52 / 84
2.Yellow star jasmine
3
しおりを挟む
私立成陵学園は、県下でも有数のスポーツ名門校だ。
設立当初は男子高だったせいか男系のスポーツ、特に昔から野球部が強く、私立に有りがちな事に、県の内外を問わず有力な選手を募って入学させている。おかげで地域住民の生徒が入部しても、レギュラーなんて取れないと専らの噂だったから、正直、ここに来る気は毛頭無かった。
あんな事にさえならなければ―――
「あ、おはよう~、進藤君。」
と言いながら、野球部でマネージャーをしている2年の女が近付いてきた。
この道は寮と学校を繋いでいるが、その分、バス停からも駅からも繋がってない。
それなのに毎日毎日なんでいるんだ、コイツ。ストーカーか?
「今日もランニング~?お疲れ様~。」
いちいち語尾を伸ばしながら、毎日同じ事を言ってくる。
褒めれば喜ぶとでも思ってるんだろうか?ていうかランニングしてるところを見せた事もないのに、褒めるとか意味わからん。
いつも同じ場所で待ってるとか、気持ち悪いにも程があるが、一応先輩なので面と向かっては言ってない。
蒸し暑いせいか、近づいてきただけで、ふわりと体温混じりの甘い香りが押し寄せる。制汗剤で必死に抑えてるのだろう、ほのかな汗の臭いに、香水だか化粧品だか整髪剤だか(多分全部だろう)の匂いが混じって気分が悪い。
朝からヘンなもん嗅がすな!!―――と怒鳴りつけたらどんな顔するんだろうな…とボンヤリ思いながら、「どうも」と適当に呟いて歩き続けた。
ストライドの差を小走りで解消しながら隣にいる“先輩”を、チラッと見遣ると、向こうが気付いて、にこっと笑った。
―――怖…
顔の隣に「えへっ」という 字幕が見えた気がして、寒気を覚えた。
ほっそりとして小柄で、でもまあまあ胸があって、色が白くて、目がパッチリと大きくて、ロングヘアーで。
薄らと施した化粧でニキビと毛穴を隠し、クリッと上向きにカールした睫毛が不自然に太いが、まぁ、可愛い…のだろう。
悪い、とは思わないし、言わない。
女子が化粧をしたり、髪を気にしたりするのは別に悪いことじゃない。
『体臭や口臭を気にするのも、毛の処理をするのも、エチケットなんだからね!!』
と言っていた母は、もちろん、それを父には見せていなかった。…息子が見てる事は気にしてなかったけど。
まあ、それが母の女としての矜持であり、ある意味いじらしさでもあることはわかるので、それはそれで構わない。
構わないから、―――他所でやってくれ。頼む。
切実な願いと共についた小さなため息が、聞こえないのか無視ってるのか。
名前すらもうろ覚えな先輩女子(確か、何とか島)の、完全に他人事でしかない話を右から左へスルーしながら、校内へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1ヶ月の部活禁止を申し渡されたものの、何もしないでいると体が鈍るので、 自転車で近くにある区のスポーツセンターに行く事にした。
器械のあるジムに行くと、意外にも常駐のトレーナーがいて、事情を説明すると、自分に合わせた組み合わせのメニューを考えてくれた。何でも、筋肉というのは無闇矢鱈と付ければ良いものではないらしい。特に成長期は、骨に負担の掛からない筋トレをしないと、色々と痛めてしまうそうだ。
為になる話を聞きながら汗を流し、充実した気分で外に出ると、雨が降っていた。
学校から帰って直ぐ出たので制服を着ていたが、そんなに激しい降りでも無いし、まぁいいかと、母が聞いたら目くじらを立てて怒りそうなことを考えながらサドルに跨がった。
坂道を立ち漕ぎして上っていくと、マンションのベランダが見える。
向かって一番左がスミの家で、その隣が我が家だが、スミの家には明かりが付いていなかった。
出掛けてるんだろうか?とは思ったものの、その時は深く考えずにエントランスを潜る。自転車ごと6階に上がり、それぞれの住戸前に設けられたプライベートポーチの中に自転車を引き入れてから、家に入った。
「おかえ…り」
玄関に出迎えた母の目が恐い。
とりあえず玄関で靴下だけは脱いだ。
「スミは?」
「もう帰ったわよ。」
今日はスポーツセンターに行くと朝から決めていたから、放課後は速攻学校を飛び出していた。
スミはスーパーで買うものがあると言っていたし。
「今日はカボチャが安かったって、うちで一緒に煮付けを作ってね~」
という母の声を半分まで聞いて立ち止まる。
家にいるなら、なんで電気点いてないんだ?
