雨に薫る

はなの*ゆき

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2.Yellow star jasmine

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 私立成陵学園は、県下でも有数のスポーツ名門校だ。

 設立当初は男子高だったせいか男系のスポーツ、特に昔から野球部が強く、私立に有りがちな事に、県の内外を問わず有力な選手を募って入学させている。おかげで地域住民の生徒が入部しても、レギュラーなんて取れないと専らの噂だったから、正直、ここに来る気は毛頭無かった。

 あんな事にさえならなければ―――


「あ、おはよう~、進藤君。」

 と言いながら、野球部でマネージャーをしている2年の女が近付いてきた。
 この道は寮と学校を繋いでいるが、その分、バス停からも駅からも繋がってない。
 それなのに毎日毎日なんでいるんだ、コイツ。ストーカーか?

「今日もランニング~?お疲れ様~。」

 いちいち語尾を伸ばしながら、毎日同じ事を言ってくる。
 褒めれば喜ぶとでも思ってるんだろうか?ていうかランニングしてるところを見せた事もないのに、褒めるとか意味わからん。
 いつも同じ場所で待ってるとか、気持ち悪いにも程があるが、一応先輩なので面と向かっては言ってない。

 蒸し暑いせいか、近づいてきただけで、ふわりと体温混じりの甘い香りが押し寄せる。制汗剤で必死に抑えてるのだろう、ほのかな汗の臭いに、香水だか化粧品だか整髪剤だか(多分全部だろう)の匂いが混じって気分が悪い。
 朝からヘンなもん嗅がすな!!―――と怒鳴りつけたらどんな顔するんだろうな…とボンヤリ思いながら、「どうも」と適当に呟いて歩き続けた。

 ストライドの差を小走りで解消しながら隣にいる“先輩”を、チラッと見遣ると、向こうが気付いて、にこっと笑った。

 ―――こえー

 顔の隣に「えへっ」という 字幕テロップが見えた気がして、寒気を覚えた。

 ほっそりとして小柄で、でもまあまあ胸があって、色が白くて、目がパッチリと大きくて、ロングヘアーで。
 薄らと施した化粧でニキビと毛穴を隠し、クリッと上向きにカールした睫毛が不自然に太いが、まぁ、可愛い…のだろう。
 悪い、とは思わないし、言わない。
 女子が化粧をしたり、髪を気にしたりするのは別に悪いことじゃない。


『体臭や口臭を気にするのも、毛の処理をするのも、エチケットなんだからね!!』

 と言っていた母は、もちろん、それを父には見せていなかった。…息子が見てる事は気にしてなかったけど。
 まあ、それが母の女としての矜持であり、ある意味いじらしさでもあることはわかるので、それはそれで構わない。

 構わないから、―――他所よそでやってくれ。頼む。

 切実な願いと共についた小さなため息が、聞こえないのか無視ってるのか。

 名前すらもうろ覚えな先輩女子(確か、何とか島)の、完全に他人事ひとごとでしかない話を右から左へスルーしながら、校内へと入っていった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 1ヶ月の部活禁止を申し渡されたものの、何もしないでいると体が鈍るので、 自転車チャリで近くにある区のスポーツセンターに行く事にした。

 器械のあるジムに行くと、意外にも常駐のトレーナーがいて、事情を説明すると、自分に合わせた組み合わせのメニューを考えてくれた。何でも、筋肉というのは無闇矢鱈と付ければ良いものではないらしい。特に成長期は、骨に負担の掛からない筋トレをしないと、色々と痛めてしまうそうだ。
 為になる話を聞きながら汗を流し、充実した気分で外に出ると、雨が降っていた。
 学校から帰って直ぐ出たので制服を着ていたが、そんなに激しい降りでも無いし、まぁいいかと、母が聞いたら目くじらを立てて怒りそうなことを考えながらサドルに跨がった。

 坂道を立ち漕ぎして上っていくと、マンションのベランダが見える。

 向かって一番左がスミの家で、その隣が我が家だが、スミの家には明かりが付いていなかった。
 出掛けてるんだろうか?とは思ったものの、その時は深く考えずにエントランスを潜る。自転車ごと6階に上がり、それぞれの住戸前に設けられたプライベートポーチの中に自転車を引き入れてから、家に入った。

「おかえ…り」

 玄関に出迎えた母の目が恐い。
 とりあえず玄関で靴下だけは脱いだ。

「スミは?」
「もう帰ったわよ。」

 今日はスポーツセンターに行くと朝から決めていたから、放課後は速攻学校を飛び出していた。
 スミはスーパーで買うものがあると言っていたし。

「今日はカボチャが安かったって、うちで一緒に煮付けを作ってね~」

 という母の声を半分まで聞いて立ち止まる。
 家にいるなら、なんで電気点いてないんだ?
 嫌な予感がして、着替えもせずにベランダに出た。

 ベランダの境界にある境界壁は物心ついたときにはすでに無く、お互いの家を行き来するのに、玄関を使ったことはほとんどない。開けられた隙間を通って、向こうのベランダに入った。

 網戸になっている掃き出しの窓から中をすかし見て…―――立ち竦んだ。


 薄明かりの中に、白い腕が、無造作に投げ出されていた。
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