VRMMO [AnotherWorld]

第十三話

[第十三話]

「ま、まあいいわ。まだあなたが受かると決まったわけじゃないもの。あーあ、勇也くんだったらよかったのに」

「悪かったですね、勇也じゃなくて」

　ええ･･･。これまたひどい言い草である。

　俺は意趣返しとばかりに彼女、紅絹先輩の後ろの席に座る。

「大方、仕送りじゃお金が足りないからってとこ？遊び盛りの男子はいいわね」

「いえ、バイトでもしないと自堕落な生活を送ってしまいかねないので、始めようかなと」

「しっかりしてるのね、意外に」

　意外にとは何だ、とは言えない。

　彼女はバスに乗りながら俺と会話し、さらに手に持った文庫本を読んでいる。こんなこと、普通の人じゃできない。優れた集中力の持ち主なんだろう。

　というか、ミーティングの時とだいぶ印象が違うな。女性というのは大勢でいるときと一人でいるときで印象が変わるものなのだろうか。俺を含めた男子はそういうのに鈍くてわからないな。

「私はね、いろんな人と本に出会えるから始めたの」

　視線を本に釘付けにしながら、先輩は話を続ける。急に深い話をし始めますね。

「本はひとりでに生まれるわけじゃない。人が人に何かを伝えたいと思うときに生まれる。父が好きな言葉よ。私もこの言葉が好き。父みたいな小説家になるために、私は努力を惜しまない」

　じゃあ、何で……。

「じゃあ何でという顔をしているわね。桜杏高校に入学したのか、という問いでしょう？答えは父を超えるためよ」

「超える？」

　もう、なぜ心が読まれてるなんて野暮なことは聞かない。純粋な疑問を彼女にぶつける。

「それはね、……あ、そろそろ着くわ。私は店頭に出てて、いないと思うけど、面接、受かることを祈っているわ」

　そう早口で言うと、紅絹先輩は早足でバスを降りて行った。

　超えるって何だろう。来週の部活で聞いてみるかと思い、俺は紅絹先輩の分と合わせて送迎バスの料金を払うのだった。


　※※※


「それじゃあ、本日はよろしくお願いします。店長の秋元と申します」

「桜杏高校一年生、十六歳の柊透です。よろしくお願いします」

「ははは、そう硬くならなくていいよ。面接なんて形式的なものだからね」

　パリッとしたワイシャツの上にエプロンを羽織った細淵メガネの男性、秋元さんは相好を崩して笑った。意外とユーモラスな人なのかもしれない。

「聞くことは一つだけ。週に何日だけ勤務できそうかっていうことと、どうしてうちに入ろうと思ったのかってことだよ」

　早速言っていることが矛盾しているが、店長はバイト店員に似るのだろうか。

「はい、週三で行けます。また、まんてん書店で働かせていただこうと思ったのは、たくさんの人と本を通じて触れ合えると思ったからです」

「ほう、たくさんの人と触れ合えるとは？」

　彼の眼鏡がきらりと光る。

「はい、秋元さんもご存じかと思いますが、私の通う桜杏高校は全寮制で、学校の人以外との触れ合いが極端に少なくなっています。しかし、VRゲーム、[AnotherWorld]では、人の操っていないNPCというキャラクターと触れ合う機会は多くなります。そのため、このままの生活を続けているとうまく人間とコミュニケーションをとることが分からなくなっていく恐れがあると思っているんです。嚙み砕いて言うと、自分の人間性が汚れて行ってしまうんじゃないかと危惧しているんです」

「なるほど、悪く言ってしまえば、どう扱ってしまってもいいNPCとの触れ合いが多くなると他人とのかかわり方もぞんざいになってしまうから、ここで人との触れ合いを養っていきたいということだね」

「はい、そうです」

　自分の信条をうまく言葉にできただろうか。

「よし、君の採用結果だが、」

　ちょっと待ってくれ。早すぎないか。

「ちょっと待ってくれという顔をしているが、待たないね。私は、人の印象は第一印象が全てだと思っている。だから何でもすぐにズバッと言っちゃう。今ここで面接の合否を発表させてもらうよ」

　な、なるほど。

「君は……合格だ」

　うっそ。合格なのか。独りよがりな理由だと思ったんだけど。

「バイトをする人の理由なんていつも独りよがりな理由だよ。他の人のためになりたいとかくだらない理由だったら不合格にしていたよ」

　どうやら、俺はバイト先にも恵まれていたみたいだ。

「これからよろしくね。それじゃあ、シフトをこの紙に書いてくれるかな」

　俺と秋元店長は握手を交わし、今後について話し合うのだった。


　※※※


『本当にごめんなさい！バスの件は明日埋め合わせをするわ』

　無事面接を終え、ドラッグストアで歯磨き粉を探していると、紅絹先輩から電話がかかってきた。

「いえいえ、大丈夫ですよ気にしないで頂いて」

　紅絹先輩も悪い人じゃないしな、ところどころ抜けているところがあるけど。

『明日の放課後にお金返すから、一階の玄関で会いましょう。ごめんなさい、まだ仕事があるのでこれで』

「こちらこそ連絡ありがとうございます。失礼しますね」

　早口とともに電話が切られる。やっぱり先輩は忙しないな。

「さて、日用品はこれで全部だ。次は食品だな」

　この後は特に何もなく、買い物は全て終わった。

　両手に抱えきれないほど買い込んでしまった。帰るのが大変だ。

　何とか帰りのバスに乗り込み、エレベータを使って二階に上がり、部屋に戻ると時刻は十七時を回っていた。

　片付けるべきものを片付け、夕飯の仕込みを終えて、十七時半。

「やることやったし、[AnotherWorld]をやるとしますか」

　チェリーギアを手に持って、俺は部屋で一人、意気込むのだった。