26 / 26
第26話「屋上の花火と本当の想い」
しおりを挟む
文化祭最終日、午後八時二十五分。
校庭でのランタンイベントが静かに終わりを迎え、生徒たちは余韻に浸りながら片付けや写真撮影に移っていた。
そんな中、希は屋上への階段をゆっくりと上っていた。手には、遥輝から手渡された一通のメモ。「最後、屋上で会おう」と書かれていたその文字は、いつも通りの優しい字だった。
扉を開けると、夜風がふっと髪を撫でた。
そこには、すでに遥輝がいた。校舎の縁にもたれ、校庭を見下ろしている。その背中はどこか頼もしく、けれど寂しそうにも見えた。
「……来たよ」
希の声に、遥輝がゆっくりと振り返る。彼の目が、まっすぐに希を見つめた。
「ありがとう。来てくれて」
「……なんで屋上なの? ロマンチック狙い?」
「違うよ。ただ、ここが最初だったから」
遥輝が指差したのは、文化祭準備が始まったばかりの春、雨宿りした屋上の隅。その時と同じ場所に、今日は月明かりが差し込んでいた。
「あのとき、希が屋上で泣きそうな顔してたのを見て、守りたいって思った。……気づいたら、好きになってた」
希の目が見開かれる。けれど、すぐに細められ、いつものようにふっと息を吐いた。
「ほんと、ずるいよ。そうやって、なんでも笑って言えるの」
そう言って、希は一歩、遥輝に近づいた。
風が吹く。二人の間を通り抜けたそれは、どこか背中を押すようでもあった。
「じゃあ言うよ。……あたしも、好き」
遥輝が驚いたように目を丸くした。けれど、すぐに笑う。
「……あ、怒った顔しないんだ」
「してほしいの?」
「いや、笑ってる希が一番、好きだなって思っただけ」
希が少し唇を尖らせ、でもすぐに目を細める。
「じゃあ……ずっと笑わせてよ。あたし、すぐ怒るからさ」
「了解」
二人が見つめ合うその瞬間、背後で「ゴンッ」と鈍い音がした。
「いってぇぇ……!誰だよこのタイミングで石段に躓くの!」
振り向くと、屋上扉から顔を出したのは亮汰だった。続けて真緒、百合香、優作、俊介、志歩がぞろぞろと登場する。
「え? 何? お邪魔だった?」
「バッカ、邪魔だなんてそんな……むしろグッジョブ?」
「……って、あれ?」
希があきれたように口を開く。
「まさかあんたたち……」
「うん。やるに決まってんじゃん、仕掛け花火」
真緒がにやりと笑い、手元のリモコンを掲げた。
「せーの!」
カチッ。
次の瞬間――
校庭の端から、いくつもの打ち上げ花火が一斉に夜空に咲いた。赤、青、金、緑。色とりどりの閃光が、真夜中の空を鮮やかに彩る。
屋上に響く歓声と笑い声。
その中心で、遥輝と希がふたり、見つめ合っていた。
遥輝が希の手を、そっと握る。
ぎこちなく、でも確かな温度を持って。
「この手、ずっと握ってていい?」
希は少しだけ目を細め、そして小さく頷いた。
「……許す。でも条件付き」
「条件?」
「たまには、あたしが怒ったらちゃんと謝って」
「え、怒るほうが悪いんじゃ……」
「ほら、今それ! そういうのが原因になるの!」
「わかった、ごめん」
二人の間に、笑いがこぼれる。屋上で咲く花火の光が、ふたりの顔を照らしていた。
その背後、亮汰たちは小さな打ち上げ花火を手分けして点火していた。
「おい、俊介!タイミング考えろっての!」
「だって、ちょっとくらい派手に行かないと映えないだろ」
「はいはい、バズり狙いは禁止な!」
真緒がツッコミを入れ、志歩はスマホを掲げて叫ぶ。
「はい! 記念撮影いきまーす!」
優作がそっと声をかける。
「フラッシュ禁止、花火が霞む」
「わかってるよ、もう。って、あんた撮影班じゃなかった?」
百合香が笑いながらシャッターを押す。
その瞬間、火花が夜空にひときわ大きく咲き、全員の顔が鮮やかに照らされた。
――誰もが、笑っていた。
誰かの涙も、誰かの怒りも、誰かの葛藤も。すべてがこの瞬間、ひとつの光景の中に収まっていた。
「ねぇ、遥輝」
花火を見上げながら、希がふと口を開いた。
「これ、最高の思い出になるね」
「うん。……でも、始まりでもある」
「え?」
遥輝がそっと希を見つめる。
「俺たち、ここからが本番だと思う。これから、もっとぶつかるかもしれない。でもさ――」
その言葉の続きを、希が先に言った。
「でも、それでも離れない」
遥輝は笑った。
「さすが副委員長。言いたいこと全部言ってくれる」
「言わせたんでしょうが」
ふたりは見つめ合い、やがてそっと唇を重ねた。
屋上にいた仲間たちから、自然と拍手が沸き起こる。
「わーっ! やったー!」
「うっわー青春だなぁ、あたしも誰かとしとけばよかった!」
