雨に薫る

はなの*ゆき

文字の大きさ
23 / 84
1.Cape jasmine

23

しおりを挟む
「―――深山さん?」


 先輩の声にハッとして我に返った。
 小石先輩が、不思議そうな顔をしている。

 ごくり、と息を呑んだ。

「カンダ、君は、そんなにしたくなかった、んですね…?ホントは…」
「え?」

 小石先輩が戸惑った声を出す。

「あ、いや、でも、今は結構やる気になってるよ。ほら、深山さんが…」

 その言葉に、背筋が凍り付いた。

 ワタシノセイ・・・・・・・―――?

「私が、無責任なこと、言ったから…」
「えっ、いや、そんなこと…」
「でも、したくなかったんですよね?」

 思わず唇を噛み締めた。
 どうしよう、また・・だ。
 また、私が―――

「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて深山さん!」

 慌てたように言われて逆に戸惑った。
 落ち着く?別に、私は何も―――?
 先輩が困った様に眉を下げている。

「えーと、確かに深山さんに言われた事がきっかけには…うーん、なった、かな。何とかグラウンドに連れ出したけど、神田じんでは硬球で上手く投げれなくて、結構やる気無くなってたからね。」

 やっぱり…昨日の事を思い出して視線を落とす。

「けど、深山さんに励まされて…」
「励ましてません。」

 思わず言うと、先輩が目を見開いた。
 そんなつもりは無かった。ただ、ナオの言葉を、ナオの代りに言ってしまっただけ・・・・・・・・・・・・・・・だ。そう、ホントだったら、私じゃなくてナオがカンダ君の隣にいたハズなのだ。


 私さえ、いなければ。
 だから。


「ごめんなさい。」
「え、なんで謝るの?」
「だって、悪い事したなって…」
「神田に?別に悪い事なんかしてないだろ?」
「しましたよ。無責任な事言って、野球やらせるなんて」
「野球やるのが悪いって言いたいの?」

 思いがけない低い声にハッとして顔を上げた。
 さっきまでの笑顔を消して、小石先輩がこっちを見下ろしている。

「ご…」
「謝らないで。」

 間伐入れずに言われて、咄嗟に言葉を飲み込んだ。
 しまった―――後悔しても遅いけど、野球部の人に言う事じゃ無かった。
 無意識に胸元を押さえて身を竦めていると、ふ…と声がして、顔を上げると先輩がやれやれといった風に苦笑していた。

「無責任か…それ言われると俺の方がなんだけどねぇ。ま、確かに神田が野球部入ってくれたきっかけは深山さんだよ、それは否定しない。でも神田はそれを…楽しんでる?かな。」

 拍子抜けする程穏やかな顔で、先輩はうん、うん、と頷きながら続ける。

「ぶっちゃけ、本人がかなりやる気になってるんだし、気にしなくていいと思う。」
「でも…」
「やるって決めたのは神田なんだよ、そこは、深山さんは関係無いっていうか、責任感じるとこじゃない。」
「でも、それでもし、大学とか、希望のとこ行けなかったりとかしたら…」
「それはちょっと、神田に失礼だろ?」

 思いもよらない言葉に顔を上げた。

 ―――失礼?

 意味がわからない私に、先輩が呆れた顔をしていた。

「女の子に煽てられて野球やったから受験失敗しました、なんて、カッコ悪くてよー言わんわ、俺だったら・・・・・。」

 そう言って、ニカッと笑う。今までとは全然違う顔をしながら、先輩は腕を組んで踏ん反り返った。

「意地でもいい大学とこ受かっちゃるわ。」

 そのドヤ顔に。
 一瞬、ポカンとした。
 そんな私に、先輩が、ふんっと鼻息まで漏らすから。

 思わず、笑ってしまった。
 まさか、こうくるとは。

 すると先輩が驚いた様に目を見開くと、腕を解いて顔を覗き込んできた。

「…やっと笑った…」
「え…?」

 不意に言われて瞬くと、先輩がへにゃり、と頬を緩める。

「可愛い…」

 ―――は?
 今、なんて?

 再度瞬きながら首を傾げると、今度は片手で顔を覆って、大きくため息を吐かれた。

「どーしよ、マジで…」
「あの、先輩?」

 訳が分からずに呼びかけると、いきなりガバッと顔を上げられ、危うく顎に直撃する勢いに仰け反る。
 その肩を、ガシッと先輩の手が掴んだ。


「深山さんっ」
「はい」


「俺とっ!」
「…はい?」


「付き合って下さいっ!!」
「―――は…?」


 付き合う?
 ―――どこに…?


  三度みたび、瞬いた。

 頭の中で情報処理が追い付かずに固まっていた、その時。

「カスミ?」

 呼び掛けられて、身体がビクッと強張った。今、ここにいる筈の無い、声。
 ゆっくりと視線を巡らせた先を見て、驚きに目を見張る。


「―――お母さん…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...