文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

文字の大きさ
18 / 26

第18話「希の涙」

しおりを挟む
 九月七日、日曜日。陽が落ちかけた河川敷に、オレンジ色の光が伸びている。
 遥輝は、ベンチの端に腰掛けていた。
  足元ではスニーカーのつま先が、土をかすかに蹴っている。
  その隣に、肩を落としながら座っているのは希だった。
 話しかけるべきか、黙って寄り添うべきか。
  遥輝はその選択を見極めるように、希の表情をちらと伺った。
「……で?」
 先に沈黙を破ったのは、意外にも希だった。
  口調はいつもよりトゲがあったが、どこか空回っているようにも聞こえる。
「私、八つ当たりしてるってわかってる。でも言わせて」
「うん」
「……なんで、いつもあんたは、何もかも“ちゃんと”できるの?」
 希の声は低かったが、切実だった。
「会議でも、亮汰に対して怒るわけでもなく、優作にも合わせて、真緒の提案には即うなずく。……あたしには、あんなの無理」
 その声の端が、震えていた。
  遥輝は答えず、ただ静かに彼女の言葉を待った。
「……あたしね、昔から“人とぶつかる”のが苦手だった。すぐイラッとして、言い返して、で、また自己嫌悪してさ。今回もそう。亮汰のことだって、百合香のことだって、真緒のことだって……みんな、うまくやってるのに」
「希」
 遥輝が静かに口を開くと、希は顔をそむけた。
  そして次の瞬間、その横顔に涙がひとすじ、流れ落ちた。
「やだ……泣きたくなんかないのに」
 自分で顔を覆いながら、希はかすかに嗚咽した。



 遥輝は立ち上がりもせず、肩をすくめたりもしなかった。ただ、そっとポケットからハンカチを取り出すと、希の膝の上に置いた。
 希はそれを見て、小さく息を吸った。
  しかし、顔を拭く代わりに、目をぎゅっと閉じたまま言った。
「……ずるいよ、あんた。そんなふうに優しくされたら……こっちが、情けなくなるじゃん……」
 言葉の端がにじんで、声が震える。
  遥輝は黙ったまま、彼女の隣に座り直した。
 そして、少し迷ってから、口を開く。
「希。僕だって、ちゃんとなんてできてないよ」
「は?」
「……怖いもん。間違えたらどうしようって。誰かに否定されたらって。……それでも、笑ってるのは、ただのクセ。ごまかしてるだけだよ」
 希はようやく顔を上げた。
  頬は涙で濡れていたが、目にははっきりと怒りと困惑が浮かんでいた。
「……それ、今言う? あんたが今までどれだけ完璧に見えてたか、わかってる? それ聞かされたら、余計……」
 そこまで言って、彼女は言葉を止めた。
  視線が、遥輝の膝に落ちたまま、小さくふるえる。
「……余計に、自分が小さく見える」
 遥輝はそれを否定しなかった。
  ただ、両手を軽く膝に乗せ、真っ直ぐな声で言った。
「僕にとっての“頼れる人”は、希なんだよ」
 希は驚いた顔をした。
  遥輝は、真剣なまま続けた。
「どんなときでも、感情をごまかさないでぶつかってくれる。言いたいことを言ってくれる。自分で限界を見極めて、後ろに下がることもできる」
「……あたし、そんな器用じゃない」
「器用かどうかじゃない。――それが、希の“強さ”なんだよ」
 希の肩が、かすかに揺れた。
  その表情が、怒りから戸惑いに変わり、そして――沈黙の中で、再び涙が溢れ出した。



 遥輝の声は、決して大きくはなかった。
  けれどその響きは、風に流されず、確かに希の胸の奥へ届いていた。
 希は、涙を拭おうとして、手が震えた。
  ハンカチを握りしめたまま、声を絞る。
「……それでも、あたし、自信なんか持てないよ」
「持たなくていいよ」
 遥輝の言葉は、あまりにもあっさりしていて、希はまたぽかんとした顔になった。
「え?」
「自信って、持つもんじゃなくて、育てるもんだと思ってる」
 それは、遥輝が誰にも語ったことのない、自分自身の哲学だった。
  希が黙り込むと、彼はそっと微笑んで、足元の河原の石を蹴った。
「今日だって、僕は何もできなかった。ただ隣にいることしか」
「……それで十分だった」
 思わず出た希の言葉に、遥輝の目がわずかに見開かれた。
 ふいに風が吹き、希の髪がふわりと舞った。
  その髪の隙間から覗いた彼女の瞳は、赤く泣き腫れていたが、確かに笑っていた。
「もうちょっとだけ、頑張ってみる。……あたしのやり方で」
 その一言は、どんな励ましよりも力強かった。
 遥輝は、ゆっくりと立ち上がる。
  そして、希に手を差し伸べた。
「帰ろうか」
「うん」
 希はその手を握った。指先がまだ少し冷えていたが、そこには迷いがなかった。
 西の空では、沈みかけた夕日が二人をオレンジ色に染めていた。
  手をつないだまま、二人はゆっくりと河川敷を歩き出す。すぐ隣には、変わらない風景。けれど、心の中には、確かな変化が芽生えていた。
 涙のあとに、初めて知った優しさがある。
  そして、言葉にできない想いが、手のひらの温度となって、そっと伝わっていった。
―――
※第18話 完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます! ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。 小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。 結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。 だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。 知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。 苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。 いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。 「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」 結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか? そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか? 思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

処理中です...