三日夜の恋

はなの*ゆき

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二夜目

6

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 ふと、懐かしい薫りに立ち止まった。

 帝の文使いで後宮を訪れた戻り道。
 各殿舎を繋ぐ細殿―――両側に蔀を張って塞いだ廊下は片方に小部屋を作ってあり、その1つから、微かな含み笑いが漏れて、思わず半眼になった。
 この女人ひとがこうする時は、辺りに誰もいないという事を知った上で、遣戸を引いて中に滑り込む。
「あらあら、許しも待たずに入ってくるなんて。」
 扇で口許を隠したまま、くすり、と彼女が微笑むのに、小さくため息をついた。今さら何を言ってるのやら。
「…何の用です?」
「あら、ご挨拶ね。すっかりお見限りなんて、酷い人。」
「何を言ってるんですか…」
 思わずげんなりとした顔を見て、彼女がクスクスと愉しげに笑った。

 相変わらずだ―――と思う。
 この女人ひとは、初めて会った時から少しも変わらない。
 しっとりと落ち着いた雰囲気を纏いながらも、まるで少女の様に微笑む。
 ふと、屋敷に置いてきた少女の、何処か陰りを帯びた笑みを思い出した。彼女もこんな風に笑う時があるのだろうか?
 そう思った次の瞬間、つ―――と、頰に指先が当てられて、我に返った。

 いつの間にか直ぐ近くに来ていた顔を見下ろすと、彼女は微かな笑みを浮かべながら小首を傾げた。その瞳はこちらを見つめているけれど、でも、見ているのは自分では無い―――と。
 気付いて、この女人ひとの元を離れたのはもう随分前の事だ。
「姫君の事を思い出していたの?」
 予想外の言葉に眉を顰める。妬けるわね…と続いた言葉に呆れた。
「勧めたのは貴女でしょう?」
「…そうね、その通りよ。だって、内の大臣おとどの後見は、これから先の貴方に必要なものだわ。そしてそれは、私には決して与えてあげられないもの…。」
 そう言って手を下ろし、自嘲めいた笑みを浮かべながら離れると、扇をぱらりと開いて再び口許を隠した。

「新しい衣装を用意させたわ。明日にでも届けておくから。」
 そこまで言って、ふ、とまた小さく笑いを零す。
「でも、もう、必要ないわね。―――衣裳を整えるのは、妻の仕事だもの」
 彼女が呟くように言うと同時に、さらさらと衣擦れの音が近付いてきた。
 尚侍かんの君様―――と、遣戸の向こうから声がかかる。
「主上がお呼びでいらっしゃいます。」
「わかったわ、すぐ参りますと伝えて。」
 応える声は、今までとはうって変わって硬かった。

 するり―――と。

 甘い薫りが鼻先を掠めて。
 小柄な体が遣戸の向こうに消えていくのを、ボンヤリと見送った。
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