白き時を越えて

蒼(あお)

文字の大きさ
上 下
96 / 179
第4章:新しい日常、そして闇

しおりを挟む
あれからずいぶん経った。
人に馴染むのが苦手な私も
話し相手が4人だけで、
その全員が自分に好意的、という状況であれば
案外馴染めるものらしい。

仕事の手伝いになっているのか
分からないけれど、
私はお茶汲みをしている。

「はい、空山さん」
私は素っ気ない態度で空山さんにお茶を出す。
なぜなら、この人は隙あらば
私の手を握ってくるからだ。
女性陣全員に対してそうなので、
そういう人なのだとは分かるが、
苦手なものは苦手だ。

人間としては、嫌いじゃないけれど。

「やー、女の子の淹れてくれるお茶は
 それだけでウマイってもんで」
「空山が下手すぎるだけだろ」
千春さんの早すぎるツッコミ。
神速と例えてもいい。

「それで、これは柊さん」
モニタを凝視している柊さんの机に、
私は紅茶を置く。
この人は、紅茶以外は駄目らしい。
緑茶も、コーヒーも苦手なんだとか。
ハーブティはギリギリセーフなんだっけ。

「嬉しい、助かる」
感情のこもっていない口調でお礼を言われた。
集中しているからなのか、
元々そういう人だからなのかは分からない。

ただひとつ、確かなのは。
この人はあの日、おかしなことを言ったけれど。

……あれは、
ただの笑えない冗談だろう、ということ。

それを、この人を許す理由にはできないけれど
そもそもそういう種類の人間では無いのだ。

人間を人間だとしか思っていない。
女性を大切にしようとする“基本”はあるが
それは相手を女性として扱っている訳ではない。

この人は一体、何を考えているのかな。


「はい、千春さん」
千春さんは、実はこの仕事が苦手らしい。
嫌いではない、むしろやる気は満々なのだけど
そのやる気に見合った成果が
上がったことはないんだとか。

それでも、千春さんは
頑張って食いついて、なんとか生き残って……
そして、このチームと共に
命を散らすと決めた。
友情とか情熱って、凄いよね。


「あの、千秋さん」
「……うん? 質問かな?」
私は千秋さんにお茶を差し出しながら、
気になっていたことを尋ねる。

「どうして、毎日仕事してるんですか?
 それも、命令なんですか?」
はじめから気になっては、いた。
見捨てられたチームが真面目に仕事をする
保証なんてどこにもないのに、
なぜこの人達には仕事があるのかと。

「おや、気づかれてしまいましたか」
どうやら私は、
千秋さんの謎の敬語スイッチを
入れてしまったようだ。

「実は、これは勝手にやっていることなのです。
 ボランティアなのであります」
「……本当に熱心なんですね」
「華菜ちゃんと綾ちゃんを追うついでとも
 言うけどね。
 それに、仕事量は昔の1割以下。
 別世界に行っちゃった本部の取り残しを
 こっそり拾ってる程度」
「……はぁ」

つまり、同じ仕事をやっている人はいるが、
それでも完璧ではなくて……
そのフォローをしているといったところか。

「綾ちゃん華菜ちゃんが見つかったんだから
 もうやめてもいいんだけどな。
 まぁ、癖は抜けないもんだし」
ソファでお茶を飲んでいる空山さんが言う。
「一番サボってる奴が言うな」
やはり、千春さんの神速ツッコミが入った。

「俺は事件が起こったときが働くときだからいいの。
 柊もそんなもん眺めてないで、こっちでサボれ」
サボり仲間を増やそうと試みる空山さん。
なんだか楽しそうだ。

「こんなものを眺めるだけで済む時点で、
 充分サボっている」
なんだか格好いい返事をしてる。
やっぱり、昔はもっと忙しかったのかな。

「はい、綾」
「あんりがと」
最後に、綾にお茶を出した。
綾も、千秋さんや千春さんのように
画面とにらめっこする仕事の手伝いをしてる。

4人の仲間が揃い、
2人の学生が匿われているこの小さな部屋は
私たちの仕事場であると共に
安らぎの場となっていた。


レーダーが反応することは少ない。
何もないまま、1日が過ぎていく日が多い。

「ほんじゃ俺、ちょっと寝てくる」
空山さんが、立ち上がった。

「アホ組ご退室~。いい夢を」
千秋さんが言う。

「あー、むかつく!
 でも本当だからつっこめない!!」
千春さんが頭を掻きむしりながら
立ち上がる。

そう、交代の時間なのだ。
だからたまたま、今は全員揃っていた。

人間が24時間起き続けていられるはずはなく
この必要最低限の人員しか居ないチームは
2交代制で世界の外側を見守っている。

千春さん、空山さん。
千秋さんと、帰ってきた柊さん。

このふたりが入れ替わりで仕事をし
私たちは……それとは関係なく、
朝起きて、昼お手伝いをして、夜眠る。
そんな生活を続けている。

私は……
私はこの、交代の時間が好きだ。
みんなが揃う、この時間が。

余所者だけど、そう思う……。

柊さんが帰ってくるまでは
千秋さんの負担が大きかったみたいだけど
千春さんは空山さんのサポート無しでは
千秋さんほどの働きはできないようで、
そういう班分けになっているらしい。

あとは、性格の相性の問題とか。



「柊くん、そっちに送ったデータ、どう思うー?」
4人だけになった部屋で、
千秋さんが柊さんに何かを尋ねている。

「ああ……確認した。
 現時点では判断すべきではないだろう」
「だよねえ。
 うん、一応確認しただけ」
人の失踪の前兆の話でもしているのだろうか。

「綾ちゃん、さっき送った
 私からの課題は解けたかなー?」
今度は、綾に話を振る。

「あっ、はい、今答えを送るところです」
「おぉー、仕事と並行して
 これだけ早く提出できるなら将来有望です」
綾と千秋さんも、
何かデータのやりとりをしていたらしい。

「何をやっていたの?」
私は綾に聞いた。

「千秋さんからの……宿題みたいなものかな?
 この機械を使う上で、忘れちゃいけないこととか、
 基本とか、定期的にテストして貰ってるの。
 ほら、私って無資格の素人だし」
「宿題をやってこない綾が!?
 テストはいつも赤点スレスレの綾が!?
 自分から進んで宿題を……っ!?」
「やりがいがあるんだもん」
綾はむくれた。

勉強って、やりがいとか、
そういうものとは関係なくやるものだと
思うんだけど……
まぁ、綾が真面目になったのなら、いいか。


「はい返信したよー。合格ですね」
千秋さんからの返信が来る。
相変わらず英語ばかりで、
私には意味不明な文面なのだが、
所々、赤文字が入っている。

「うは、またギリギリですか?」
綾がうなだれた。

「ギリギリでもいいんですよう。
 そんなこと言ったら、姉さんなんてもっと酷いし。
 来て1年も経たない綾ちゃんが
 ここまで出来る子だって知ったら、
 姉さん落ち込むだろうなー」
「うう……でも悔しい」
これ以上ないほど
褒められていると思うんだけど、
綾は悔しいらしい。

「こういう傾向の人は伸び代が大きいのです。
 こんな初期に細かいことを
 気にすると成長が遅れますよー」
「はい……頑張ります」
綾は気を取り直して、モニタと向き合った。
しおりを挟む

処理中です...