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第20話「文化祭前夜、再び停電」
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10月3日(金)午後7時。桜陽高校の校舎に、文化祭の熱気が静かに渦巻いていた。
明日が本番。全員が心のどこかでざわつきを感じながらも、黙々と準備に打ち込んでいた。
体育館では、最後の舞台チェックが行われている。照明の調整、音響のリハーサル、幕の開閉のタイミング。誰もがそれぞれの役目を真剣にこなしていた。
「よし、次はバンドのマイク入れ替えだな。俊介、ステージ裏からケーブル頼む」
「はいはい、了解~」
俊介は肩を回しながら裏手に回った。薄暗い廊下を進み、機材室の鍵を開ける。鍵はすでに少し曲がっていて、開けるのにひと苦労だった。
「マジでこの機材室、文化財かっての」
ぼやきながら扉を開けた瞬間、ブツッ、と音がした。
――そして、世界が真っ暗になった。
体育館のメイン照明が一斉に落ち、天井のスピーカーからも何の音もしなくなった。
「……え? え、停電?」
誰かの声が闇に響く。
「待って、ちょ、何も見えない!」
ざわざわと走り出す足音、手探りで携帯を探す音、誰かの悲鳴。混乱の渦が、まるで地中からせり上がるように広がっていく。
「落ち着け! スマホのライト使え!」
遥輝の声が、反響する体育館の闇に力強く響いた。
すぐさまいくつかのスマートフォンが点灯し、ぼんやりとした光があちこちで灯る。
「ブレーカーが落ちた……? でも、校舎の方もだな。これ、ただの電気トラブルじゃないぞ」
真緒が眉を寄せ、遥輝の隣でメモ帳をめくっている。
「時間は……19時02分。停電、範囲不明、原因不明……」
志歩が足元で絆創膏の箱を探しながら、ぽつりとつぶやいた。
そのとき、優作が走りこんできた。
「中庭も校舎も、全部真っ暗だった。多分、校内全体が落ちてる。……外灯も死んでる」
「え、じゃあ……グラウンドも?」
「非常灯だけだ」
場が静まった。何十人もが、ライトの薄明かりの中で不安そうに顔を見合わせる。
その沈黙を破ったのは――
「どうするよ、これ。明日、本番だぜ?」
亮汰だった。
亮汰の言葉が、薄暗い体育館の空気に落ちる。
「……誰がどうにかしてくれんの、これ? 停電って、マジで明日潰れるんじゃね?」
周囲がざわつきはじめる。目の前の不安に、言葉を失っている者もいれば、スマホでどうにか情報を集めようとする者もいた。
希は、照明の落ちた天井を見上げてから、ポケットのスマホを強く握りしめた。
——またか。なんで、いちばん大事なときに。
胸の奥が、ざらざらとした焦りで満たされる。けれど、彼女の横で、一人だけ、まるで何事もなかったかのように落ち着いている姿があった。
遥輝だった。
スマホのライトを舞台袖に向けると、スタッフ用のホワイトボードを引っ張り出し、さっとペンを走らせる。
「優作、理科室の非常電源確認頼む。志歩、家庭科室と保健室を回って。真緒、舞台まわりの安全確保お願い。希……」
「……なに」
「一緒に来て。音響と照明のチェック、段取り優先で再編する」
「……了解」
希は短く答えて、遥輝と並んで動き出す。歩きながら、どこか遠い気持ちになった。
──この人、なんでこんなときでも冷静なんだろう。
イライラする。でも、頼りたくなる。自分のなかのちぐはぐが、胸の奥でぶつかりあっていた。
「……希」
「え?」
「ありがとう。動いてくれて」
ふと、横からそう声をかけられた。彼の声は、いつもより少し低くて、やわらかかった。
「別に、アンタに言われなくてもやるし」
「うん、それはわかってる。でも、言いたかったから」
希は、それ以上なにも言えなかった。真っ暗な廊下を歩きながら、足元にだけ灯るスマホの光が、少しあたたかく感じられた。
やがて、校内放送室にたどり着く。
中は非常灯がぼんやりと点いていて、放送機材が無事なのを確認した優作がうなずいた。
「放送ラインは生きてる。非常用電源が切り替わったっぽい。マイクも試せるぞ」
「よし、じゃあ……」
遥輝は一つ深く息を吸い、マイクを手に取った。
「——全校のみんなへ。今、学校全体が停電していますが、実行委員会は明日の開催を中止する予定はありません」
放送室に響いたその言葉が、誰よりも自分自身への宣言のように感じられた。
遥輝の放送が、学校中に流れる。
