メイドは厄介事も掃除する!

RayRim

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24話 これが一家の作法

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「やっぱり、その本は空かぁ?そうじゃなきゃ、とっくになにか出してるよなぁ!」

 狂人が『ブリザードタイガー』と名付けた不完全な召喚物から降りて言う。
 戦い慣れてないのはあちらも同じ。違うなら、とっくに襲い掛かっているはずだ。

 経験で勝っているなら御せるはず。

「あ、あなたなんて、即席の絵で十分ですから!
 画力は認めます。でも、それ以外のあらゆる要素がまるで足りていない!」

 挑発しながらも静かに魔力を練る。
 
『初見相手は初手に火力で圧倒し、確実に主導権を握る。』
 
 それが、技術で劣る者の戦い方だと旦那様が仰っていた。
 一家の人々は強いが誰一人として完璧じゃない。
 同時に高威力の魔法を10以上発動し、集中すれば山脈が消し飛ぶくらいの威力の魔法を撃てそうな旦那様でさえ、一家内の模擬戦で勝つのは稀だ。
 散々、負けを経験している旦那様の言葉だからこそ、私には参考になる。

 経験不足なくせに、相手は完全に私を舐め切っているのだ。勝てる要素しかない!
 
「言ってくれるなメイドォッ!だったら、その即席で俺の完璧に勝ってみせろよォッ!」
「塵は塵取りに。ゴミはゴミ箱に…あなたの不完全な作品は私が焼き捨てて上げます!」

 いつもなら即スキルの発動だが、今日は違った。
 不思議と思いもしなかった文言が、流暢に飛び出す。
 
「血を筆とし、魂を刻む!我が魔力、我が血肉を糧に顕現せよ――」

【儀式・血契召喚・西域の守護竜】

 私の魔力の9割を吸い取り、巨大な赤い竜が召喚される。

「なっ…!なんだとっ!?」

 召喚された赤い竜の重さに耐え切れず、交易所は崩壊。クレアさんは私に掴まり、ライトクラフトで浮いて逃れる。

『我が前に立ち塞がる醜き塵芥ちりあくたよ、ね。』

 赤い竜がそう言うと、短い前脚、というか腕を一閃。
 だが、あの狂人はブリザードタイガー掴まって逃げる。
 …あれ、なんでレッドの声でちゃんと喋ってるの?

『逃がさん。』

【フレア・ブラスター】

 ファイアブレスとはもう完全に別次元の何かが開けた口から放たれる。
 そのまま狂人が背にした建物ごと焼き払うのかと思いきや、狂人だけを狙って火線が飛び回った。途中の魔物は容赦なく巻き込んでも衰えない。

『アクア、ナイスですわ!ハルカ、利用しますわよ!』
『分かった。』

 通話器から聞こえてきたやり取りの意味が分からなかったが、上空から眺めていてすぐに理解する。
 2人があの狂人の行き先をコントロールし、【フレア・ブラスター】を使って魔物掃除を始めたのだ。
 屋根に逃げようとするならハルカ様が蹴落とし、建物の扉や路地裏への道はフィオナ様の作った氷の壁が阻む。
 フレア・ブラスターもその意図を汲んだかのように、速度を調整しながら追尾を続けた。

『アクアさん、こんな召喚は2度とやっちゃダメですからね。』
「えっ。」

 赤い竜が背中越しにそう言う。
 私はいつも通り、絵を召喚しただけのつもりだったのだが…

 あっ!まずいっ!

 ついに私が魔力切れを起こし、ライトクラフトが降下を始める。
 フェイルセーフが効いているのか、急降下はしないがこれ以上は動き回っての戦闘は難しい。

「くそっ!クソッ!クソォッ!!なんだよなんなんだってんだよ!」

 顔を赤く腫らし、半ベソをかきながら狂人が戻ってきた。
 まあ、戦闘経験がないのに、あの2人から弄ばれたらそうなるよね…

「お前さえ!お前さえいなければ上手くいったのに!」

 交易所を潰しただけじゃ満足出来ないらしい。
 私はもう後のことを考えただけで胃が痛くなっている…
 だが、まだ終わりじゃない。ちゃんと決着しなくてはならない相手だ。

「逃げるのはお上手ですね。まあ、掃除の為に逃がしただけですけど。」
「ぶっ殺してやる!!」

 そう発狂すると、ブリザードタイガーに乗ったまま紙を取り出す。

「あの世で後悔しろクソメイド!!」

【絵画召喚・魔国覇王】

 狂人の前に現れたのは、全く見覚えのないやたらとカッコイイオジサマ。ホントに画力だけは高い人だ。
 本人がこの姿を見たらなんて言うんだろう。引き攣った笑みを浮かべて魔法一発撃ち込むだけかな?