「お前、誰に向けて言ってんだよ……」
「え、真緒?」
「ちょ、やめなさい!」
騒がしい声の中、花火は最後のひとつを空に打ち上げた。
夜空に咲いた、金色の輪。
それはまるで、彼ら八人の絆を象徴するように、静かに、そして力強く空に浮かんでいた。
――こうして、私立桜陽高等学校の文化祭は幕を閉じた。
でも、彼らの物語はここから続いていく。
信頼、葛藤、そして恋――すべてを胸に抱いて。
光の階段を昇った先にある未来を、
彼らは、きっと笑顔で歩いていくだろう。
(第26話 完)
(全話 完結)
校庭でのランタンイベントが静かに終わりを迎え、生徒たちは余韻に浸りながら片付けや写真撮影に移っていた。
そんな中、希は屋上への階段をゆっくりと上っていた。手には、遥輝から手渡された一通のメモ。「最後、屋上で会おう」と書かれていたその文字は、いつも通りの優しい字だった。
扉を開けると、夜風がふっと髪を撫でた。
そこには、すでに遥輝がいた。校舎の縁にもたれ、校庭を見下ろしている。その背中はどこか頼もしく、けれど寂しそうにも見えた。
「……来たよ」
希の声に、遥輝がゆっくりと振り返る。彼の目が、まっすぐに希を見つめた。
「ありがとう。来てくれて」
「……なんで屋上なの? ロマンチック狙い?」
「違うよ。ただ、ここが最初だったから」
遥輝が指差したのは、文化祭準備が始まったばかりの春、雨宿りした屋上の隅。その時と同じ場所に、今日は月明かりが差し込んでいた。
「あのとき、希が屋上で泣きそうな顔してたのを見て、守りたいって思った。……気づいたら、好きになってた」
希の目が見開かれる。けれど、すぐに細められ、いつものようにふっと息を吐いた。
「ほんと、ずるいよ。そうやって、なんでも笑って言えるの」
そう言って、希は一歩、遥輝に近づいた。
風が吹く。二人の間を通り抜けたそれは、どこか背中を押すようでもあった。
「じゃあ言うよ。……あたしも、好き」
遥輝が驚いたように目を丸くした。けれど、すぐに笑う。
「……あ、怒った顔しないんだ」
「してほしいの?」
「いや、笑ってる希が一番、好きだなって思っただけ」
希が少し唇を尖らせ、でもすぐに目を細める。
「じゃあ……ずっと笑わせてよ。あたし、すぐ怒るからさ」
「了解」
二人が見つめ合うその瞬間、背後で「ゴンッ」と鈍い音がした。
「いってぇぇ……!誰だよこのタイミングで石段に躓くの!」
振り向くと、屋上扉から顔を出したのは亮汰だった。続けて真緒、百合香、優作、俊介、志歩がぞろぞろと登場する。
「え? 何? お邪魔だった?」
「バッカ、邪魔だなんてそんな……むしろグッジョブ?」
「……って、あれ?」
希があきれたように口を開く。
「まさかあんたたち……」
「うん。やるに決まってんじゃん、仕掛け花火」
真緒がにやりと笑い、手元のリモコンを掲げた。
「せーの!」
カチッ。
次の瞬間――
校庭の端から、いくつもの打ち上げ花火が一斉に夜空に咲いた。赤、青、金、緑。色とりどりの閃光が、真夜中の空を鮮やかに彩る。
屋上に響く歓声と笑い声。
その中心で、遥輝と希がふたり、見つめ合っていた。
遥輝が希の手を、そっと握る。
ぎこちなく、でも確かな温度を持って。
「この手、ずっと握ってていい?」
希は少しだけ目を細め、そして小さく頷いた。
「……許す。でも条件付き」
「条件?」
「たまには、あたしが怒ったらちゃんと謝って」
「え、怒るほうが悪いんじゃ……」
「ほら、今それ! そういうのが原因になるの!」
「わかった、ごめん」
二人の間に、笑いがこぼれる。屋上で咲く花火の光が、ふたりの顔を照らしていた。
その背後、亮汰たちは小さな打ち上げ花火を手分けして点火していた。
「おい、俊介!タイミング考えろっての!」
「だって、ちょっとくらい派手に行かないと映えないだろ」
「はいはい、バズり狙いは禁止な!」
真緒がツッコミを入れ、志歩はスマホを掲げて叫ぶ。
「はい! 記念撮影いきまーす!」
優作がそっと声をかける。
「フラッシュ禁止、花火が霞む」
「わかってるよ、もう。って、あんた撮影班じゃなかった?」
百合香が笑いながらシャッターを押す。
その瞬間、火花が夜空にひときわ大きく咲き、全員の顔が鮮やかに照らされた。
――誰もが、笑っていた。
誰かの涙も、誰かの怒りも、誰かの葛藤も。すべてがこの瞬間、ひとつの光景の中に収まっていた。
「ねぇ、遥輝」
花火を見上げながら、希がふと口を開いた。
「これ、最高の思い出になるね」
「うん。……でも、始まりでもある」
「え?」