「……すでに代替プランの検討と、安全確保のための配置変更に動いています。全員、持ち場に戻ってください。実行委員は体育館に集合」
その静かな声が、あわただしく動き始めた校舎の中で、一つの灯のように作用していく。
希は横で、放送を終えた遥輝の表情を見つめていた。
——さっきまで普通に笑ってたのに。
今の遥輝の横顔には、張りつめたものがあった。誰よりも冷静に見えるくせに、きっと誰よりも負荷を抱えている。
「……あんたさ、もっと誰かに頼ったら?」
「頼ってるよ。みんなに」
「そうじゃなくて、もっと……弱音とか、吐いてもいいって意味」
「そうだね。今は、そのタイミングじゃないけど」
それは、遥輝の優しさなのか、あるいは頑固さなのか。けれど、希はなんとなくそれを責める気にはなれなかった。
「じゃあ、終わったら聞かせてよ。あんたの弱音」
ぽつりと呟くように告げた彼女の言葉に、遥輝はようやく笑みを戻した。
「うん、終わったら聞いて。とびきり情けないやつ」
その言葉に、希もふっと笑ってしまう。
やがて、生徒たちが再び体育館へ集まりはじめた。ブレーカーを確認した俊介が戻ってきて、肩をすくめながら報告する。
「主電源、完全にやられてた。応急で非常電源に繋いだけど、体育館の照明は復旧無理」
「だったら、構わない。教室ステージと展示に分散しよう」
遥輝がホワイトボードを片手に、再び全体配置を見直す。クラス展示と実行委員企画を統合し、照明が確保されている場所へ集中させる方針だった。
「この再編プラン、たった30分で出したのかよ……」
亮汰がつぶやいた。どこかで、自分のミスや責任逃れを遥輝が黙って吸収していることを感じていた。
真緒が笑う。
「そういうとこだよ、亮汰。あんたも、見習いなって」
「言われなくても……うるせぇ」
小さなやり取りの中に、ひび割れた関係の継ぎ目が、ほんの少しずつ戻っていく気配があった。
その夜、全員が配置確認と道具搬入に追われる中、希はふと空を見上げた。
月は薄曇りに隠れ、静かな夜が学校全体を包んでいた。
——明日、どんな文化祭になるんだろう。
彼女の胸に去来するのは、不安と期待の入り混じった感情。そして、遥輝と並んで歩いた廊下の感触が、まだ足元に残っていた。
その感触を、信じたいと思った。
停電の夜は、静かに、しかし確かに終わろうとしていた。
(第20話 了)
明日が本番。全員が心のどこかでざわつきを感じながらも、黙々と準備に打ち込んでいた。
体育館では、最後の舞台チェックが行われている。照明の調整、音響のリハーサル、幕の開閉のタイミング。誰もがそれぞれの役目を真剣にこなしていた。
「よし、次はバンドのマイク入れ替えだな。俊介、ステージ裏からケーブル頼む」
「はいはい、了解~」
俊介は肩を回しながら裏手に回った。薄暗い廊下を進み、機材室の鍵を開ける。鍵はすでに少し曲がっていて、開けるのにひと苦労だった。
「マジでこの機材室、文化財かっての」
ぼやきながら扉を開けた瞬間、ブツッ、と音がした。
――そして、世界が真っ暗になった。
体育館のメイン照明が一斉に落ち、天井のスピーカーからも何の音もしなくなった。
「……え? え、停電?」
誰かの声が闇に響く。
「待って、ちょ、何も見えない!」
ざわざわと走り出す足音、手探りで携帯を探す音、誰かの悲鳴。混乱の渦が、まるで地中からせり上がるように広がっていく。
「落ち着け! スマホのライト使え!」
遥輝の声が、反響する体育館の闇に力強く響いた。
すぐさまいくつかのスマートフォンが点灯し、ぼんやりとした光があちこちで灯る。
「ブレーカーが落ちた……? でも、校舎の方もだな。これ、ただの電気トラブルじゃないぞ」
真緒が眉を寄せ、遥輝の隣でメモ帳をめくっている。
「時間は……19時02分。停電、範囲不明、原因不明……」
志歩が足元で絆創膏の箱を探しながら、ぽつりとつぶやいた。
そのとき、優作が走りこんできた。
「中庭も校舎も、全部真っ暗だった。多分、校内全体が落ちてる。……外灯も死んでる」
「え、じゃあ……グラウンドも?」
「非常灯だけだ」
場が静まった。何十人もが、ライトの薄明かりの中で不安そうに顔を見合わせる。
その沈黙を破ったのは――
「どうするよ、これ。明日、本番だぜ?」
亮汰だった。
亮汰の言葉が、薄暗い体育館の空気に落ちる。
「……誰がどうにかしてくれんの、これ? 停電って、マジで明日潰れるんじゃね?」
周囲がざわつきはじめる。目の前の不安に、言葉を失っている者もいれば、スマホでどうにか情報を集めようとする者もいた。
希は、照明の落ちた天井を見上げてから、ポケットのスマホを強く握りしめた。
——またか。なんで、いちばん大事なときに。
胸の奥が、ざらざらとした焦りで満たされる。けれど、彼女の横で、一人だけ、まるで何事もなかったかのように落ち着いている姿があった。
遥輝だった。
スマホのライトを舞台袖に向けると、スタッフ用のホワイトボードを引っ張り出し、さっとペンを走らせる。
「優作、理科室の非常電源確認頼む。志歩、家庭科室と保健室を回って。真緒、舞台まわりの安全確保お願い。希……」
「……なに」
「一緒に来て。音響と照明のチェック、段取り優先で再編する」
「……了解」
希は短く答えて、遥輝と並んで動き出す。歩きながら、どこか遠い気持ちになった。
──この人、なんでこんなときでも冷静なんだろう。
イライラする。でも、頼りたくなる。自分のなかのちぐはぐが、胸の奥でぶつかりあっていた。
「……希」
「え?」
「ありがとう。動いてくれて」
ふと、横からそう声をかけられた。彼の声は、いつもより少し低くて、やわらかかった。
「別に、アンタに言われなくてもやるし」
「うん、それはわかってる。でも、言いたかったから」
希は、それ以上なにも言えなかった。真っ暗な廊下を歩きながら、足元にだけ灯るスマホの光が、少しあたたかく感じられた。
やがて、校内放送室にたどり着く。
中は非常灯がぼんやりと点いていて、放送機材が無事なのを確認した優作がうなずいた。
「放送ラインは生きてる。非常用電源が切り替わったっぽい。マイクも試せるぞ」
「よし、じゃあ……」
遥輝は一つ深く息を吸い、マイクを手に取った。
「——全校のみんなへ。今、学校全体が停電していますが、実行委員会は明日の開催を中止する予定はありません」
放送室に響いたその言葉が、誰よりも自分自身への宣言のように感じられた。
遥輝の放送が、学校中に流れる。
「……すでに代替プランの検討と、安全確保のための配置変更に動いています。全員、持ち場に戻ってください。実行委員は体育館に集合」
その静かな声が、あわただしく動き始めた校舎の中で、一つの灯のように作用していく。
希は横で、放送を終えた遥輝の表情を見つめていた。
——さっきまで普通に笑ってたのに。
今の遥輝の横顔には、張りつめたものがあった。誰よりも冷静に見えるくせに、きっと誰よりも負荷を抱えている。
「……あんたさ、もっと誰かに頼ったら?」
「頼ってるよ。みんなに」
「そうじゃなくて、もっと……弱音とか、吐いてもいいって意味」
「そうだね。今は、そのタイミングじゃないけど」
それは、遥輝の優しさなのか、あるいは頑固さなのか。けれど、希はなんとなくそれを責める気にはなれなかった。
「じゃあ、終わったら聞かせてよ。あんたの弱音」
ぽつりと呟くように告げた彼女の言葉に、遥輝はようやく笑みを戻した。
「うん、終わったら聞いて。とびきり情けないやつ」
その言葉に、希もふっと笑ってしまう。
やがて、生徒たちが再び体育館へ集まりはじめた。ブレーカーを確認した俊介が戻ってきて、肩をすくめながら報告する。
「主電源、完全にやられてた。応急で非常電源に繋いだけど、体育館の照明は復旧無理」
「だったら、構わない。教室ステージと展示に分散しよう」
遥輝がホワイトボードを片手に、再び全体配置を見直す。クラス展示と実行委員企画を統合し、照明が確保されている場所へ集中させる方針だった。
「この再編プラン、たった30分で出したのかよ……」
亮汰がつぶやいた。どこかで、自分のミスや責任逃れを遥輝が黙って吸収していることを感じていた。
真緒が笑う。
「そういうとこだよ、亮汰。あんたも、見習いなって」
「言われなくても……うるせぇ」
小さなやり取りの中に、ひび割れた関係の継ぎ目が、ほんの少しずつ戻っていく気配があった。
その夜、全員が配置確認と道具搬入に追われる中、希はふと空を見上げた。
月は薄曇りに隠れ、静かな夜が学校全体を包んでいた。
——明日、どんな文化祭になるんだろう。
彼女の胸に去来するのは、不安と期待の入り混じった感情。そして、遥輝と並んで歩いた廊下の感触が、まだ足元に残っていた。
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(第20話 了)
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