文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

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第19話「志歩、駆ける」

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 朝の陸上トラックには、まだ夏の名残があった。
  グラウンドに立ちこめる土と芝の匂い、うっすらと白く煙る朝靄の向こうに、ひとりの少女が立っていた。
 志歩は呼吸を整え、足元に目をやった。
  今日こそは最後まで走り切る。それだけを胸に決めていた。
「志歩、来てたのか」
 背後から聞き慣れた声が響く。
  優作だった。いつものように髪は整えられ、Tシャツと短パン姿も無駄がない。
「朝練、見張り役?」
「いや、見届け役だ。お前、やるって言ったからな」
 志歩は苦笑した。
  成長に貪欲である自分と、面倒くさがりな自分。そのせめぎあいに、いつも負けそうになる。
「五キロ、走る。って決めたけど……昨日の時点で、二・八。誤差じゃ済まないよね」
「誤差って言葉、便利に使うな」
「だって、あと二キロちょっとが、すごく遠いんだもん」
 志歩は靴紐をぎゅっと締め直す。
  指が少し震えているのを、隠すように笑った。
「今日、逃げたら、もう走れなくなる気がして」
「……その予感は、大事にしろ」
 優作の声は静かで、けれど、芯が通っていた。
  志歩は彼の横を通り過ぎ、スタートラインに立った。
「ラップ、測ってくれる?」
「ああ、もちろん。最後まで走り切れたら、俺から何かひとつご褒美やる」
「え、それ何それ、超プレッシャー。しかもそういうの、ちゃんと覚えてるタイプでしょ」
「ルールは守る。それが俺の信条だからな」
 志歩は吹き出した。
  心の中にあった重たいものが、少しだけ軽くなる。
 グラウンドの向こうに、朝日が差し込みはじめていた。
  志歩は深呼吸をひとつ。――そして、走り出した。



 一周、二周、三周――。
 志歩のスニーカーが土を蹴るたび、乾いた音が規則正しく響く。息がすでに上がりはじめているのは、スタート直後からペースをやや上げすぎたからだ。
 でも、止まりたくなかった。
 途中で歩いたって誰も責めない、そう分かっている。だけど、今日は違う。
 委員会で何度も途中放棄しそうになって、そのたびに周りに助けられた。
  真緒や百合香が前向きな言葉をかけてくれたこと。優作が資料の整理を黙々と引き受けていたこと。希が意地を張りながらも全体のバランスを気にしていたこと。遥輝が一度も誰かを否定しなかったこと――全部、思い出していた。
「四周!」
 優作の声が遠くで響く。
「あと三周……!」
 志歩は肩で息をしながら、腕を振る。
  太ももが鉛のように重たい。でも、今までと違って足は止まらない。
(変わりたい。甘えたままでいたくない)
 志歩は、ぐっと唇を噛んだ。
  脳裏に浮かぶのは、あの資料室で亮汰に責任をなすりつけられた瞬間――悔しくてたまらなかった。
 でも、今なら言える。
  自分は逃げない。自分で走るって決めたから、最後まで走りきるって。
 五周目、顔に汗が流れ落ちる。六周目、視界がにじんだ。
「あと一周だ!」
 優作の声に、志歩は答えるように大きく頷いた。
 呼吸は乱れ、足もふらついている。でも、最後の直線、志歩は力を振り絞った。
 ――そして、七周目のゴールラインを踏み越えた瞬間。
 その場に膝をつき、両手を地面についた。
「……はーっ……しんど……っ……でも」
 顔をあげると、そこに優作が立っていた。
  ストップウォッチを持ちながら、いつも通りの無表情。
「……完走、確認。おつかれ」
「うっわ、笑いなよ! 褒めてよ!」
「褒めたつもりだったが」
「いや、それはないって!」
 志歩は思わず吹き出し、息を吸って笑いながら、地面に寝転んだ。
 空がやけに高く見える。泣きそうなほど、清々しかった。



 しばらく寝転んだままの志歩に、優作が黙って水のボトルを差し出した。
「飲んどけ。脱水になる」
「ありがと……」
 ボトルを受け取り、ぬるくなった水を一気に流し込むと、胸の奥がじんわり熱くなった。
「なあ、優作」
「ん?」
「アタシさ……変われたかな?」
 問いかけた声は、かすれていた。恥ずかしい質問だとわかっていて、それでも聞いてみたかった。
 優作は空を見上げ、ぽつりと答える。
「変わったかどうかじゃない。やるって決めて、やったんだ。――そこが大事だ」
 志歩は目を見開いた。
  堅物な彼から出たその言葉は、どんな褒め言葉よりも胸に染みた。
 ふと、校舎の方から声が聞こえる。
「おーい! 志歩ー! 走ったって聞いたぞー!」
 駆けてくる真緒と百合香。後ろから亮汰と俊介も見える。
「どうせ途中でバテたんでしょー?」
「いや、七周完走してたぞ。今、タイムまとめてきた」
 優作の報告に、真緒と百合香の目が丸くなる。
「すごっ……志歩、本当に?」
「……やればできるんです、私」
 胸を張って言うと、みんなからどっと笑い声が上がった。
 それが嬉しくて、志歩も思わず照れ笑いを浮かべる。
 亮汰が半ばふざけ気味に「じゃあ、次は委員会タスク全部押しつけても大丈夫だな」と言った時には、真緒と百合香から一斉にノートで叩かれていた。
 俊介が「……ま、ちゃんと走った姿は見たし。次の配置、任せてもいいよな?」とつぶやくと、志歩は「任されましたー!」と腕を突き上げた。
 ――空は高く、夏の終わりが近づいている。
 でも、志歩の心は今、これ以上ないくらい熱かった。
 この日、志歩はほんの少し、自分を好きになった。
(第19話 完)
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