遥輝がそっと希を見つめる。
「俺たち、ここからが本番だと思う。これから、もっとぶつかるかもしれない。でもさ――」
その言葉の続きを、希が先に言った。
「でも、それでも離れない」
遥輝は笑った。
「さすが副委員長。言いたいこと全部言ってくれる」
「言わせたんでしょうが」
ふたりは見つめ合い、やがてそっと唇を重ねた。
屋上にいた仲間たちから、自然と拍手が沸き起こる。
「わーっ! やったー!」
「うっわー青春だなぁ、あたしも誰かとしとけばよかった!」
「お前、誰に向けて言ってんだよ……」
「え、真緒?」
「ちょ、やめなさい!」
騒がしい声の中、花火は最後のひとつを空に打ち上げた。
夜空に咲いた、金色の輪。
それはまるで、彼ら八人の絆を象徴するように、静かに、そして力強く空に浮かんでいた。
――こうして、私立桜陽高等学校の文化祭は幕を閉じた。
でも、彼らの物語はここから続いていく。
信頼、葛藤、そして恋――すべてを胸に抱いて。
光の階段を昇った先にある未来を、
彼らは、きっと笑顔で歩いていくだろう。
(第26話 完)
(全話 完結)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?
待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。
けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た!
……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね?
何もかも、私の勘違いだよね?
信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?!
【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
マジカル・ミッション
碧月あめり
児童書・童話
小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。
影隠しの森へ ~あの夏の七日間~
橘 弥久莉
児童書・童話
小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。
幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、
大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目
があって前を向けずにいた。
そんなある日、八尋はふとしたきっかけで
入ってはいけないと言われている『影隠しの
森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、
奥山から山神様が降りてくるという禁断の森
で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら
れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。
神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気
持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま
う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい
けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存
在価値すらあやうくなってしまうもの。再び
影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す
ため仲間と奮闘することになって……。
初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら
れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品
※この物語はフィクションです。作中に登場
する人物、及び団体は実在しません。
※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から
お借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる