文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

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第26話「屋上の花火と本当の想い」

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 文化祭最終日、午後八時二十五分。
  校庭でのランタンイベントが静かに終わりを迎え、生徒たちは余韻に浸りながら片付けや写真撮影に移っていた。
 そんな中、希は屋上への階段をゆっくりと上っていた。手には、遥輝から手渡された一通のメモ。「最後、屋上で会おう」と書かれていたその文字は、いつも通りの優しい字だった。
 扉を開けると、夜風がふっと髪を撫でた。
  そこには、すでに遥輝がいた。校舎の縁にもたれ、校庭を見下ろしている。その背中はどこか頼もしく、けれど寂しそうにも見えた。
「……来たよ」
 希の声に、遥輝がゆっくりと振り返る。彼の目が、まっすぐに希を見つめた。
「ありがとう。来てくれて」
「……なんで屋上なの? ロマンチック狙い?」
「違うよ。ただ、ここが最初だったから」
 遥輝が指差したのは、文化祭準備が始まったばかりの春、雨宿りした屋上の隅。その時と同じ場所に、今日は月明かりが差し込んでいた。
「あのとき、希が屋上で泣きそうな顔してたのを見て、守りたいって思った。……気づいたら、好きになってた」
 希の目が見開かれる。けれど、すぐに細められ、いつものようにふっと息を吐いた。
「ほんと、ずるいよ。そうやって、なんでも笑って言えるの」
 そう言って、希は一歩、遥輝に近づいた。
  風が吹く。二人の間を通り抜けたそれは、どこか背中を押すようでもあった。
「じゃあ言うよ。……あたしも、好き」
 遥輝が驚いたように目を丸くした。けれど、すぐに笑う。
「……あ、怒った顔しないんだ」
「してほしいの?」
「いや、笑ってる希が一番、好きだなって思っただけ」
 希が少し唇を尖らせ、でもすぐに目を細める。
「じゃあ……ずっと笑わせてよ。あたし、すぐ怒るからさ」
「了解」
 二人が見つめ合うその瞬間、背後で「ゴンッ」と鈍い音がした。
「いってぇぇ……!誰だよこのタイミングで石段に躓くの!」
 振り向くと、屋上扉から顔を出したのは亮汰だった。続けて真緒、百合香、優作、俊介、志歩がぞろぞろと登場する。
「え? 何? お邪魔だった?」
「バッカ、邪魔だなんてそんな……むしろグッジョブ?」
「……って、あれ?」
 希があきれたように口を開く。
「まさかあんたたち……」
「うん。やるに決まってんじゃん、仕掛け花火」
 真緒がにやりと笑い、手元のリモコンを掲げた。
「せーの!」
 カチッ。
 次の瞬間――
  校庭の端から、いくつもの打ち上げ花火が一斉に夜空に咲いた。赤、青、金、緑。色とりどりの閃光が、真夜中の空を鮮やかに彩る。
 屋上に響く歓声と笑い声。
  その中心で、遥輝と希がふたり、見つめ合っていた。



 遥輝が希の手を、そっと握る。
  ぎこちなく、でも確かな温度を持って。
「この手、ずっと握ってていい?」
 希は少しだけ目を細め、そして小さく頷いた。
「……許す。でも条件付き」
「条件?」
「たまには、あたしが怒ったらちゃんと謝って」
「え、怒るほうが悪いんじゃ……」
「ほら、今それ! そういうのが原因になるの!」
「わかった、ごめん」
 二人の間に、笑いがこぼれる。屋上で咲く花火の光が、ふたりの顔を照らしていた。
 その背後、亮汰たちは小さな打ち上げ花火を手分けして点火していた。
「おい、俊介!タイミング考えろっての!」
「だって、ちょっとくらい派手に行かないと映えないだろ」
「はいはい、バズり狙いは禁止な!」
 真緒がツッコミを入れ、志歩はスマホを掲げて叫ぶ。
「はい! 記念撮影いきまーす!」
 優作がそっと声をかける。
「フラッシュ禁止、花火が霞む」
「わかってるよ、もう。って、あんた撮影班じゃなかった?」
 百合香が笑いながらシャッターを押す。
  その瞬間、火花が夜空にひときわ大きく咲き、全員の顔が鮮やかに照らされた。
 ――誰もが、笑っていた。
 誰かの涙も、誰かの怒りも、誰かの葛藤も。すべてがこの瞬間、ひとつの光景の中に収まっていた。
「ねぇ、遥輝」
 花火を見上げながら、希がふと口を開いた。
「これ、最高の思い出になるね」
「うん。……でも、始まりでもある」
「え?」
 遥輝がそっと希を見つめる。
「俺たち、ここからが本番だと思う。これから、もっとぶつかるかもしれない。でもさ――」
 その言葉の続きを、希が先に言った。
「でも、それでも離れない」
 遥輝は笑った。
「さすが副委員長。言いたいこと全部言ってくれる」
「言わせたんでしょうが」
 ふたりは見つめ合い、やがてそっと唇を重ねた。
 屋上にいた仲間たちから、自然と拍手が沸き起こる。
「わーっ! やったー!」
「うっわー青春だなぁ、あたしも誰かとしとけばよかった!」
「お前、誰に向けて言ってんだよ……」
「え、真緒?」
「ちょ、やめなさい!」
 騒がしい声の中、花火は最後のひとつを空に打ち上げた。
 夜空に咲いた、金色の輪。
  それはまるで、彼ら八人の絆を象徴するように、静かに、そして力強く空に浮かんでいた。
 ――こうして、私立桜陽高等学校の文化祭は幕を閉じた。
 でも、彼らの物語はここから続いていく。
  信頼、葛藤、そして恋――すべてを胸に抱いて。
 光の階段を昇った先にある未来を、
  彼らは、きっと笑顔で歩いていくだろう。
(第26話 完)
 (全話 完結)

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