嫌な予感がして、着替えもせずにベランダに出た。
ベランダの境界にある境界壁は物心ついたときにはすでに無く、お互いの家を行き来するのに、玄関を使ったことはほとんどない。開けられた隙間を通って、向こうのベランダに入った。
網戸になっている掃き出しの窓から中をすかし見て…―――立ち竦んだ。
薄明かりの中に、白い腕が、無造作に投げ出されていた。
設立当初は男子高だったせいか男系のスポーツ、特に昔から野球部が強く、私立に有りがちな事に、県の内外を問わず有力な選手を募って入学させている。おかげで地域住民の生徒が入部しても、レギュラーなんて取れないと専らの噂だったから、正直、ここに来る気は毛頭無かった。
あんな事にさえならなければ―――
「あ、おはよう~、進藤君。」
と言いながら、野球部でマネージャーをしている2年の女が近付いてきた。
この道は寮と学校を繋いでいるが、その分、バス停からも駅からも繋がってない。
それなのに毎日毎日なんでいるんだ、コイツ。ストーカーか?
「今日もランニング~?お疲れ様~。」
いちいち語尾を伸ばしながら、毎日同じ事を言ってくる。
褒めれば喜ぶとでも思ってるんだろうか?ていうかランニングしてるところを見せた事もないのに、褒めるとか意味わからん。
いつも同じ場所で待ってるとか、気持ち悪いにも程があるが、一応先輩なので面と向かっては言ってない。
蒸し暑いせいか、近づいてきただけで、ふわりと体温混じりの甘い香りが押し寄せる。制汗剤で必死に抑えてるのだろう、ほのかな汗の臭いに、香水だか化粧品だか整髪剤だか(多分全部だろう)の匂いが混じって気分が悪い。
朝からヘンなもん嗅がすな!!―――と怒鳴りつけたらどんな顔するんだろうな…とボンヤリ思いながら、「どうも」と適当に呟いて歩き続けた。
ストライドの差を小走りで解消しながら隣にいる“先輩”を、チラッと見遣ると、向こうが気付いて、にこっと笑った。
―――怖…
顔の隣に「えへっ」という 字幕が見えた気がして、寒気を覚えた。
ほっそりとして小柄で、でもまあまあ胸があって、色が白くて、目がパッチリと大きくて、ロングヘアーで。
薄らと施した化粧でニキビと毛穴を隠し、クリッと上向きにカールした睫毛が不自然に太いが、まぁ、可愛い…のだろう。
悪い、とは思わないし、言わない。
女子が化粧をしたり、髪を気にしたりするのは別に悪いことじゃない。
『体臭や口臭を気にするのも、毛の処理をするのも、エチケットなんだからね!!』
と言っていた母は、もちろん、それを父には見せていなかった。…息子が見てる事は気にしてなかったけど。
まあ、それが母の女としての矜持であり、ある意味いじらしさでもあることはわかるので、それはそれで構わない。
構わないから、―――他所でやってくれ。頼む。
切実な願いと共についた小さなため息が、聞こえないのか無視ってるのか。
名前すらもうろ覚えな先輩女子(確か、何とか島)の、完全に他人事でしかない話を右から左へスルーしながら、校内へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1ヶ月の部活禁止を申し渡されたものの、何もしないでいると体が鈍るので、 自転車で近くにある区のスポーツセンターに行く事にした。
器械のあるジムに行くと、意外にも常駐のトレーナーがいて、事情を説明すると、自分に合わせた組み合わせのメニューを考えてくれた。何でも、筋肉というのは無闇矢鱈と付ければ良いものではないらしい。特に成長期は、骨に負担の掛からない筋トレをしないと、色々と痛めてしまうそうだ。
為になる話を聞きながら汗を流し、充実した気分で外に出ると、雨が降っていた。
学校から帰って直ぐ出たので制服を着ていたが、そんなに激しい降りでも無いし、まぁいいかと、母が聞いたら目くじらを立てて怒りそうなことを考えながらサドルに跨がった。
坂道を立ち漕ぎして上っていくと、マンションのベランダが見える。
向かって一番左がスミの家で、その隣が我が家だが、スミの家には明かりが付いていなかった。
出掛けてるんだろうか?とは思ったものの、その時は深く考えずにエントランスを潜る。自転車ごと6階に上がり、それぞれの住戸前に設けられたプライベートポーチの中に自転車を引き入れてから、家に入った。
「おかえ…り」
玄関に出迎えた母の目が恐い。
とりあえず玄関で靴下だけは脱いだ。
「スミは?」
「もう帰ったわよ。」
今日はスポーツセンターに行くと朝から決めていたから、放課後は速攻学校を飛び出していた。
スミはスーパーで買うものがあると言っていたし。
「今日はカボチャが安かったって、うちで一緒に煮付けを作ってね~」
という母の声を半分まで聞いて立ち止まる。
家にいるなら、なんで電気点いてないんだ?
嫌な予感がして、着替えもせずにベランダに出た。
ベランダの境界にある境界壁は物心ついたときにはすでに無く、お互いの家を行き来するのに、玄関を使ったことはほとんどない。開けられた隙間を通って、向こうのベランダに入った。
網戸になっている掃き出しの窓から中をすかし見て…―――立ち竦んだ。
薄明かりの中に、白い腕が、無造作に投げ出されていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる