人物、及び団体は実在しません。 ※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から お借りしています。

処理中です...