「あなたの画力は認めます。ですが、それだけ。上手いだけであらゆる知識と経験が足りない。」
「ほざくな!」

 まがい物が魔力を溜めて杖を私に向ける。
 もう、あちらの魔力もスカスカで、受けた所で致命傷にはなり得ない。それでも受けてなんてやれない。痛いのはゴメンだ。

 トドメの前に、精一杯の皮肉を込めて礼をしながらこう告げる。

「お帰りはあちらとなります。」
「なっ」

 赤い竜の尻尾が狂人と紛い物をぶっ飛ばした。
 いや、正確には乗っていたブリザードタイガーの方だが、背の側が安全地帯だとでも思ったのだろうか?

『アクア、捕まえたよ。これも簀巻きにして吊るしておくね。』
「いい絵を描くので左腕だけ大事にしてあげてください。」
『左利きなんだ。分かった。』

 事あるごとに動いていたのが左手だ。多分、利き手はそっちなのだろう。今後の扱いは子爵様に任せるが、牢獄にいても道具さえあれば絵は描けるはずだ。その気があるなら。

『じゃあ、戻りますね。アクアさんもお疲れ様でした。』
「あ、はい。とても助かりました。」
『後でものすごく叱られると思うので、それだけは覚悟しておいてください。』
「えっ!?」

 それだけ言い残し、赤い巨竜の姿が霧散した。
 いや、怒られるのは当然である。無人とはいえ、交易所を潰してしまったのだから…
 だが、それは戦闘あれこれが原因であって…その…

「アクア。やってしまいましたね。」
「カッ、カ、カトリーナさん…」
「その、私がいたからアクアさんも無理出来なくて…」

 クレアさんが前に出て庇ってくださる!
 ああ、もうそれだけで十分!

「クレア様、アクアを叱ったりしませんよ。ちゃんと今回は無事に護衛の任を果たしたのですから。」

 そう言って、魔力の回復促進ポーションを差し出してくださった。
 受け取ってすぐに飲み干す。少しずつだが、体の重さが改善され始めた。

「交易所なんてまた建て直せば良いのです。子爵が文句を言うなら私が黙らせましょう。」
「お金は流石に私が負担しますね…」

 なんだかんだで使い道が無かったのだ。全部放出してやるくらいの気持ちでいよう!

「そうしてください。」

 さらっと躊躇いもフォローもなく言われる。
 優しいのか厳しいのかホントに分からないよ!この上司!

「やっと戻ってこれましたよ。あの似非ドラゴン、男爵領まで飛んでいきましたので…」
『えぇ…』

 それでも、大急ぎでとんぼ返りしたのだろう。リリ様の髪の毛はボサボサだ。

「旦那様がようやく到着されましたね。」

 そう言うカトリーナさんの視線の先には、見慣れた浮遊車が1台、こちらに向かって飛んで来た。

「また派手にやったなぁ。」

 諦めというか、しかたなさそうにそう言いながら旦那様が降りてくる。

「アクア、レッドから聞いているな?」
「は、ハイ…」

 カトリーナさんからではなく、旦那様から叱られる事になるとは思いもしなかった…
 赤い竜をレッドと名付けたのは旦那様であり、その分体が執事のように付き随っている。この分体に戦闘力は全くないので、執事の真似事しか出来ないが。
 
 いつも通りの優しい声色が逆に怖い。元々、強面な方なので、眉をひそめているだけでもう怖い…!

「詳細は後から聞くが、これだけは教えておく。儀式魔法は生贄を捧げる魔法で、1人で使うもんじゃない。今回は対象がレッドで特別に血と魔力と緻密な絵だけで済んだが、2度と使うな。」
「は、はい…」
 
 【絵画召喚】の延長だとばかり思っていたが、全く別物だったようだ。
 私だって、生贄の必要な魔法を何度も使いたいとは思わない…

「カンカンなのはバニラの方だ。覚悟しておけ。」
「そっちでしたか…」
「魔力以外を消費するのは許せないだろうからな。絵画召喚にも否定的だ。」
「そうでした…」

 リリ様が使った【サモン・エレメント】は、バニラ様が作った魔法だ。【サモン】と名付けられはしたが、私の絵画召喚とはかなり違う。あくまでもエレメントを手懐けるのを効率化したもの。
 魔力だけで成立するからギリ魔法!と言っているのを私も目にしている。
 だからこそ、使う度に絵が消えてしまう【絵画召喚】は許せないらしい。

「今日の所はもう休みなさい。後片付けは私たちが済ませますから。」
「子爵様の所に戻るのはその…」

 交易所を完膚なきまでに破壊してしまったので気後れしてしまう。
 
「堂々としなさい。勝ちは勝ちなのですから。」
「は、はい!」
「では、私と一緒に戻りましょう。似非ドラゴンに振り回されて疲れましたので。」

 とんぼ返りしたリリ様は見るからに疲れ果てていそうだ。

 子爵様に見つからないよう使用人室へと戻るが、道中で見つかった人には『恐ろしい魔物を倒した』ということになってしまっていて、ただ恐縮するばかり。
 たぶん、それ出したの私です…とは、言えなかった……
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