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イデオロギーは悪なのか〈5〉
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イデオロギーはしばしば、まさにその信ずるイデオロギーにもとづいて人々の間で対立を引き起こすが、ではイデオロギーは一体なぜ互いに対立することになるのだろうか?
まず結論を先に言ってしまおう。
イデオロギーは、まさにそれが見出されるときにはすでに対立的なのである。
反対勢力は現実を少しも直視していない、彼らの考えには現実が反映されておらず、全くの虚偽であり幻想である。人々の勢力間で対立があるとき、よくこのような主張が散見されるが、再三言うように、このような主張がすでにイデオロギーの反映なのではないだろうか。なぜなら、その反対勢力もまさに相手側に対してそのように見なし、非難を浴びせてくるはずだろうから。
加えてすでに言ったように、イデオロギーは現実化される、現実化されてこそのイデオロギーである。とすれば、対立するのは、自らのイデオロギーを現実化させようとする欲望においてであり、現実化させたという経験においてであると言える。欲望と経験は、現実に生きている人間にとって自己自身そのものであり、他者に対してけっして譲り渡すことのできないものである。
イデオロギーは欲望の表象でもある。その意味で想像的でもある。また、その欲望の対象の他には何をも求めない、あるいは他のいっさいを拒絶する集中的な態度において排他的なのでもある。
イデオロギーにおいて何よりも優先されなければならないのは、自らの主張のその正当性であることは言うまでもない。イデオロギーは無謬である、これは大前提であり、ここに批判的な自己分析や検証は断固として禁じられる。
言うならばイデオロギーにおいては、自己自身を他者であるように見なして、そこに「相対的な」価値を見出そうというような「自己意識」は成立しない。イデオロギーにおいて、自己とは価値そのものなのである。
そしてイデオロギーはまさしく「価値」から話をはじめる。愛とか自由とか正義とか平和とか、経済的繁栄とか公共の福祉とか、そんなところだ。イデオロギーが価値=意味を主張するということは、イデオロギー自身がまさに表象=意味であるということであり、価値はイデオロギーが自らの正当性を主張し認めさせるのに実に効果的なのである。
価値は現実的であり一般的であり客観的なものとして認められ、そのようなものとして成立している。逆にそのようなものでなければ価値として認められることはない。これを単に幻想であるとか虚偽であるとかとして斥けることは困難である。これを斥けたければ、それ以上に強く高い価値を対置しなければならないだろう。
イデオロギーはまた、自分たちに対してそれを上回るような強い力を持つ何かが見出されるところに生じるものと考えられる。イデオロギーあるところ、その対面にはたいがい、それに拮抗して少しでも気を抜けば圧倒されてしまいかねないような或るものが立ちはだかっているものである。
原初人間にとって脅威であったのは言うまでもなく「自然」であろう。そこで人間は、この脅威である自然に対して「神」を見出し、自分たちがいかに振る舞えばこの神=自然の怒りを抑えられるものかと考えたであろう。一見して人間は神=自然に服従しているかのようだが、服従することで神の自然なふるまいである怒りを抑圧しようとしているのである。ゆえにイデオロギーは、その出自から何事につけても対立的なのである。
(つづく)
まず結論を先に言ってしまおう。
イデオロギーは、まさにそれが見出されるときにはすでに対立的なのである。
反対勢力は現実を少しも直視していない、彼らの考えには現実が反映されておらず、全くの虚偽であり幻想である。人々の勢力間で対立があるとき、よくこのような主張が散見されるが、再三言うように、このような主張がすでにイデオロギーの反映なのではないだろうか。なぜなら、その反対勢力もまさに相手側に対してそのように見なし、非難を浴びせてくるはずだろうから。
加えてすでに言ったように、イデオロギーは現実化される、現実化されてこそのイデオロギーである。とすれば、対立するのは、自らのイデオロギーを現実化させようとする欲望においてであり、現実化させたという経験においてであると言える。欲望と経験は、現実に生きている人間にとって自己自身そのものであり、他者に対してけっして譲り渡すことのできないものである。
イデオロギーは欲望の表象でもある。その意味で想像的でもある。また、その欲望の対象の他には何をも求めない、あるいは他のいっさいを拒絶する集中的な態度において排他的なのでもある。
イデオロギーにおいて何よりも優先されなければならないのは、自らの主張のその正当性であることは言うまでもない。イデオロギーは無謬である、これは大前提であり、ここに批判的な自己分析や検証は断固として禁じられる。
言うならばイデオロギーにおいては、自己自身を他者であるように見なして、そこに「相対的な」価値を見出そうというような「自己意識」は成立しない。イデオロギーにおいて、自己とは価値そのものなのである。
そしてイデオロギーはまさしく「価値」から話をはじめる。愛とか自由とか正義とか平和とか、経済的繁栄とか公共の福祉とか、そんなところだ。イデオロギーが価値=意味を主張するということは、イデオロギー自身がまさに表象=意味であるということであり、価値はイデオロギーが自らの正当性を主張し認めさせるのに実に効果的なのである。
価値は現実的であり一般的であり客観的なものとして認められ、そのようなものとして成立している。逆にそのようなものでなければ価値として認められることはない。これを単に幻想であるとか虚偽であるとかとして斥けることは困難である。これを斥けたければ、それ以上に強く高い価値を対置しなければならないだろう。
イデオロギーはまた、自分たちに対してそれを上回るような強い力を持つ何かが見出されるところに生じるものと考えられる。イデオロギーあるところ、その対面にはたいがい、それに拮抗して少しでも気を抜けば圧倒されてしまいかねないような或るものが立ちはだかっているものである。
原初人間にとって脅威であったのは言うまでもなく「自然」であろう。そこで人間は、この脅威である自然に対して「神」を見出し、自分たちがいかに振る舞えばこの神=自然の怒りを抑えられるものかと考えたであろう。一見して人間は神=自然に服従しているかのようだが、服従することで神の自然なふるまいである怒りを抑圧しようとしているのである。ゆえにイデオロギーは、その出自から何事につけても対立的なのである。
(つづく)
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